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2月26日〜百年に一度の声

中村まりのソロ・ワンマンを下北沢のleteにて

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開演前にはディランの『ブロンド・オン・ブロンド』がずっと流され 馴れ親しんだ
古典を自分の部屋とは違う場所で聞く意味を考えさせられる 「ローランドの
悲しい目をした貴婦人」に差し掛かった辺りで 中村まりは登場した

ひとつの点でしかなかったものが次第に輪郭を描き出しながら
やがて線へと像をしっかり結んでいく 彼女のライヴを聞き続けてきて思うのは
そんなことだったりする
中村まりは中村まりでしかあり得ない 問われればそう答えるしかないことを
確かめるために ぼくは今日もまた会場へと足を運ぶのだ(蛇足だが享楽的
に”話題の”音楽と接する方々には この感覚はなかなか理解してもらえない
のかもしれない)

「Freight Train」や「Key To The Highway」あるいは「Fishing Blues」と
いった古典に加え 今回はカヴァー曲もポール・マッカートニーの「夢の旅人」
(Mull Of Kintyre)*註1、ロン・セクスミスの「God Loves Everyone」
トム・ウェイツの「The Heart Of Saturday Night」など多彩だった なお
ウェイツ曲の時には外でバイクの排気音が微かに聞こえるなど 偶然とは
いえ原曲での車音のサウンド・エフェクトと重なる部分には思わず息を呑んだ

片手にカーター・ファミリーがあり もう一つの手に「Mother Nature's Son」
を抱えているような振り幅は 結果的に彼女の歩みをとても自由にさせている
と思うがどうだろうか?  終演後に中村と幾つかの言葉も交わしたが 
たとえば本格的なブルーグラスの世界に入ってしまうことの危うさに関しても
本人は感覚としてきちんと理解しながら その罠*註3をすくっと見渡している
ようにも思えた

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新曲として今夜初披露された「When The Day Is Over」は掌で歌を温めている
ような表情が鮮やかだった(またすぐに聞きたくなった!)し
 「Bye Bye Street」でのシンコペイションが深いフィンガー・ピッキングは
 この人のなかにある芯の強さを伺わせる
そしていつも思うのは 語尾をヴィブラートさせながら伸ばしていくそのヴォーカル
の味わいだ こればかりはもう彼女の独壇場といったところだろう

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そういえばこの日は汽笛を模したようなハーモニカも素晴らしく  終曲の「Going
Back To My Home」が果てることのない線路のような余韻を残していった

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「私は英語で歌っていますが あとでCD*註2の対訳を読んでいただいてから
”いいね!”って言われるのも好きなんですね お手紙じゃないですけど」

中村は以前取材記事でそのような旨を話していたことがあるが 時間に対する
そうした感覚がまた彼女の優れた特質なのだと思う

いずれにしてもこの”百年に一度の声”は啓示的な「Lonesome Valley Blues」
のように これからもその歩みを続けていくことだろう


註1:「夢の旅人」(Mull Of Kintyre)
ポール・マッカートニーが第二期のウィングス時代に発表した曲
アルバム『ロンドン・タウン』(78年)に先行する形でシングル・リリース
77年に全英1位へと上り詰め その売上げは200万枚を超えた
バグパイプを導入するなどブリテン諸島的な哀愁を駆り立てるという意味
ではロッド「セイリング」と似た傾向を持つ ともにアメリカではチャート・イン
すら果たさなかったという事実が両曲の特殊性を物語っているとも言えよう
ちなみに中村はゆったりとしたワルツ・テンポの同曲を噛み締めるように
歌い 原曲の良さを際立たせていた

註2:CD
こうしてソロ・ライヴに接していると スタジオ・レコーディングではシンプル
ながらも音が細かく重ねられていることに改めて気がつく 
どちらが良いということではなく 録音物として流通させるための配慮と
生演奏という一回性では目的が異なるのは自然なことだろう
多くの優れた音楽家たちは作品とライヴ・アクトとの往復のなかで両方
の価値を見出している

註3:その罠
ブルーグラスやジャズといった高度な器楽演奏が前提とされる音楽の場合
どうしてもプレイヤーによるプレイヤーのための音楽といった性格が立ち込
めてしまう 筆者の主観もあるだろうが手段(テクニック)と目的(歌心)を取り
違えた音楽に惹かれることはない そうした感性もまた”ロック”が教えてくれ
たことかもしれない
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by obinborn | 2011-02-28 16:18 | one day i walk | Comments(3)  

転がる石のように

昔あんたはいい服を着ていた
乞食に10セントを投げたりして いい気になっていたね
あんたはお高い所にいた
そうじゃなかったとは言わせるものか

気をつけろ いつか落ちぶれてしまうんだぜ
あんたはそこら辺の連中すべてを軽蔑し笑い者にしていた
ところで今のあんたはroud(大声)で喋れない
ところで今のあんたはproud(自慢)も出来やしない
次の飯にありつくのがやっとだろう

ねえ どんな気がする?
どんな気がするんだい?
指し示す家がないということが
帰る家がないことが

お嬢さんは一流大学に行っていた
でも気がついたのかい? 搾られて慣らされるだけの場所だったのさ
誰も宿無しの人生なんか教えちゃくれないんだよ

ねえ どんな気がする?
どんな気がするのさ?
まるでずっと暗闇のなかにいて
自分の家すら見つからないってことが

決して振り向かなかったよね
道化師たちのマジックを むしろあんたは嘲笑していたくらいだ
良くないことだぜ
あんたに他人の楽しみを奪う権利はないだろう
たとえあんたがクローム付きに乗馬していたとしても

どんな気がする?
指し示す家もなく ひとりぽっちでいることを
どんな気がする?
まるで転がる石のように 誰にも知られていないことは

いつかあんたは貴婦人たちと塔の上で宴を開いていた
上流階級の人たちと富をむさぼっていたシャンパンを開けていた
搾るだけ搾りとってね
まさか「うまくしてやったり」とか思っていたんじゃないだろうな?
そのダイヤは質屋に入れたほうがいいぜ

いつかあんたはナポレオンの話を面白がっていたよな
ボロ切れを纏った彼と 彼の勇敢さをまるで知的玩具のように扱っていたね
ならば 今すぐナポレオンの場所へと行くべきさ
呼んでいる 呼んでいるのさ
目に見えないし隠す必要もないけれど
呼んでいるんだぜ

ねえ、どうな気がする?
どんな気がする?
指し示す家もなく
まるで石ころのようにひとりぽっちだということを

(ボブ・ディラン「Like A Rolling Stone」 1965年)

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黙示録的な「ライク・ア・ローリング・ストーン」を冒頭に据えたディランの65年作
アルバムは暗喩的な「やせっぽち男のバラッド」を折り返し地点として表題曲の
「61号線の再探訪」へとロックし 最後はイメージが奔放な飛躍を見せる長尺曲
「廃墟の町」で幕を下ろす
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by obinborn | 2011-02-26 01:50 | rock'n roll | Comments(0)  

2月25日

ただいま確定申告の準備中です
もう少し稼がないとなあ〜(苦笑)

フリーになって身に染みたのは外タレのチケットの馬鹿高さや
(新しい才能を発掘するというよりは)
高音質と謳って定番的なカタログを高価格で売るレコード会社の態度です
ロックもある意味ジャズと同じく お金持ちのための道楽になってしまいました
そこに最初の動機*註3は見受けられません
これでは若者から軽蔑されて当然ですし 
こういう堕落した場所から”シーン”が生まれるはずもありません

しかし私にはビンボー人なりの人生の楽しみ方というものがあり
ウォーキングや読書などをその最たるものとして享受しています
あとは所有レコード/CDを徹底的に(笑)聞き直すこと

泣いても笑っても 私の場合人生あと30年っきり!
スピリチュアルなものの見方*註2を出来ない人たちとは関わりたくありません

ディランが”How Does It Feel?"(どんな気がする?)*註1と歌えば
聞き手は己の人生を振り返り その歩みをふと止めてみます
ロックとはそういうものであったはずです

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左の人は百軒店で煙草を吸っていると フーゾクのおね〜さんたちに会釈を
されるらしい(笑)

*註1 「どんな気がする?」
いうまでもなく「Like A Rolling Stone」で繰り返されるリフレイン
ちなみに佐野元春は同曲に関して 金持ち女が落ちぶれていくただそれだけ
の歌が どうしてこんなに人々の関心を引くのだろう? と核心を述べている

*註2 「スピリチュアルなものの見方」
前述した『きことわ』評から引けば 2011年の2月に私はいる 1711年の2月
には私はいなかった 2055年の2月には私はもういない という思考もほんの
一例

*註3「最初の動機」
ジャクソン・ブラウンの以下の発言も示唆的なので書き留めておきたい
「すべてのものはいったん大衆化されると ブルーズであれジャズであれ
それはカルチャーの主流に組み込まれ 必ずしも同じ動機を共有しない
者にも受け入れられてしまう」
これを警告的に受け取ってもいいだろうし もう少し肯定的に捉えるなら
時と場所を選ばずに音楽は届くという希望と対になっている
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by obinborn | 2011-02-25 12:54 | one day i walk | Comments(0)  

warren zevon

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ジヴォンの歌がしばしハードボイルド小説に喩えられるのは、規範的な生き方から
はみ出してしまう人々に焦点を当てるからだろう。皮肉めいた、あるいは虚無的な
もの言いや、引き締まった硬質な音がそれを物語る。76年のこの再デビュー作で
はジェシ・ジェイムズの伝説からやりまくり女、麻薬中毒者までが登場し、終曲での
主人公はホテルの部屋で一人、海へと沈んでいくカリフォルニアを夢想するという
かなりシュールな未来図を示すほどだった。(小尾)
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by obinborn | 2011-02-25 03:30 | rock'n roll | Comments(0)  

sweet baby james

フライング・マシーン解散後にジェイムズは単身で渡英し、
アップルからソロ・デビューしたものの鳴かず飛ばず。
そんな失意のなかアメリカに戻り、南カリフォルニアで録音
されたのがこの再出発作だ。

自殺した女友だちに捧げた「ファイアー・アンド・レイン」で
繰り返される”またきみに会えると思っていた”という呟きは、
どんな大振りな歌よりも聞き手に届き、70年の9月全米3位へ。

個人的な動機から始まった歌が輝いた瞬間だった。(小尾)

クロスビート増刊『イーグルス』より

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by obinborn | 2011-02-24 00:52 | rock'n roll | Comments(2)  

2月23日

先日 東横線の学芸大学駅に行ったとき
”弦克”ライヴ開始よりだいぶ早く着いてしまったので 
久しぶりに立ち寄ったのが知る人ぞ知る中古レコード店の
「サテライト・レコード」
店主の日高くんも元気そうで良かった

洋楽マニアからネタ探しのDJまでこのお店はいつも盛況!
店舗を訪れるお客さんのほうが多くって
ネット通販が逆に煩雑で出来ないというお店も今時珍しいのでは?

答えはとても簡単
音楽をきちんと知っていて安価で還元しているから
ただ それだけ
でも そのことがいかに尊いことだろうか

その日の収穫はヴァン・モリソン『Magic Time』(05年)のLP盤
むろんCDで愛聴してきたが ヴァンに関しては今もアナログを収集しているから

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ヴァン・モリソンの05年作は穏やかな境地のなかに秘めた情熱を伝える傑作
パディ・モロニーのウィッスルによるアイリッシュ風味とブルーズへと振り切った
ヴァンの”がなり節”とが自然に同居する
参加メンバーには元アンドウェラのデイヴ・ルイス(kbd)も
なおパイレーツのミック・グリーンは屈強なギター・リックで2曲に参加したが
惜しむべくも 彼にとっては最晩年のプレイとなってしまった

70年代以来ヴァンの新作が出るたびに ぼくは彼のアルバムを買い求めてきた
そんな関係を築けるのも ある意味ものすごく幸せなことだとしみじみ思える
彼とともに春を迎え 夏を見つめながら1年を終えていくこと自体が
途方もなく幸せなのだ

そういえば”若さ”ということに関して さほど関心を持たなくなったのは
そうしたことに頓着している人がむしろ滑稽に思えてきたのは
ヴァン・モリソンという大河を知ったからだったのかもしれない

           目のなかの驚きを隠してはいけないよ
           きみが微笑むとき 私にはそれが正しく思える
           しばらく そこにいたい
           しばらくの間 そこにいたい
           その魔法のような時のなかに

           きみはそれを郷愁と呼ぶ
           でも構わないさ
           風にさらされた丘の麓に立って
           教会の鐘が鳴るのを聞こう
           その魔法のような時に紛れながら

           ヴァン・モリソン「マジック・タイム」より

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by obinborn | 2011-02-23 19:07 | one day i walk | Comments(0)  

江古田通信:お客様相談室

Q:はじめまして 52歳男性(既婚)です ご相談というよりはお話しを聞いて
頂きたくお伺いしました だいぶ昔のことになりつつありますが
とある音楽バーでパーティをすることになり テイクアウトの寿司は可能
かどうか店主に持ちかけました というのも以前その店でさるミュージシャンが
関係者と寿司を食べていたので私としても「ああ、こういう方法もあるんだな」
と思い付いたからです ところが店主は「あれは特別だったから」と言ってその
方法を断られてしまいました それ以来何となく疎遠になってしまったのですが
私にしてもその店には客として貢献してきたつもりなので 腑に落ちません
私の考え方は果たして間違っているのでしょうか?  ちなみにその店には
料理人はいなくツマミ以外は食事は出来ない状態でした

A:ご相談ありがとうございます お客さまのお考えは間違っていません まず
そのミュージシャンが”特別”だったかはともかく 他のお客さまがいらっしゃる場
で寿司を食べる姿を見せているわけですから そういうやり方もあるのかとお考
えになるのは自然なことです それよりも問題は「特別だった」という言葉を彼が
投げたことです そうした理由で他のお客さまとの差別化を図ってしまうことは 
飲食/接客業に於いて絶対にあってはならない態度だからです あなたは暗に
「お前は特別ではないのだ」と言われたも同然ですから違和感を抱くのは当然です
よしんば”寿司”がその店の雰囲気にそぐわないという理由であれば 最初から
その”ミュージシャン”にも毅然として断るべきだったと思います 有名人には媚びる
のか? という話しにもなりかねません 
私は長らく接客業のコンサルタントをしていますが プロほど有名人が来店
しようとおもねることなく他のお客様と同等のおもてなし(フェアネス、公平さ)に
尽くします 有名人の方であればあるほど
隠れ家的に普通に飲みたいというお気持ちがあり 経験豊かなバーテンはそれを
熟知しているからなんですね でもこればかりは学習というよりはその人の心映えの
ようなものが(良くも悪くも)局面局面でふと出てしまうのでしょうね 
幸いにもお客さまにはご友人たちもいらっしゃるようですし他のお店との
いい関係もおありのようですので 嫌な接客に関する思い出は忘れてどうか充実した
生活をお過ごしください

Q:お話しを聞いていただきありがとうございました なるべくグチっぽいことは言い
たくなかったのですが これで気持ちが晴れました これからも自分に合ったお店を
大事にしていこうと思います

A:こちらこそ貴重なご体験の申告をありがとうございました 私は門下生たちには
とくにマニュアルは作らず まして音楽バーなのだからそれぞれの個性を重視しな
さいと言っています ただ自分の体験として”損して徳(得)を取れ”という気持ちで
自分の商いを考えなさいということは伝えるようにしています こういう商売を
やっていればときにイヤな思いをすることもありますが そういうときもお客さんは
わざわざ電車に乗ってウチの店に来てくれたんだなあ とか 幸せな気持ちで
帰路に着いてくれればいいなあとか いつも原点に立ち戻るようにしているのです
この商売いくら丁重な言葉遣いをしたとしても嘘っぽいとすぐ見破られてしまい
ます(笑)本当に上手い弟子というのは、、、 もう少し実感のこもった言葉を
選び取りながらお客さんを繋ぎ止めることが出来るんですね そうした意味では
言葉っていうのは本当に大事なんだなってしみじみ思います

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アヒルさんも驚き呆れた”寿司事件”
食べ物の恨みはコワイなあ〜(笑)
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by obinborn | 2011-02-23 12:11 | rock'n roll | Comments(0)  

戦う人にこそ きっと世界は微笑み そしてやがて未来が訪れる

桐野夏生(59歳)は 私が最も信頼している日本の女性作家の一人です
彼女の著作を私はほとんどすべて読んでいるくらいです

そんな桐野さんの記事が朝日新聞21日に掲載されていました
そのなかで最も鮮烈だったのが以下の文章でした

(ドバイへと取材に行った際 アフリカやアジアの女性が乳入するのを
見た) 「こうした格差の固定化した状況が人間が目指した自由だろ
うか、と思ってしまう 面白いもの 売れるものを書くことが求められて
いるが 人間の生きる姿を損なうものへの視線は絶対に曇らせては
いけない」

印税ががっぽり入る人気作家が調子の良いことを言うな!

そうした意見があるかもしれません
しかし 私はそういう人たちの意見にはけっして与しません
それはいつか村上龍(59歳)が”自分の好きなことをやってみないか?”
とシンポジウムで発言した際
「村上は成功したからそんなことを言えるんだ」と述べた学生の感想
に似て あまりにも保身的であり 安定に寄りかかっているから

どんな人であれ
その過程を見つめることなく 結果だけを見て審判を下すような人に
私は共感することが絶対に出来ません

桐野さんは続けます

「国家や共同体について抽象的に語るのではなく 矮小な毎日の暮らし
のなかで具体的に考え続けることしか出来ない それが小説だと思い
ます」

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by obinborn | 2011-02-22 18:08 | 文学 | Comments(0)  

スワンプ・ロックの大いなる真実が、バド・スコッパのリサーチによって遂に語られた

昨年ロック アーカイヴスの話題を独占した感もあった
デラニー&ボニー&フレンズ『オン・ツアー』の完全版ですが
付属されていたバド・スコッパの英文ライナーの和訳書を
現在、日ワーナーのサイトにて300円で購入することが出来ます
英文が解りにくい手書きだったこともあって私もさっそく買い
求めました

なかには英語独特の大袈裟な言い回しがあり ありがちなツアー珍道中も
描かれているのですが 興味深いエピソードも幾つか披瀝されていて      
これは大いなる収穫です とくにスワンプ・ロック(註1)研究家にとっては
実に興味深い記載があります

具体的に書き出してみましょう

その1:フライング・ブリトー・ブラザーズという名前はグループ名と
いうよりは ハリウッド〜サンフェルナンド・ヴァレーにたむろしていた
レオン・ラッセルやドクター・ジョン、そしてジム・ケルトナーや
スティーヴン・スティルスら音楽家たち一派を呼ぶ際の愛称であった

その2:その集団のなかからグラム・パーソンズやクリス・エスリッジが
独立してグループとしてのフライング・ブリトーズを旗揚げした

その3:69年の初頭にストーンズ『レット・イット・ブリード』の最終仕上げ
(ミックス)のため LAのエレクトラ・スタジオに来ていたジミー・ミラー
とグリン・ジョンズはそこでD&Bのエレクトラ盤のラフ・ミックスを
デヴィッド・アンダールを介して聞き 衝撃を受けた

その4:そうした経緯もあってストーンズは「ギミー・シェルター」にボニー・
ブラムレットを起用しようと考えたが その時彼女はもはや”出せる声
がない”(自らの録音に集中していた、との意味?)状態だったので
結果的にはメリー・クレイトンが代役を務めた

およそ以上のようなエピソードです

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たとえばソロになってからのグラム・パーソンズのメンバーにリック・グレッチが
いたのは何故か? たとえば『オリジナル・デラニー&ボニー』にドクター・ジョン
の曲が採用されたのはどういう経緯故か? といったことが一気に氷解していく
ような興奮を覚えました

グラム・パーソンズといえば今まではどちらかというとカントリ−・ロックの文脈で
語られてきましたが ある程度想像出来たように LAスワンプの潮流にも身を置
いていたんですね これでD&B『モーテルショット』にグラムが参加していること
にも大いに納得出来ました

ジョージ・ハリソンがデラニー&ボニーを聞いて衝撃を受け 友人のクラプトンに
薦めたという逸話はあまりにも有名ですが その前段階としてグリン ジョンズ
(ビートルズ『ゲット・バック』セッションに参加)が介入していたことにも不思議
な符合や因縁を感じてなりません

ミック・ジャガーがウィスキー・ア・ゴーゴーに出演していたタージ・マハール
を見て ロックンロール・サーカスに彼を誘ったのも現在では知られるところです
私にはそれがキースと当時交流していたグラム・パーソンズの姿とも
まるで重なり合うように響いてくるのです

やはり西海岸にはグラムとタージありきだったと想像を逞しくしています
ジョー・スコット・ヒルの”LA Getaway "辺りもあの時代の”交差点”としての
匂いがプンプンしていますね

68~69年頃はLAを舞台に英米の音楽家たちが互いに刺激を与え合い
ながら こうしてスワンプ・ロックの大きな流れを生み出していったのです

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ライ・クーダー、レオン・ラッセル、バイロン・バーラインといったLAの音楽家
たちを迎え入れたストーンズ69年の”スワンプ・アルバム”です ガーナの打楽器
奏者であるロッキー・ディジューン(のちにタージ・マハールへ)も好演するな
ど文化的折衷を見せました その鮮やかなサウンドスケープは ”型”や”スタイル”
に追随するだけのロックとは どこまでも平行線を描いていくかのようです

蛇足ですが 私はAという音楽家がある日まったく新しいオリジナルな音楽
を作ったという英雄史観には立てません それよりは相互影響を受けながら
切磋琢磨しながらAもBもシーンを次第に形成していったと考えるほうが
ずっと自然だからです

よく判で押したように『ロックはエルヴィスから始まった!』などと言うお調子者
がいます(笑) でも実際のエルヴィスは横目でジュニア・パーカー
やボビー”ブルー”ブランドを眺めていたのでした

歴史とか文化といったものは かくの如く”複合的”なのでした


註1:「スワンプ・ロック」(Swamp Rock)
Swampは湿地帯の意だが 一般的には合衆国南部のブルーズやR&Bに根ざした
泥臭いロック表現のことを指し 70年代初頭に大きなブームとなった
なお50〜60年代のガルフ・コーストで流行ったスワンプ・ポップとの関連はない
アトランティック・レーベルを代表する制作者ジェリー・ウェクスラーが業界用語
として使い始めたという記載が英国のDJ、チャーリー・ジレットの本にあり 
現在ではこの説がほぼ定着している
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by obinborn | 2011-02-22 13:36 | rock'n roll | Comments(3)  

2月21日

私は2010年の2月21日に歩いていた
私は2009年の2月21日に歩いていた
私は1999年の2月21日に歩いていた

たとえば昨年の2月21日に何をしていたかと問われたとして
何かをすぐに答えられる人は少ないだろう
何かを食べ どこかの電車に乗り その夜もまた眠りに就くといったことを除いて
その日誰とどこで会い何を話し相手がどういう服を着ていたまでを
大抵の人は思い起こすことが出来ない

それはやがて昨年の2月21日から 一昨年の2月21日に化け
もしかしたら1999年の2月21日や1988年の3月6日とも混濁していく
人の記憶とはそうした曖昧なものであり
そうしておよそ80年の生を終えていくのだろう
私はといえば 3日まえの夕食さえもう思い出せないありさまだ

自分の40年間なり50年間を語りたがる人は多いけれども
4億5千万年の遙か昔から生物の営みがあったことや 太陽系の惑星が
いつかすべて燃え尽くされ消滅してしまうことのまえに自分を置いてみると
人は沈黙してしまう

起承転結があるわけではなく ただ過去にも未来にも時間だけは不思議な
静けさをもって平等に流れている
その流れのなかでいつか自分の足元がふと揺らぐ

朝吹真理子の『きことわ』(新潮社 初出2010年)を 
そんなことを思いながら読み終えた 今年5冊め

私は2010年の2月21日にどこかを歩いていた
私は2009年の2月21日にどこかを歩いていた
私は1821年の2月21日にはいなかった
私は2111年の2月21日にはもういない

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意味はなくただ時間だけが流れていくという中編
その時間を抽象化した文体と語感が圧倒的に素晴らしい
奇妙な表題「きことわ」は古語などではなく造語であるが
その意味を読むまえに言ってしまうのは野暮というものでしょう
蛇足だが この若手新人作家はサラブレット級の毛並みを持つ
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by obinborn | 2011-02-21 15:22 | 文学 | Comments(0)