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6月18日

佐野元春&ザ・ホーボー・キング・バンドを有楽町の国際フォーラムにて

思えば昨年3月の”アンジェリーナの日”を皮切りに始まった30周年の
アニヴァーサリーは 井上鑑らとのスポークンワーズからコヨーテ・バンド
とのクラブ・サーキット・ツアーへと広がりを見せながら 今回のファイナル
を迎えたのだ

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多彩なゲストを迎えたという3月の大阪公演とは異なり 一切の祝祭性を排
したような引き締まった演奏ぶりがむしろ清々しい
実際に描かれていくサウンドスケープにしても長田進のアグレッシヴなギター
も手伝って近年では一際ソリッドな印象を残す

T.Tシスターズの二人、竹内宏美と田中まゆ果による女声コーラスをあえて
起用しなかったことも この1年のホーボー・キング・バンドの特徴だったのか
もしれない

とくに「コンプリケイション・シェイクダウン」に導かれるように「99ブルーズ」
そして久しく演奏されることがなかった「欲望」といった警告的なナンバーが続け
ざまに歌われていく樣は緊迫感も相俟って この日のハイライトだった

ことさら”震災後”の延期公演ということを意識したわけでもないのだろうが 
ご祝儀の排除といい ヴァン・モリソンのように壮大な「きみを連れてゆく」を狂おし
いまでに熱唱する姿といい 佐野元春の”現在”を感じずにはいられない

振り返ってみれば 佐野はロック音楽が死に絶えたような1980年に 歩くよりも前に
走り出してしまった人だった

しかも彼は同時代的なパンク/ニューウェイヴと共振するというよりは むしろ
かつてのロックが導き出していったロマンティックな光景にこそ価値を見出して
いった

ワルツでゆったりと円を描き出すニュー・ヴァージョンの「レイン・ガール」も
演奏されたが  佐野はシンプルなリリックのなかに喜びや悲しみ 怒りや焦燥まで
を同時に促していく その動き出していく言葉たちを美しいと思いたい

どんな分野であれ 大抵の人々は世の中の流れに沿いながら生きていく
そのほうがリスクも少なく一定の保険があり まあ言ってみれば楽だから

しかしながらその流れが風向きを間違えていたら一体どうする?
その趨勢の陰で置き去りにしてきたものがあったら一体どうする?

つまり佐野元春の場合は真逆だった

流れに逆らっていくそんな彼の姿はときに無謀であり ときに孤独であり
またときにシニシズム(冷笑主義)の波に晒されたことも少なくはなかった
そんな風に孤軍奮闘する佐野の姿に ぼくはニール・ヤングのそれを思い
起こさずにはいられなかったのである

そうした意味では遅れてきた世代の不器用さや振幅の激しさを窺わせたが
佐野は丁寧に辛抱強く言葉を束ねながら こちらがいささかためらってしまう
ような日本語にアクチュアル(動的)な生命を吹き込んでいったのだ

もう遙か彼方の陽炎のようにしか思い出せない日々があった
傷跡が生々しく疼く今日があり 諦観に覆われた明日もきっとあるに違いない

それでも佐野元春は歌っていくことだろう

外がどしゃ降りになる前に

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by obinborn | 2011-06-19 07:25 | rock'n roll | Comments(6)  

ブルーズとともにまた再びスタック(立往生)してしまった

人が集まるところに金が集まり 金が集まるからさらに人が流れ込む
これが大都市の法則だとすれば 地方のそれとは真逆の流れだろう

原発事故が長期化するなかで 福島を離れる動きが加速している

ある者は放射能を心配し県外に引っ越す 子供を心配した親がせめて
妻子を親類のいる他県に移動させる あるいは福島での事業再開を諦める
工場や商店、旅館なども増えているらしい

農家の主は将来を悲観して自殺した
酪農家の二代目も 殺されていく牛たちよりも早く自殺した

こうした二次災害の只中のなかで 「がんばれ! 日本」の掛け声は
いかにも虚ろに響く

たとえばあなたは東京にいて日々の仕事に疲れている
あなたは気分転換にたまには旅行をしようと思う
たとえばあなたは東京に暮らしていてもう満員電車なんてこりごりだと思う
あなたはそうして少ないヴァケーションを僅かに夢見る

そういう時 あなたは今 福島の温泉に行こうと思うだろうか?

風評被害や複合災害とは何も外側にあるものではない あなたや私の心を占
めているものに他ならないのである

ところで『レコード・コレクターズ』誌の7月号に掲載されたジョージ・カックルさん
の『歌詞遠望』を読み 驚かされた

クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァルの「lodi」を ぼくは
ワン・ナイト・スタンドを過ごすミュージシャンの悲哀を描いた歌だと
何となく考えていたのだが 実際にはlodiというカリフォルニアの寂れた
街のことと どうやら二重映しとなっているらしい

かつては鉄道が繁栄し 人々の行き来も盛んだったlodiという
街は ゴールド・ラッシュの遙か昔に人々が山を掘るためにサンフランシスコ
から北上した地点にあり いい畑もあった

またこの土地には中国人や日本人が多く住んでいたという
彼らは第二次世界大戦の始まりとともにこの土地を追われていった

誰もが自分の人生にスタック(立往生)してしまうときがある

もうこれ以上前には進めないという諦観は 立ち止まり振り返ったこと
のない人にはけっして解らない気持ちだ

今日の新聞は福島の人たちの心情をこう伝えている

「普通に見えるかもしれないけれど、心の中は普通ではない」と

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by obinborn | 2011-06-18 01:10 | one day i walk | Comments(0)  

ブリティッシュ・ロックはこんなにも”自由”だった

今日は原稿を一本仕上げてから夕方のウォーキングをしました
本日の成果は14,188歩
やはり運動のあとに飲むビールは格別です

ところで何故か無性に聞きたくなったのがブリティシュ・ロックの名グループ、
ファミリーなのでした
不勉強を恥じつつとりあえず米国盤で集めてきたバンドなのですが
やはり次第に英国盤へと取り替えていった魔力が彼らにはあるのでした

それにしても何とコクのある音楽なのでしょう

今日は彼ら末期の『bandstand』(72年)を聞いているのですが
ロジャー・チャップマンの泥水でうがいをするが如しのヴォーカルがもう圧倒的
に強力で そのエグさはジョー・コッカーやフランキー・ミラーの塩辛い声を
思い起こさずにはいられません

かといってストレート・アヘッドなロックでもない変態的な部分がファミリーの
ファミリーたる由縁であり あのフリーを思わせる陰影こそが耳を惹き付けて
離さないのです  フォー・リズムに室内楽的なストリングスを被せたり
メロディの起伏が演劇的だったり かと思えばアイリッシュ・チューンのような
哀愁を感じさせたりと 一筋縄ではいきません(笑)

前回の書き込みでテデースキ・トラックス・バンドをぼくは称えましたが
その理由はやはり”フォーマット”ではない音楽に挑戦しているからなんですね

模倣したり踏襲したりするばかりの音楽は この世に溢れ返っています
それは俗に言う二匹目の鰌です
そうやってマーケットはひたすら拡大再生産をしていくのでした

そんな観点からこのファミリーというバンドを聞き直してみると 
何だか忘れかけていた自由を感じてならないのです

まるでジェスロ・タルやトラフィックにも通じるような”自由”がある

そうした思いに駆られながら 今夜はファミリーを聞いているのです

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by obinborn | 2011-06-16 00:43 | one day i walk | Comments(0)  

tedeschi trucks band/revelator

想像以上にスーザン・テデースキの歌へと寄り添ったアルバムだ 

大所帯の編成からしてぼくは果てしなくインプロヴァイズしていくようなジャム
演奏を勝手に予測していたのだが デレク・トラックス・バンドで試みてきたそう
した実験的な部分よりも ぐっとソング・オリエンテッドな仕上がりになっている

計11人が声となり音となり まわりの空気を震わせているのだが けっして厚ぼ
ったくならず むしろスモール・コンボのように抑制されたアンサンブルを響かせ
ていることに驚いてしまった

むろん細部に耳を当てていけばホーンズもいればドラムズもツインズ体制だっ
たりとそのサウンドスケープは豪胆かつ複雑なのだが それらすべてを風通し良
くさらりと聞かせていく これはひとえにテデースキの歌心ゆえであり またデレク
が音楽全体をすくっと見渡しているからだろう 

中村まりのヴォーカルもすごく素直だが ここでのテデースキの歌にも虚飾が
まるで感じられない 全編を聞いて思ったのはまずそのことだった

そうした力の抜け具合がかえって歌に膨らみを与えていく
それを何よりも物語るのが「midnight in harlem」であり「simple things」
であり メンフィス・ソウルの語法を借りた「until you remember」だ

熱っぽい歌唱はときに熱狂出来ない聞き手を置き去りにするけれども
掌で歌をじわりと温めていく人には 明日もまた会いたいと思う
この人は果たして一体どんな痛みを携えながら音楽に向き合ってきた
のだろうとかと

ぼくが言いたいのは たぶんそんなことだ

あるいはデレクの音楽的視野を「these walls」に感じ取ることも出来るだろう
サードゥとギターが同じ弦楽器どうしで対等にフレーズを繰り出すかと思えば
タブラの音色が抑えたスネアと手を携えながら そっと笑みを交わす

言葉でも分析でもなく 音楽を聞いてきて良かったと思わせるのは
いつもきまってこんな瞬間だ

振り返ってみれば 過去の栄光を模倣するようになったオールマン・
ブラザーズ・バンドに新しい風を送り込んだのがデレク・トラックスだった

かつてのオールマンズで斬新だったのは何もデュエイン・オールマンのギター
ばかりではない 変拍子を多用するジェイモとブッチの打楽器がそうだったし
ベリー・オークリーが繰り出していく ときにルートから逸脱していくベース・ラ
インがそうだった

恐らくデレクはそうした部分こそをしっかりと見届けてきたのだろう
だからこそ自由な動きをする現オールマンズのベーシスト、オーテル・バーブリ
ッジに本作で白羽の矢を託したのだと思う

もう遙か彼方の光景になってしまったが ロック音楽がもっと自由で雄弁だった
時代があった

ものすごく解りやすく言えば ブライアン・ジョーンズはハウリン・ウルフのフレー
ズを習得したけれども それに満足することなくモロッコまで出向き そこで現地
の祝祭的な音楽に触れていく

あるいはブライアンが結成したローリング・ストーンズの歩みはどうだろう
彼らは自分たちに足りないことを少なくとも自覚していたし そうした思いは
ライ・クーダーやグラム・パーソンズとの出会いをもたらし
オリー・E・ブラウンのパーカッションをチャーリーと同期させてもいった

そんな心のありかのようなものを このテデースキ・トラックス・バンドは
ときに罪のように ときに喜びのように描き出していく

「過去から逃れて私はこの街にやってきたの」

そう歌われる「midnight in halem」でのテデースキのヴォーカルに
澄み渡るような音色でデレクのスライド・ギターがしっかりと応える
そしてコフィ・バーブリッジのハモンドB3はどこまでも どこまでも
遠景を追いかけていく

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by obinborn | 2011-06-14 01:53 | one day i walk | Comments(2)  

dj会のご報告

11日のDj会は24名の方々に集まっていただき 盛況のうち終了しました
ありがとうございました

以下私のプレイ・リスト(テーマはスライド・ギター)です

1 rory gallagher/cradle rock
2 sonny landreth/congo square
3 link wray/it was a bad scene
4 little feat(lowell george)/fats man in the bathtub
5 ronnie hawkins(duane allman) down in the alley
6 bob dylan(stu kimball)/rollin' and tumblin'
7 howlin' wolf (eric clapton)/red rooster
8 mick taylor/alabama
9 rolling stones(keith)/let it bleed
10 rod stewart(ronnie wood)/gassoline alley
11faces(ronnie wood)/feel so good
12 juicy lucy(mick moody)willie the pimp
13 eric clapton/give me a strength

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ブルーズ・ブレイカーズの貴公子がストーンズの”酒と薔薇の日々”に別れを
告げ 満を持して発表した79年のファースト
ロケンロールの馬鹿騒ぎから離れジャズ的な語法へと転換したこの静かなる男は
押し出しの弱さ故にその後不遇が続くが どうということはあるまい
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by obinborn | 2011-06-12 01:11 | one day i walk | Comments(4)  

1970年の狼男

いやあ〜、情けないことに
ここのところ1日の予算はわずかビール(265円)とワンカップ大関(168円)
に過ぎなかったりして、、、 これで消費税でも上がったら目も当てられません
なあ〜

ということで  めったに飲み&ライヴに行くことが出来ませんので
関係する飲食業者および音楽家の方々、、、何卒お許しを!

やっていることといえば 私はホント、ウォーキングばかりです

ところでエリック・クラプトン&スティーヴ・ウィンウッド来日! のニュースを
聞いて ブラインド・フェイスでもなく08年春に実現した二人のリユニオン
でもなく 以下の盤を思い起こしてしまった私は やはり”パブ・ロック裏街道”
の少数派でしょうか(苦笑)

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このアルバムが70年の春に実現したハウリン・ウルフのロンドン・セッションです

ノーマン・デイロンというプロデューサーはマディらによる『ファーザーズ&
サンズ』で有名でしょうが この人は70年代になってからのマイケル・ブルーム
フィールド一連のソロ・アルバムにも多数関わっているので やはり場数を踏んだ
フィクサーのような立ち位置にいらっしゃったのかもしれません

そのノーマン氏が制作したハウリン・ウルフのこの盤は ロンドンのオリンピック・
スタジオでベーシックな録音がされています

ワイマン=ワッツというストーンズのリズム・コンビを中心に ピアノとオルガンが
ウィンウッドで ギターがECという何とも贅沢な組み合わせのなか ほとんど
唯我独尊状態のウルフが吠えるという大変貴重なドキュメントでもあります

ECのギターにしてもブルーズ・ブレイカーズ時代に確立したレスポール&マー
シャル・ツインリヴァーヴのようなエグさはなく ここではストラトキャスターなら
ではのハーフ・トーンで穏やかにウルフのヴォーカルをサポートしているのでした

ヴードゥー的な雰囲気が満載の「who's been talkin」ではウィンウッドならでは
のハモンド・オルガンが高揚しますし 「wang dang doodle」での強烈な狼声
は何だかこの時期のドクター・ジョンにも通じます 恐らくこのセッションがきっか
けとなってECはミック・ジャガーとともにドクターの『サン、ハーブス、、、』
に参加したのでは?

クライマックスはやはり「レッド・ルースター」かな
ウルフ自身がスライドを弾くリハーサル・テイクもさることながら 本編では
ECが惜しみなく されど的確にギターを繰り出していきます

その音色といい 音数の抑え方といい ここでのECは本当に素晴らしい!
ウルフとのこうした経験がきっとドミノズへの序章となったのでしょう

ところでこの時期のウルフといえばもはや60歳
ミシシッピーのアバディーンに生まれ チャーリー・パットンのブルーズを覚えて
いった青年にとって ロンドンの街並はどんな風に映ったのでしょう
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by obinborn | 2011-06-10 03:33 | one day i walk | Comments(2)  

タージさんはリゾネイターがお好き

時は67年 ハリウッドのクラブ、ウィスキー・ア・ゴー・ゴーの客席にいた
ミック・ジャガーは出演していたタージ・マハールに感激してこう言ったとか

「ねえタージ、今度ロンドンに来て、俺らのバンドとテレビ出演しないかい?」

これが68年の12月に行われた『ロックンロール・サーカス』の序章である
ザ・フー、ジェスロ・タル、EC、ジョン・レノンなどなど錚々たる番組出演者たち
のなかで 殆ど無名だったタージ・マハールが抜擢された背景には ミックの
こうした”会ったとたんに一目惚れ”があったのだ

その際の素晴らしい演奏は現在CDやDVDで確認出来るのでここでは多くを
語らないが そのイベントの少し前に発売されたタージのセカンド・アルバム
『ナッチェル・ブルーズ』(67年)のことを今日は少々メモしておきたい

というのもゲイリー・ギルモア(b)、チャック・ブラックウェル(ds)という
リズム隊は勿論のこと ジェシ・エド・ディヴィスのギターをフューチャーしたこの
カルテットが『ナッチェル〜』のベーシック・メンバーであり また『サーカス〜』
でタージを囲んだ人たちだったから

実際アルバムを聞いてみると ホーマー・バンクス作の重厚なR&B「a lot of
love」(ザ・バンドも『アイランズ』で演奏していたっけ)やウィリアム・ベルの
スタックス・ソウル「you don't miss your water」(ザ・バーズも『ロデオ』で
披露)から伝承曲「colina」まで タージが育ってきた音楽地図を一望出来る

演奏面での肝はやはりジェシのギターかな

それほど目立ったリード・プレイはしていないものの指弾きで随所にいい
オブリを付けていたり  レズリー・スピーカを通してちょっと面白い残響音
で何ともファジーなリズムを刻んだりと まさに影武者の如し

そのジェシと上手くコントラストを描き出しているのがタージ自らが弾く
リゾネイター(鉄製の共鳴盤付きギター)であり また何ともレイジーに吹く
ハープだろう このアンサンブルが恐らく重過ぎずされどカントリー・ブルーズ調
ともまた違うサウンドスケープの秘密だと思う

本作のなかで最も有名になった曲といえばブルーズ・ブラザーズが取り上げた
「she caught the katy and left me a mule to ride」だろう 重心の低い
リズムに支えられながら タージとジェシそれぞれのギターが自然に交差して
いく瞬間は思わず息を飲むほど

ところでこの「she caught〜」はタージのオリジナルだが 作者のクレジットに
何気なくヤンク・レイチェルの名前を加えている点にも注目したい(それとも
実際にヤンクと共演したことがあったのだろうか?)

ご存知の通りヤンクはスリーピー・ジョン・エスティスの相棒として広く知られる
けれど こんな気遣いにもタージの人となりがよく現れているのでは

そう、タージもまたライ・クーダーと同じように自分たちの音楽がどういうところ
からやって来たのか まるで足跡を辿るように記していたのだ

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今回はあえて米盤とは異なる英directionレーベルのジャケットを
ヒップスターともいうべき若き日のタージである
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by obinborn | 2011-06-08 20:23 | one day i walk | Comments(6)  

ジョセフ爺さん、街を行く

めったに風邪など引かない体質なのに 喉を痛めるは咳は出るわの日々
になってしまった 昨日も床屋できれいなお姉さん(実は子持ち)に髭を
揃えてもらっていたとき 思わず鼻水をたらしてしまった

今日も家で原稿を書いていたところ 足先が急に冷たくなるのを感じて
何だか焦ってしまい そのあとウォーキングをして何とか快復したので
した

ライ・クーダーがジョセフ・スペンスの曲「great dreams from heaven」
を取り上げたのは72年のアルバム『紫の渓谷』でのことだった
たぶんこの時点では多くの人がこのバハマのギタリスト/シンガーについ
て何も知らなかったと思う

この人の古い録音はノンサッチやアーフリーそしてエレクトラ・レーベルなど
に残っているのだが  今日ご紹介するのは80年にラウンダーから発売された
アルバム『living on the hallelujah side』 というのもこれが私にとってスペ
ンスと出会った盤だったからより親近感があるのだった  買ったのは高円寺
のdisk innという新星堂系列の輸入盤店 これまたいいレコード屋さんだっ
たなあ そんなこともいちいち覚えている

聞いた第一印象はまず「ライ・クーダーそっくりじゃん!」ということだった
以前もこのblogで触れたけどライの魅力はスライド・ギターもさることながら
シンコペイションの強いリズム・ギターにあると思う そんな意味ではジョセフ
本人にとっては「ライ・クーダーとかいう若造が俺の真似をしてるぜ!」くらい
の気持ちだったのかもしれない

ライトニン・ホプキンスの渋味と右手のアタックの強さをそのままカリブ海の
島に持ってきたといえばいいのだろうか  私はすっかりスペンスに魅せられ
てしまったのだ 

収録曲は「I'll over come someday」や「just a closer walk with thee」
など神をテーマにしたものが多く その陽性の響きはやはりライトニンとは
異なるかな? ライでお馴染みの「jesus on the mainline」もスペンスはこ
こで歌っている あるいは「サンタが街にやってくる」や「聖者の行進」に見られ
る明るさもスペンスならでは そう、何だかお金がなくても元気に行こうぜ!
みたいなタフな心持ちがこの人にはあるのだ

ちなみにライ・クーダーはこのアルバムに以下のような序文を寄せている

「ぼくは子供の頃からジョセフ・スペンスの音楽と共に歩んできました
そう、彼はぼくのギターの源のひとりだったのです でも彼が弾くベース・
ランニングをまだ全然習得出来なくて そうした意味では未だにジョセフには
混乱させられています」

今はもう故人となってしまったスペンスだが こうした晩年の録音から伝わって
くるのは 哀感というよりは気丈な姿だ ひっそりとした個人史がある日突然
陽の当たる場所へと 表通りへと繰り出していくような匂いが このアルバム
のトーンを決めている

そう、まさにジョセフ爺さんが街を闊歩していくような


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by obinborn | 2011-06-08 01:05 | one day i walk | Comments(2)  

1965年のザ・ホークス

仕事の下調べの意味もあって昨日から久し振りにレヴォン・ヘルムの自伝
『ザ・バンド/軌跡』(音楽之友社)を読み直しているのだが やはりホークス
時代のツアー珍道中の描写はいつも最高にワクワクさせてくれる

ホークスに出入りする歴代のギタリストのなかにフレッド・カーターJrやロイ・
ブキャナンがいて 若き日のロビー・ロバートソンが必死でブキャナンのフレー
ズをコピーしたり ホークスのステージを食い入るように見ていたのがジェシ・
エド・ディヴィス少年であったりと 1950年代後半のロード物語がまるで基礎
体力のようにこの書物の骨組みとなっている

ちなみにロビー・ロバートソンはこう述懐している

「ロニー・ホーキンスは女と付き合うときのコツを教えてくれたが リヴォンの
場合は彼だから知っている南部の音楽や南部のものの見方を教えてくれたのさ!」


ホークスも後期になると いよいよザ・バンドとなるメンバーが揃い始めて
ロニー・ホーキンスとの齟齬が生まれてくる 早いハナシ、ロニーはいつまでも
時代遅れのロカビリアンに過ぎなかったが ロビーやレヴォンはR&Bをやりたか
ったのだ(レヴォンは現にボビー・ブランド「ファーザー・オン・アップ・ザ・
ロード」をホークス時代に録音し 自らリードを歌っている)

さて、ジョン・ハモンドが65年にニューヨークで録音した『So Many Roads』も
ロニーから独立した当時のホークスの副産物といえるだろう

ホークスからはロビー、レヴォン、ガースの三人が参加し チャールズ・マッスル
ホワイトがハーモニカを吹き マイク・ブルームフィールドは何故かギターではな
くピアノで参加している すぐそれと解るロビーのギターを聞くだけでも価値があ
るアルバムだと思う

本物のブルーズをひと通り聞いた耳にはハモンドの歌は青臭くもあるのだけれど
今のぼくの耳はそれすら許容出来るようになった
きっと今はずっといい味を出しているんだろうな

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by obinborn | 2011-06-05 18:08 | one day i walk | Comments(0)  

ウディ・ガスリーの歌はまるで昨日や今日のことのようだ

先日行われた中村まり&ロンサムストリングスのライヴでも一際印象的だったのが
ウディ・ガスリーの「hard travelin'」だった

中村のような若い女の子がガスリーが歌う40年代のフォーク音楽を再発見すると
いう驚きとともに 実際に運ばれてきた歌がそうした時間差をまるで感じさせないこ
とに音楽という名前の輪廻を改めて思った

むろんガスリーが歌うオクラホマの季節労働者や仕事を求めて彷徨うトレイン・ソ
ングの数々がそのまま現代の暮らしに当てはまるという訳ではないが 流れていく
汽車の窓のこちらと向こうとに個人と社会があるという認識 
そうした関係はむしろ普遍的なものだろう

とくに今回の震災で自分たちの都会的な暮らしがいかに脆いところにあるのかを
痛感した方もきっと多いはずだ それはすなわち放り出されるような感覚と言い換
えてもいい 放り出されてもなお自分の身体はそこに残っていて 今日もまた太陽は
昇るという摂理に 昔も今もない

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68年の1月にニューヨークのカーネギー・ホールで行われた第一回目のウディ・
ガスリーのメモリアル・コンサートは そんなガスリーの放浪や嘆きや抗議の歌の
数々を新しい世代が歌い継いでいくという趣向で行われた

しばらくウッドストックの片田舎で隠遁生活をしていたボブ・ディランが久し振りに
ライヴの場に現れたことでも有名なイベントでありディランにとってガスリーがどう
いう存在だったか その大きさも窺い知れることだろう 
ここでは時期的にも勿論ザ・バンドを従えて力強い演奏を聞かせている

ガスリーの息子、アーロ・ガスリーの「oklahoma hills」と「do re mi」そして
オデッタの「ramblin' round」ではライ・クーダーのスライド・ギターが聞き取れ
る ソロ・デビューの約2年まえのライは セッション・ワークに駆り出され始めた
頃だが スライド・ギターにありったけの思いを込めたここでの演奏は 
若さと荒々しさ故に感動を呼ぶ

アーロとはきっと相性も良かったのだろう ここでの共演のあとライはアーロの
アルバムに続々と参加していくし このライヴでリッチー・ヘヴンスが歌う「自警
団員」をのちにライ自らが歌っていることも不思議な縁を感じさせるものだ

自らを保護していた家族や地縁そして社会が一瞬にして崩壊していく樣を
ぼくは今回の震災で想像した  そうした状況下でこそウディ・ガスリーの歌は
生きてくる 社会という枠や地域という縛りが跡形なく崩れ去ったあとにも個は生
き残っていかなければならない そうした感覚かもしれない

いずれにしても陽は昇り陽は沈む
そのことに関してウディ・ガスリーが問い掛けてくる歌はまるでブルーズ・マンの
ように正直だ

そういえばこのライヴ・アルバムでジュディ・コリンズが歌う「so long it's been
good to know yuh」には こんなリリックが挿入されていた


     ごきげんよう お元気ですか

     家という家が埃だらけになって
     ただ一人漂っていくだけだとしても
     あなたと知り合えて良かった

     太陽に晒され ときに雷に打たれながら

     電話は繋がらないし 
     宣教師はわめくばかり
     そう、私たちは救済と罪のなかで生きているのさ

     たとえ家を失い
     それが砂に消え たった一人で佇むしかないとしても
     あなたと知り合えて良かった
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by obinborn | 2011-06-05 01:06 | one day i walk | Comments(0)