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ロング・インタヴュー、中村まり(上巻)

 初めて中村まりのライヴに出掛けたのは09年の10月のことだった。その日は
ずっと小雨が降っていたのを今でもよく覚えている。新しい才能との出会いは、
どうやらそうした記憶とともに刻まれていくものらしい。それ以来ぼくは出来る
限り彼女が歌う会場へと足を運んだ。冬の夜もあれば夏の宵もあった。強い風が
吹き荒れる日もあれば、日溜まりの余塵に包まれた夕べもあった。そうした季節
のうねりとともに「A Brand New Day」や「Still In The Sun」といった歌が次第に
羽根を広げていく姿を確かめることは、少なからず価値ある体験だった。
 
 昨年の夏に彼女がロンサム・ストリングスとともにレコーディングに入ったと
いう話は耳にしていたが、その優れた成果が今年6月に発売された彼らの共演作
『Folklore Session』だ。そしてこのアルバムを携えた彼らは、6月と7月に亘
る二度のツアーへと旅立ち、各地で好評を博した。またフジ・ロックにも参加し、
フィールド・オブ・ヘヴンで行われた演奏は素晴らしいものになったと伝え聞く。

 ツアーを終えたばかりの8月の夕べ、中村まりと久しぶりに会った。


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☆楽しかったツアー

ーー西日本ツアーに三度目となるフジ・ロックへのご出演、お疲れ様でし
た。ツアーの手応えはいかがでしたか。

 
                                        「ありがとうございます。今回は特に、お客さんが温かく迎えてくれて、それが追い風になったというか、背中を押して貰ったような部分がすごく大きかったです。どの会場もほぼ満員御礼だったのが嬉しかったですし、前回の6月のツアーの時よりも、『Folklore Session』のリリースからおよそ2ヶ月弱の間があったぶん、CDを聞き込んでからライヴに来てくださった方が増えた中でのライヴが出来た気もしました。フジ・ロックに関しては、たとえ私たちのファンではない方々でも、フジロッカー独特の、皆で盛り上げよう!という雰囲気があるんですね。それがしっかりとこちらにも伝わってきましたので、とても楽しかったです」 
                                        ーーよくツアーは後半になればなるほど音が固まり、各自のプレイも奔放
になると言われますが、演奏面ではどうだったのでしょうか。

                                                           「自分はやはり当事者ですからどうしても客観的に見れない部分はあるの
ですが、だんだん演奏が引き締まってきたという感想は頂きましたし、自
分でも今回のツアーは最初に演奏した時(5月29日 西麻布の音楽実験室
・新世界)よりも次第に良くなっていったと感じています。勿論その時々で反省点もいろいろあるのですが、やはり後半はどんどんノリが良くなってきたのではないでしょうか」
                                        ーーアルバム『Folklore Session』に関して中村さんはよくMCで『構想5
年、録音5日』とおっしゃっていましたね。実際に音楽が完成するまでに
は様々な紆余曲折があったと思うのですが、最初はどういう青写真を描い
ていらっしゃったのですか。

                                                  「まず自分としては5年前にはロンサム・ストリングスの方々と演奏するとどういう風になるのか、具体的には思い描けていなかったですね。でもライヴの場で初めてご一緒したときにとてもうまくいったという感触があって、その後も何度かライヴを重ねるうちに次第に共演の形が見えてきたという感じです。なので青写真ということに関しては、そうしたライヴでの共演がまずあり、その延長線上にレコーディングの話が持ち上がりましたので、ゆっくり時間をかけて具体的な話し合いへと進んで行った感じです。選曲に関しては色々と思い描いていましたが、それ以外の部分では実際にスタジオに入って演奏してみてから分かる部分が大きいだろうと思っていました」

 
 
ーーアルバムのプロデューサーでもあるギタリストの桜井芳樹さんの貢献
も大きかったと思います。桜井さんはどういった指揮を執られていったの
でしょうか。

                                                 「桜井さんは曲ごとのメンバーの立ち位置なり音像なりを明確に把握しているので、桜井さんが譜面を起こし、それを私たちが演奏しながらレコーディングを進めていくという意味で、まさにプロデューサーという存在でした。曲の解釈など、あいまいになっている部分の意味づけを桜井さんがしたことで曲の輪郭がはっきりしたことは大きかったですね。今回は私がヴォーカリストとして第三者的に加わったこともあって、私自身もそれなりに意見を言わせて頂いたので、恐らく普段のロンサム・ストリングスとは違ったアプローチになった部分もありました。でもやはり出来上がった作品をみると、ロンサム・ストリングス独特の世界観が色濃く反映されていると思えるので、そのあたりは特に桜井さんのプロデュースの力を感じますね。テイクの取捨選択については、おのずと満場一致じゃないですけれど、九割方はこの演奏が良かった、というメンバー全員の意見の一致を見ることが出来ました。それぞれに演奏のピークというものがあるのですが、それが何度目かで全体的なベストテイクに一致するような流れに持っていけたのが良かったかと思います。ただ申し訳なかったなと思うのは、皆さんが私のヴォーカルの出来を最優先してくださったので、せっかく演奏面でいいソロ・プレイがあったとしても没になってしまったテイクもありました。でも全体的な方向性としては、定まっていたように思えます。(昨年の7月に伊豆スタジオで行われた)5日間のレコーディングは、曲数も多かったので決して時間に余裕があったわけではありませんが、予定していたスケジュールでほぼ余すことなくやり切った形で順調に終えることが出来ました」  
 
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の絡みが素晴らしいですね。ギター・パートの役割分担は自然に決まって
いったのですか。

                                                                                          「この曲にしても2、3年前に下北沢のleteが主催したコンサートで桜井さんと一緒に演奏した時のものがベースになっているんですね。なので今回もテクニカルな面で弱冠合わせた部分を除けば、お互いのギターに関して口出しするようなことはなかったですね。阿吽の呼吸じゃないですけれど、互いがそれぞれ好きなスタイルを持ち寄った、自然な演奏になっていると思います」




☆☆歌の根っ子を掴みたい

ーー今回の『Folklore Session』は多くの曲がフォークやブルーズ、ある
いはマウンテン・チューンやトラディショナル・ナンバーなど、古い時代
に北アメリカで生まれた歌のカヴァーですね。そういう意味ではソングラ
イターとしての中村まりというよりは”語り部”としての中村さんを押し出
したような内容になっています。なかには1920年代に歌われた「The Cuckoo Bird」のような曲も入っています。そうした古い時代の曲を現代という時代に歌うことに関して、どう思われていますか。


                                                               「今おっしゃって頂いたように、まさに語り部なのかもしれません。私が歌手として一番大事にしているのは、その曲の根っ子を掴むことなんです。歌が生まれた時代と今自分が置かれている環境が違うからといって、考え過ぎるのは良くないと思います。そうですね、何と言えばいいのかはよく解らないですし、無責任な言い方になってしまうかもしれませんが、自分のオリジナル曲に比べると、会ったこともない他人が作った古い曲を歌う時、私は背負うものが遙かに少ないわけです。オリジナルを歌う時はやはり自分なりにその曲を作った背景を表現しようとして、一つの方向に向かって繊細な表現を追い求めていこうとするのですが、カヴァー曲の場合は歌詞の中に表現されている感情に対して遠慮がなくなり、表現にも選択肢の幅が生まれるように思えます。もう少し客観的に自分の歌を見つめているもう一人の自分がいて、より歌うという行為そのものに集中できることがおもしろいところです。それに、より過去のトラディショナルの録音になるほど、現代の歌唱法では当たり前となっている個人的な感情移入を前提とした歌い方と比べて、歌い手がその歌の物語を客観的に眺めつつ、フラットに歌っている印象を受けるんですよね。もしかしたらそうした立ち位置にも近いのかもしれません。これは私の勝手な解釈かもしれませんが、歌詞をすべて把握出来なくても、極論で言えば歌詞が付いていなかったとしても、曲のメロディ自体にその歌の喜怒哀楽があって、その歌の気配や物語を察することが出来るように思えます。そしてたとえ時代は違っても、人間の喜怒哀楽というのは基本的にはそれほど変わらないものだとしたら、曲が古いとか新しいとかではなく、歌の根っ子やエッセンスを掴むことは可能だと思っていますし、掴みたいと常に思っていますね。
ちなみに『このヴァージョンが最高!』とか、『えっ?このヴァージョンも知らないの?』とか、『この歌はどこの国で何年に生まれてこうやって伝播していったんだ!』といった話になってくると、歌がすごく窮屈になってしまうと思うんです。だから考え過ぎず、
背負わず、ですかね。私の場合はいろいろなヴァージョンを知らなくても、自分が知らないことに対しては、わりとあっけらかんとしています(笑)」



ーー音楽はお勉強ではないですからね(笑)。例えば『Folklore Session』
にも収録されている「Fishing Blues」で言うと、ぼくは最初に聞いたジェ
フ・マルダーとエイモス・ギャレットのカヴァーが一番体に馴染んでいる
んです。むろん向学のために原作者であるヘンリー・トーマスの歌もレコ
ードで探して聞いたんですが、録音が古過ぎるせいかいまひとつピンと来
ないんですね(笑)。だからぼくはそれぞれの世代の体験したものが一番
リアルなものだと思っています。


「そうですね。それが本来の意味での伝承歌なのかもしれません」

(中巻に続く)
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by obinborn | 2011-09-16 11:52 | インタヴュー取材 | Comments(0)  

ロング・インタヴュー、中村まり(中巻)

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1. The Cuckoo Bird (traditional)
2. Lonesome for You (A.P.Carter)
3. Dueling Banjos (Arthur Smith & Don Reno)
4. I Am a Man of Constant Sorrow (traditional)
5. Going Down the Road Feeling Bad (traditional)
6. Rocky Raccoon (John Lennon & Paul McCartney)
7. John Henry (traditional / words adapted from traditional and Leslie Riddle)
8. Weissenalone (Gen Tamura)
9. Midnight Rider (Gregg Allman & Robert Payne)
10. Bound to Fall (Michael Brewer & Tom Mastin)
11. Ghosts (Albert Ayler)
12. Last Kind Words (Geeshie Wiley)
13. Viola Lee Blues (Noah Lewis)
14. Fishin' Blues (Henry Thomas)
15. Silo (Sakurai, Yoshiki)
16. Heart Like a Wheel (Anna McGarrigle)
17. Ghost Town Dance (Mari Nakamura & Sakurai, Yoshiki)
18. Some Happy Day (Charley Patton)
19. Hard Travelin' (Woody Guthrie)

ーーところで、この『Folklore Session』は収録曲が全19曲とかなり多いですね。
LPレコードの感覚で言わせて頂くと、これはもう完全に二枚組、
ダブル・アルバムの構成であり、壮大な音楽パノラマといった印象さえ受
けます。曲の配列にしても起承転結の付け方にしても苦労されたと思いま
すが、その点はいかがでしょうか。


「もう少しコンパクトに曲を絞り込むようなやり方もあったと思うのですが、私が持ち込んだ歌でも桜井さんが提案された曲でも、この歌は生かしてあの曲は削ってというような選択をしたくなくなったこともありまして。せっかくだから持ち寄ったすべての曲を収録してしまおうということになりました(笑)。選曲を厳選するとどうしてもアルバムの幅が限定されて、収録もより神経質になってしまう側面もあったかと思いますので、今回のように、様々な時代の様々な曲を一緒くたにしてアルバムに詰め込んだことはこのアルバムの特徴になったとも思います。また、曲が多く、「Weissenalone」のようなソロのとても短い曲から全員で一発録音した「Hard Travelin’」の様な曲まで、様々な楽器編成の曲がちりばめられていたことも、演奏する上で良い気分転換になりましたね」

ーーそれは健康的ですね(笑)。ちなみに二枚組の名作と呼ばれるアルバ
ムの曲数を今回少し調べてみたんです。まずビートルズの『ホワイト・ア
ルバム』が全部で30曲。ローリング・ストーンズの『メイン・ストリート
のならず者』が18曲。そしてスティーヴン・スティルスの『マナサス』が
22曲でした。


「なるほど~。私たちもこの『Folklore Session』はとにかく曲が多いので、やはり曲の並びや起承転結には気を配りました。初めはいっそのこと二枚組という案も出たのですが、案外収録時間が一枚に収まることもあり、1枚になりました。そうですね、これはアナログ盤を聴き慣れている桜井さんのアイデアで、A面とB面のように間で一旦分けて流れを作ることになりました。
具体的にはまず初めの2曲は自己紹介的な意味も含めつつ、アルバムの入り口として楽器の編成も含めてロンサム・ストリングスと私の関係性を誰にでも入っていきやすいように心掛けました。3曲目からいよいよロンサム・ストリングスの世界観の幕開け、前半から中盤にかけてはフォーキーな側面を出しつつ、中盤の「Midnight Rider」、「Bound  To Fall」や、B面の頭から後半に向かっては、より濃い世界に入っていくようにイメージしています」

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☆☆☆受け取るばかりではなく、与えたい

ーーCDの構成をそのままライヴ・ステージでの流れに置き換えていくと、
「Weissenalone」が田村玄一さん、アルバート・アイラーの「Ghosts」が
松永孝義さん、「Silo」が桜井さんの紹介のような気がします。原さとし
さんのイントロデュースは、彼がリード・ヴォーカルを取る「Midnight Rider」で。この曲では中村さんはバックに回っている。そうした小技もアルバム全体のいいアクセントになっていますね。

「はい。あとは私と桜井さんの共作「Ghost Town Dance」が今回は唯一の歌物のオリジナル曲なのですが、あの曲もアルバム全体のなかで特殊な立ち位置になっていると思います」

ーーその「Ghost Town Dance」についてお伺いします。中村さんは新世界
でのお披露目ライヴの際、『廃墟の街の歌です』と紹介されていましたが、
それを聞いて3月に起きた震災のその後の世界を何となく想像したお客さん
がいらっしゃったかもしれません。自分の書いた歌が好むと好まざると作者
の意図を離れて聞き手それぞれのものになっていくのは往々にしてあること
ですが、ソングライターとして歌の持つそうした側面をどう考えていらっし
ゃいますか。


「お恥ずかしいことに、小尾さんがおっしゃられたような解釈があることを、
私は今初めて気が付かされました。もしも私の「Ghost Town Dance」を聞
いてマイナスのイメージを抱いてしまう方がいらっしゃるのであれば、申し訳ないと思います。それでもこうやって真剣に私の歌を聞いてくださる方々がいらっしゃるのですから、曲の解釈とはまさに聞き手の自由なのだと私も
思います。私のほうからも自分の曲をこういう解釈で聞いて欲しいという言う気持ちはありません。ただ今回この曲の作詞を担当した立場であえて言わせて頂けるのであれば、あの曲では天災で故郷を追われた人々についての歌ではなく、時代が変わりかつて繁栄した街を自ら離れていった人たちをモチーフにロマンチックな気分も含めて描いています。もう少しはっきり言うと、この歌はロンサム・ストリングスと私のちょっとした物語になっています。桜井さんから曲のデモ音源が送られてきたときに感じた、フィドル・チューンのような侘しさと楽しさが混ざり合ったようなメロディの印象をゴースト・タウンという比喩的なイメージで、そのまま歌詞にしてみたつもりです。考えてみればすごく大きな時間の流れのなかで偶然にも私たちは出会い、今こうして一緒に楽器を奏でている。そしてそれは音楽的な歴史の歩みの中ではちっぽけな出来事かもしれないけれど、いつか長い歳月が経ってから誰かが気が付いてくれたらいいな、という淡い期待もあります。恐らくこのような”Folklore Session”は過去にも他の場所にもたくさんあり、これからも星の数ほど行われていくのだと思いますが、その中で自分たちがトラディショナル・ナンバーを演奏して過去から受け取るだけではなく、先人たちと同じように何かを未来に投じたいという想いなのでしょう。この「Ghost Town Dance」を他の古いトラディショナルカヴァー曲と同軸でアルバムに収録することを考えたときに、私たちもまた伝承し、生み出し、残していくという役割を果たしていることを思い出し、この曲を、過去と現代を直接的に結びつけるような、意義深い特別なものにしたいと思って歌詞を書きました」

ーーぼくのほうこそ、中村さんたちのそうした想いにはまったく気が付きま
せんでした。でもこのCDが100年後、200年後にタイム・カプセルから開け
られて、未来の子供たちが「Ghost Town Dance」を再び歌ってくれたら、
 本当に素晴らしいことですね。


「そうですね。もしそんなことが起きたら本当に嬉しいです!」


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(下巻に続く)
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by obinborn | 2011-09-16 11:51 | インタヴュー取材 | Comments(0)  

ロング・インタヴュー、中村まり(下巻)

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☆☆☆☆歌い始めた頃はもがき苦しんでいました

ーーさて、ここでロンサム・ストリングスのお話はひとまずおしまいにして、中村まりさんの音楽について伺っていきたいと思います。中村さんにはいろ
いろな魅力があると思いますが、ぼくがやはり一番感じ入る部分は、時代や
 流行にはけっして流されまいとする悠然とした佇まいです。それは意識して のことではなく、やはり地のものなのでしょうか。

「もうそのままですね、本当に。だから逆に無理はしていないんだと思います。時間を掛けて、自分のやりたいことと少し得意なことが一致したのが今の音楽スタイルだったんですね。
私自身はよく指摘されるようにことさらブルージーな歌い方を意識しているわけではありません。それよりも体を使う楽器としての声をどうやったら正しく響かせることが出来るのだろうか、装飾なく自然に声を出していくにはどうしたらいいんだろうか、といろいろ試行錯誤していった結果、現在の歌唱法に辿り着きました。またギターという楽器に関しては、歌の伴奏者であり理解者であるといった”二つで一つ”といった関係性がとくに好きですね。例えば今ご指摘があったように、ギターの表現方法のひとつとしてスライド奏法もいいなあとは思うのですが、歌とギターが無理なく一番寄り添える方法が、私の場合フィンガー・ピッキングのスタイルだったんですよね。ミシシッピ・ジョン・ハートにしてもドク・ワトソンにしても、歌とフィンガー・ピッキングがワンセットでしっかり結び付いている点が素晴らしいですね。先の”二つで一つ”のお話じゃないですけれど、私はどうやらトータルでアートと呼べるようなものが好きらしいんです。ジョン・ハートなんかステージでのおしゃべりや人柄も含めて彼の音楽であるような気がします。勿論私はヴォーカルのトレーニングをしてギターの練習もしていますが、ここでうまく歌おうとかうまく弾こうとかことさら意識してしまうとやはり駄目なんですね。それよりは自分の頭や体から無意識のうちに出てくるような歌い方がいい。それは地声で歌っていることとも関係してくるのかもしれません。まあ本当はいろいろな声質を自在に使えたらいいのですが、無理のない歌い方という結論に達してからはすごく楽になりました。私は最初ジョニ・ミッチェルに影響を受けて音楽を始めたのですが、どう考えてもジョニの場合、一体どこから声を出しているの?!という超人的な感じがするじゃないですか(笑)。あれを最初の基準としてしまったがために、初期の私はとにかくもがき苦しみましたね(苦笑)。そしてやがてトラディショナル・ソングのシンプルなメロディやフラットな歌い方に出会ったことも転機になりました」



ーー自主制作のファースト・アルバム『Traveler and Stranger』(02年)の
頃と今とでは、中村さんの印象はかなり違いますね。『Traveler』アルバム
には、それこそジョニ・ミッチェルの匂いがします。


「そう、ですからまさに悶々としていたんですよ(笑)。とくにヴォーカルは今とはかなり違いますね。あの頃は音楽を始めたばかりだったので、まだまだ修行中という意識もありましたし、自分がやっていることを誰も解ってくれないんじゃないだろうかと考え込んでしまったり、歌にしても演奏にしても気持ちばかりが先走ってしまい、心と体が全然追いついていかなかった感じですね。今でしたらどうしたらもっと音楽的な表現になるんだろう? などと考えるのでしょうが、あの頃はそれ以前に自分の歌を吐き出すだけでいっぱいいっぱいでした。おっしゃって頂いたように当時の「Complicated」や「Foolish Game」といった歌にはシニカルな面がありますしね。でももう一度同じことをやれ!と今言われたとしても、もう二度と出来ないでしょうね。そんな意味ではこれはこれで自分なりの一本気な記録であり、その時の輝きだったかなとも思っています」


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1. Stranger
2. Let Me Be Dead
3. Too Easy To Give Up
4. Sleep Well
5. Complicated
6. Foolish Game
7. Tomorrow I'll Be Gone
8. All We Have To Know
9. Deserted Woman
10. Don't Think Twice, It's All Right

(02年に発売された記念すべきファースト・アルバム。混沌としつつも、歌に対する
ひたむきさが骨っぽくザクザクと伝わってくる)

ーーライヴ活動では弾き語りをベースにしながらも、その時々の様々な共演
者たちによって微妙に音の色彩感や選曲が変わりますね。そうしたニュアン
スの違いも毎回楽しみにしています。


「ライヴではその日の共演者の方々の個性も考えつつ、毎回テーマを決めます。その日に演奏するカヴァー曲に関しては、いつも新しいレパートリーを増やすというわけにはいきませんが、過去に歌った曲のなかから、この人と一緒に演奏するならこの曲がいいだろうな、あの曲はちょっと違うだろうな、といった選択を含めて、やはり様々なことを考えます」


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☆☆☆☆☆もっともっと歌いたい

ーー中村さんは今年、細野晴臣さんのアルバム『Hosonova』にも参加する
など、より広く注目されてきました。人前で歌うようになってから確か11
年めになるかと思うのですが、音楽活動を始めたばかりの頃に比べて、ご自
身で周囲の環境の変化に戸惑うことはありますか。


「一歩ずつやれる範囲を広げてきたので、戸惑うことはありませんね。これがいきなりメジャーになったとか、急にお金持ちになったとかいうのであれば話はまったく別だと思うのですが、私の場合それほどお金が入ってくるわけではありません(苦笑)。ですからそこそこ上がってきた今がちょうどいいバランスなのかもしれません。やはり苦労しない程度にはお金があったほうがいいですし、お金がないほうがいい音楽を作れるという意見に対
しては、そう単純なものではないだろうと思います」


ーージェイムズ・テイラーの初期の作品に「ジューク・ボックスの歌」があ
ります。その歌詞には『人々がぼくの悲しい歌に共感してコインを入れてく
れるのなら、ぼくはいつも悲しい顔をしてなくてはいけないのかな?』とあ
ります。少しアイロニカルな内容の歌なのですが、ジェイムズがかつて陥っ
たこうした違和感についてはどうでしょう。


「歌うことが苦痛になるような状況になったことが私にはまだありません。
語り部のお話ではないですが、むしろ望まれる歌は進んで歌いたい!くらいの心境です(笑)。確かにあの曲を歌ってください、この曲が好きですといったみなさんの声はありますが、その曲を歌いたければ歌いますし、仮にその日のライヴの流れにそぐわないという理由で歌わなくとも、今のところ誰からも責められないですからね」


ーーところで、ライヴ・パフォーマンスとスタジオ・レコーディングの違い
をどう意識されていますか。



「最初の自主制作盤を含めるとこれまで3枚のソロ・アルバムを作ってきましたが、それぞれにトータルな世界を感じてもらえることを目指してきました。スタジオ録音でもライヴのような弾き語りのトラックというのは、まず前提としてあるんですね。そのこと自体はライヴとそれほど変わりません。でもそこに後から必要に応じてギターでもコーラスでも自由に加えていけるのがスタジオ録音の良さだと思っています。逆にライヴの場合は、限られた時間と人数のなかで出来ることを毎回探していくという感じです」


ーー「Peace Of Mind」の録音で中村さんは効果音的なエレキ・ギターも弾
き、終盤ではシンバルも叩いていますね。

「そうなんです(笑)。やはり自分が思い描く曲のイメージというものがあって、なるべくそれに近いものにしたいと願うわけですから、あのシンバルのひと叩きにしても、何度も一人でやり直しているんです。スタジオではいつもそんなカッコ悪い作業を黙々としているんですよ(笑)」


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☆☆☆☆☆☆いつかもっと素晴らしい曲を生み出したい

ーー大袈裟な手振り身振りの歌が世界には溢れ返っています。中村さんのよ
うに市井の人々の暮らしを見つめたり、日々の小さな営みに光を当てていこ
うとする歌は、どうしても置き去りにされがちです。そうした現状に関して
ソングライターとして、どう思っていらっしゃいますか。


「ときに皮肉を言うくらいにとどめて、私自身はあまり批判的な気持ちはないですね。自分と他人とはやはり違うものですから、どうしてこの歌にこういう側面から光を当てないんだろう?とか他人のことを言っても何も始まらないですし。自分で曲を書いていると解るのですが、ソングライターは誰しも、いい曲を生み出そうと真剣なのだと思います。全員がよかれと思って曲を作ろうとしていると思います。ただ、出来上がった曲には自ずと作者の人間的な器や、物事を見るセンス、表現力が出てしまうだけなのだと思います。ですからむしろそれは私自身に突き刺さってくる問題ですね。私もいつかロン・セクスミスや他の素晴らしいアーティストのような歌を書けたらいいと常に思って書いています」


ーー中村まりという知らなかった歌手の「Night Owls」という歌を初めて聞
いた時、ぼくは自分という棘が収まっていくような感動を覚えました。やは
りぼくも人間ですから、時に邪悪な部分が出てきてしまったり、他人に対し
て剣を放とうとするんです。それでもあの歌を聞くことで、その剣を収める
ことが出来た。まるで砂漠のなかにやっと水脈を発見したような思いがしま
した。


「曲を作るというのはとても孤独な作業なので、そう言って頂けるのは本当に嬉しいです。悶々と悩んでいた初期のお話を先ほどさせて頂きましたが、私は私でしかないので無理をせず、何も気に病む必要はないんだなといつしか思えるようになったんですね。そんな私の歌をあるがままに受け止めてくださる方々が案外いらっしゃるんだなという事実は、すごく大きいことです。
私、震災の後しばらくは自分で歌うのも音楽を聞くことからも遠ざかりたい気分だったんです。結局は歌うことで、自分自身の気持ちが和らいだのですが。あの地震の直後にはチャリティのイベント(バンバンバザールが呼び掛けて3月17日に渋谷のクアトロで行われた『勝手にノース・バイ・ノース・イースト』)で何曲か歌わせて頂いたのですが、出演するまでは今こういう大変な時に必要とされる自分の歌が果たしてあるのだろうか、と考えさせられました。そもそも被災された当事者の方々は音楽を聞けるような心理的状況に置かれていないのですから、ある程度音楽というものが非現実的なものであり、聞く側の余裕を前提にして成り立っているんだな、とも思い知らされました。普段演奏しているレパートリーにしても、ブルースや物事のマイナスの部分を扱った歌が多く、この深刻で生々しい現実に対していかに無責任で甘ったれた内容の歌詞が多いか、また私もそうした曲しか持ち合わせていなかったかと思えてきたんです。そんな中で歌う気持ちになったのがカーター・ファミリーの「Keep On The Sunny Side」やロン・セクスミスの「Former Glory」で、それらの曲が持つ普遍的な底力に驚きました。どんなどん底の状況の中でも聴くに耐えうる歌、差し支えのない歌というものが、最終的に一番必要とされる歌だと思いましたし、今後はそのような曲を書かなければならないと思います」



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ーー今日はお忙しいところ、どうもありがとうございました。それでは最後
に生涯のフェイヴァリット・アルバムを5枚挙げて頂けますか。



「こちらこそありがとうございました。生涯の5枚ですよね。う~ん、どうしようかな。難しいですね。HMVの『無人島アルバム』のアンケートとも重複してしまいますが、まずは大好きなロン・セクスミスの『Cobblestone Runway』ですね。それからリールタイム・トラヴェラーズの『Livin' Reeltime, Thinkin' Old Time』、アメリカン・ルーツ・ミュージックの教科書として『Anthology Of American Folk Music』も忘れられません。ポール・マッカートニーのアルバムとしては『Ram』ですね。そして私はジョニ・ミッチェルの「Big Yellow Taxi」を聴いたことがきっかけで古い音楽に目覚めたと言っても良いので、最後はやはりジョニを選びましょう。「Big Yellow Taxi」が収録されている『Ladies Of The Canyon』ですかね」



(2011年8月16日 新宿スカラ座にて)
取材・文 小尾 隆
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by obinborn | 2011-09-16 11:48 | インタヴュー取材 | Comments(4)  

10月16日

10,000字の原稿はようやく最終コーナーに入ったところ

スタジオ・レコーディングでいえば 一通りの録音を終えて
これからミックス・ダウンをし マスタリングを施すといった
段階だろうか

夕方 骨休めのためにウォーキングを11.621歩ほどした
そのせいかどうかは解らないが 帰ってきてから聞いた
ラヴィン・スプーンフルの『Daydream』が新鮮に響いてきた

1966年にリリースされたアルバムが こうしてまたフレッシュに聞こえてくる
そんなところに音楽の尊さや不思議さを感じずにはいられない
とくに「ジャグ・バンド・ミュージック」で始まるアルバムB面が
ぼくは好きで その曲から「つらい僕の心」へと そして「いかしたあの娘」
へと連なっていく時間は もう虹のような体験ではないかと思うくらいだ

ぼくが今書いているライナーノーツの主人公である「彼」もまた
青年時代にラヴィン・スプーンフルに心を動かされた人だ

音楽とはそうした連鎖のなかで呼吸し合うものだと思う

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by obinborn | 2011-09-15 21:55 | one day i walk | Comments(2)  

10月8日

高円寺のJIROKICHIにて東京ローカル・ホンクを

今日のホンクは京都からやってきた男女混成バンドのパイレーツ・カヌーとの
対バンであり この初々しいブルーグラス・チームを心から歓迎しようという
気持ちがしっかりと伝わってきた

パイレーツ・カヌーの演奏が始まるまえに まず挨拶代わりにホンクが「サンダル
鳴らしの名人」を一曲歌ってパイレーツ・カヌーを紹介するという鯔背(いなせ)
な演出 まずこれが効いた ホンク・ファンにはアンコールでのアカペラ曲として
親しまれてきたこの「サンダル」を冒頭に持ってくるという意外性だったが
それがアクースティック編成のカヌーたちの音楽へと自然に連なっていく

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カヌーの河野沙羅は自分が以前から尊敬していた東京ローカル・ホンクとともに
今夜演奏出来ることが信じられないといった感じのMCをしたが それがけっして
社交辞令でないことは客席へも確実に伝わっていったと思う 肝心の演奏にしても
フィドル/マンドリン/リゾネイター(ドブロ)をしなやかに弾ませながら グラス
だけではなくアイリッシュ・チューンへと越境したり変拍子を交えたりと緩急の
付け方も悪くない

第二部に登場したホンクは短いセットながら 今日はとくに完璧な演奏であり
ソング・オリエンテッドなロック・カルテットの理想を描くような瞬間が何度も
訪れた 能天気な「おにぎりソング」で始まりラテン・ビートに彩られた「引っ越
し娘」へと続いた平和な光景が 次に演奏された「目と手」の”平和”のメタファー
に富んだリリックへと溶けていった序盤の展開からして思わず息を飲まずにはいられ
なかったし 次の「虫電車」(ぼくには夏の青梅線のイメージが重なります)が
子供の頃の記憶だとすれば 次の「昼休み」はさながら「虫電車」に揺られていた
かつての少年が大人になり困難で行き場がない現実に直面している風でもある

そうやって彼らの楽曲は聞き手に”自分”を優しく諭させる
だからこそ「昼休み」での田中クニオのリム・ショットの繰り返しが ぼくには
規則正しい時計のようにも 自分の心臓の音のようにも聞こえてならなかったのである

もしスライ・ストーンが日本で暮らしていたらこんな演奏をしていたかもしれない
社会派(およびノンポリ)ファンク曲「社会のワレメちゃん」の演奏が
逞しく後半を束ね そのリズミックな趣きがハイ・サウンドとデュアン・エディとの
出会いともいうべきミディアム・スロー曲「はじまりのうた」へと収束していく

終演後の木下弦二はパイレーツ・カヌーとともに「Bright Side Of The Road」を
歌い終わったあとの高揚感に満たさせていた
そう ヴァン・モリソンが79年に発表した『Into The Music』のオープニングを
飾った曲なのだが 弦二はいささか興奮状態でそのリリックを反芻する 「陽のあ
あたる場所でぼくたちはまた本当の恋人たちへと戻ろうよ」そんな肯定的な歌である

客椅子に座った弦二がファンたちとその歌詞を繰り返し噛み締めている
きっと新しいアルバムを完成させたばかりの達成感もあったのだろうが
この人のこういう素直さは いつも始まったばかりの音楽のようだ

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by obinborn | 2011-09-15 21:47 | one day i walk | Comments(2)  

10月9日

最近はだいぶ量が減ってしまったが 以前勤め人をしていた頃は
毎月LPレコードを20枚、30枚購入するのは当たり前のことだった

人によっては「聞く時間あるの?」なんて言われたりもしたが
いつか栄養になればいいと思いながらあらゆるジャンルのものを
新旧問わずに買い漁っていた

今ではライヴのある日に近くの中古屋さんをたまに覗く程度になってしまっ
たが それでもやはり捕獲は楽しい
そんなわけで8日もホンクのライヴが始まる前に高円寺で2枚のシングル盤を
ゲットしました
昔と変わったのは無理をせず自分らしく ということでしょうか

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まずはチャック・ベリーの64年3月録音の「No Paticular Place To Go」
チェス時代の後期を代表するナンバーであり 4〜シャッフルの流れを
汲みつつもフェンダー・ベースを使用するなどリズムの輪郭はよりくっきりと
している点に(ビートルズの登場など)時代の変化を感じる
歌とリズム・ギターが対話しながら進んでいく典型的なロック曲 いい感じだ!
B面はノベルティというか小唄っぽい「You Two」でスウィンギング・バッパーズ
がレパートリーに加えたらハマりそう! といえば解っていただけるだろうか

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次はリー・ドーシーの66年のAMY吹き込み「Everything I Do Gonna Be Funky
(From Now On)」徴兵で音楽から遠ざかっていたドーシーがシーンに復帰した頃
を代表するナンバーで この時期のアラン・トゥーサンやミーターズとの出会い
がニューオーリンズ・ファンクの礎になる、、、というのはあまりにも有名なハ
ナシ もっと詳しい話は文屋章さんに訊いてみてください^0^ B面の「There
Should Be A Book」は有名でも何でもないが メロディのフックがなかなか効い
ている

ベリーが64年ドーシーが66年 かたやシカゴでもういっぽうはニューオーリンズと
一見脈絡はなさそうだが どちらもリズムの強化が図られていった時代の記録であり
興味深い

以上 百戦錬磨のレコード・コレクター諸氏にとっては”子供のお使い”程度の捕獲
でしたが とりあえずはご報告まで^ー^


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by obinborn | 2011-09-15 21:38 | one day i walk | Comments(2)  

10月10日

青山陽一の新作『Blues For Tomato』のプレ・リリース・パーティを渋谷の
7th Floorにて

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音楽的な語彙の豊かさに比べていささか控えめで内気なところのある青山だが
それでもかなり長い歳月を音楽に捧げてきた
今日はそんな彼をしっかりと受け止めながら5年ぶりとなる新作を祝おうとする
新旧のファンたちで会場は埋め尽くされた
どことなく華やかな雰囲気に満たされるのもレコ発(もしくは先行発売)ライヴ
ならではのものだ

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01. 炎とは何のことか
02. お花見ブルー
03. Empty Song
04. Claytown
05. 毎度の調子
06. Blues For Tomato
07. Life Is Very Short
08. 新しいカメラで
09. Cloudy Hazy
10. 25時
11. 夏は喧騒なり
(bonus track)
12. Can’t Find My Way Home


近年の青山がひとつのテーマとして掲げてきたオルガン・トリオに千ケ崎学のベース
を加えカルテットとして短期間で集中的に録音された新作だが さながら今日のライヴ
はその貴重なデモ録音に立ち会っているかのような錯覚をもたらしてくれた

それもそのはず 第一部では青山のアクースティック(およびエレクトリック)の
弾き語りに同期モノ(ループ)を被せるだけ 第二部ではもはや彼の音楽には欠かせ
ない中原由貴のドラムスとコーラスを迎えるのみという楽曲の骨格を剥き出し
にしたようなスタイルで通されたのだから コアなファンはむしろ得難い体験をした
のではないだろうか

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「so far,so close」をオープニング・ナンバーに選び アンコールでは
「電波組曲」や「starlab」を歌うなど懐かしい曲もあったが 今日の構成の真ん中に
座っていたのはむろん新作『Blues For Tomato』であり 結局その新作からは
「Cloudy Hazy」以外の全曲が披露された 浮遊するメロディ 複雑な和声 そして
近年逞しくなりつつあるヴォーカルに青山陽一を聞いているんだなという実感が
次第に込み上げてくる

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青山の音楽に関して「何を歌っているのか解らない」という感想をたまに聞くことがある
でもぼくは思うのだ 説明的な歌詞や修辞が必ずしも個人の実感とは結び付かないことを
この人はそんな”解りやすさ”に関して慎重な認識を持っているのではないだろうか
仮に「お花見ブルー」や「炎とは何のことか」があと10年20年経ってから
震災の記憶とともに呼び起こされるとしても

「月曜のバラッド」での視覚に訴えるような歌詞を中原由貴の16打ちのブラシが鮮やかに
どこまでも補完していく 

*なお中原さんが彼女のblogでぼくのことに触れてくださいました!
よろしければ読んでみてください
http://mooran170.tamacowolds.net/?page=1

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by obinborn | 2011-09-15 21:34 | 青山陽一theBM's | Comments(0)  

遥かなる巨星、逝く

悲しむべきことに英フォークを牽引したソングライター/ギタリストの
バート・ヤンシュ氏が今月5日癌のため急逝した  享年67歳

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43年にスコットランドのグラスゴーに生まれたヤンシュはやがて英国に渡り 
デイヴィ・グレアムやマーティン・カーシーらとフォーク・クラブで切瑳琢磨し
ながら 米国のフォーク音楽とは違う英国フォークの潮流を60年代を通して
切り拓いていった

ソロ活動はもとより ジャズ・イディオムを取り込んだ革新的な音楽集団である
ペンタングルに籍を置き盟友のジョン・レンボーンらと腕を競った 伝説的なフォ
ーク歌手アン・ブリックスとの親交でも知られる 伝承曲「blackwater side」を
ギターに置き換えつつ歌ったヤンシュだったが そのままジミー・ペイジが「bla
ck mountain side 」として ”盗用”した事件はロック・ファンにも広く知られる
ところだ(ペイジは後年ディヴィ・グレアムとヤンシュに贖罪の意を表している)

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70年代以降も自らのプロジェクトConundrumを立ち上げたり アメリカ西海岸
でのレコーディングを行うなど音楽へのアプローチは静かながらも常に野心的だった

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個人的な思い出を述べさせて頂くと 90年代にソーホーとカムデン・タウンで
二度ほどヤンシュのソロ・ライヴに接する幸運に恵まれた 卓越したフィンガー・
ピッキングの技を持ちながら あくまで歌に寄り添う繊細なギターが今も忘れ
られない それはまさにソングライターとしての彼の矜持だったと思う

世界はかけがえのないアーティストを永遠に失ってしまった
ぼくのこれまでの稚拙な音楽体験から紐解いていっても彼の影響力は想像出来る
善し悪しはともあれ ジミー・ペイジの一件がそれを如実に物語っているではないか

心よりご冥福をお祈りします

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by obinborn | 2011-09-15 21:31 | one day i walk | Comments(0)  

新井くんへのお返事

久し振りにコレクターとしての闘争本能を掻き立てられました

まだお若いのにこの調子で家がレコに浸食されていくとすると
将来は倉庫を借りるような状態になるのかな〜などと余計な心配
までしてしまいます(笑)

それはともかくレコード会社や音楽雑誌の社員はライターや評論家と同じか
それ以上に音楽に精通していて欲しいというのがぼくの願いであります

その点 御社は長野社長をはじめ 新井くんも塩田さんも音楽を
しっかりと解っていらっしゃるのが頼もしいです
とある雑誌社で「アン・ピープルズ」なんていう誤植をされた時はさすが
に目も当てられませんでしたからね(苦笑)

70年代の店舗時代からお世話になっている芽瑠璃堂さん
あの時代にあの店で購入したアルバムの数々は間違いなく自分の栄養
になっています!(ヨイショ!^0^)

そうそう これは塩田さんのご担当ですが 御社11月発売のジェシ・ウィン
チェスター『love filling station』のライナーは約7,000字と気合いを入れて
書かせていただきましたので
激烈なプロモーションをお願いしま〜す^ー^

それでは22日にお会いしましょう!

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by obinborn | 2011-09-15 21:25 | one day i walk | Comments(0)  

10月13日

終日原稿に追われている

突如舞い込んだ依頼は10,000字(原稿用紙25枚!)である
ジェシ・ウィンチェスターで7,000字書いたばかりなので およその青写真
は描けるのだが この長大なライナーノーツは自分のキャリアにとっても
恐らくエポックとなることだろう

むろん躊躇する部分がないわけではなかったが ライヴとレコーディングという
一人のアーティストにとっての両軸を 聞き手の一人として見届けてきたという
思いもあり 引き受けさせていただいた

優れたソロ・アーティストでありソングライターでもある彼だが この人は
いつも”バンドとともに”(always with band)という気持ちを忘れずに
バンドと苦楽をともにしながら 30年という歳月をくぐり抜けてきた

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by obinborn | 2011-09-15 21:22 | one day i walk | Comments(2)