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2月20日

中村まりと笹倉慎介のツーマン・ライヴを中野のRAFTにて。

二人のジョイントは2010年6月の所沢MOJO以来およそ二年ぶりだが、
アーシーな表現に長けた中村にしても、柔らかい語り口が魅力の笹倉にしても、
彼らの音楽はたとえ時間が過ぎ去っても、そこに日溜まりだけは残っているような
感慨を抱かせる。こういう音楽は目指して出来るものではなく、きっと
日頃からどういうことに価値を見い出し、どういうものを愛でるのかといった
習慣に多くを負っているのではないだろうか。そして少なくともこの人たちには
ある種の辛抱強さがあるし、昨日見たものを今日反故にするような乱暴さが
いささかもない。

この日の中村は「How Sweet!」から始まり、「This Old Map」の緩やかな
ワルツや「Invisible Man」のブルージーな響きへと連ねていくという序盤の
構成から見事だったし、中盤のお楽しみであるカヴァー曲は彼女が師と仰ぐ
ミシシッピ・ジョン・ハートの「Slidin' Delta」とディランの「Mr.Tambourine
Man」が選ばれた。とくに着実なフィンガー・ピッキングさばきで何気に実力を
知らしめた前者の表現力には、約50人の聴衆が思わず息を呑むほど。

音楽の新しさや古さといったことについて、あるいは誰が旬のプロデューサー
で誰の音像が時代の様相を切り取っているとかについて、筆者の場合年齢ととも
に以前にも増して関心がなくなりつつある。ものすごく実感を言い当てるとすれ
ば、去年採れた蜜柑や林檎が今年もずっと美味しくあってくれればいい。その豊か
な土地で一年まえにあった樹木をこれから先もずっと見ていたいと思う。中村が
「Night Owls」と「Our Blue」を束ねていく終盤に感じるのは、いつもそんな
ことだったりする。

最後には中村と笹倉によるデュオでジェイムズ・テイラーの「Sweet Baby James」
とキャロル・キングの「You've Got A Friend」が歌われた。こういう場面での
中村のギター・リックも聞き逃せないものだし、二人の息のあった和声があった
からこそ、ぼくにはこの二つの古い曲がまるで今日の新しい歌のように響き渡った。

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(中野・哲学堂にて 2月21日)
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by obinborn | 2012-02-21 21:47 | 中村まり | Comments(0)  

2月17日

デヴィッド・ブロムバーグに関するエッセイを考えつつ、
マイケル・ブルームフィールドがタコマ・レーベルに遺したアルバムの
ライナーノーツを書き始める。

ブルームフィールドといえば一般的には『スーパー・セッション』や
『ライヴ・アドベンチャー』での白熱するレスポール・サウンド、
あるいはもっと遡ればポール・バタフィールド・ブルーズ・バンドに在籍
していた60年代後半の実績が語られることが多いのだが、キャリアの後半
となる70年代半ば以降のソロ作品が実は胆となっている。

79年にトム・ウィラーがブルームフィールドを訪ねた際のインタヴューが、
今となっては数少ない貴重な証言になってしまった。

「昔の私がやっていたことを覚えていて私のソロを聞きにくる聴衆が殆ど
なのさ。どのギグでも必ず『スーパー・セッションをやってくれ!』と叫ん
でいる客がいるからね。そんな風に言われるとどうして!?って本気で腹が
立つよ。私はステージに一人座ってフィンガー・ピッキングをしている男な
んだよ。そんな男がどうしてスーパー・セッションを出来るんだい? オル
ガンはどこだ? ホーンズはいるのか? そう、きみならどうするんだい?」

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ギター英雄という名声を捨て、ミル・ヴァレイに居を構えたブルームフィールド
が掌に引き寄せたのは、ロニー・ジョンソンやエディ・ラングからブラインド・
レモンに至る広大なアメリカ音楽地図への視座だった。一枚のコマーシャルな
アルバムを挟んでタコマに遺した『Analine』(77年)と『Michael Bloomfield』
(78年)の2作品は、人生を選択し続けた男がようやく辿り着いた一里塚。
彼曰く「私はユダヤ人の音楽学者なんだよ」
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by obinborn | 2012-02-18 00:25 | blues with me | Comments(0)  

2月13日

昨日(12日)は原稿を2本仕上げ、気分良く下北沢に向かうことが出来た。
ライヴのまえに例によってフラッシュ・ディスク・ランチでレコ掘りを
ちょうど一時間。今回もまた7'sのコーナー、それもR&B・ソウルのみの
チェックに集中したせいか、かなりの収穫でした^0^
しかもお値段はすべて各500円!と、まさに良心的レコ屋の鑑!
以下、自己満足的に捕獲日誌を(笑)。

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下列左より時計回りに。
ウィリアム・ベル「Never Like This Before」リトル・リチャード
「Good Golly,Miss Molly」ジョー・テックス「Show Me」ラムゼイ・ルイス
「Wade In The Water」スティーヴィ・ワンダー「Uptight(Everything's All
right)」ウィルバート・ハリソン「Kansas City」

ベルの「Never〜」はミディアムで叩くアル・ジャクソンの粘り腰的なDsが
やはり感動的。
リチャードのはクリーデンスやミッチ・ライダーもカバーしたロックの基本。
テックス「Show Me」のアゲアゲ感はサイコーであり、ドラムのブレイク部など
Djであれば”抜きたい”ところだ。実際一時はフロア需要が凄かったと伝え聞く。
ラムゼイ「Wade〜」も「The In Crowd」とともにレア・グルーヴの定番的ナン
バー。スティーヴィ「Uptight」の頭打ちDsの気持ち良さは、テデースキのライヴ・
ルポで記述したばかりのことだった。ウィルバートは彼の代名詞的な「Kansas
City」は、グレアム・パーカー&ザ・ルーモアの熱いライヴ・ヴァージョンを
ロック・ファンであれば記憶に留めていることだろう。ウィルバート版は
スカ寄りのシャッフル・ビートであることが興味深く、また途中のアイク・ターナ
ーばりのギター・ソロも最高!

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中央下から時計回りに。
ヒュー・マサケラ「Grazing In The Grass」はピアノ・リフの高揚感が好き。
タイロン・ディヴィス「Turn Back The Hands Of Time」は言わずもがなの名曲。
The Sound Of Chicagoというロゴ表記さえ感動を覚えるほど。R&Bのコーナ
ーで初期のスカに貢献したロード・キチナーの「Neighbour」を発見出来る
喜びもレコード探訪の醍醐味だろう。ステイプルズの公民権讃歌「Respect Your
self」は71年の11月に全米で12位までに上った記念碑。映画『ワックスタックス』
のDVDの副音声ではラッパーのチャック・Dとカナダのソウル音楽研究家ロブ・
ボウマンによる価値ある対談も聞くことが出来る。脱線してしまったが、
フォンテラ・バスがボビー・アクルーアとデュエットした「Don't Mess Up
A Good Thing」をぼくはライ・クーダーのヴァージョンで知ることになった。
デルフォニックスのフィーリー・ソウル「Didn't I」はバラード。最後(中央)
のアル・グリーンはストーンズも(レコーディングはないが)演奏した「I Can't
Get Next To You」。アルにしてはかなりブルージーなナンバーだが、素晴らしい。

本日の格言:「7インチ 探し回せば いと楽し」

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こちらはすべて愛するレゲエの7s。ただいまレーベル別に整理中です!
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by obinborn | 2012-02-13 13:09 | one day i walk | Comments(2)  

2月12日

さすがは木下弦二! そう思わずにはいられないソロのワンマン・ライヴ
だった。

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ナチュラルな音響に定評があるため、アコースティックに心を砕く音楽家たち
から重宝され評価が高い下北沢のLeteだが、そこに今回初登場した弦二は
いささかも物怖じすることなく普段通りに自分の世界を醸し出し、やがて
聞き手たちを快いウネリのなかへと引っ張っていった。

アンプに直結されたセミアコ一本とマイクを通さないヴォーカル。そんな
ある意味一切逃げ場がないスタイルで通した故に、声にしてもギターに
してもちょっとした強弱や陰影がうまく伝わり、歌の輪郭が際立つ結果
となった。スタッフの目見論は恐らくLeteという場所でどれだけ弦二
の歌が届くかどうかにあったと思うが、これは大成功だったと思わずには
いられない濃密な2時間となった。

東京ローカル・ホンクのファンとしては、弦二がバンドに持ち込んだ曲たち
の生成過程をつぶさに目撃するレアな体験であり、気の置けないデモ録音の
ようでもあり、ちょっと贅沢なリヴィングルーム・コンサートでもあったはず。

久し振りに歌われた「心の行進」と「湯けむりの街」。あるいは本編の最後を
そっと照らし出した「おいのりのうた」などは、うずまき時代の曲が今なお
弦二が辿ってきた確かな足音であることを伝えていたし、ここ最近演奏する
ことが多いヴァン・モリソンの「Bright Side Of The Road」は、いつもぼく
に暗い時代の明るい歌のことについて考えさせる。

吟味されながら最終的に絞り出されたであろうシンプルな歌詞の奥行き
(「ヒコーキのうた」「昼休み」「冬眠」など)に関しても、こうした弾き語り
にかかると、彼が書いた歌の最初の聞き手になったかのような錯覚に陥って
しまうほどだった。あるいは「聞きたいこと」での真剣さや広がりについて
も然り。

誰もが自意識という厄介な生き物を抱えている。恐らく弦二も最初はそうで
あっただろう。その迷宮の罠に陥ったことも、その周りをただ彷徨うばかりの
時もあったはずだ。果たして今の彼はどうだろうか。たとえ少なく見積もった
としても、弦二が今響かせている音楽は自分のためというよりは、遥かに人と
向き合いながら懸命に語りかけるものではないだろうか。名前がないものに心     
を寄せ、静寂のなかに多くの声を聞き取りながら。

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by obinborn | 2012-02-13 01:46 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

2月9日

 集合音楽としての楽しさ、信頼がもたらす連携したプレイ、音楽地図を瞬時に塗り
変えていくようなスケールの大きさ。テデースキ・トラックス・バンドはどれをとっ
ても文句なしの快演を果てることなく聞かせた。そのジャム演奏はさながらオーネッ
ト・コールマンズ・プライムタイムとオールマン・ブラザーズ・バンドの合体とも言
うべき総力戦(フリーキーな祝祭とブルーズ遺産との統合)であり、初来日の最終公
演となったこの日の渋谷公会堂でも、彼らは休憩を挟まず2時間半に亘って熱が込め
られた演奏を繰り広げた。

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 「このバンドはみんなが主役なの」とテデースキが簡素に言い含めるように、全部
で11人がずらりと並びながら火花を散らし合うインタープレイは、曲の枠組みやCD
の空間と時間の制約から解き放された凄みを見せつける。二つのギター、二つのドラ
ムス、三人のヴォーカリストといった大所帯ならではの賑やかさだが、それでも統制
や均衡が取れたものであり、「Days Is Almost Gone」のようなソウル・バラードに
しても、主役テデースキからマイク・マティソンへと歌い継がれる部分で大きな歓声
が沸き上がるなど、聴衆の多くがスワンプ風味溢れるこの得難いヴォーカリストに
敬意を払っている様子がよく解る。

 先立った名古屋や大坂公演そして東京での初日(8日)とそれぞれ大幅に入れ替わ
っていくセットリストは、グレイトフル・デッドからフィッシュに至るまで培われて
きた音楽の旅を無言のうちに実践する。その足廻りの良さは多くのヴェテラン組が創造
性と過去のヒット曲との間で腐心する姿とはどこまでも対照的だ。ファンにしても、
どの曲が選ばれ選ばれなかったのかという子細よりも、演奏そのもののダイナミズム
や一期一会をきちんと受け止めようとするグッドなヴァイヴに溢れていた。

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 むろんデレク・トラックスのスライド・ギターはその澄んだトーンといい、アラビ
アン・チャントまでに越境するフレージングといい、畳み掛けていく際の奔放さとい
い思わず息を呑まずはいられないものだが、音楽的な影武者と言ったらオテイル・バー
ブリッジだろう。デレクとともに新生オールマンズに進むべき道筋を示したこのベース
奏者は、泥臭さのなかにも譜割りが細かいジャズ〜フュージョン的なセンスがあり、彼
の柔軟な持ち味はスティーヴィ・ワンダー66年1月の大ヒット曲「Uptight(Everything's
Allright)」でフューチャーされたアップ・トゥ・デイトなベース・ソロによく表れていた
と思う。しかも驚くべきことに、同曲ではオテイル自らがファルセット・ヴォイスでスキ
ャットをし、ミルトン・ナシュメントばりの声を披露したのだった。「Uptight」はご存知
の通り、65年のストーンズ曲「Satisfaction」同様に頭打ちのスネアが連続するナンバー
だが、そうしたタイトなノーザン・ビートを背にベースとヴォイスで縦横無尽のグルーヴ
を生み落としていくオテイルの存在は、きっと想像以上に大きなものに違いない。

 オテイルとは実の兄弟であるコフィ・バーブリッジがハモンドB3とクラヴィネッ
トを自在に組み合わせたキーボードを展開するあたりも、このバンドが継承物語だけ
に依っているのではないことを知らしめる。ジョン・セバスチャンが帰郷を願う自分
を恋人に語る67年の(ヴェトナム戦争を仄めかせた)「Darling Be Home Soon」
のカヴァー演奏にしても、原曲の味わいを保ちつつそのリズム解釈は斬新な閃きに
満ちていた。同じカヴァーではこの日はディレイニー&ボニー&フレンズの有名な「
Coming Home」が演奏されたが、こちらは比較的オリジナルに忠実なアレンジであり、
新生面の打ち出しと守るべき伝統の結晶というテデースキ・トラックス・バンドが掲
げるすごく大きなテーマを鮮やかに映し出してゆく。奇しくもこの夜は”家に帰る”
を主題にしたカヴァーが2曲並んだが、それらがもたらすメタファーもまた僕たち
一人一人に投げかけられたものだ。実際、”家に帰る”という平易な言葉がこれほど
苦みを伴うものに変貌するとは、恐らく多くの日本人が一年まえには思っていなかった
はず。

 またブルーズから受けた恩恵という面ではマディ・ウォーターズが1950年に歌った
「Rollin' And Tumblin'」も選曲されていたが、原曲の「もしも川がウィスキーだった
ら」(If The River Was A Whiskey)というブルーズや伝承歌の常套句が消されて(メ
ンバーに飲酒嫌いでもいるのだろうか)、新たなリリックが加えられるなどの細かい
工夫もあった。この日アフロ=アメリカンの音楽家からはワンダーとマディの曲が選
ばれることになったが、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの「Sing A Simple Song」
と「I Want Take You Higher」が束ねられた日もあったという。

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 ミシシッピの大地を這うような粘っこい空間を醸し出した「Wade In The Water」、
ブルージーなリフが剛胆さを際立たせる「Learn How To Love」、全員が一丸となっ
た「Love Has Something Else To Say」などの生き生きとしたアンサンブルは最高に
痺れたし、テーマのメロディを大胆に解体して長尺曲に変貌した「Bound For Glory」
(コフィがフルート・ソロを取ったのはこの曲だったろうか?)も、静から動へとデレ
クのスライド・ギターが最高の見せ場を作ったメロディックな「Midnight In Harlem」
も、まさに集合音楽の最高峰といったところだろう。ホーンズの三人やバッキング・
ヴォーカル二人のヒップホップ的なダンスもいいアクセントになっていたし、彼らが
持ち場を離れる時はドラマー二人の背後でパーカッションを鳴らし続けるなど、リズム
・コンシャスな方向性〜ビートの波を常に考えながら一体化していく姿が頼もしい。

 萩尾望都が「11人いる!」で描いたのは10人の仲間が一人のエイリアンと心を合わせ
ながら困難に立ち向かっていく近未来のファンタジーだったが、テデースキ・トラックス
・バンドの11人が育むものもまた、現代に於ける音楽遺産の継承と発展をめぐる寓話のよ
う。そんなことまで思いを巡らさずにはいられなかったほど素晴らしい夜だった。

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(写真は彼らのオフィシャル・サイトから転載させて頂きました)
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by obinborn | 2012-02-10 12:17 | one day i walk | Comments(7)  

2月8日

「ここに収められたブルーズは真実のファンク、太く、新鮮で、人生の
剥き出しの断片である。そして汗まみれで、煙草とウィスキーの匂いに
満ちた幾多のクラブ、そうシカゴのサウスサイドで繰り広げられてきた
何千もの夜を詰め込んだものだ」

マイケル・ライドンがライナーノーツにそう記した『The Wizards From
Southside』(チェス84年)は、そんなシカゴ・ブルーズの入門的なコン
ピレーション・アルバムだ。比較的ダンサブルなナンバーで固められた
選曲からは、確かにファンクの元が感じられる。ブルーズのレコードをそ
れなりに集めてきた私も、こうしたコンピを見つけると思わず購入してし
まう。

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中央下から時計回りに、ウォルター、ボ、ウルフ、マディ、サニーボーイ二世
そしてジョン・リー。むろんロックの教科書にも欠かせない人たちだが、
そのような接し方から解放された時、彼らのブルーズはきっとあなたに微笑む
ことだろう。音楽はお勉強ではない。

1. Down in the Bottom Howlin' Wolf

2. Rollin' N Tumblin' Muddy Waters

3. Walkin' the Boogie John Lee Hooker

4. Evan Shuffle Muddy Waters

5. Mellow Down Easy Little Walter

6. Evil Howlin' Wolf

7. Still a Fool Muddy Waters

*   *

8. Hate to See You Go Little Walter

9. I Ain't Superstitious Howlin' Wolf

10. She's Mine, She's Fine Bo Diddley

11. Just to Be With You Muddy Waters

12. I'm a Man Bo Diddley

13. Bring It On Home Sonny Boy Williamson

14. Mannish Boy Muddy Waters

ちなみにこの『Wizards』は現在MP3のみで流通し1曲100円で
購入出来るのだが、当然ながらアルバムに記載されていた楽曲ご
とのパーソネルは読めない(ここはフレッド・ビロウがDsでこっち
はサム・レイだぜい〜というハナシが出来ない)。
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by obinborn | 2012-02-08 18:58 | blues with me | Comments(0)  

2月7日

 山本智志さんへのインタヴューのなかでは、音楽にまつわる好きな映画についても
語ってもらった。ぼくが観たことのある作品もあれば、まだ観ていない作品もあっ
た。今年前半のささやかな目標はそれらの映画を体験することだったりするのだが、
まずは自宅にDVDがあった『ラブソングが出来るまで〜Music And Lyrics』(英06
年)から。

 80年代を飾った人気バンドのヴォーカリストがその後落ちぶれて、ノスタルジッ
クでぱっとしない巡業に明け暮れるところからストーリーは始まる。スターの栄枯
盛衰は古今東西繰り返されてきたことだが、彼が属していたバンド”POP"の音楽性
(DX7キーボードとシモンズ・ドラムズによる貧弱なサウンド)も今や古色蒼然たる
もの。駄目男を演じさせたらこれ以上のものはないと思わせるヒュー・グラント
扮するその元アイドルは、そんな現実をありのままに受け入れている風でもある。
どうあがいてもこれ以上でもこれ以下でもないその偶像に対して、ことさら
懐疑するわけではない。

 ところがある日突然、彼の家に”水を注ぐ”女性(ドリュー・バリモア)がやって
来ることで彼は今までの人生を見つめ直し、ソングライティングに向き合うように
なる。当代きってのポップ・ディーヴァ、コークにたまたま曲を依頼されたことがき
っかけであり、たった7日!で曲を作ってこいと言われてからのヒューイとドリュ
ーの奮闘が映画の背骨を支えている。せっかく作った曲が勝手にアレンジを変えられ
歌手のコークにしっかりと異議を唱えるドリューと、”まあこんなもんだよ”と達観
するヒューイの対比は、音楽産業の垢に染まっていない女とどっぷり浸かってしまった
男の行き違いのようにも思えて興味深いし、そんなあべこべのカップルがいつしか
心を合わせながらソングライティングに取り組んでいく様(むろん脱線もあれば齟
齬も親愛の感情もある)に、ゴフィン&キングやウェルズ&マンら50年代の作詞作曲
コンビの姿を重ね合わせるのも自由だろう。

 現在40歳以上の方であれば、もうこれ以上どこにも行けない自分に焦燥すること
があると思う。過去はどこまでも甘美だが、この先に自己救済の日が訪れるとも思
えない。自分がすり減っていく姿を見るのは、人の不幸を嘆くことや満員電車での
諍いを目撃することよりも、まるで自分の影のように切実だったりする。言い換え
れば誰もが冴えないヒューイであり、ドリューであり得るのだ。救済されることの
ない自分が今日もいて、世間の趨勢とちょっとだけズレているあなたがいる。そん
な風に思いを巡らすと、Music And Lyricsというシンプルな映画の原題が、さまざ
まな人々が毎日をやり過ごす営みのようにも思えてきた。

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by obinborn | 2012-02-07 18:50 | one day i walk | Comments(0)  

2月6日

21世紀になってから最初の10年でもっとも繰り返し聞いたアルバムとして、
ためらうことなく挙げられるのがスティーヴ・ウィンウッド『ナイン・ライヴス』
(08年)だ。

音楽的なことに関しては何度も書いてきたのでここではとくに触れないが、
たとえばホセ・ネトのようなウィンウッドとは音楽的なバックグラウンドが異なる
人と連携出来るその心映えみたいなものは、きちんと刻まれていると思う
(似た者同士の接近はときに見晴らしを曇らせる)。

しかもじっくりと時間をかけて発酵させているのが実に彼らしく、実際ネトとの
作業にしても前作『About Time』(03年)で始められてからおよそ5年の月日
を要しているほど。

そうした意味ではやはり職人気質の音楽家なのだと思う。大向こうを張ることが
ないから一般受けはしないけれど、リズムのさざ波が幾多の層となって束なりな
がら降り注いでくるような体験はそうそう得られるものではあるまい。

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ベースレスという特殊な編成で臨んだ第二作。リズムの輪郭がファジーになった
ぶん、カール・ボッチェのパーカッションと名手リチャード・ベイリーのドラムス
が自由に動き回っている。自分で歌詞を書けないウィンウッドがやっと手中に収め
たのは、動き出していく音が光となり影となって交差していく個人史だった。
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by obinborn | 2012-02-07 07:22 | one day i walk | Comments(0)  

2月5日

「1962年の秋、ディック・テイラーとキース・リチャードとミック・ジャガーの
友だち三人組は、アレクシス・コーナーのアーリング・クラブでスライド・ギター
を弾くブライアン・ジョーンズを見に行った。そう、この時こそはローリング・ス
トーンズが結成される歴史的な瞬間だった。ブライアンの登場によってディックは
ギターからベースへとコンバートし、彼は数ヶ月の間ストーンズの胎児ともなった
のだが、やがて別れの時はやって来た。ストーンズはブライアンとともにプロにな
ることを決心した。ディックは”セカンド・ストリング・プレイヤー”という立場
に甘んじるよりはアート・スクールの学生であることを選択した。それは62年の暮
れのことだった」

プリティ・シングスのリイシューLPのライナーノーツにはそんな記述がある。
かくの如くディック・テイラーこそはローリング・ストーンズのオリジナル・メンバ
ーだったのだが、この事実が語られることは殆どなかった。そのことをとやかく言う
つもりはない。どんな時代であれ、”人生の選択”とはそのようなものであり、それ
以上でも以下でもないからだ。

それでもディックはやがてフィル・メイ(vo)らとバンドを結成し、64年の始めに
はフォンタナ・レコードと契約を取り交わすまでになる。グループ名はプリティ・
シングス。これは彼らが敬愛するボ・ディドリーのナンバー「Pritty Thing」から
拝借したものだった。マディ・ウォーターズの曲からグループ名を冠したローリング
・ストーンズと経緯が似ている点が面白い。

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プリティーズのファースト(64年)。
名前の由来に恥じないようにか、ボの曲は「Road Runner」「Mama, Keep Your Big
Mouth Shut」「She's Fine She's Mine」「Pretty Thing」と4曲もあり、他にもチャック・ベリーが「Oh BabyDoll」「Don't Lie To Me」が2曲と、やはりカバーが多い。ジミー・リードの「TheMoon Is Rising」を取り上げ、リードとエディ・テイラーによるギター2本の絡みを再現している点にも注目したい。

今やダウンライナーズ・セクトとともにガレージ・パンクの聖典とされているプリティ
ーズ。ブルーズやR&Bを取り上げていても、お勉強の匂いが全然しないところが圧倒的!
この”やさぐれ感”こそはブリティッシュR&Bの真髄なのかもしれない。

むろん青年時代のウィルコ・ジョンソンもプリティーズを聞いていただろう。
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by obinborn | 2012-02-05 18:57 | blues with me | Comments(0)  

2月4日

すでに多くの人がご存知の通り、原発をめぐる都民投票が12月から
始まっています。これは正確に言えば都民が東電管轄に於ける原発稼働
の是非を問う「都民投票条例」を制定するための投票であり、投票後に
いくつかの事務的な審査を経たあと、石原都知事に都民投票の制定を請求し、
議会で決議されるという流れになっています。

たぶん東京都民の方なら自宅のポストにフライヤーが入っているはず。
私も先日これ(写真参照)を見て投票を済ませました。
締め切りは2月9日と差し迫っています。
中学や高校時代に社会科の授業で”主権在民”を習った人も多いと思いますが、
それを選挙以外で試すチャンスです。
ぜひグーグルに”原発都民投票”と入力し、詳細を確認してください。

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さて、以下は私個人の感想です。
私がとても驚かされたのが、昨年3月の震災直後に相次いだミュージシャン
たちの来日中止に関する”わがまま”とも言える人々の態度でした。
あの非常時に日本を訪ねるのは憚れるというのが多くのミュージシャンたちの
率直な気持ち(誰だって放射能は浴びたくない)だったと思います。
それをあたかも聴衆のエゴ剥き出しで批判するような人たちが私には信じられ
ませんでした(昨年もこのブログに書いています)。
第一、あの非常事態の最中に普通の神経があれば、少なくとも音楽を楽しもうという
気持ちには到底なれないのでは? とも感じました。
それは極端に喩えれば お腹を空かしている子供たちのまえで
一人自慢げにディナーにありつく行為と言われても仕方ありません。

そういう意味では自分の都市生活も含めて、この「都民投票」は
そんな消費的な享楽生活にどっぷり遣ってしまった私たちに反省を促す
いい機会になるでしょう。
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by obinborn | 2012-02-04 04:35 | one day i walk | Comments(3)