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ホンクは今日も歌う

やはり東京ローカル・ホンクは最高のバンドだ!
そんな風に改めて思わずにはいられない演奏を29
日は吉祥寺のスターパインズ・カフェにて。今年
の夏ツアーはオオルタイチ+ウタモとともに名古屋、
浜松と回って東京に戻るという比較的短いもので、
この日はさらに先頃デビュー・アルバムを発表した
ばかりの森は生きているを加えたスペシャルな一夜
だったが、ホンクは気負わず、照れず、普段着のま
まで彼らならではのステージを繰り広げた。オオル
タイチ+ウタモを加えた「昼休み」を序盤に用意し
ながら、本編では季節柄ぴったりの「サンダル鳴ら
しの名人」のア・カペラで客席との距離をいきなり
取っ払い、「車のうた」「お手紙」「四月病」など
を元気に弾ませる。

そんな何の変哲もないロック・カルテットにもかか
わらずアンサンブルやコーラスの含蓄深さはどうだ
ろう。四人それぞれが自分の役割を果たしながら、
見事なまでに一枚の絵へとすっぽり収まっていく。
とくに印象深かったのは「おいでおいで」だろうか。
ソングライターである木下弦二がMCで言っていたこ
とをぼくなりに翻訳すれば、今の暗く不穏な世の中
でもあえて明るく肯定的な歌を歌いたい、というこ
とに着地するのだが、どこまでも明晰な発声はこち
らの曇った気持ちさえ晴れ渡らせていくかのよう。

思えば弦二の歌には社会を直截に糾弾したものが一
曲もない。高い社会意識を持ちつつも彼がそれを暗
喩するのは、以前取材でも語ってくれたように歌を
長持ちさせたいが故だろう。この日は選曲されなか
ったが、例えば「目と手」や「いつもいっしょ」の
慈しみの彼方には、遠い国の戦火や身近なフクシマ
の廃墟が見える。そのように考えていくと彼がソン
グライティングに託した思いが、より鮮明に浮かび
上がってくる。ジャム・バンドとしての実力を遺憾
なく発揮した長大なインプロヴィゼーション曲「カ
ミナリ」でも、最後の最後まで端正で綺麗に響く日
本語が小躍りしていた。

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by obinborn | 2013-08-30 02:48 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

1977年のジェシ・ウィンチェスター

ジェシ・ウィンチェスターのライナー原稿、ようやくゴールが
見えてきました。今回は例の『ファースト』(70年)について
書いていたんだけど、いやあ〜思いのほか難産でした(笑)。
改めて彼のキャリアを振り返ってみて感じたのは、70年代前半
のジェシがトロントやモントリオールなど当時暮らしていたカ
ナダでの録音へと固定されていたのに対し、78年に初めてナッ
シュヴィルに赴いてからは、81年にメンフィスに向かいウィリ
ー・ミッチェルのプロデュースを仰ぐなど、積極的に外部への
アプローチを試みていったこと。

その背景となったのは言うまでもなく77年に実現したカーター
大統領による恩赦だろう。ヴェトナム・ウォーに関する入隊を
拒否しカナダに逃亡していたジェシはやがてカナダ国籍を取得
することになったが、それでも故郷ルイジアナ州への帰郷がや
っと実現したのは並々ならぬ喜びだっただろう。およそ10年ぶ
りにアメリカ南部の空気に触れた彼の心中を、どうか察してみ
て欲しい。

まさにその77年にリリースされたのが彼にとって5作めとなる
アルバム『Nothing But A Breeze』だ。この作品ではロケー
ションこそトロントに留まっているものの、エミルー・ハリス
の理解者として名を馳せたブライアン・エイハーンに制作を委
ねるなど、かつてないほど方向性は外へとシフトしている。そ
の要因を特赦と結びつけて考えるのは少しも不自然ではあるまい。          何よりも全体に漂っているふっ切れた表情、陽性な響きがそれを
代弁しているし、思いっきり笑顔を伝えてくるこのジャケットを
前にすると、ちょっと言葉に詰まってしまう。

先に触れた『本当の戦争の話をしよう』の作者であるティム・
オブライエンとジェシとはほぼ同じ世代。オブライエンは煩悶
しつつも従軍しウィンチェスターは逃亡した。そうした違いは
あるものの、一人の青年の個人史が時代という嵐に翻弄されて
いったという事実は少しも変わらない。だから僕たちはジェシ
の笑顔から彼の抱えてきた日々を思い、彼の明るい歌のなかに
陰の表情をそっと聞き取るのだろう。

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by obinborn | 2013-08-28 22:55 | one day i walk | Comments(0)  

テデースキ・トラックス・バンドが音楽をすくっと見渡していく

「わあ~、アメリカン・ロックだなあ~!」テデー
スキ・トラックス・バンドの新作『Made Up Mind』
を聞いてまずはそう感じた。力強く剛胆しかも鷹揚。
それでありながら繊細な表情もふと覗かせるのだが、
視界はどこまでも果てしなく広がっていく。こんな
ダイナミズムはぼくが20代の頃夢中になっていたデ
ッドやオールマン、ドゥービーズやフィートを思わ
せるほどで、懐かしさと同時に「いやあ~バンドっ
てこういうもんでしょう~(笑)」と周りの迷惑も
省みず思わず吹聴したくなるほど爽快だ。

思えばグランジ/オルタナティヴの嵐が吹き荒れた
90年代前半の後、にわかに注目され出したのがデ
レク・トラックス・バンドだった。ちょうどジャム
・シーンがブームになり始めていた頃のことであり、
演奏自体の価値というか、フリーにどんどんインプ
ロヴァイズされていく長尺プレイが時代を一回りし
た時点で改めて見直された時期でもあった。デレク
はいわば血統書付きの名馬であったが、それ以上に
彼自身が過去の音楽遺産に対して自覚的だったこと
がいつしかぼくの胸に届いた。ギターは勿論上手く
思わず溜め息が出そうなくらいだが、この若者はア
フロ・アメリカンの音楽の成り立ちに理解を示そう
としていたし、驚くべきことにアラブ地方のチャン
トにさえ敬意を表していた。

彼の姉女房のテデースキをヴォーカルに迎えてから
は第2作となるこの『Made Up Mind』。優れたベ
ーシストのオテイル・バーブリッジ(新生オールマ
ンズの要でもあった)が家族のためにツアーは困難
だと宣言し脱退してしまったのは何とも残念だが、
それでもバンドとして進捗著しいところを聞かせる。
テデースキの歌を活かすためだろうか。アルバム表
題曲である「Made Up Mind」や「Part Of Me」
そして「It's So Heavy」などではギターは控えめで
むしろソング・オリエンテッドな方向性へと舵を取
っているのだが、そうした歌を含蓄あるバンド・サ
ウンドが際立たせていく。まるでアリーサ・フラン
クリンの魂が憑依したような「Sweet And Low」
では、短いフレーズながらデレクが極上の一絞りを
繰り出すといった具合に。

トラックス=テデースキのソングライター・コンビ
に加えて、時折ドイル・ブラムホール2世や元ジェ
イホークスのゲイリー・ルーリスなど外部チームが
がっちりと曲作りに協力している点も見逃せないと
ころ。どこか頭出っかちになりがちなアメリカーナ
・シーンのなかで、テデースキ・トラックス・バン
ドは溢れ出る血と肉とで音楽と向き合っている。そ
の真剣さ。自分たちの音楽を過去との連綿とした連
なりのなかで理解していこうとする謙虚さ。尊厳の
気持ち。そうしたものがぼくをテデースキ・トラッ
クス・バンドへとどこまでもどこまでも駆り立てて
いく。

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by obinborn | 2013-08-24 19:35 | rock'n roll | Comments(0)  

ただ安打のために

「4,000本打つためには8,000回以上の悔しい思いをしている。
それに向き合ってきた事実は誇りです」日米通算の4,000本安
打を21日に達成したニューヨーク・ヤンキーズのイチローは、
自身のプロ野球生活22年をこう振り返った。オリックスでデ
ビューした92年の7月に初安打を放ってからは長い歳月が経
っていた。

思えばホームラン・バッターが重宝されがちなメジャー・リ
ーグにあって、コンパクトなショート・ヒッターとして才能
を開花させたイチローは新鮮に映った。シアトル・マリナー
ズという常勝ではない球団に時間を費やしたことにはさまざ
まな意見があるけれども、シャープな振りばかりでなく、俊
足を活かした盗塁も鮮やかだった。こと守備面を見てみれば
外野からの好返球は幾度も本塁へのランナーを刺している。
こうしたトータルな場面での俊敏さが、いわゆるイチローの
自画像となり、公的なイメージともしっかりと連なっていく。

個人的に印象深く刻まれているのが、かつて国民栄誉賞を辞
退したことだ。イチローの表向きの理由は「まだ発展途上」
という然るべきものだったが、この禁欲的な探求者にとって
”与えてやる”とでも言わんばかりの賞に匂いの違いをくっき
りと嗅ぎ分け、本能的な部分でノーという意志を叩き付けて
いたのかもしれない。そのぶん4,000本安打というのは理に
かなった、誰もが賞賛を惜しまない記録だろう。

「自分がライトに入った時に全体の絵としてきれいに収まる
のか。最近では数字よりもそんなことを考えています」
そんなイチローの記念安打にチームメイトが駆け寄り、彼を
祝した。

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by obinborn | 2013-08-23 20:33 | one day i walk | Comments(0)  

本当の戦争の話をしよう

「私は二十一歳の、ごく普通の青年で、ごく普通の夢とごく
普通の野心を持っていた。そして私の望んでいることといえ
ば、生まれついた通りの、ごくまっとうな人生を送ることだ
った。私は野球とハンバーガーとチェリー・コークが好きだ
った。そして今や私は永遠に祖国を捨てて逃亡するかどうか
の瀬戸際に立たされていた。それは私にはとても信じられな
いことだったし、悲しくおぞましいことだった」

(ティム・オブライエン「レイニー河で」より)

この短編はオブライエンの『本当の戦争の話をしよう』に
収録されている。作者のオブライエン自身がヴェトナム・ウ
ォーに従軍した経歴があるだけに、この小説はさながら彼の
自己申告のようなものかもしれない。

オブライエンは煩悶しつつも逃亡せずに従軍を選んだ。同じ
頃、カナダへと亡命を試みたのがジェシ・ウィンチェスター
という当時無名のシンガー・ソングライターだった。その二
人のどちらの選択がいいとか悪いとかではない。物事はいつ
も両面(Both Side )から見ていかなければならない。まし
て二人はまだ当時二十歳前半の若者だったのだから。

オブライエンの『本当の戦争の話をしよう』を読むと、ぼく
はいつもジェシ・ウィンチェスターのことを思い起こす。
60年代のアメリカでは全国各地にこのような若者が沢山い
たのだ。そして今もなお。

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by obinborn | 2013-08-21 18:26 | 文学 | Comments(0)  

係累として死者たちを悼む

今年のお盆は自宅でのんびりと過ごした。
うだるような暑さのせいもあって外に出たくなかったし、のん
びりと家で高校野球を観戦したり読書するのも一興だと思えた
からだ。この時期はさすがに掛かってくる電話もチェックすべ
きメールも数少ない。父の墓参りが出来なかったのは心残りだ
けど、これは彼岸までに済ませればいいだろう。

思えば終戦記念日は本来であれば静かな儀式であるべきだった。
黙して亡き人を追悼する。遥かな声を聞き取る。そういう儀式
のはずだった。ところが近年、ぼくが意識するようになってか
らもずいぶん騒がしいものへと変わってしまった。左右の立場
とかどういう歴史観に立つかとかいろいろな思惑はあるのだろ
うが、ちょっと静かにしてくれないかなというのがぼく個人の
偽らざる心境である。

顧みれば68年前の8月15日。日本が降伏宣言を発さなければ、
このぼくは生まれていなかったかもしれない。ぼくの父は当時
国の関連施設に職を得ていたので幸運にも特攻を免れたけれども、          父は事あるごとに特攻で命を落とした仲間たちのことを話していた。         それがまるで生き残った者としての贖罪であるかのように。

親類にしてもまったく同じような境遇だった。旧満州(日本の
植民地)に疎開していたぼくの叔父や叔母たちは終戦とともに
船に乗り、幾日もかけて不安な航海をしながら、やっと日本に
帰ってきた。当時はまだ叔父や叔母も少年や少女であったから、
そうした熾烈な体験はより生々しくくすぶり続けるのだろう。
戦後彼らは手探りのままに職を得て、結婚し、家族を作りなが
らそれぞれの生をまっとうした。もう亡くなってしまった人も
いるし、ご健在な方もいらっしゃる。それはそれとしてぼくが
彼らや彼女らの係累であることに何ら変わりはない。

イデオロギーからはみ出してしまった時は、このように個人の
体験に立ち返ってみるのもいいだろう。お盆の夜にふと見上げ
た空には綺麗な満月が浮かんでいた。その月はまるでぼくの心
を見透かすようだった。

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by obinborn | 2013-08-19 03:19 | one day i walk | Comments(0)  

終戦記念日に思う

終戦記念日に放映されたNHKスペシャル「激論!ニッポンの
平和」をとても興味深く観た。論客から市民まで左右老若に
よる対話や討論が行われていったが、その内容を正確にここ
に再現することは難しい。しかしながら憲法改正や軍備をめ
ぐってとりわけ若い世代ほど切迫した感情を持っていたこと
がぼくには印象的だった。どういう立場に立つのであれ、こ
のように活発な意見が交わされるのは危機感の裏返しである
だろうし、言論の場が今なお健全に保たれている証でもある
だろう。

例えば外交ジャーナリストの岡本行夫氏は言い放つ。「誰も
が反対するなかで日米安保条約を締結した岸首相(当時)が
いたからこそ、現在の日本の平和が守られているのではない
か」と。あれだけ学園闘争のネタになり反発された火種であ
る「安保」でさえ、見方を変えればこのような側面がくっき
りと立ち上がってくる。まだ戦争の傷跡が生々しかった時代
故に批准により米国の戦争に巻き込まれてしまう、という危
機感が当時の安保反対派およその意見だったけれども、今ご
く冷静に振り返ってみれば、戦後日本の平和を守ってきたの
が(現実面では)安保条約であったことがよく解る。(理念
としての)日本国憲法はいわば”背景画”のような誓約かもし
れない。

ぼくは以前も告白したように護憲の立場であり、また現在の
日本の右傾化には一定の危機感を持っているけれども、それ
でも一部の左翼の人々の”理想論”には首を傾げざるを得ない。
彼らは平気でノーニュークスと護憲(とくに9条)とを極め
て感情的に(ときに震災を含めて)セットにする。自衛隊の
存在にアレルギーを起こす。60年代的反体制にノスタルジー
を覚えるのは結構だが、それだけでは今の若い世代に届かな
い現実を少しは知って欲しい。自分自身が原発という文明の
利を享受してきたことにもっともっと痛みを感じて欲しい。
ただならぬ国際社会の断片を把握して欲しい。物事の両面を
同時に見て行くことの大切さ。それをぼくは先日も記した。
その気持ちの根っこにあるのは何だろう? そう、あの醜悪
な学園闘争の末路からぼくは何かを学び取っていったのであ
る。少しずつ、少しずつ。

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写真は69年の6月に新宿駅西口に集まったフォークゲリラ。
日大の汚職事件や安保闘争から始まった路上ムーブメントだ
ったが、その熱狂は長続きしなかった。
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by obinborn | 2013-08-16 20:18 | rock'n roll | Comments(0)  

Songs For Beginners

あれは2007年の秋のことだったと思う。ぼくは思いがけない
形でグレアム・ナッシュの歌を再び聞いた。そう、マイク・バ
インダー監督による映画『再会の街で:Reign Over Me』のな
かでナッシュの「シンプル・マン」が流れてきたから。その映
画自体は9・11事件以降精神を患ってしまった中年男性を描い
たものだが、かつての男友だちと偶然再会し、二人が街に繰り
出し中古レコード店に入った時、主人公がふと手に取ったのが
ナッシュの『Songs For Beiginers』(71年)だったのだ。映画
では符合させながらそのアルバムに収録された「シンプル・マン」
が流れていく。このシーンにぼくは不意打ちのような感動を覚
えたのだった。

それは単なるノスタルジーかもしれないが、注意深く映画を追
いかけていくとヒッピー世代の夢と挫折が仄めかされているし、
もっと個人的な感覚で言えば大人が青年時代を振り返っている
ような痛みを感じずにはいられなかった。”ぼくは単純な男。
だからシンプルな歌を歌うよ。それほど深く愛に関わったこと
がない代わりに、それほど傷付いたこともないから”と歌い出さ
れていくその「シンプル・マン」が、逆説的に若かりし頃のよ
うには無邪気でシンプルな気持ちでいられなくなった現在の状
態を映し出すかのように響く。

『Songs For Beginers』にはナッシュの思いのたけが込められ
ている。当時のヴェトナム・ウォーを思い起こさずにはいられ
ない「狂気の軍隊」(Military Madness)に始まり、シカゴで
の暴動事件を扱った「シカゴ」〜「世界を変えよう」で締めら
れるアルバムの構成がナッシュの社会性を物語る一方で、彼ら
しい素朴なラヴソングの「傷ついた小鳥」や「スリープ・ソン
グ」がもう一つの通低音になっているところが、もう彼らしく
って。何でも「スリープ・ソング」はナッシュがホリーズ時代
に書いた曲らしいが、セックスを暗示させるという理由でレコ
ーディングを他のメンバーから拒否されるという屈辱を味わっ
ている。今から思えば他愛のない、むしろ詩的で微笑ましいく
らいのリリックだと思うのだが、どうだろう? 余談になって
しまうが、ナッシュは73年のセカンド・ソロ『Wild Tales』の
なかで「Another Sleep Song」という続編のような曲をアルバ
ムの最後に置いている。

震災や原発事故のまえまでは心のどこかで他人事だと思っていた。
昨日があったように今日があり、また何となく明日が続いてい
く。そんなことに慣れっこになっていたのかもしれない。とこ
ろがぼくはあの日を境に突如過去を断ち切られてしまった人たち
を沢山知ることになる。もし歌が個人的な動機から始まるもの
なら、被災して家を失くしてしまった友だちのことを考えなが
らナッシュの慈愛に満ちた「ビー・ユアセルフ」を聞くのもい
いだろう。Songs For Beginners〜初心者のための歌とはぼくやあ
なたが何かを取り戻すための意味でもあろう。ぼくも願わくばナッ
シュの歌で失われた何かを取り戻したい。

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by obinborn | 2013-08-12 22:39 | rock'n roll | Comments(0)  

雨の恵みのような音楽、ホットショッツ。

ホットショッツの新作『Sample My Kissin'』が素晴らしい。
児玉千枝率いるこのグループのキャリアも長くなり、幾度か
のメンバー・チェンジをしてきたけれども、瑞々しい歌心は
少しも変わっていない。生楽器の響きを活かしたスウィンギ
ーな演奏とキュートなヴォーカル。彼女の創意溢れるオリジ
ナルを始め、アール・スクラッグスのブルーグラスからホー
ギー・カーマイケルのオールド・ジャズに至る幾多のカヴァ
ーまで楽曲はさまざまな彩りを見せるが、そのどれもがまる
で今朝生まれたばかりの歌のようにフレッシュに届く。とき
に舌足らずなChieの歌もかえって魅力的だ。

今回の作品はまたファンから資金を募り、制作費に当てると
いう新しい試みの賜物でもある。多くの才気あるインディペ
ンドなミュージシャンたちが必ずぶつかる壁。それをちょっ
と見方を変えながら考えてみたこうした方法論は、同じよう
な境遇の仲間たちにきっと勇気を与えることだろう。

まるで雨の恵みのような「Nobody Knows」に耳を澄ませて
いると、大袈裟ではない歌のありかたのようなものを考えさ
せられる。そっと寄り添い小躍りしていく楽器たちを聞いて
いくと、ぼくもいつしか夕方の散歩へと出掛けたくなる。終
わらない雨はない。雲の切れ目から、どこかの街角から、ホ
ットショッツの何気ない音楽が聞こえてきた。

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by obinborn | 2013-08-12 01:40 | one day i walk | Comments(0)  

自由な世界でロックしようぜ!

思えば中坊のとき親から毎月300円のこずかいを貰ったり、
高校に入ってバイトを始めたりしてから、オイラはその殆
どをレコードに費やしてきた。その後約半世紀に亘るサラ
リーマン生活の時もそうだったし、形ばかりの自由稼業の
今もそう。

お陰様で音楽を聞く耳はかなり鍛えられたと思う。今のとこ
ろの結論としては、どのジャンルにしても自然でオーガニッ
ックなグルーヴを持った音が一番好き!ということになると
思う。ワン、ツーで始まるバンド・サウンドのことをやはり
どこかでずっと信じていたいのかもしれない。

ストーンズの「I'm Free」を聞くとミックだかブライアンだ
かが叩くタンバリンが後半、一拍遅れる瞬間がある。その時
のタイミングの妙といったら!だいたいビル・ワイマンのベ
ースにしたってかなり不安定で、とてもルート音を押さえま
くって速攻に反応していくというタイプではない(笑)。

ラルフ・モリーナのドラムスも凄いと思う。明らかに間延び
して”もたり”ときに”もたりまくる”のだけど、そこでニール
・ヤングはテープを止めたりはしないよ。隣で卓を調節する
エンジニアは半ば呆れつつもニールに頷く。そう、エンジニ
ア氏だって、そのズレがクレイジー・ホースの生命線だとき
ちんと解っているのさ!

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by obinborn | 2013-08-11 06:32 | rock'n roll | Comments(1)