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歌とギターの連携にヘンリー・マカロックのことを思う

「歌とギター。そんな二つでひとつのようなアートに私は惹か
れるのかもしれません」以前そう語ってくれたのはシンガー・
ソングライターの中村まりさんだった。それとまったく同じ感
想を抱かせるのがヘンリー・マカラックの08年作だ。『Poor Ma            n's Moon』と冠されたそのアルバムを久し振りに聞いている。

実際に歌とギターとが対の関係となり、仲睦まじく語り合って
いるような感じだ。加えてウッド・ベースならではの一拍のタ
メやペダル・スティールの鷹揚な響きが、そんな気持ちを後押
ししていく。仕事で慌ただしかった一日を締めくくるべく、一
杯やりながら聞くに相応しい作品だとも思う。ときにJ.J.ケイル
を思わせる朴訥とした語り口が素晴らしい。

ジョー・コッカーとともにウッドストックのステージに立ち、
その後もグリース・バンドやウィングス、あるいはフランキー
・ミラーやロニー・レインのもとで風のざわめきのようなギタ
ーを弾いたヘンリー。その静けさや慎ましさのようなものにぼ
くは惹かれる。この人のタメを伴ったヴィブラートを耳にする
たびに、そんなことを思わずにはいられない。

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by obinborn | 2014-02-26 00:05 | one day i walk | Comments(0)  

中村まりと2月

歌があってギターが奏でられる。歌われるべき歌があり、奏で
られるべき弦がある。歌とギターとが仲陸まじく対話している。
そのどちらかが主と従のような関係ではなく、あくまで対等。
そんな中村まりのソロ・ライブを15日は下北沢のレテにて。

幾多のオリジナル・ソングに加えて、演目はバスコム・ラマー
・ランスフォードの1940年代からロン・セクスミスの21世紀
まで時空の幅があるが、そのいずれもが今日のあるべき歌とし
て何らかの意味を携えていく。過去と現在との壁を柔らかい糸
でほぐしていく。音楽を聞いていて良かったとしみじみ思える
のは、いつもそんな時だ。

白眉はボブ・ディランの「雨のバケツ〜Buckets of Rain」だっ
ただろうか。低音のアタックは雨音を伝えるようだし、シンプ
ルに凝縮された歌詞はかえって真実味を増すかのように響く。
もともと彼女は自分が見渡せる身近な世界を温め、大事に抱え            ながら他の誰でもない自分の歌を作ってきたけれど、そんな彼
女が「雨のバケツ」と触れ合う。ディランが聞いた雨の音と重
なっていく。そうした喜びはライブ演奏ならではの一期一会な
のかもしれない。

終盤は名曲「Night Owls」から、まるでエンドロールのような
「Our Blue」へと羽根を休めつつも収束していく。「It's A Br
and New Day」から始まったこの夜が、まるで一冊の本を読み
終えるように幕を閉じていく。東京には前日、今年二度目とな
る大雪が積もったけれども、中村まりという歌い手はきっとそ
んな積雪までも、明日の歌へと束ねていくことだろう。

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by obinborn | 2014-02-16 01:22 | 中村まり | Comments(0)  

佐野元春&雪村いづみ『トーキョー・シック』

およそ一年まえに実現した夢のコラボレーションが遂にパッケ
ージCDとなった。佐野元春と雪村いづみの今回の共演には世代
を超えて歌を慈しむような気持ちが溢れている。前田憲男ビッ
グ・バンドによるモダンでジャジーな演奏は勿論、息がぴたり
と合った佐野と雪村の歌唱が素晴らしい。雪村にとってロック
世代との邂逅は70年代の『スーパー・ゼネレーション』以来で
はないだろうか。

今の時代、明るくあろうという心映えを保つのはとても難しい。
シニシズムという暗雲が立ち込め、毎日は気持ちが塞ぐばかり。
この『トーキョー・シック』は人々を邪心のない日々へと連れ
戻す。目に触れるもの、耳を傾けることのひとつひとつが新鮮
だった頃へと誘う。エクスキューズという足枷を自ら嵌めてし
まったのは一体いつの頃からだったろう。

何でも表題曲「トーキョー・シック」はファースト・テイクが
採用されたそうだ。ミュージシャンとは初見だったにもかかわ
らずである。そんな生々しくダイレクトな空気もこの音楽はし
っかりと映し出す。こればかりはプロトゥールで再現したり、
ピッチで補正出来たりするものではないはず。

歌詞そのものはごくシンプルだが、そこには街に集まってくる
人々のざわめきや予感が満ち、リリックに描かれなかった背景
のなかで男たちが語り合い、女たちが蠢いているといった印象
だ。削ぎ落した歌詞の含みとはそういうもの。さあ、街に出掛
けよう!

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by obinborn | 2014-02-12 13:55 | one day i walk | Comments(2)  

クラレンス・ホワイトのレア音源がここに!

今なお圧倒的な人気を誇るクラレンス・ホワイトのレアな音源
が待望のCDR化!ジョー・メイフィスとローズ・リーが62年の
秋にリリースしたこのアルバムは、ケンタッキー・カーネルズ
でデビューする以前のクラレンスが全面的に参加していること
でも伝説的なセッションとなりました。朗々と歌うローズ・リ
ーにシンコペーション満載のクラレンスのギターがしっかりと
寄り添う様がハイライト。むろんロジャー・ブッシュのベース
も聞けます。フォーク〜ブルーグラスが新しい時代に向かって
羽ばたいていく時期の息吹きを、ぜひ味わってください。なお
ご購入は以下を参照に。http://diskunion.net/rock/ct/detail/RY131226-RJ-01

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by obinborn | 2014-02-11 16:05 | one day i walk | Comments(0)  

一歩ずつ、少しずつ

企画とかプレゼンって難しいね。こっちが必死にアピールして
いる時に限って相手はそれほど関心を抱いてくれなかったり、
逆にたとえこっちが黙っていても声を掛けて「どうだい?」
って言ってくれる人もいる。ぼくが力を抜いた時、ふと声を掛
けてくれる人たちは本当にありがたい。自分が書いてきた原稿
なり書物なりを、読む人はどこかできちんと読んで評価してく            ださる。まあ、そんなことを思うこの頃です。だから普通にし
ている、飾らない、自分らしく。そんなことを改めてしみじみ
と思っています。今年はやるぜ!(笑)

写真は拙書『Songs』10年ぶりの増補改訂版(07年)の編集者
と。彼女の心映えのようなものにぼくは随分勇気付けられた。

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by obinborn | 2014-02-08 16:59 | one day i walk | Comments(0)  

馬の耳に念仏

ライブの日は開演前の談笑も楽しい。昨日も店に着いたと思ったらいきなりB.Y.Gの社長さんから声を掛けられた。その社長もまた早くから東京ローカル・ホンクの才能を見つけ、温かく見守り続けている方だ。何でも彼は60年代のブライアン在籍時のストーンズをロンドンで観たらしく、そんな自慢をしたり時に頑なまでにご自身の主張を譲らない(笑)ところもぼくは好き。

そんな渋谷のB.Y.Gで昨日流れていた一枚がフェイシズの『馬の耳に念仏〜A Nod's As Good As A Wink』だ。自分の大好きな音楽だから気持ちいいのは当たり前なのだが、こもりがちな部屋を抜け出し、店で友だちたちとワイワイ一杯やりながら聞くのは至福の瞬間である。

69年のデビュー・アルバムをボブ・ディランの曲から始めただけに、アーシーなアメリカ指向が元々あったグループだけど、このサード作(73年)で頂点に昇り詰めた感がある。大ヒットしたStay With Meには「一緒にいてくれ、でも朝になったら出 ていってくれ!」なんていう身勝手な歌詞も出てくるけれど、それをロッド・スチュワートが歌ったMaggie Mayの「ぼくは利用されていたんだ。マギーさようなら、ぼくは朝の光ととも に学校に戻るよ」に重ね合わせるファンは幸福かもしれない。

ロッドのバックバンドみたいな扱いが一般的かも知れないが、スモール・フェイシズ時代からその才を発揮していたロニー・ レインの共作を含めてのソングライティングもYou're So RudeやLove Lived Hereに遺憾なく発揮されている。まるでパブ・ロックにも通じるLast Order Pleaseでの酔い具合もフェイシズ のイメージを裏切らない。そしてロニーの生涯で忘れられない記念碑となった名曲Debrisの哀感はどうだろう。

フェイシズのロックンロールはパーティの楽しさを彩るものだ。
しかしその一方で彼らはパーティが終わった後の寂しさにも寄り添う。さんざん泣き尽くした後に始発列車を待つような体験をしたのは20代の頃だっただろうか。自分が何者かどうかが解らない。どんな未来が待っているかをまったく描けない。馬の耳 に念仏と自分に言い聞かせたとしても、他者と共有されなかった思いは枕元に残り、ほろ苦い夢とともに朝を迎える。ぼくにとってフェイシズとは、まさにそんなロック・バンドだった。

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by obinborn | 2014-02-01 18:41 | rock'n roll | Comments(0)  

ホンクの新年会

当たり前のように思える毎日の声や会話にしても、もしそれが
ある日突然失われてしまったらどうだろう。普段の語らいや笑
みが断ち切られてしまったらどうだろう。東京ローカル・ホンク           の歌や演奏を聞いていると、いつもそんな思いに捉われる。
彼らホンクの今年初のライブを31日は渋谷のB.Y.Gにて。何で
も新年会を兼ねての催しらしく、ときにラフに流れる演奏も憎
めない。少なくとも彼らはそれを隠そうとはしないし、美辞麗
句でまとめようともしない。その代わりに音楽が無言のうちに
物語る。ノンマイクで2声なり3声のコーラスがさらに際立つ。

大袈裟な歌詞は一切ない。誰かを糾弾したり世界のすべてを味
方に付けたり敵に回したりするような語りもない。むしろホン            クにいつもあるのはほっこりとした情感であったり、柔らかい
音の木霊だったりする。そのことの愛おしさを感じていたい。
誰がどう言おうがちっとも構わないではないか。時代が音を立
てながら激しい風や残酷過ぎる嵐を運んできてもいいではないか。          その代わりにホンクは陽だまりの縁側を描き出す。雨の日
にはそっと傘を差し出す。そのことの価値をぼくはずっと信じ
ていたい。

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by obinborn | 2014-02-01 01:48 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)