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アレックスの肖像

今日は故アレックス・チルトンの命日でした。不遇に終わっ
たビッグ・スター時代でさえ、今やパワー・ポップの開祖と
して根強い支持を得ていますし、ソロになってからの風来坊
のような歩みは、より親しみをもって心に染み渡ります。

彼のエピソードにこういうものがあります。米Rolling Stone
誌のヴェテラン記者デヴィッド・フリクルはチルトンを以下
のように考察するのでした。「大抵の人々は”それは面白そう
だね!今度また電話するから!”と言ってもう二度と連絡しな
い。でもアレックスはそういう断り方が出来ない奴だったん
だよ」

人生の最後まで正直な人でした。
アレックス、ロックしようぜ!

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by obinborn | 2014-03-18 00:02 | rock'n roll | Comments(2)  

佐野元春「荒地の何処かで」

優れた歌とは一体どんな歌なのだろう
皮膚の隅々にまで染み渡る歌とはどういう種類のものだろう
時々そんなことを考える

言葉で時事を説明すればいいというものではない
抵抗や判事を装ってみても 取って付けた態度はすぐ剥がれる
もっと強度のあるリリックが欲しい 長く続く線路のような

21世紀になってからの佐野元春を聞いていると
歌詞を削ぎ落したぶん 聞き手に想像の余地を残す作風に驚か
される まるで歌が自分の影絵となっていく感覚だろうか

磨き抜かれた言葉たちがラウドなロックと鮮やかに合致する
日誌のように書き留められたリリックと強靭なビートとが激
しく唸りを上げながら 気高く舞い上がっていく

3月始めの夜は寒く 生まれたばかりの言葉たちもまだ幼い
そんななか ぼくは佐野元春の「荒地の何処かで」を聞いた

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by obinborn | 2014-03-12 07:09 | rock'n roll | Comments(0)  

思い出のライナーノーツ


たまに昔自分が書いた解説を引っ張り出し読んでみて恥ずかし
くなることがあります。とくに20年前のものなんか青臭くって
もう嫌になってしまうことがしばしば。ああ91年当時はぼくも
まだ30代になったばかりだったんだなあ〜、などと感慨に耽る
のでした。

英シーフォーマイルズが編集した写真のCDもそんな一枚。デイ
ヴ・エドモンズの初期、つまり彼がまだヒューマン・ビーンズ
やラヴ・スカルプチャーといったバンドを率いていた60年代後
半の音源をまとめたものです。確かにデータ類に間違いはないものの、        トータルに見れば青いこと書いています(苦笑)人が昔の日誌を読ん         で顔を赤らめることに似ているのかもしれません。

そういえば思い出したのですが、せっかく原稿を書いたのにレ
コード会社の事情でこのCD、急遽発売中止になってしまった
のでした。確か自分が2番目に書いたライナーだっただけに、
それはそれは落ち込んだなあ〜。余程ぼくは悲しい表情をして
いたのだろう。担当ディレクター氏はそんなぼくに同情したの
か、翌月に原稿料が振り込まれていましたとさ!

オビンの30代はそのような挫折から始まったのでした。

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by obinborn | 2014-03-02 21:24 | one day i walk | Comments(0)  

3月のあまのぢゃく

1日は池袋のフリーフロウ・ランチであまのぢゃくのライブを
楽しんだ。ドブロ、ギター、マンドリン、ウッド・ベースと四
人が並ぶ姿こそブルーグラスの編成を思わせるが、そういう言
い方が少しもったいないような自由闊達さを彼らの音楽に感じ
た。ブルーグラスであればファストな曲での速弾きとか、ビル
・モンローからスタンリー・ブラザーズに至る課題曲とかにつ
い走りがち。しかしあまのぢゃくの場合は一曲の進捗が変幻自
在というか、比較的長めの展開のなかでじっくりと発酵させて
いくニュアンスを大事にしていると思う。例えば曲の骨子とも
いうべきリフの部分を拡大しながら大きなウネリを生み出して
いく展開や、ことさら決めのフレーズに頼らずにゆったりと漕
ぎ出していく鷹揚な響きにすごく惹かれる。

ぼくよりずっと新しい世代のグループなので余計そう思うのか
もしれないが、過去の音楽としっかり繋ぎ目を示しながら、古
い価値観やら束縛やらに捉われれない姿が頼もしい。きっと90
年代以降の大きな潮流となったジャム・バンドの後押しもあっ
たことだろう。

ステージはグレイトフル・デッドのさざ波のようなRippleに始
まり、アンコールでの2曲はデッドのFriend Of The DevilとB
rown Eyed Womanで締め括られた。それでも中間に挟まれた
幾つかのオリジナル曲と遜色なく地続きのように、支流から大
きな河口に辿り着く川のように、トータルで逞しい流れが生み
出されていったことがもう嬉しくて。

まるで彼らと一緒に長い旅を過ごしているような感覚だ。その
汽車は駅ごとに新しい乗車客を乗せながら、窓ごしで別れを告
げる人々にも微笑んでいる。丘を超え、窓から見える退屈な光
景をやり過ごしている感じだ。昼に太陽が微笑めばいいではな
いか。静まり返った深夜に汽笛の音を聞き取ればいいではない
か。あるいは雨の日に沈む線路とか。

謙遜もあってかM.Cは少なめだったが、そんなぎこちなさがま
たいい。その分オレらの音楽を聞いてくれよ!と言い含めるよ
うな気持ちがしっかり胸に降りてきた夜だった。

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by obinborn | 2014-03-02 02:11 | one day i walk | Comments(0)