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中村まり、そしてビューティフルハミングバード

自分この会場で多分最年長だろうな。そんなこ
とをふと思いながら16日はビューティフルハミ
ングバードと中村まりのツーマン・ライブを渋
谷の7th Floorにて。何でもハミングバードのお
二人からのラブコールがあって今回のジョイン
トが実現したらしい。ビューティフルハミング
バードに関しては今晩初めて聞いたので解った
風は言いたくないが、この男女によるアクース
ティック・デュオは若さも含めながら屈託のな
い数々の歌を届けてくれた。

一方の中村まりは毎日見える窓のように聞き馴
染んでいるせいもあってか、間違いなく歌その
ものに委ねられる幸せを感じずにはいられない。
それも古くから良きパートナーとして帯同して
きた安宅浩司のギターを伴っているぶん仄かな
膨らみや何気ないパートナーシップが端々から
こぼれ落ちてくる。Black-Eyed Susanから始
まりCaught In a Roundaboutで締める構成のな
かには気持ちいい緩急があったし、ブラインド
・ブレイクのお茶目なDi Di Wah Di Diやレーナ
ード・コーヘンのBird on the Wireそしてオー
ルド・タイムのCindyといったカバー曲には時
空を思いのままに揺らせる時間軸のようなもの
がゆっくりと流れていた。

お楽しみは終盤のジョイント・セッションだ。
初見でやや距離のあったハミングのお二人だが、
中村や安宅とともに歌い演奏していく間にじわ
りじわりと互いの共通分母を探していく。小池
光子の伸びやかで若葉の季節と微笑むような歌。
田畑伸明の強弱がしっかりしたギター・ストロ
ーク。それぞれの個性がちょっとしたルーツ音
楽へと親しげに寄り添っていく。

その四人がシットダウン・スタイルで異なる声
を聞かせつつ、結び付いていったことが嬉しい。
そこにはジミー・ロジャーズのAny Old Timeも
あれば、グレアム・ナッシュのOur Houseもあっ
た。ヘンリー・トーマスのFishing Bluesの改変
とでも言うべきChickenがあり、遥か昔から今夜
まで継承されてきた伝承歌のKeep on the Sunny
sideがあった。歌の主人公がヴァースごとに入れ
替わりながらそれぞれの歌を届けてゆく。後方の
ハーモニーがそっと影絵となって音楽を後押しす
る。そんな素敵過ぎる5月の一夜だった。

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by obinborn | 2014-05-17 01:56 | 中村まり | Comments(0)  

1975年のエリック・クラプトン

今はもうあまり積極的に新譜を買うこともなくなってしま
ったけれど、70年代最後のアルバム『Backless』の頃ま
で、ぼくはエリック・クラプトンのことが大好きだった。
背伸びして購入したジョン・メイオールとの作品も大人に
なれた気がしたし、クリームは高校時代の必須科目のよう
なものだった。そしてあの『レイラ』はぼくを南部の土地
へと誘ってくれた。そして『461』の淡い光のような優し
さ。

あの頃はクラプトンを始め、デイヴ・メイソンやスティー
ヴ・ウィンウッドといったイギリス人たちが何故母国を離
れアメリカへと渡るのかが解らなかったけれど、きっと今
にして思えば自分にないものを追い求めての旅だったんだ
ろうな。エリック・バードンやヴァン・モリソンといった
人達も渡米して新境地を求めた。そんな風向きが確かにあ
った。誰が言い始めたという訳ではあるまい。人々はある
日、居心地の良い部屋を離れ、窓から見える景色に別れを
告げる。

エリックの75年作『There's One In Every Clowd』を聞
いていると、そこら辺のことがよく解る。ロケーションと
して選ばれたのはジャマイカはキングストンのダイナミッ
ク・サウンド・スタジオだ。ジャマイカならではの気怠い
空気が物憂げなブルーズに馴染んでいる。そんな感じかな。

とくに好きになったのはBetter Make It Through Today。
消え行く一日を心から慈しんでいるような響きが胸を打つ。
エリックのブルーズがたとえブラック・ピープルから支持
されなくともいいではないか。出自を変えることは出来な
いけれど、実母に捨てられた痛々しい自己遍歴があるのな
ら、それはきっとエリックのブルーズとして育っていくこ
とだろう。それはきっと彼自身の歌として羽根を伸ばして
いくことだろう。人々の営みを後押しするような歌へと姿
を変えながら微笑んでゆくことだろう。

ベランダに出て夜空を見上げてみると、満月にちょっと欠
けるくらいの月がぼくを見下ろしていた。

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by obinborn | 2014-05-11 20:17 | one day i walk | Comments(5)  

5月10日のthe BM's

やはり青山陽一の音楽は瑞々しい。浮遊する旋律
と畳み掛けていく演奏との鮮やかなコントラスト、
言葉の意味に寄りかかることを避けた散文的な歌
詞、そして彼のギターは綺麗なトーンを保ちなが
ら自由奔放にソロ・ラインを紡ぎ出していく。そ
んな青山陽一the BM'sのライヴを10日は沼袋のオ
ルガン・ジャズ倶楽部にて。

超強力なベーシストである千ケ崎学をあえて外し
たこのオルガン・トリオの適度に隙間のあるサウ
ンドスケープがすごぶる気持ちいい。一切の逃げ
道がない三人編成ならではのスリリングな連携を
この夜もたっぷり聞かせてくれた。ジャズの世界
では50年代にある程度確立され多くのレコーディ
ングも為されたベースレスのオルガン・トリオだ
が、それをロックのフィールドで実践するという
発想が素晴しい。青山が多くの面で影響を受けて
きたスティーヴ・ウィンウッドの音楽に倣った面
もあるのだろう。この日も後期トラフィックのE
mpty Pagesとウィンウッドの近作At Times We
Do Forgetを立て続けにプレイするなど、内気な
青山の大きな背骨を見た思いがする。

むろんオリジナル曲も良かった。いきなり最初期
のGod Press Youから始め、「曲がる曲がる」や
Country Road、「五つめのシーズン」といった
懐かしい曲を散りばめた構成は、新作『Blues F
or Tomato』からある程度時間が経過した証だろ
う。その新作からは一曲も演奏しなかったことは
ここ最近では珍しいことだったし、それなりに年
月を経た「難破船のセイラー」が冴え渡って響い
たのは新鮮だった。本編を色彩感が溢れるRainb
owで終えた後のFriday RiderとJust One Noteの
長尺演奏も圧巻だった。そんな意味でハモンドB
3を弾きながら青山と併走した伊藤隆博、パワー
・ドラムで献身的なまでに骨組みを作っていった
中原由貴にも最大級のリスペクトを。

それでぼくは我が身を振り返る。果たして自分は
一体ロック音楽のどんな部分に惹かれてきたのだ
ろうかと。それはけっして起承転結のある物語で
はなかったし、説明的なメッセージとやらでもな
かった。むしろトラフィックに倣って考えてみれ
ば捉えどころのないイメージや抽象を描きながら
、そっと差し出したジム・キャパルディの歌詞の
幾つかだったかと思う(Paper SunでもDear Mr.
Fantasyでも、そしてColored Rainであれ、Sha
nghai Noodle Factoryであれ)

それはことさら解り易さや意味を求めがちな世界
から疎外を受けるかもしれない。鉈を振っている
野蛮人のまえで職人たちが染色を巡って逡巡して
いるようなものかもしれない。それでも青山陽一
という人はその歩みを止めることはないだろう。

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by obinborn | 2014-05-11 02:06 | 青山陽一theBM's | Comments(0)  

城北と城南

最近は副都心線が開通して便利になったが、同じ東京と言っ
ても城北地区に住んでいるぼくにとって城南はずっと遠い場
所に過ぎなかった。アクセスにしても埼玉に近い城北と神奈
川に抜ける城南ではだいぶイメージが違う。それでも会社員
時代に旧目蒲線や池上線を営業で回っていたこともあって、
そこら辺の地理は少しだけ解るようになった。確か3両編成
くらいののんびりした私鉄線だったと思う。それに乗って石
川台、雪が谷大塚、洗足池などを見るにつけ、ぼくはだんだ
ん城南地区のことを好きになっていったのだ。

あるミュージシャンが「横浜育ちの人は自分たちの文化が一
番だと思っている」と発言していたけれど、そのような自負
はあながち否定出来ないだろう。ぼく自身が住んでいる町と
して江古田に愛着があるように。ただそのような縄張り意識
は年齢とともに氷解しつつある。当たり前のハナシだが、暮
らす場所にその人の魅力が規定されるわけではない。

そう言えば東京ローカル・ホンクのメンバーたちはみんな目
黒や品川など城南の人々だ。彼らの「虫電車」や「四月病」
といった歌を聞くと、ぼくはいつも目蒲線や池上線のことを
懐かしく思い出す。それにしても彼らは秀逸なグループ名を
付けたものだね。

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by obinborn | 2014-05-09 17:12 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

歌う言葉〜明日、きみと楽屋で会おう

NHKの『ラストデイズ:忌野清志郎×太田光』を観た。番組の主
旨のひとつに忌野と太田の溝があり、そこで煩悶する太田の姿は
少なくともぼくは共鳴出来るものだった。彼の見解を纏めればお
よそこうなる。何で「トランジスタ・ラジオ」のような柔らかい
歌を作ってきた忌野が直截的な反原発歌を歌ったのか。表現者と
いうのはもっと比喩的な表現に特化すべきではないかと。ゲスト
出演した泉谷しげるも言う「気持ちは解るけれどもう少し茶化し           て欲しかった」という旨を。

むろん清志郎の意識の変化や切迫した感情にはぼくも『カバーズ
』(東芝EMIから拒否されキティから発売)当時から理解を示し
たのだが、その一方で太田や泉谷の気持ちも解るのだった。ぼく
がいつも言っていることを繰り返そう。時事的なプロテストソン
グはその只中で大衆の代弁となって消費されるかもしれない。で
もそういう歌は果たして長持ちするだろうか? 物事には必ず正義          やイシューだけでは語れない影があるのではないだろうか?

時間枠の限られたドキュメンタリーの通例として突っ込みの足らない         部分もあったけれど、一方的な清志郎讃歌で終わらない視点が鋭か
った。それにしても重い宿題を投げてくれたね、キヨシロー。でも
ぼくはきみが歌い始めた頃の歌のほうが好きだよ。

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by obinborn | 2014-05-03 00:48 | rock'n roll | Comments(0)