<   2014年 07月 ( 17 )   > この月の画像一覧

 

グレアム・ナッシュ〜BE YOURSELF

マイク・バインダー監督による映画『再会の街で〜Reign
Over Me』(07年)は重苦しい作品だった。大学時代を共
にしたルーム・メイトどおしが歳月を経てある日ふと再会
するのだが、開業医として成功し妻子とともに幸せな家庭
を営む一人の男と、妻子を失い悲観に暮れるもう一人の男
とが残酷なまでに対比されていくからだ。まして後者の彼
が家族を失った理由があの忌まわしい9・11事件だった
と知れば、運命を分けた現実の残酷さを思わずにはいられ
ない。そんな彼らではあるが、二人して久し振りに中古レ
コード店へと繰り出すシーンがある。ニューヨークが舞台
なので恐らくグリニッチ・ヴィレッジ界隈かと思われる。
そこで一人が手に取るのがグレアム・ナッシュの『SONG
S FOR BIGINNERS』(71年)だ。バインダー監督がどこ
まで意識したかは定かではないが、ここで仄めかされるの
はヒッピー〜ウッドウトック世代の過去と現在だろう。つ
まり監督は9・11以降に試練を受けた世代を描こうとし
ているようにも受け取れる。

ぼくにとっても『SONGS FOR BIGINNERS』は忘れ難い
アルバムだ。「狂気の軍隊〜Military Madness」や「シカ
ゴ」といった当時のヴェトナム戦争や学園闘争を扱った歌
にも、個人的なラブ・ソングの「Simple Man」や「Sleep
Song」にも、グレアムの良心や正直さが溢れていた。何
しろ自分の音楽的才能を控え目に申告した『初心者のため
の歌』というアルバム・タイトルが彼らしかった。ぼくだ
って自信満々の演説を聞かされるよりは、同じ部屋でぼそ
っと呟く友人のような歌を聞きたかった。学園闘争の末路
を後の世代から見てきたぼくは、当時とくにそういう個人
的な歌を求める傾向があったと思う。このアルバムではま
ず「Be Yourself」が好きになった。好きというよりは、ち
ょっと上のお兄さんから「自分自身でいなさい」とピアノ
とギターで語りかけられているような気持ちになった。

物事を正しく理解するのはとても難しい。さっきも誰かの
フェイスブックで関東地区の新しい汚染地図が示されつつ、
放射能がより高くなっている旨が記されていた。だが、そ
のデータが本当に信憑性があるのかは誰にも解らない。い
や理解出来る方もいらっしゃるのかもしれないが、少なく
ともぼくには把握出来ない。それらを鵜呑みにしてシェア
し合っている人たちは、穿った見方をすれば福島の現実な
ど見ようとせず、ただイタズラに恐怖心を煽っているよう
にさえ感じてしまうほどだ。そうしたぼくの見方はともか
く、確信を持って正しいソースだと自分で思えない記事に
関してはシェアをしない、けっして広めまい、というのが
ぼくの態度であり、ある種の社会的表明だ。

グレアム・ナッシュの「Be Yourself」を今改めてこうして
聞いていると、社会に揉まれくたびれ切った中高年の自分、
ヒネくれた物の見方しか出来なくなっている自分にもまだ
僅かながら何にも冒されていない青さが残っていることに
気が付く。それはもしかして最後のよすがなのかもしれな
い。だからぼくはデマや誇大と思える記事は絶対にシェア
しない。たとえみんながシェアして最後の一人になったと
しても、シェアなど絶対にするものか!そんな静かな意志
さえもグレアム・ナッシュの歌はそっと届けてくれるのだ。

e0199046_11403235.jpg

[PR]

by obinborn | 2014-07-28 11:41 | rock'n roll | Comments(0)  

イアン・ゴム『SUMMER HOLIDAY』

今回パブ・ロックの本を執筆する際に課題としたのは、
一日5枚のディスク・ガイドを書くことだった。5枚を
40日間続ければ計200枚になる。およそそんな日程を
組んでいったのである。むろん本文やコラムは別に書か
なければならなかったので、ちょうど半年の時間を要し
てしまったけれど、それはそれで楽しい日々であった。
というのも一枚一枚じっくりと聞き直してみると、買っ
た当時は気が付かなかったことに感心したり、旧作にも
関わらず新鮮さを感じたりと、繰り返し聞くことの大切
さを改めて痛感させられたから。

イアン・ゴムの『SUMMER HOLIDAY』もまさにそんな
一枚だった。ブリンズリー・シュウォーツが76年に解散
してからのゴムはしばらく動向が掴めなかったのだが、
そんな彼が78年にアルビオン・レーベルからリリースし
たのがこの初めてのソロ・アルバムだった。同じ釜の飯
を喰ったニック・ロウもブリンズリーズ解散後は試行錯
誤している最中だったから、筆者も果たして『JESUS O
F COOL』(クールの神様!)とこの『SUMMER HOLY
DAY』のどちらを先に聞いたのかは、もう覚えていない。

それにしても甘酸っぱい郷愁に誘ってくれる作品だ。ブ
リンズリーズ時代に発表したHocked On Loveの再録ヴァ
ージョンに始まり、Sad Affair、Black And Whiteへと連
なっていく。そのいずれもがパワー・ポップというか、
ギターを弾くソングライターがシンプルにデザインして
いった新しい時代のロックンロールだった。シングル・
カットされたHold Onの哀愁溢れる旋律も良かったけれ
ど、それ以上にAirplaneや24 Hour Serviceといった楽曲
には、伸び伸びとしたメロディを書くゴムの姿が自信と
ともに漲っていて嬉しくなったものだ。ちょっと間違え
てしまえば下世話にもなりかねないのだが、気取りとか
洗練された語彙を前面に押し出すのではなく、沸き立つ
音符やリリックをまるで青年のように書き留めていくゴ
ムに、ぼくは彼の人柄を思ったものだ。このアルバムで
言えばThat's The Way I Rock N Rollがハイライトだろう
か。自らのロック体験を心のままにスケッチしたかのよ
うな自伝的なナンバーに胸を打たれる。

アルバム・ジャケットを見開くと、ゴムが彼の妻や子供
たち、あるいはハービー・フラワーズを含むバンド・メ
ンバーたちと遊園地やプールに佇む幾多の写真が飛び込
んでくる。時期的に言っても77〜78年頃のものなのだろ
うが、これらの写真には時代を超えた微笑ましさや普遍
(良きこと)があるような気がする。そんな思いをアル
バム・タイトルとなったSUMMER HOLIDAYという言葉
が後押ししていくのだからたまらない。そして実際飛び
出してくる音楽は、今聞いてもまったく古びないどころ
か新鮮な息吹きを感じさせる。まるで遥か遠い昔、一日
の泳ぎを終えて夕暮れのなかにまどろんでいるような感
じだ。程よい疲れと飲料水やアイスクリーム。きっと誰
もが今も心に秘めているだろう夏の光景である。そんな
切なく甘い気持ちまで、イアン・ゴムの『SUMMER HO
LIDAY』はそっと運び込んでくるのだった。

e0199046_18412337.jpg

[PR]

by obinborn | 2014-07-27 18:40 | rock'n roll | Comments(2)  

東京ローカル・ホンク「おいのりのうた」

東日本大震災以降にぼくが幾多のソングライターたちに抱いた
関心は、彼らが今後どういう歌を作り歌っていくかにあった。
何も直接的な反原発ソングを歌ったり、もっともらしく被災地
の心情に寄り添ってみればいいというものではない。むしろ本
物のソングライターであるならば、暗喩とかある種の物語性の
なかに気持ちを込めるのではないか? ぼくにはそんな願いが
あった。

東京ローカル・ホンクの場合はどうだろう。グループのソング
ライターである木下弦二が震災後に作り、ライヴの場で披露し
たことのある歌は、「夜明けまえ」「お手手つないで」「夏み
かん」「GOD HAS NO NAME」「遅刻します」といった新曲
だった。「夜明けまえ」は一日の稼ぎを手にして家に帰るバン
ドマンの歌だし、「お手手つないで」はセカンドライン的なお
祭りソングだった。「夏みかん」で差し伸べた何気なく愛おし
い日常の風景は、逆にそれが一瞬のうちに失われた時の残酷さ
を思わせる優しいメロディに溢れていた。辛辣な「GOD HAS
NO NAME」の歌詞にある「ブルーズなんて習い事さ、ロック
ンロールなんて借り物さ」(筆者聞き取りのため正確ではあり
ません)というフレーズにも弦二の一貫した音楽観が伺えた。
そしてユーモラスな「遅刻します」で示される生命へのぶきっ
ちょな肯定。それらの歌どれもが何ら彼の身の回りから離れる
ことなく、言葉が一人歩きすることなく、歌われていたことに
ぼくは心打たれた。

しかも彼の場合、震災以前に作られた歌がより深い意味を携え
ながら響いてきた。何でも大戦終了間際のあの残酷な沖縄決戦
のドキュメント番組を観ていて着想を得たという「いつもいっ
しょ」、恐らく彼の子供たちを題材にしただろう「目と手」、
そして「おいのりのうた」。これらの歌がより強度を増してい
ったことにぼくは打ち震えた。それらの歌詞は一見したところ
平易ではあるものの、逆に言えば、想像する余地とか含蓄があ
り、聞き手それぞれが自由に自分の暮らしや世界観を描いてい
けるような”キャンバスの白さ”があった。普段から「長持ちす
る歌を歌いたいんです」と公言してきた弦二のソングライティ
ングの最もデリケートな部分が淡い光となって幾多にも広がっ
ていく。そんな鮮烈な印象だ。

もっともらしく現実を嘆いたり、具体的な為政者をやりこめる
ような歌であれば恐らく誰にでも作れるだろう。でも、そうい
う歌は一時の話題にはなっても長持ちはしない。ぼくには辛抱
強く、丁寧にソングライティングに向き合っている優れた音楽
家たちの姿が見える。それを聞き取っていこうと思う。


[PR]

by obinborn | 2014-07-26 17:52 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

佐々涼子『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている』

佐々涼子さんの『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている』
(早川書房)が清々しい。震災後に機能が完全に停止して
しまった石巻市の日本製紙石巻工場に密着したルポルター
ジュであり、半年後に稼働するまでの過程が綿密な取材に
よって描かれている。社長、工場長、オペレーター、ボイ
ラー担当者、関連企業の社員など多くの人の声を聞き取り
ながら、佐々さんは淡々と公正な態度で書き留めてゆく。
地元産業の復興なしに被災地の再生はない。そんなことを
肌で知っている人達の偽りなき声だ。震災後「豊かな暮ら
しか、それとも自然か」などという歌が生まれたけれど、
そうした二者択一では割り切れない地方の現実へと、著者
は謙虚に向かい合う。思想や信条による峻別ではなく、工
場を再び動かさなければいけないのだという思い。それが
いかに尊いことか。実際に何をしたでもない自分も、あの
当時こういう人たちがいて、毎日こういう風に努力してい
たことはしっかりと記憶に留めておきたい。前作『エンジ
ェル・フライト』(拙ブログで書評済)では葬儀屋に目を
向けた佐々さんだが、きっと彼女は表舞台に立たない人た
ちこそ人生の洞察者であることを知っているのだろう。紙
が作られ本が生まれる。宮城から東京へ運ばれてくる。そ
の事実。ライフライン。そのことに思いを馳せずにはいら
れなかった。

e0199046_1215237.jpg

[PR]

by obinborn | 2014-07-22 12:15 | 文学 | Comments(0)  

ムーさんは最高っ!

オイラは自慢だが、フェイスブックで友だち申請をしたこ
とは実は一度もない。まあ個人のアカウントではなくグル
ープ・アカウントに設定しているせいもあるけど、仮に個
人設定にしたとしてもそれほど執着したり一喜一憂したり
はしないだろうな。だいたい世の中にはいい人もいればイ
ヤな奴もいるのが常で、実際現実の世界で多少なりとも知
っている人たちならともかく、会ったこともなければ顔も
ろくに知らない人を「友だち」とするのはちょっとおこが
ましいと思う。そして実際の友だちにしたって別に永遠の
愛を誓い合っているわけではない(笑)友だちでも恋人で
も夫婦でも時間の経過とともに互いの考え方や価値観が違
ってくるのはむしろ当たり前だと思うし、体裁だけを整え
たとしても破綻はいつか訪れるだろう。ちょっとネガティ
ブなことを書いてしまったけれど「さよならだけが人生さ」
という常套句はそこら辺を言い含めているんだな、という
ことをオイラも歳とともに噛み締めるようになったよ。そ
れでも普段から何となく「いいなあ〜」と思える人たちが
ずっと友だちであってくれれば幸せだな、と願う気持ちも
年月とともに強くなってきた。勿論「数」の問題じゃない
ですよ。そして実際にお会いしてない方のなかでも素晴し
い人はきっといるはず。

いずれにしてもフェイスブックやツィッターに関しては、
振り回されることなくうまく使いたいものだ。でもこっち
がビジネスの話をしているのに「きみはぼくにフレンズの
申請していたっけ?」と言われた時はたまげたよ。何もし
らない十代ならともかく立派な大人が平気でそう言うんだ
ぜ!その時はもう世の中オシマイだと思いますた(苦笑)

最後になってしまったが写真右に映るのはオイラが敬愛し
て止まないムーさんこと中原由貴さん。ご存知の方も多い
と思うけど、彼女は間違いなくいい人です(笑)っていう
か皆に愛されているよね。きっとムーさんのなかには何か
彼女自身まだ気が付いていないんじゃないかと思える「
徳」のようなものがあるんだろうな。オイラもせいぜい見
習いながら修行に励みます。そしていつかムーさんの音楽
に負けないくらいの文章を書けたらと思っています。

e0199046_16362945.jpg

[PR]

by obinborn | 2014-07-21 16:36 | タマコの人々 | Comments(0)  

パイレーツ・カヌーと東京ローカル・ホンクの素晴しい夜

素晴しい新作『One For The Pain In My Heart』を携えなが
らパイレーツ・カヌーが再び東京に来てくれた。嬉しい!
しかも対バンは以前から親交があり、抜群の相性を見せてき
た東京ローカル・ホンクの面々だ。そんな素敵なツーマン・
ライヴを20日は高円寺のJIROKICHIにて。あいにく豪雨にた
たれてしまった筆者だが、居ても立ってもいられず会場に向
かった。京都からのカヌーと東京は城南地区出身のホンクの
東京都での共演は四度めとなるが、今晩ほど両者の存在を誇
らしく思ったことはない。ブルーグラスやカントリーといっ
た音楽の語彙を活かしながらオリジナルな表現に取り組むカ
ヌー。一方のホンクは磨き抜かれた言葉と研ぎ澄まされたサ
ウンドで現在インディーズ・シーンの最高峰に位置するカル
テットである。そんな両者の絶好調ぶりに超満員の聴衆が応
え、どこまでも熱い声援を送っていった。

カヌーにしてもホンクにしても何ら普段のぼくたちと変わら
ない姿を見せる。カヌーは多くを英語詞で歌いホンクは綺麗
に連なる日本語の響きを大事にしているのだが、どちらの世
界もぼくたちの暮らしの真ん中にあるような親近感があって、
そこに惹き付けられる。弦楽器のアンサンブルに特化したカ
ヌー。フォーピース・バンド理想のウネリを力強く辛抱強く
培っていくホンク。カヌーは新曲Gull Flying Northでまるで
新たな船出を果たそうとしているよう。どこかアイリッシュ
音楽にも通じる哀感と「なんとかなるよ!」という気持ちを
言い含めた”ラララ〜”の男女混声のコーラスはこの夜間違い
なくハイライトだった。吉岡孝による音色ひとつひとつまで
に気を配ったドラムス&パーカッションがそんな気持ちをど
こまでも後押ししていく。そこに立っているだけといった印
象の谷口潤のベースが、実はフレーズの尻尾ごと、くっきり
とした表情豊かな輪郭を描いていることに気が付く。

対するホンクはどうだろう。木下弦二というソングライター
は以前から普通の言葉で多くを伝えることが出来る優れたポ
エットだった。そんな彼に抱くぼくの興味といえば、東日本
大震災以降に弦二の歌世界なり心映えがどう変化していくか
にあったのだが、3・11後の彼は以前にも増して慎重に言葉
を選びつつ旋律と合体させているようだ。その最新の成果が
まるで最高の時のジョン・レノンのようなGod Has No Nam
eであり、「遅刻します」で示されるぶきっちょな生の肯定
であれば、もう筆者は何も言うことはない。

カヌーのメンバーと合体して最後に演奏されたホンク・ナン
バー「おいのりのうた」の清々しさ。それを今ぼくはキーボ
ードを打ちながら思い出している。弦二とともに”長持ちする
歌”のことを語り合った夜を思い起こしている。

e0199046_23333460.jpg

[PR]

by obinborn | 2014-07-21 01:16 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

ぼくはけっしてこの歌を歌うことはないだろう

ぼくは「We Shall Overcome〜勝利を我らに」という歌がどうし
ても好きになれません。ましてシングアウトしたいとはまった
く思いません。ごく単純に直訳して「私たちは打ち勝つ」とい
う歌ですが、こういう風にこちら側とあちら側とをあたかも二
元論のように峻別してしまう態度に傲慢さを感じずにはいられ
ません。

果たして東京電力が悪いのか?原発を開発してきた科学者たち
が罪なのだろうか?少なくともぼくはそう思いません。むしろ
文明の進歩とともに豊かな生活を享受してきた自分自身にこそ
矢は向けられなければいけないはず。

e0199046_2037474.jpg

[PR]

by obinborn | 2014-07-18 20:39 | rock'n roll | Comments(0)  

佐野元春&ザ・コヨーテ・バンド

コヨーテ・バンドを初めて見たのは『星の下、路の上』ツアーの
千秋楽の時だった。手練手管のザ・ホーボー・キング・バンドに
よる演奏が続くなか、突然呼び出されたコヨーテ・バンドの三人
のプレイは随分ぎこちないものだったと記憶する。あれから8年。
彼らはメンバーを補強しながら2枚のアルバムを佐野元春ととも
に作り、全国をツアーして回った。東京近郊に限ってではあるが
多くのステージを見てきたぼくには、コヨーテ・バンドの成長が
嬉しかった。最初は稚拙だった音が、次第に固まり、やがて大き
なウネリとなって押し寄せる。一人の聞き手としてその過程に立
ち会ってきた喜びは大きい。ときに通常のホールではなくライブ
ハウスのサーキットまで展開したのだから、佐野元春の「初心に
戻る」決意は本物だった。コヨーテ・バンドのスキルと可能性を
信じ、ともに音をクリエイトしていく。いわば「いつもバンドと
ともに〜always with a band〜」という佐野元春の一貫した音楽
観が伝わってきた。普通ベテランともなればとかく安定路線に身
を委ねがちだが、この男は”すべてをゼロに戻して”再び21世紀と
う荒れ地に舞い降りたのだ。こと世界規模で見渡してもこんなロ
ック・アーティストは珍しい。ゴリゴリとした粗めのギター・ロ
ックと思慮深い詩人。以前ぼくはそのような表題でアルバム『ZO
OEY』のテキストを書かせて頂いたが、コヨーテ・バンドを携え
た佐野元春の新作と秋から始まる全国ツアーが今から待ち遠しい。

e0199046_13375017.jpg

[PR]

by obinborn | 2014-07-18 13:40 | rock'n roll | Comments(0)  

『黄金のメロディ〜マスル・ショールズ』を観て

『黄金のメロディ〜マスル・ショールズ』を観てきました!
このような音楽ドキュメント映画の場合、約100分の枠のな
かで長い歴史を振り返るのは大変だと思うけど、最後まで飽
きることなく、気持ちいい流れに身を委ねることが出来まし
た。軸となるのはリック・ホールの半生であり、不幸な生い
たちや度重なる悲劇を音楽プロデューサーとしての情熱へと
転化していくというもの。実際これほど呪われた運命に翻弄
されてしまうのかと思ってしまうくらいなのだが、それをち
ょっとした人生訓に彼は譬えてみせる。曰く「不完全な完全
を目指すのさ!」

リック・ホールのもうひとつの不幸はフェイム・スタジオで
優秀なミュージシャンを育てたにもかかわらず、常にアトラ
ンティックやチェス、キャピトルといった都市部のレコード
会社によって利用され略奪されたことだろうか。大都市とア
ラバマ州のド田舎との軋轢といった図式にもポピュラー音楽
の構造が見え隠れする。それでもマスル・ショールズという
未だ見ぬ土地にローリング・ストーンズやトラフィックがや
って来たのだから面白い。その目的とは当事者たちも説明し
切れない南部の匂いに他ならないのだろう。

「昔はロスやニューヨークでの仕事に憧れたものさ。でも、
ここ(マスル)は良い故郷さ。何しろ彼らのほうからこんな
ド田舎までわざわざレコーディングに来てくれるんだから!
」そんな風に語るデヴィッド・フッドにマスル・ショールズ
の秘密を垣間見る思いがする。

ソウル音楽の偏屈な純愛主義者には多く登場するロック・ア
ーテストや、フェイムから枝分かれしたマスル・ショールズ
・サウンド・スタジオに力点が置かれていることが不満なの
かもしれない。それでもアラバマ州にあるこの土地が人種の
壁を乗り越え、黒人と白人とが協調し合いながら優れた音楽
を作り出してきたのは紛れもない事実だ。音楽から友情が聞
こえてくる瞬間。それを聞き逃すべきではないだろう。これ
から全国各都市で公開されていく映画だけにネタバレは最小
限にしたいが、やはりウィルソン・ピケットとデュエイン・
オールマンが心を寄せ合って「ヘイ・ジュード」を歌い演奏
し始める場面に、筆者は胸が一杯になってしまった。

e0199046_631082.jpg

[PR]

by obinborn | 2014-07-17 06:02 | one day i walk | Comments(0)  

シェフィールド、アラバマ

今夜はいよいよ『黄金のメロディ〜マスル・ショールズ』
の映画を観に行きます!なるべく白紙の状態で偏見なく接
したいので今まで自ら情報をシャットアウトしてきた程な
のだが、それでも否応なしに感激の声は聞こえてきました
ね〜(笑)アラバマ州シェフィールドでの暮らし、リック
・ホールの人となり、フェイムからスワンパーズが独立し
ていく過程、つい先日自伝が翻訳されたばかり(新井さん
偉いっ!)のジェリー・ウェクスラーらアトランティック
・グループの思惑などなどがどこまで丹念に描き込まれる
のかがとても楽しみだ。

言わずもがなソウル音楽の聖地であるマスル・ショールズ
だが、もし彼らがブラック・ピープルだけのエリアに固執
していたなら、ぼくはこれほどこの土地の音楽を愛したか
どうか。むしろロック音楽にまで門戸を広げていったから
こそ広範な支持を得られたのではあるまいか。こと自分の
音楽体験を紐解いていっても、答えは自然に微笑んでいる
のだと思う。ウェクスラーの戦略があったとはいえ、70年
代のロック青年に南部探訪をさせた功績も大きいし、レゲ
エ・リディムへの対応の敏速さも見逃せない。

それらひとつひとつを今夜ぼくは味わい尽くしたい!

e0199046_12131597.jpg

[PR]

by obinborn | 2014-07-16 12:14 | one day i walk | Comments(0)