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ALL THINGS MUST PASS

今日は久し振りに所沢の実家に帰って剪定をしました。
母親が元気なのが何よりで、一緒に昼食を頂きました。そ
れにしても町の変わりようにびっくり。自分の年齢を考え
れば当然なのですが、私にとってこの故郷は中学〜高校を
過ごした時のまま止まっているのでした。所沢北高校を卒
業したのが76年ですから、あれからほぼ40年経ってしまい
ました。最もショックだったのは隣二軒の家が建て壊され
更地になってしまったこと。主が亡くなり倅たちがそれを
引き継がないことには色々な事情がありますから、一方的
な感想は避けたいのですが、それでも今まであったものが
失われた寂しさは少なくありませんでした。いわば息子た
ちが引き継ぐことを諦めた商店が、コイン・パーキングに
なり、飲料水の自動販売機だけが無機質に立ち並ぶのと似
た喪失感かもしれません。そんなことを思いながら帰りの
電車に乗りました。無性にジョージ・ハリソンのALL THI
NGS MUST PASSを聞きたくなりました。

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by obinborn | 2015-04-27 18:04 | one day i walk | Comments(0)  

今日はフラッシュさんで月1回のお楽しみを!

本日は練馬区議選の不在者投票を終えた後、月一回の私唯一
の楽しみ?であるレコード・ハンティングのため、下北沢の
フラッシュさんで90分じっくり掘りました。特売ではないレ
ギュラーの営業日でも、丁寧に探せばいい物が見つかるとこ
ろが同店の底力だと改めて痛感!さらに投票証明書を提示し
ての選挙割20%が効いた効いた(笑)以下戦利品を。*チャ
ック・ベリーのみ下北ユニオンで購入しましたが、それを含
めて8アイテム・トータルで5,520円(安っ!)でした。

(LP)
◎THE ROLLING STONES/BIG HITS( DECCA TXS101)
◎LEON SPENCER JR./SNEAK PREVIEW(PRESTIGE)
◎CHUCK BERRY/GREATEST HITS(CHESS)

(7's)
◎THE ROLLING STONES/GOT LIVE IF YOU WANT
(DECCA EP *ジャケなしでしたが予備用として)
◎THE ROLLING STONES/GET OFF OF MY CLOUD b/w
THE SINGER NOT THE SONG(DECCA)
◎PHILIP UPCHURCH COMBO/YOU CAN'T SIT DOWN(BOYD)
◎MARVIN GAYE&TAMMY TERRELL/GOOD LOVIN' AIN'T
EASY TO COME BY(TAMLA)
◎DALE&GRACE/I'M LEAVING IT UP TO YOU(MONTEL)

なおフラッシュさんの「選挙割」は4月一杯有効みたいなの
で、ぜひ活用してみてください!(投票を終えて申告すると
投票証明書が貰えます。それを忘れずに!)私はいつも通り
現政権に対する”批判票”を野党議員に入れましたが、たぶん
落選するだろうなあ(苦笑)

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by obinborn | 2015-04-24 18:33 | one day i walk | Comments(0)  

1973年11月のグレイトフル・デッド

今日のデッドは73年11月11日。彼らの地元であるシスコの
ウィンターランド3日間公演の最終日である。キース&ドナ
・ゴドショウの新参加組もすっかりメンバーに溶け込み、ビ
ル・クレイツマンのワン・ドラムス体制ながら、じっくりと
いい楽曲を落ち着いた演奏で聞かせていく。そんな意味では
キーボードの音色が華美になっていく後年より、筆者が俄然
贔屓にしている時期の記録である。フィル・レッシュの腰が
思わず浮くような柔らかいベース・ランが”歌モノ”で際立っ
ていることもポイント。この時期積極的に取り上げていたマ
ーティン・ロビンスのEL PASO、ジョニー・キャッシュのB
IG RIVER、クリス・クリストファーソンのME AND BOBBY
McGEEといったカバー曲からも、カントリー・テイストが
何とも心地よく聞こえてくる。

白眉はやはりWEATHER REPORT SUITEだろうか。それま
でハンター=ガルシアのソングライティング・コンビに押さ
れがちだったボブ・ウェアが隠れた才能を発揮したことでも
忘れられない三部構成から成る壮大な組曲だ。後年は一部が
省略され後半のLET IT GLOWのみがピックアップされていく
だけに、73年に行われた本来の演奏が思いっきり懐かしい。
そして勿論ステージの後半にはDARK STARがあり、それが
EYES OF THE WORLDへと連なっていく。

澄んだ水のようにクリアなガルシアのギターと優しい歌声を
聞いているだけで、過去と現在と未来の時間軸がトリップ感
とともに入れ替わっていくよう。90年代以降にジャム・バン
ド〜長尺演奏のムーヴメントがあり、その流れのなかでデッ
ドがまさに元祖として見直された部分もあるけれど、幾つか
の90年代組よりもずっと牧歌的で鷹揚に聞こえる。それが時
代というものだろうか。

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by obinborn | 2015-04-23 17:24 | one day i walk | Comments(0)  

フォザリンゲイ物語

1969年の7月6日、サンディ・デニー、アッシュレー・
ハッチングス、リチャード・トンプソンそしてサイモン
・ニコルはサンディとトレヴァー・ルーカスの新しい
フラットに集まった。パーソンズ・グリーン近くにある
チップスラッド通りの赤煉瓦の家の二階だった。彼らの
ドラマーだったマーティン・ランブルが5月に交通事故
で亡くなったことで、フェアポートは以降活動を続けて
いくべきか悩んでいたのだ。ハッチングスは言う「ラン
ブルに代わるようなプレイヤーはなかなか見つからない
よ」その後アルバム『リージ&リーフ』のセッションは
始まったものの、ハッチングスとサンディはグループか
ら脱退を表明した。『リージ』アルバムが発売される10
日前、69年の11月22日のことだった。サンディは旅に出
たかったと言っていたが、伝承曲と器楽演奏に特化し、
自分の歌を取り上げてくれないフェアポートへの不満を
のちにナイジェル・スコフィールドを前に告白した。

サンディとルーカスの男女交際はまた別の懸案事項だっ
た。68年の暮れ頃にはカップルは”二人で一人”状態だっ
たが、それまではルーカスがいない時のサンディは情緒
不安定だった。トンプソンは回想する「フェアポートに
とってはルーカスが揉め事の原因だった。でも彼らはや
がて音楽的に優れたパートナーへと成長していった。僕
らに新しいギタリストは必要なかったし、こっちはサン
ディが離れていくのを止めることもなかった」ルーカス
が組んでいたエクレクションは69年にはもはや解散状態
だったので、二人はフォザリンゲイの構想に入り、エク
レクションでドラムを叩いていたジェリー・コンウェイ
がそれに加わった。ルーカスは強調する「サンディのた
めのバンドじゃないんだ。彼女もそれを嫌がっている。
プレスはサンディ中心に書き立てるけど、僕たちはフロ
ントに立つ者を望まなかった。フォザリンゲイはフェア
ポートのフォーク・ロックとトラッドと、さらにカント
リー・ロックのアプローチを混ぜた。つまり僕たちは同
じ絵のなかで描かれるフレンドリーな絵の具なんだよ」

「サンディは厳しい主ではなかった」とコンウェイも続
ける「こうしろ!ああして!と指図するのではなく、も
っと自然な音楽プロセスを大事にした。彼女が家にある
ピアノに座ってから作業が始まるんだ。サンディはそう
して僕たちに歌を教える。ピアノは上手くないけど、美
しい旋律と慈愛に満ちたコードで歌を強くする。彼女は
あらゆる面で控えめだったが、自己評価よりもずっと優
れた音楽家だったんだよ」

ギタリスト探しが急務だった。サンディはトンプソンに
誰かいいギタリストはいないの?と常に尋ねていた。そ
んなトンプソンが推薦したのがアルバート・リーだった。
リーは当時をこう振り返る「まだリチャードには会った
こともなかったよ。互いに存在は知っていたけどね。そ
こで僕はベースにパット・ドナルドソンを紹介したんだ。
彼とは同じカントリー・フィーヴァーというバンドをや
っていたし、68年頃にはポエット&ザ・ワンマン・バン
ドという覆面バンドで一緒にセッションしていたから」

但しリーは自分がフォザリンゲイに向いていないと理解
していたようだ。自分の代りにニューヨーク出身のジェ
リー・ドナヒューをサンディとルーカスに勧めたのであ
る。ドナヒューは67年にマーキー・クラブでフェアポー
トの演奏を一度観ていた。とくに彼らのファンという訳
ではなく、まして彼らのレコードを聞いたこともなかっ
たが、最初のリハーサルでゴードン・ライトフットの
「ザ・ウェイ・アイ・フィール」を弾いた時に閃くもの
があり、フォザリンゲイに参加した。ドナヒューは回想
する「僕の演奏を気に入ってくれた。僕もサンディとル
ーカスのハーモニーを素晴しいと感じた。その体験が僕
の心を変え、人生の転機になったのさ」

1970年の6月に彼らのアルバム『フォザリンゲイ』がア
イルランド・レコードから発売された。アルバムは6週
間チャートに留まり、7月には全英で最高18位までに昇
った。これはフェアポート以降のサンディにとって最も
成功したものだった。きっとアルバム発売以前の冬から
最初のツアーを行っていたことも大きかっただろう。70
年の秋になると英メロディ・メイカー誌がサンディを「
英国最高の女性歌手」に選出するという名誉を受ける。
サンディ自身は「この国の人々は99%私のことなんか知
らないわ」とサン紙に語っていたが、レッド・ツェッペ
リンと共演した「限りなき戦い」は、否応なく彼女をメ
インストリームへと押し上げていく。

70年の後半にはセカンド・アルバムの制作も始まったが、
この頃になると録音の仕方を巡ってジョー・ボイドとジェ
リー・ドナヒューが激しく争うなど、グループの雲行きは
怪しくなってきた。サンディの力量が抜きん出ていたため
にメンバーのなかには彼女にソロ活動を薦める者もいたほ
どで、民主主義を掲げていた彼らの理想は皮肉にもサンデ
ィの人気とともに崩れていく。彼女がソロ・アーティスト
としてアイランドと再契約したのは、71年の1月28日のこ
とで、それはクィーン・エリザベス・ホールでフォザリン
ゲイがさよならコンサートを行う2日前だった。ロング・
ジョン・ボルドリー、マーティン・カーシー、アッシュレ
ー・ハッチングスらがゲスト陣として華を添えたそのライ
ブの最後にはアンコールに応えてサンディがソロで登場し、
ピアノでレノン=マッカートニーの「レット・イット・ビ
ー」を歌い、仲間や聴衆との別れを惜しんだ。

(*ボックスセット『NOTHING MORE』に寄せられたミ
ック・ホウグトンのライナーノーツから抜粋しました)




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by obinborn | 2015-04-18 16:35 | one day i walk | Comments(0)  

フォザリンゲイのボックスセット『NOTHING MORE』を聞いて

フォザリンゲイのボックスセット『NOTHING MORE』が
いよいよ我が家にも到着!3枚のCDと1枚のDVDから成る
その長編記録は、まさにサンディ・デニー・ファン待望と
言えるものでとにかく嬉しい。ご存知のようにサンディは
ブリテン諸島を代表する女性シンガーであり、60年代から
ロンドンのフォーク・クラブで看護婦の仕事をしながら歌
っていた。やがて短期間ストローブスに在籍した後はエレ
クトリック・トラッドの革新的なグループであるフェアポ
ート・コンベンションへと初代のジュディ・ダイブルに代
わって参加した。しかしサンディはフェアポートで3枚の
優れたアルバムを録音したのち、69年の11月にグループか
ら脱退してしまう。何でもフェアポートの伝承曲路線に反
発し、もっとオリジナル曲を歌いたかったとか。

そんなサンディが当時恋仲だった(のちに結婚)オースト
ラリア人のトレヴァー・ルーカスとともに旗揚げしたのが
フォザリンゲイだった。元々彼女がフェアポートに参加し
て最初に持ち込んだオリジナル曲が「フォザリンゲイ」で
あり、それをグループ名に冠したことからも並々ならぬ意
欲が伺えた。ルーカスは当時エクレクションに在籍してい
たが、やはりそこでドラムを担当していたジェリー・コン
ウェイもフォザリンゲイに合流する。コンウェイと見事な
リズム隊を成すベーシストのパット・ドナルドソン、アメ
リカ人ギタリストのジェリー・ドナヒュー。彼ら計5人が
フォザリンゲイのメンバーになったが、一説によればドナ
ヒューではなく、ヘッズ・ハンド&フィート出身のアルバ
ート・リーを加える計画もあったらしい。

イングランドの凍て付いた大地を思わせるサンディの歌を
最大限に生かして評判になったフォザリンゲイだが、70年
に英ISLANDからたった一枚のセルフ・タイトル・アルバム
をリリースしたのちに解散してしまう。その音源にデモ録
音等を加えたのがディスク1だ。そしてセカンドアルバム
用にレコーディングされながらも未発表に終わった音源に
最新VERなどを加えたのがディスク2である。もっともル
ーカスが個人所有していたこの音源は以前『2』としてCD
化されたのでマニアの方には今さらかもしれない。しかし、
サンディのファースト・ソロで完成を見る曲のラフ・スケ
ッチが、JOHN THE GUNやLATE NOVEMBERなど幾つか
残されるなど、時間軸とともに彼女の着実な歩みに触れる
思いがする。70年にロッテルダムで行われた公演にBBC音
源を加え、まるごとライブで構成されたディスク3はこの
ボックスならではの最高のプレゼントだろう。このディス
ク3が聞けるだけでもマスト・バイ!であり、ビート・ク
ラブ出演時のTVパフォーマンスを収録したボーナスDVD
(曲数が少ないのが残念!)とともに、フォザリンゲイの
研究に欠かせない新たなマテリアルとなった。

フェアポート脱退後からソロ活動へと踏み出していくまで
のサンディにあった時間はわずか2年足らずであった。し
かしその間に残された音源はどれも息を呑むほどのもので
あり、彼女が音楽的キャリアの頂点へと昇り詰めていった
時期のドキュメントとして、胸が一杯になってしまった。
メアリー・ブラックやドロレス・ケーンといった後進のブ
リテン圏の女性シンガーたちが規範とした歌がまさにここ
にある。

細部まで聞き分けていくのも良し。60年代のブリティッシ
ュ・フォーク全体のなかで俯瞰してみるのも良し。先に触
れた通り、サンディはトラッド路線よりもオリジナル曲を
歌いたくてフェアポートから脱退した。しかしフォザリン
ゲイにも彼女のソロにも自作に混ざって伝承曲が採用され、
また同時代のボブ・ディランやゴードン・ライトフットの
曲もカバーされている。そんなことからもサンディがフェ
アポートを辞めた本当の理由は未だに解らない。ただ彼女
の才能が一定の枠からはみ出さざるを得ず、もっと違う外
気に触れたがっていたことは確かだろう。若き日の野心と
は往々にして自分でも説明が付かないものだから。そんな
ことを噛み締めつつ、この『NOTHING MORE』にしばら
く浸っていたい。夜明けまでずっと聞いていたい。

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by obinborn | 2015-04-17 20:48 | one day i walk | Comments(0)  

1980年秋のグレイトフル・デッド

デッドのオリジナル・アルバムは現在ボーナス・トラックを
追加した形でリマスターCDが発売されているが、とりわけ驚
かされたのは『DEAD SET』が多くの未発表テイクとともに
生まれ変わったことだった。ちなみにその追加曲はLET IT G
ROW、SUGAREE、C.C.RIDER、ROW JIMMY、LAZY LIGH
TNIN'、SUPLLICATION、HIGH TIME、JACK STRAW、SHA
KEDOWN STREET、NOT FADE AWAYの10曲。これはまさ
に長時間収録を可能にしたCDの特性を2枚組に生かし切った
形だ(最初の形態であるLP2枚はディスク1に収まった)

80年の秋ツアーからライブ収録されたこの『DEAD SET』は
彼らのオフィシャル盤のなかでも人気の高いアルバムだった
が、そのエレクトリック・サイドをより拡大した形で堪能出
来る。演奏面ではやはりミッキー・ハートが復帰してツイン
・ドラムス体制が戻ってきたことが大きい。むろんミッキー
不在時のシンプルな歌モノ路線も悪くなかったが、アフリカ
音楽に傾倒した彼のドラム&パーカッションによって、演奏
の自由度は飛躍的に増している。たとえビル・クレイツマン
と同じビートを軽く合わせている時でさえ、タイム感のズレ
や厚くなった倍音に接することが出来るのだった。そうした
意味ではRHYTHM DEVILS>SPACE>FIRE ON THE MOUNT
AINと連なっていくインプロ部分は本作最大の聞き所だろう。

そしてジェリー・ガルシアの静とボブ・ウェアの動のコント
ラストも味わえる。FRIEND OF THE DEVILがゆったりとガ
ルシアによって歌われる次に、ウェアのNEW MINGLEWOO
D BLUESが躍動する。ウェアがGREATEST STORY EVER
TOLDのロックンロールを決めた後には、ハンター=ガルシ
アのなかでも最も美しい作品BROKEDOWN PALACEが待っ
ている。そうして押したり引いたりするリズムのさざ波が
交互に訪れることによって、デッドの音楽は広がりのあるも
のになったのだ。

この『DEAD SET』と対になるアクースティック・セットを
収録した『RECKONING』を併せて聞けば、80年秋のグレイ
トフル・デッドの全貌が見えてくる。こんな春の日には彼ら
の音楽に思いっきり身を委ねてみたい。ビル・ブロウィング
のヒルビリーからハムザ・エル・ディーンのアフリカ音楽ま
でがそこに流れている。緩いチャック・ベリーがあり、なか
なか終わらないバディ・ホリーのNOT FADE AWAYでは、
ステージに立っている者たちがどうやってエンディングに向
かうのかを探っている感じだ。そのアイ・コンタクトまで含
めて、ぼくはデッドというグループが大好きだった。

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by obinborn | 2015-04-16 18:07 | one day i walk | Comments(0)  

お帰り、パーシー

パーシー・スレッジが亡くなってしまった。すごく聞きたい
と思って取り出してきたのが74年のキャプリコーン盤『I'LL
BE YOUR EVERYTHING』だ。クィン・アイヴィ制作のもと
アラバマのマスルとブロードウェイ・スタジオの二カ所でレ
コーディングされたこのアルバムは知る人ぞ知る大名盤であ
り、ピート・カーが素晴しく光沢のあるオブリ・ギターを弾
いていることもあって、ピート・マニアにとっては必携の作
品として知られている。正直に言えばぼくもパーシーへの興
味というよりも、ピートの演奏故に聞きまくったことが懐か
しく思い出される。

それでも技巧に走らないパーシーの歌に好感を持ったのは間
違いない。とくにアルバム表題曲となったジョージ・ソウル
作I'LL BE YOUR EVERYTHINGにはとことん惚れた。サザー
ン・ソウルの数ある名シンガーたちに比べるとパーシーの歌
には明らかに声量が足りないのだが、そのハンデを逆手に取
った温かくメロウなプロダクションが実に聞かせる。ジャケ
ットは何やらディスコ風で損をしているのだが、パーシーの
ような60年代組のソウル・シンガーが忘れられていた70年代
にこうした傑作をものにしていたことは覚えておきたい。ボ
ズ・スキャッグスの『MY TIME』(マスルとシスコ録音が約
半分ずつ)は文句なしのホワイト・ソウルだが、それと同じ
くらいぼくはパーシーの『I'LL BE YOUR EVERYTHING』が
好きだった。

LP盤の裏側にはフィル・ウォルデンがこんな一文を寄せてい
る。「1966年の心地よい南部の日、オーティス・レディング
と私は飛行機から降り立った。空港はまだ冷房が効く前だっ
た。そう、私たちはリック・ホールが推薦する新しいシンガ
ーのためにメンフィスからマスル・ショールズまでフライト
してきたのさ。彼の名前はパーシー・スレッジ。そして今、
私はパーシーの復活を祝したい。いや違うな、もっと大事な
ことがある。それは彼が故郷に帰ってきたことなんだよ」

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by obinborn | 2015-04-15 17:57 | one day i walk | Comments(0)  

1974年のジョニ・ミッチェル

ジョニのライブ作といえば80年の『SHADOWS AND LIGHT』
が名高いですが、74年の『MILES OF AISLES』も忘れられま
せん。74年といえば彼女にとって転機となった『COURT AN
D SPARK』がリリースされた年であり、ジャズ〜フュージョ
ン路線へと踏み込んでいく姿がこの『MILES』からもしっかり
と伝わってきます。ここでバックを務めるのはトム・スコット
率いるL.Aエクスプレスの面々であり、マックス・ベネットと
ジョン・ガリンによるリズム隊など『COURT〜』と重なる部
分が多く、まさに”コート・アンド・スパーク・ツアー”の記録
なのかもしれません。

それでも『COURT』からの選曲は、わずかPEOPLES PARTI
ESの一曲に留まるのみ。その他のナンバーはどれも初期のジョ
ニを代表するものばかりです。そんな意味ではグレイテスト・
ヒッツ・アルバムのようにも楽しめますが、そうしたキャリア
初期の弾き語り曲をリアレンジし、躍動するビートとともに届
けたことに本作の大きな意義を感じずにはいられません。例え
ば冒頭のYOU TURN ME ON I'M A RADIOではロベン・フォー
ドのギターがヴォリューム奏法でジョニの歌に寄り添っていき
ます。次に来るBIG YELLOW TAXIはオリジナル・ヴァージョ
ンからは想像も出来ないほどにリズムのハネが強調されていま
す。その一方でしっとりした弾き語りパートもあることが、こ
の時点でのジョニの現在と過去を映し出しているように思えて
なりません。ああ、A CASE OF YOUでのダルシマーの響き!
今こうして再びこのアルバムを聞いてみると、ジョニの声の若
さや奔放さに少なからず驚かされます。弾き語りもいいし、16
ビートで一気に駆け抜ける意欲作LOVE OR MONEY?(これの
みスタジオ・レコーディング)は今なお新鮮です。フォークの
サークルから出発したジョニが、やがてそれには飽き足らずに
貪欲なまでに異なるジャンルの音楽を吸収していく。その音楽
的な野心と輝きがここにはしっかりと刻印されています。

「彼らは森林を伐採して、そこに森林の博物館を建てる。何て
愚かなのかしら」BIG YELLOW TAXIにはそんな歌詞が歌い込
まれています。あるいは「私の老人は行ってしまった」とも。
その老人というメタファーが賢者ではないか? と気が付いた
のは私がもっと大人になってからでしたが、『COURT』同様
に音が光の束となって押し寄せてくるこの『MILES』アルバム
の体験は特別なものでした。

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by obinborn | 2015-04-14 18:09 | one day i walk | Comments(0)  

4月13日のホンク

ホンク3DAYSの最終日となる13日は、さとうさちこを迎えて
のツーマンだった。雨の月曜日ということもあって会場の横浜
サムズアップはやや空席もあったが、こんな日にふさわしいし
っとりした演奏が疲れた体にじわじわと染み渡った。

さとうさちこは何でもジョニ・ミッチェルに傾倒しているらし
く、オープニングにあの懐かしいBOTH SIDE NOWを選び、な
おオリジナル曲の狭間にちょっとした小品CARIFORNIAを混ぜ
るなど、ジョニ好きの筆者を大いに喜ばせた。また澄み渡った
歌声にしても技量をひけらかす部分がまったくなく、抑制され
た表現に(タイプは違うが)ホンクと共通する匂いを感じた。
途中からホンクのメンバーを交え、わずかに音数を増していく
構成も実に見事だ。地元で愛されている彼女らしく和気あいあ
いとした客席とのやり取りも悪くない。5月にはジョニの曲だ
けを歌うライブもあるとか。もし都合が付けば駆け付けたいと
ころだ。

昨夜に続けて聞いた東京ローカル・ホンクは、また演奏の細部
のニュアンスが異なり、その変幻自在なステージに圧倒された。
ベースとドラムスのシンクロ感がメンフィス・ソウル、それも
ウィリー・ミッチェルのハイ・サウンドを彷彿させる「はじま
りのうた」から新たな名曲となった「身も蓋もない」まで、ケ
レン味のないその音楽は聞き手を飽きさせることがない。客席
にシッティングしてノンマイクで歌われた「夜明けまえ」のコ
ーラスの見事さはどうだろう。毎度お馴染みの光景ではあるが、
いつも囲むテーブルに温かいスープが差し出されるのと同じよ
うに、失いたくないものがそこにあった。

さとうとホンクは昔からの音楽仲間らしく、両者がジョイント
した終盤はさながらジョニ・ミッチェルとザ・バンドとの出会
いのよう。また最後にはさとうに花を持たせ、再び彼女のソロ
でアイルランドの伝承曲THE WATER IS WIDEが歌われるなど、
さとうに対するホンクのささやかなエールが嬉しい。さっき家
に帰ってきた私は、今ジョニの若き日のきらめきに満ちた『B
LUE』を聞きながらこれを書いている。LP盤は二度目のAサイ
ドになり、ちょうど4曲めのCAREYに差し掛かったところだ。

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by obinborn | 2015-04-14 02:01 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

4月12日のホンク

2日は赤い夕陽と東京ローカル・ホンクのツーマン・ライブ
を高円寺のJIROKICHIにて。赤い夕陽は初めて接するバンド
だったが、まるで三波春夫の演歌をオケではなく、あくまで
ロック・カルテット編成で解釈したような大胆さに度肝を抜
かれた。演奏面での要となるテリー島村のギターも縦横無尽
に駆け巡り、果てはクィーンの「ボヘミアン・ラプソディ」
やザ・フーの「無法の世界」と「ババオ・ライリィ」のフレ
ーズまで飛び出すなど、ミクスチュア・ロックの際たる姿を
示した。現在のスタイルに至るまでには多分様々な屈折があ
ったのだろうな、と伺わせる四人の底力を感じた。

対する東京ローカル・ホンクは普段通り、安定した懐の深い
演奏を展開。盆踊りとリトル・フィートを合体させたような
「お手手つないで」をオープニングに用意するなど、赤い夕
陽の音楽から自然に連なるような心憎い滑り出しを見せた。
そこから「お手紙」や「拡声器」といったお馴染みのナンバ
ーを次々と畳み掛けていく。彼らが育った品川〜大田区辺り
の工場街を遠近法でスケッチした「昼休み」の詩情はとくに
秀逸だった。また最近のホンクに欠かせない「身も蓋もない」
のメッセージ(神の不在に気が付くことなど)も心に届いた。
作者の木下弦二曰く「自分の身を切るような歌だから、ある
意味怖いです。でも歌わなくてはいけないと思いました」ま
るでジョン・レノンのGODと対になるような真摯さが溢れる
この曲のスタジオ・レコーディングが待ち遠しい。

アンコールでは赤い夕陽とホンクが合体してWHEN I WAS A
COWBOYを演奏するなど、ルーツ色もたっぷり。また最後の
ホンク曲「サンダル鳴らしの名人」では総勢8人によるアカペ
ラ・コーラスの広がりが素晴しく、この夜を忘れ難いものにし
た。各楽器の音ひとつひとつが明瞭に聞こえ、かつ程よいバラ
ンスで混ざり溶け合っていく。そんな音響面を支えたエンジニ
アのHALKにも感謝せずにはいられなかった。

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by obinborn | 2015-04-13 11:13 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)