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アーロ・ガスリー『最後のブルックリン・カウボーイズ』

江古田のおと虫でアーロ・ガスリー『最後のブルックリン・
カウボーイ』を買ったのは、ぼくがまだ20代前半の頃だった。
フィドルによるアイリッシュ・チューンに始まり、アーロの
父親が書いたRamblin' Roundで終わるこのアルバムはまるで
各駅停車の旅のようであり、一曲一曲が止まった駅から見渡
すスケッチだった。「都会のネオンには疲れてしまった/大き
さにも景観にもくたびれてしまった/今思い出すのは故郷にあ
った川ぼとりの家なのさ」という歌詞で始まるMiss the Missi
ssippi and Youにしても、ジミー・ロジャーズを模したヨーデ
ルが、歌詞以上にホームタウンを失ってしまった男の寄る辺
のなさを秘めやかに伝えている。

ダストボウルが舞うオクラホマからロスアンジェルスへの旅に
実感がないにしても、あなたが自分の育った町を置き去りにし
たままの漂流者だったとしたら、きっとアーロの気持に寄り添
うことが出来るだろう。ぼくがこの前帰省した町にはかつての
賑わいは皆無だった。複合型のレジャー施設は閉ざされ、その
跡地には鳥の巣が出来ていた。地元で名うてだった歯科医の家
は息子が継いでいた。公園にあった小動物園は今や見る影もな
い。噴水だけが上下運動をマニュアルのように反復していた。

アーロはCowboy Songでこんな風に歌い飛ばしている「今朝
ひとりぽっちで目覚めたよ/一日のすべてを自分のために費や
してきたはずなのに/いろいろな人々がやって来ては別れを告
げていく/そしてぼくは古いカウボーイの懐かしい歌を聞くの
さ/何が正しいのかな?それともどこかのパーツが間違ってい
たのかな?/ぼくが今一番聞きたいのはカウボーイたちが歌っ
たあの懐かしい歌」

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by obinborn | 2015-10-31 20:55 | one day i walk | Comments(0)  

10月30日のサーディン・ヘッド

音の粒子が無限大に弾け飛んでいった夜だった。緊張と弛緩、
動と静、あるいは爆発と抑制。そうした対立する要素を長尺
ジャムのなかで紐解いていくサーディン・ヘッドのライブを
30日は青山の月見ルにて。彼らの演奏に接するのは10月6日
に続くものだったが、都心でも最高の音響設備では?と賞賛
される月見ルだけに、サーディンの実力が遺憾なく発揮され
た感動的で忘れ難いものとなった。とくに2本のギターが一
時同じリフを繰り返しつつも、やがてほぐれながら気ままに
フリーへとインプロヴァイズしていく自発的なプレイが筆者
の胸をとことん満たしていく。その局面局面に於けるメンバ
ー4人の反応力がまた実に鋭い。精緻に描き出す地図があれ
ば、本人たちも予測不可能の展開もあり、あらゆる意味で今
現在最も輝いているバンドの姿を指し示していく。デッドや
オールマンズのショウを彷彿させるライティングも効果的で、
超満員のオーディエンスを歓喜の渦へと導いていった。それ
ぞれの音が激しくせめぎ合うなか、ふとメロディアスな輪郭
を描き出してゆく至福感といったら!

サーディン・ヘッズに感謝を込め『FOR FREE』と題された
この日の無料ライブ。思えば彼らはテーパーによる同時録音
やトレードを歓迎しながら音楽をやり続けている。その心意
気にデッドが長年に亘り培ってきたスピリットや、従来の音
楽産業に対するカウンターを思わずにはいられない。言葉で
はなく、あくまで音として提示され、様々な色で塗られてい
くキャンバス。その絵はどこまでも自由であり、何らかの意
図によって曇ることはない。そんな清々しさを身体いっぱい
に感じながら帰路に着いた。

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by obinborn | 2015-10-31 01:39 | one day i walk | Comments(0)  

10月27日のroppen

27日はroppenのレコ発ライブを下北沢の440にて。週が始まっ
たばかりにもかかわらず大変な大入りで、会場に集まったすべ
ての人がこの若いバンドに期待を寄せていた。そんな清々しさ
に満ち溢れた夜だったと思う。彼らのファースト・アルバム『
旅の途中』からの曲群が、ときに女声コーラスやサキソフォー
ンのゲストを迎えながら膨らみを増していく。CDも悪くないが、
roppenの五人それぞれが繰り出していく音が溶け合い高揚して
いく瞬間を体験した喜びは大きい。季節の移ろいを淡い色彩で
スケッチした「鮮やかなストーリー」が背景の絵柄を飛び越え
ながらじわりと染み入る。終盤に置かれた「旅の途中」が偉ぶ
らず、大袈裟にならず、自分たちの窓から世界のありようを見
届けようとする。そんな若葉のような音と言葉に酔った。

暖色のエレピ、しっかりと抑制されたドラム、柔らかいトーン
で丁寧に裏メロを拾っていくベースは勿論、アクースティック
・ギターとストラトキャスターとが、中村浩章の歌を介在にし
ながら会話を交わしていく。そんな楽器どうしの連携に思わず
溜め息が出るほど。ソウル音楽的な16ビートの語彙や歌伴に徹
したギターのオブリガートが、俯きがちな主人公の歌をしっか
りと最後まで守護していく。新しい世代が古い土地を耕し、懐
かしい町や、いつか見た愛おしい人々へと目線を注ぎ込んでゆ
く。

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by obinborn | 2015-10-28 02:09 | one day i walk | Comments(0)  

サイモン&ガーファンクル『BOOKENDS』

江古田の森公園をウォーキングのコースのひとつにしている。
すぐ近くにかつて結核の療養所だった医療施設があるためか、
公園を老人が散歩する姿をよく見かける。ある者は車椅子で
介護士に付き添われながら、またある者は松葉杖を使いなが
ら親族らしき人とともに。彼らと通りすがるたびに思うのは、
自分もいつか将来こうなるのだろうかという漠然とした畏れ
だ。それも若く無防備だった頃に比べれば、親(現在は母親
のみ)の介護を含めて、ぐっと現実味を帯びてきた。

「お年寄りが二人、まるでブックエンドのようにベンチに座
っている。新聞紙が風に揺られて辺りを舞う」そんな歌詞が
印象に残るOLD FRIENDSを収録したアルバム『BOOKENDS』
はサイモン&ガーファンクルが68年に発表した作品だ。トー
タルなテーマとして選ばれたのは老人。当時大きな潮流になり
つつあったフォークやロックのムーブメントが若者によるカウ
ンターを柱にしていただけに、その選択は父親の嘆きを歌った
ザ・バンドの「怒りの涙」と同じくらい衝撃的だっただろう。
今思えば若き思索家たちが思いっきり背伸びしているような
印象もあるのだが、これはこれで若さに寄りかかるのではない
音楽へのアプローチの仕方を教えてくれたと思う。

そんな『BOOKENDS』のなかで、唯一若いカップルをテーマ
にした曲のAMERICAがぼくは好きだった。自分がかつて若か
ったこともあるだろうが、ピッツバークでグレイハウンドの
バスに乗り、サグノウからはヒッチハイクしていく二人の姿
がまるで短編映画のように描かれたことに驚かされたものだ。
前述したテキストで触れたキャシーが、この68年でもサイモ
ンの恋人として、こう呼びかけられている「最後の煙草をく
れないかい?」と。キャシーはオーバーコートのポケットの
なかを探しながら、サイモンにこう答える「私たち、最後の
一本をもう使い果たしてしまったわ」

キャシーとサイモンの後日談はここでは語られていない。そ
れでもポール・サイモンの歌を丁寧に聞き取っていけば、夏
の陽炎のように、冬の枯れ木のように、どれかの曲を通して
その後辿ったキャシーの姿が現われてくるかもしれない。そ
れを聞き手は自由に想像する。歌とはそういうものでいいと
ぼくは願っている。10月最終週の江古田の森を歩き樹木を見
上げてみたら、若葉はいつの間にか黄金色へと姿を変えてい
た。

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by obinborn | 2015-10-26 13:24 | one day i walk | Comments(0)  

ポール・サイモン「キャシーの歌」

最初に買った洋楽LPは『サイモンとガーファンクル・グレイ
テスト・ヒッツ第二集』だった。確かシングル盤に関しても
S&Gの「アメリカ」は、中学生になってから最も早い時期に
購入した一枚だったと記憶する。今の若い人にはピンと来な
いかもしれないが、70年前後のS&Gはかのビートルズを凌ぐ
ほどの人気ぶりで、アクースティック・ギターのブームとと
もにごく自然に学校の部屋やお茶の間へと浸透していたので
ある。筆者もそんな体験者の一人であり、『ヤング・ギター』
や『ライト・ミュージック』に付いていたタブ符を参照にし
ながら、覚えたてのフィンガー・ピッキングやハンマリング・
オン/オフを用いて「早く家に帰りたい」や「59番街橋の歌」
などをコピーしていったっけ。そしていつしか辿り着いたの
が『SIMON BEFORE GARFUNKEL』ポール・サイモンがS
&Gを組む以前に渡英し、ロンドンのフォーク・シーンで単
身修行していた64年にレコーディングされたデモ録音集だ。
後年『SONGBOOK』とタイトルが変更され、ジャケットも
また改められたアルバムだが、アート・ガーファンクルの
ハイ・ハーモニーが重なる以前の、サイモンの骨格だけを
伴った歌とギターが若き日々の鼓動を生々しく伝えている。

そのアルバムのなかで最も心を打たれたのはKATHY'S SONG
(キャシーの歌)だ。恐らく当時のガールフレンドに捧げられ
た歌なのだろう。出だしから「霧雨が思い出のように降り注
ぎ、屋上と壁をそっと叩く」といった歌詞が、ロンドンのソ
ーホー地区でバート・ヤンシュらと腕を競っていた頃へと連
れ戻してくれる。しかしそれ以上に、サイモンが自らのソン
グライティングに関して煩悶している点が印象的。曰く「信
じてもいない歌のためにぼくは時間を費やしてきた。韻を踏
むために作られた涙を誘う歌なんか信じられるかい?」そう、
当時はまだティン・パン・アレイの他愛ないティーンエイジ
・ポップばかりが量産され圧倒的な市場を得ていたのだった。

若者らしい自問自答を飾らずに歌っているのがいい。例えば
「明日に架ける橋」の歌詞にある”きみのためなら、ぼくは身
を投げ出そう”といった大袈裟なフレーズよりは、心を満たし
ていく実感が少なくとも筆者にはある。そうした経験は今に
して思えば、自分が心を寄せられるものと、そうでないもの
との分岐点だったと思う。今ではもうあまり聞くことのない
ポール・サイモンだが、60歳近くになっても達観出来ず、と
きに出口のない永遠の問いに晒されながら、眠れない夜にふ
と思い起こすのは、このKATHY'S SONGだったりする。

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by obinborn | 2015-10-25 19:56 | one day i walk | Comments(0)  

スティーヴ・ヤング『SEVEN BRIDGES ROAD』

スティーヴ・ヤングに関してはあまり詳しくはないけれど、
69年のデビュー作『ROCK, SALT AND NAILS』(A&M)や、
72年のセカンド『SEVEN BRIDGES ROAD』(REPRISE)
など初期の作品が今現在も忘れ難い。ジョージアに生まれた
このサザーン・ボーイはいつしかニューヨークへと赴きグリ
ニッチ・ヴィレッジのフォーク・シーンで切磋琢磨したとい
うが、根っからの南部気質は隠しようもなく、無骨な語り口
とともに奏でられるルーラルな響きが時を超えて胸を打つ。
ファースト・アルバムにはジーン・クラークやグラム・パー
ソンズといった元ザ・バーズ組も参加していたから、当時の
ロックの大きな潮流となったカントリー指向に、ヤングは接
着剤のような役割を果たしたのかもしれない。現に西海岸の
70年代を彩ったイーグルズは、ヤングのSEVEN BRIDGES
ROADをレパートリーとしていたくらいだ。

カントリー音楽の本場ナッシュヴィルで録音された『SEVEN
BRIDES ROAD』(写真)はそんな音楽背景を持つヤングに
とって面目躍如の作品だったに違いない。フレッド・カータ
ーJr.やピート・ドレイクによるギターやスティール・ギター、
あるいはチャーリー・マッコイやボビー・トンプソンといっ
たエリア・コード615に在籍するメンバーの演奏がヤングの
歌にそっと寄り添っている。ディランやザ・バーズのナッシュ
ヴィル訪問は後進のアーティストにルーツ音楽への眼差しを
与え、英国のローリング・ストーンズにも影響を及ぼしたほ
どだが、そうした動きの片隅にヤングがいたことを覚えてお
きたい。自分探しはいつの時代も若者にとって必須科目。そ
んな青い時代の息吹が『SEVEN BRIDGES ROAD』からは
しっかり聞こえてくる。ときにオクラホマの砂埃を浴びなが
ら、ときにモンゴメリーの町に降り注ぐ雨を見つめながら。
そしてアルバムの主人公は今日も七つの架け橋に思いを巡ら
せていることだろう。

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by obinborn | 2015-10-23 03:23 | one day i walk | Comments(0)  

『ナッシュヴィル・スカイライン』が聞こえてきた

ティム・オブライエンの小説『世界のすべての七月』には、
かつての同級生たちが久し振りに会い、町のバーへと繰り
出していく場面がある。その店のジュークボックスから流
れてくるのはボブ・ディランのLAY LADY LAY。恋人をベ
ッドに誘う設定のあからさまなラブソングだ。その曲を懐
かしがりながら最新のヒップホップに戸惑う彼らは60年代
のベビーブーマー世代であり、もはや新しい音楽について
いけないことが仄めかされている。それでもぼくがこの本
に惹かれるのは60年代という激動の時代に青年期を過ごし
た学生たちの後日談が嘘偽りなく申告されているからだと
思う。ある者は成功し、またある者は悪い罠に陥り人生の
暗い側面を歩んでいくことになる。かつて叫んだ高らかな
理想主義の声は遠くに消え去り、低カロリーの食事と定期
検診が当面の課題。そんなほろ苦い現実を身につまされな
がら読み進めた方も少なくないだろう。

1969年にリリースされたディランの『ナッシュヴィル・
スカイライン』は彼の飾らない告白であり、ロックの英雄
として語られることを拒んだ男の黙示録。ケニー・バット
レイの抑えたドラムやピート・ドレイクの黄金色のスティ
ール・ギターが、しっかりディランの歌と微笑み合ってい
く。そこに聞き取れる言葉と音は、時代を超えながらこう
語り掛けてくるようだ「いつものバーに行こうよ!」と。
その場に語り合える友人がいれば、もう何も説明したくな
い。何の言い訳もしたくない。そこでは28歳になった男が
LAY LADY LAYを歌っている。二度目の吹き込みとなるGI
RL FROM THE NORTH COUNTRYをジョニー・キャッシュ
とともに歌っている。

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by obinborn | 2015-10-23 03:03 | one day i walk | Comments(0)  

子供たちに特定のイデオロギーを押し付けるな!

近所にある画廊がずっと「安倍政治は許さない」のポスター
を貼っていて気になっていたのだが、今日通り掛かったら外
されていた。ポリシーがあるならば政権の終焉を見届けるま
でずっと貼り続ければいいのにと思うのだが、商い上得策で
はないと判断したか第三者からアドバイスされたかのどちら
かであろう。個人的にはこうしたポスターを貼ったお店に出
向くことはない。信条の自由とは別に町の画廊とかレストラ
ンとか床屋とかは中立性を担保しなければならないからだ。
ところがそうした意見を言うと、鬼の首を取ったかのように
圧力が掛かったと言い出す連中がいる。以前地方の七夕祭り
で打倒安倍といった短冊が吊るされ問題になったことがある。
町の恒例行事に特定の政治思想を持ち込まないのは当り前だ
と私は思うのだが、これでもかと被害妄想を言い連ねる人々
っているんだね。重要なのは異なる意見の交換であり一定の
イシューを掲げることではない。しかしながらそれが解らな
いとはホント困ったものだ。数年前の『裸足のゲン』騒動に
も根っこにはこうした偏った見方があるのでは?『裸足のゲ
ン』はご存知の通り最初は原爆の悲惨さを訴える優れた漫画
だったが、やがてある機関誌に定期連載されるようになって
から「戦争のすべては天皇のせいだ!」と語らせるなど極端
に政治色を強めていく。そのような漫画が図書館に置かれる
ことに疑問が発せられるのは、圧力どころではなく、むしろ
多様な考え方を保持するうえで健全な論議と言うべきだろう。
同じ被爆マンガでも私は『桜の国:夕凪の町』で描かれるこ
んなシーンが好きだ。算数の出来ない生徒に向かって先生は
こう優しく諭すのだ「何でも原爆のせいにするのは良くない
よ」少なくともそこには「個」が自立していくための眼差し
があり、読み返すたびにハッとさせられる。そう、大事なの
は掲げられたプラカードや貼られたポスターの硬直した主張
ではなく、個人個人が柔らかい気持で育んでいく感性なので
ある。未来の子供たちが特定の思想に染まらないことを私は
祈らずにはいられない。

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by obinborn | 2015-10-22 13:11 | one day i walk | Comments(0)  

このまえ麻田浩さんと

ひと昔前ならミュージシャンがファンに財政状況を報告するのは
禁句とされていた。いや今現在でもファンの前でお金の話はしな
いのが美徳であると一般的には認識されている。それでもクラウ
ドファンディングのシステムが浸透してきたせいか、もっとオー
プンな形で作り手と聞き手との関係が生まれ変わってきたのは興           味深い。考えてみればこれだけ聞き手の音楽の好みが多様化して
いるのに無害なミリオンセラーばかりを狙おうとする従来のレコ
ード業界の思惑のほうが私に言わせれば不自然で、たとえ小規模
であっても、音楽家とファンとがもっと幸福な関係を築けること
に尽力したいと思う。むろん、よりメジャーなフィールドで活動           したいという野心家には別の意見があってもいいけれど、今の時           代であればクラウドがあるし、ときにツアーの費用をパトロンに
出してもらうこともけっして後ろめたいことではない。というの
も美術の世界では絵描きとパトロンと画商の関係は当り前で、そ
れぞれ自分の出来ることをやろう!というトライアングルの認識
がしっかり根付いているから。パトロンという言葉のイメージが
悪ければお金持ちの熱心なファンと言い換えても問題はないだろ
う。この前たまたまあるライブ会場で久し振りにお会いしたトム
スキャビンの麻田浩さんと話したことはそれに近いことで、今や
アメリカでは音楽と映画と書籍との関係が当り前になっている。
ダグ・サームやカーター・ファミリーの音楽に感化されれば、そ
れらの映画や書籍が作られていくのはすごくいい流れなのだと私
も考えている。もっとくだけた言い方をすればコラボレイトです
ね。私自身はあまり影響力もない単なる音楽ライターだけど、良           いライブをやる音楽家には敬意を表するし、なるべくその日のう
ちにレポートを書きたいとも願っている。私たちが昔YOU=TUB
Eの出現を予想出来なかったように、これからも音楽を巡るメデ
ィア環境は変わっていくことだろう。そのなかで自分に何が出来           るか。そんなことをずっと考えていきたい(写真は麻田さんと)

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by obinborn | 2015-10-20 19:19 | one day i walk | Comments(0)  

10月16日のホンクと春日博文

16日は東京ローカル・ホンクwith春日博文のライブを高円寺の
JIROKICHIにて。現在は韓国を拠点に長く活動を続けるハッチ
が久し振りに帰国したこともあり、熱量漲るステージングとな
った。第一部はホンクが普段通りのオリジナル曲を演奏し、一
部の終盤及び第二部から春日を迎えてのブルーズ・セッション
が繰り広げられていく。BOOM BOOM、STOMY MONDAY BL
UES、GET OUT OF MY LIFE WOMAN、NOBODY LOVES YO
U WHEN 〜〜といった選曲自体はとくにマニアックなものでは
ないものの、全員音楽少年へと戻ったように笑顔でプレイする
姿が清々しい。ストラトキャスターとレスポールのゴールド・
トップを曲によって使い分け、ワウワウ・ペダルを踏みまくり
ながら澱みのないソロを繰り出していくハッチのギターは圧巻
だった。そんな彼と張り合うのではなく、自分らしい音色と語
彙で別のパートを織り成していく井上文貴と木下弦二のギター
もいいコントラストを描き出す。とくに春日のオリジナル・イ
ンスト「秋のブルーズ」のうっとりするようなコード進行と三
人でじわじわと織り成していくメインのフレーズには思わず溜
め息が出るほど。カルメン・マキ&OZ時代はもとより、仲井戸
麗市との荒れ狂うようなバトルを耳にしてきた筆者も思わず涙
してしまった。そんなハッチがまるでザ・バンドのような歌心
とプレイヤービリティに満ちたホンクの柔らかい音群に囲まれ
ていく。向こう見ずの年頃には求められなかった余韻をしっか
りと携えてゆく。その瞬間瞬間に愛おしさを感じずにはいられ
ない夜だった。
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by obinborn | 2015-10-17 00:50 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)