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ビール一本でもうクタクタ

最近は歳のせいかめっきりアルコールに弱くなった。外で
会話が弾む時は結構飲むのだが、家では緊張感がないせい
かビール一本でもうフラフラになってしまう。我が裏街道
人生があと正味20年として、悔いがないように毎日を過ご
していきたい。ところで以前近所にあるプログレ・マニア
の店に行き、カッコ付けてロバート・ワイアットのロック
ボトムをリクエストしたのだが、結構冷たくあしらわれて
しまった。やはり店主なりに客の素性を見抜く眼力がある
のだろう。まあ逆に奴にジェリー・ガルシアの偉大さを説
いても解らないだろうからオアイコだ。恐らく最初はみん
なヒット・チャートから洋楽の世界に入って行き、それな
りの共通分母はきっとある。しかし20代前半くらいから個
人の審美眼によって好みは枝分かれする。それもまた人生
の選択だ。私は今、青年期にケヴィン・エアーズを聞かな
かったことが少しだけ悔しい。

ベーシックには濃い味のもの、野趣あるモノが大好物であ
る。ダグ・サーム、ジョン・フォガティ、ローウェル・ジ
ョージを出されればもう満腹。三人とも歌がめちゃくちゃ
旨いという点でも共通している。こんな私がロバート・ワ
イアットが好きですと言っても、誰も信用してくれないだ
ろう(笑)英国モノでもやはりジャガーやウィンウッドな
どルーツをしっかり持った人たちに惹かれてしまうのだ。
これから劇的に音楽の好みが変化することはあるまい。そ
れだけ細胞となったもの、栄養成分として刷り込まれたモ
ノは大きいのだ。最長寿グループであるストーンズを例に
出せば解り易いかもしれない。彼ら流にスワンプ・ロック
を吞み込んだ『メイン・ストリートのならず者』(72年)
を好きな人も嫌いな人もいるのだ。自分が見渡す世界の途
方のなさとは、きっとそういうものだろうから。

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by obinborn | 2016-02-27 18:50 | one day i walk | Comments(0)  

ニール・ヤング『今宵その夜』

ニール・ヤングの75年作『Tonight the Night』はドラッグで
命を落としてしまった彼のローディだったブルース・フェリ
ーと、クレイジー・ホースのギタリストだったダニー・ウィ
ットンに捧げられたアルバムだ。何でもメンバー全員がテキ
ーラを痛飲しながら夜中に始めたセッションをそのまま録音
したらしく、演奏はかなりラフで編曲が練られているわけで
もないが、それ故に生々しい感情の襞が伝わってくる。よく
こんなレコーディングをメジャー会社のリプリーズがO.Kし
たものだと思う。マーケッティングが隅々にまで行き亘った
現在ではおよそ考えられない光景だが、ぼくは『渚にて』と
並んでニールのなかでは最も好きな作品だ。ストーンズ「レ
ディ・ジェーン」のフレーズを盗んだと告白する「ボロード
・チューン」でのピアノの弾き語り、ニルス・ロフグレンが
蒼白い炎のようなギターで貢献する「スピーキン・アウト」、
ダニーがヴォーカルを取ったクレイジー・ホースのライブを
収録した「カモン・ベイビー・レッツ・ゴー・ダウンタウン」
など忘れ難い曲が多い。なかでも”ハイスクールの頃のように
裸足になって川でパシャパシャ泳ぎたい。小銭を鳴らしなが
らね”とニールが本当に泣きながら歌う「メロー・マイ・マイ
ンド」には胸を突かれた。また”その疲れた眼をもう一度開け
ておくれ”と懇願する「タイアード・アイズ」も聞く者を揺さ
ぶる鎮魂歌である。いずれも歌いたいことがあるから歌うと
いう態度に徹しているから音楽に嘘がないのだろう。ここか
らは個人的なことになるが、ぼくも何人かの友人や知人が対
岸に渡ってしまう現実に幾度か晒されてきた。そんな場面は
残酷なことだが、これからは加齢とともに増えてくるに違い
ない。またいつ自分が死の淵に立つのかもわからない。それ
はニールの曲を借りれば”ギターの弦のように細い世界”(W
orld on a String)なのかもしれない。そんなことを考えなが
ら二度目のA面に針を落としている。何だか今夜は眠れそう
にない。

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by obinborn | 2016-02-25 23:07 | rock'n roll | Comments(0)  

エンタくん、今までありがとう!


エンタくんと知り合ったのは確か5年ほど前、三鷹のバイユ
ーゲイトでザディコキックスを観ていた時だった。終演後彼
のほうから「小尾さんですよね?以前ロス・ロボスのビルボ
ードでお見かけしました」と声を掛けてくれたのだった。実
は以前にエンタくんがドラムを務めるロッキン・シューズを
ぼくは大井町のグルーヴァーズ・パラダイスで観ていて、「
一曲めがバッファローのFor What It's Worth(価値あるもの
のために)でしたね。カッコ良かったよ!」と感想を言った
ら、彼は照れながら「いやあ〜、あれはシェールのヴァージ
ョンを参考にしました。でもよく覚えていてくれましたね!」
と答えてくれた。あの時の嬉しそうな笑顔が忘れられない。
その前にもスクイーズボックス・ナイトが赤坂のライブハウ
スであった時に会っていて、素直に身体ごと喜びを現すエン
タくんに好感を抱いた。三鷹での出会いから暫くして、彼が
故郷の山形に帰ったことを知った。せっかく出会ったばかり
だっただけに、それだけが心残りとなった。でも風の噂で彼
が地元で新たな仲間たちと再び演奏活動を始めたことを知り
温かい気持になった。そういえば彼は当時禁煙にマジで取り
組んでいて、ぼくは「浮かせたお金でまた新しいCDを買える
ね!」なんてツイッターで励ましたっけ。

そんなエンタくんが先日亡くなってしまった。末期の肝臓癌
だったという。享年42歳。先週末からぼくは盟友のハル宮沢
からそれを知り、その後タマシロ・マーケットのウッチーさ
んと池袋で会い詳細を聞いた。あまりに悲し過ぎる。ぼくな
んかよりずっと若い才能がこの世からまた一人消えてしまっ
た。彼はリヴォン・ヘルムとアル・ジャクソンとハワード・
グライムスを敬愛した人だった。エンタくん自身のドラムも
そんな偉人たちに倣った、シンプルながらもタメが深〜いも
のだったと記憶している。そういえばぼくの誕生日にもメッ
セージをくれるなど、偏見なく人と接し、何気な気配りが出
来る人だった。

エンタくんが1月30日に書いたフェヴァリット・アルバムを
紹介させて頂きたい。それは次のものだった。ストーンズ
『メイン・ストリートのならず者』ビートルズ『ア・ハード
・デイズ・ナイト』ザ・バンドの『ブラウン・アルバム』
『ボビー・チャールズ』ドクター・ジョンの『ガンボ』リー
・ドーシーの『イエス・ウィ・キャン』リトル・フィートの
『ディキシー・チキン』ボブ・ディラン『血の轍』、そして
最後がニール・ヤングの『アフター・ザ・ゴールド・ラッシ
ュ』だった。まるで気負いがない、正直でまっすぐな選択。
きっとそれは彼の人柄なのだろう。だからこそ彼はみんなに
愛された。エンタくん、きみと一緒にもっとビールを飲みた
かった。一晩中ずっとバカっ話をしたかった。リヴォンが叩
くカウベルのマジックについて語り尽くしたかった。きっと
『大好きなアルバム』の選択は、彼が死に怯えながらも必死
になって書き留めたものだろう。それを思うと胸に突き刺さ
ってくるものはあまりに多い。エンタくん、ぼくは今きみが
大好きだった『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』を聞い
ているよ。今ちょうどA面最後の「朝が来るまで〜Till the M
orning Comes」に差し掛かったところだよ。

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by obinborn | 2016-02-25 17:53 | one day i walk | Comments(0)  

抵抗の歌


ぼくがWay of Life(人生の選択)を巡って出入り禁止〜お前
は二度とウチに来るな!を伝えたのは意外にもこれまでわず
か一人だけ。彼とは二度ほどSNSでモメた。まず一つめは数
年前の冬に山梨県が大雪で閉じ込められていた時の最高指令
官の動きについてだった。彼がはっきりと首相を揶揄したこ
とに対し、安倍ちゃんだって赤坂で鮨を食べる権利はあるだ
ろうとぼくが反論した。安倍首相なんてちっとも好きではな
いけど、皆で寄って集って批判することに違和を感じたまで
だった。最高の司令官なら現地で雪かきすれば?と戯画で伝
えるポスターに喝采を叫ぶ連中にも付和雷同的な不気味さを
感じた。二つめは「いいね!」のあり方に対する認識の違い
だった。自分が参加するわけでもないライブやイベントにや
たらいいね!しまくる彼の存在には当時から軽薄さを感じて
いたのでその旨を本人に伝えた。彼は応援という気持を込め
ているらしいが、ぼくの場合は(とくに日本人通しだと)
相手が期待してしまうぶん、無闇やたらにいいね!を押せな
いのだった。いや、本当に応援してるんだったら黙ってその
アーティストのライブに行くのが一番いいと思う。むしろぼ
くは行けないライブに「いいね!」してしまい激しく後悔し
たことがあるくらいだ。こればかりは感性の違いだろう。
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by obinborn | 2016-02-24 18:17 | rock'n roll | Comments(0)  

個人的な歌が世界を変革する

昨夜NHKで『60年代:若者たちの反乱』を観た。キューバ革命、
東西ベルリンの隔離、ヴェトナム戦争、ソ連のチェコへの介入、
中国の文化大革命などの史実をフィルムで追ったもので、コマ
切れの感は否めなかったものの、それでも当時を知らない世代
には十分衝撃的だったろう。わけてもデヴィッド・ボウイが西
独でのライブで「ヒーローズ」を歌ったシーンは圧巻だった。
「ぼくたちは一日だけ英雄になれる/世界を繋ぐものが何一つな
くても/ぼくは王できみは女王だ/銃弾が空を飛び交うなか/恋人
たちは永遠のキスをする」と歌われるこの曲が、東独の若者た
ちにも伝わり、これがベルリンの壁を打ち砕く原動力になった
とされている。但しボウイ自身はこの曲の政治的意図を否定す
るばかりか、当時ドイツ人の女性と不倫関係にあった友人のた
めに作った歌だと告白している。そんな禁断の愛を歌った歌が
ベルリンの壁を壊すきっかけになったのは、ひとえに歌の解釈
がどこまでも自由だということを証明する。ぼくがいつもプロ
テストソングの限界(と音楽的語彙の貧しさ)を指摘するのは
まさにそういうことに他ならない。番組には勿論パリの五月革
命も出てきた。そんな政治の季節に行う映画祭なんかに意味が
あるのか?と煩悶するゴダールとトリュフォーの姿も少しだけ
観られたのは収穫だった。但し、以降どんどん政治色を強めて
いくゴダールに対し、トリュフォーの場合はもっと古典的な映
像美やストーリー性を重視していたようで、このパリ革命は奇
しくもそんな二人の映画青年を分け隔てる事件となってしまっ
た。こんな点にもアートと政治を巡る難しさが露呈していると
思い、胸が痛くなった。


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by obinborn | 2016-02-22 10:04 | rock'n roll | Comments(0)  

2月20日のやぎたこ

20日はブルーグラスの男女デュオやぎたこのライブを池袋
のポルカドッツにて。およそ3年ぶりに観る彼らだったが、
お二人とも元気そうで良かった。アイルランドからアメリカ
に入植してきた音楽が様々なミクスチャーを経ながら発展し
ていった過程を、楽器を替えつつMCでさらりと解説しつつ
繰り広げていく充実した2時間だった。セイクレッド・ソン
グやアパラチアン・チューンからカーター・ファミリーやジ
ジョン・ハートフォードのブルーグラス曲までをテンポ良く
奏でていく様は、アメリカ音楽の成り立ちを秘めやかに溯っ
ていくような趣。しかも彼らは原曲の再現に終わらず、ウデ
ィ・ガスリー「我が祖国」のイントロとアウトロに新たなギ
ター・フレーズを挿入するなど、独自のアプローチを示した。
映画『オー・ブラザー!』や『歌追い人』の影響力もあって、
古いアメリカ音楽に取り組む人たちが増えてきた。そんなな
かでも器楽演奏の技術という罠に溺れることなく、どこまで
もソング・オリエンテッドな姿勢に特化したやぎたこの存在
は頼もしい。フォスターの「ハード・タイムス」がまるでグ
ラム・パーソンズとエミルー・ハリスのクロース・ハーモニ
ーの如く響き渡り、筆者の心をひたひたと満たしていった。

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by obinborn | 2016-02-20 23:29 | one day i walk | Comments(0)  

吉田拓郎の肖像

昨夜(12日)の『報道ステーション』に出演した吉田拓郎は
立派だった。70歳を迎えた自分のことを偽らず率直に語るそ
の姿に好感を抱いた。とくに印象的だったのは古館アナウン
サーが”歌謡曲とフォークとの対立軸"にハナシを向けた時、
拓郎があっけんからんと「今思えばボクはフォークの側ではな
かったと思うんです。ナベプロからデビューしてジュリーのよ
うになるほうが相応しかったのかもしれません」といった旨を
語っていたこと。もともと彼はもっともらしい言説が大嫌いな
人だった。トライブ(部族)やセクト(派閥)の窮屈さに異を
唱え、”汚いジーパンを履いて歌う”フォークソングの世界を抜
け出し「襟裳岬」や「シンシア」で歌謡曲にアプローチした。
そんな拓郎に対するフォーク原理主義者たちの批判は厳しく続
いたが、彼は何より自分に正直であることを選択した。元々は
故郷の広島でバンドを組み、レイ・チャールズなどのR&Bを
歌っていた人である。そんじょそこらのにわかフォーキーたち
とは音楽の成り立ちが違う。また岡本おさみに作詞を担当させ
た「祭りの後」に関しては、昨夜の番組で「とても20代が背負
える歌ではなかったね」と現在の心情を吐露した。そんな点に
ぼくは拓郎の人間味を感じずにはいられない。そのひとつひと
つの発言に、ユーモアの感情があったこともポイントだ。様々
な誹謗中傷や人気歌手故のねたみやそねみを受けながら、けっ
して屈しなかった吉田拓郎という肖像。いつかの彼にこんな
歌詞があった「自由を語るな、不自由な顔で」あるいは「自然
を感じるなんて、何て不自然なんだろう」イデオロギーという
悪弊にいち早く”アカンベ〜”とばかり背を向け、やっと一人に
なった自分に勝利しながらも群衆とともにいる喜びを願い、
もっと自由であっていいじゃないかと問い掛けたかつての青年。
それらは今もぼくを震わせ、反抗という血潮をこの身体にそっと
打ち付けてゆく。

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by obinborn | 2016-02-14 00:16 | rock'n roll | Comments(0)  

2月10日のハニークッキーズ

若々しい樹木がすくっと伸びていくようなハニークッキーズの
ライブを10日は池袋のフリーフロウ・ランチにて。筆者にとっ
ては3回めとなるクッキーズ体験だったが、スネア&パーカッ
ションのRitsukoが四人めのメンバーに加わってから音の幅が
より広がり、好感を抱いた。ブルーグラスやウェスタン・スウ
ィングといった古き佳き時代のアメリカ音楽から多くのことを
授かりつつ、過去の遺産に対して萎縮することなく自分たちの
表現を追い求めていく。そんな心映えが美しい。シンコペ感覚
に長けたYouskeのアクースティック・ギター、最近中村まりと
共演することも多いHiromuの艶やかなフィドル、ときにロカビ
リー曲「Red Hot Mama」でスラップ奏法を決めまくるSatomi
のウッド・ベースが、Ritsukoを新たに迎えたことによってぐっ
と息を弾ませていく。そんな一瞬一瞬に立ち会えたことがもう
嬉しくって!具体的には女声が複数で高低を作ることで男たち
の二声がより輝き、コントラストも鮮やかに色彩を増す部分に
最も感じ入った。2014年の夏に『Where Is My Honey?』のC
Dを全国流通させたクッキーズ。それに続くアルバム『Flying
Bird』はいよいよ明日発売される。新しいスタジオ・アルバム
を完成させたばかりの高揚感もきっとあるだろう。そんな思い
の数々がしっかりと音を束ねていく。乾き切った大地に清らか
な雨をひたひたと降らせてゆく。

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by obinborn | 2016-02-11 01:33 | one day i walk | Comments(0)  

記憶という支柱

「過去の時間によって守られていると、感じることがある」
作家の小川洋子さんは自伝的な要素の強い著作『ミーナの
行進』で、登場人物の一人にそう語らせている。過去の時間
に守られるとはどういうことだろうか。例えばそれは自分が
すっかり忘れてしまったことでも旧友がしっかり覚えている
ありし日の己であったり、時の流れとともに風化してしまう
記憶に抗しながら、人々の営みやある夏に見上げたいわし雲
の形を忘れまいとする気持のありようなのかもしれない。

今年に入ってまだわずか一ヶ月ちょっとにもかかわらず、私
が青年期に接した音楽家たちが、長いお別れを告げるかのよ
うに舞台から退場していった。デヴィッド・ボウイ、グレン
・フライ、ポール・カントナー、モーリス・ホワイト、そし
てダン・ヒックス。それぞれに対する思いに濃淡こそあれ、
いずれも私が10代から30代にかけて接した人達であり、彼ら
の音楽はときに聞き手に寄り添いながら、ときに私たちを突
き放しながら様々なドラマを手繰り寄せてきた。今日こうし
て自分という小さな窓から彼らを眺めてみても、単なる郷愁
だけではなく、もっと大きなものを授かった実感がある。

ちなみに小川洋子さんはミーナとともに過ごした若葉のよう
な季節をこう言い表している「私の記憶の支柱と呼んでもい
い」と。

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by obinborn | 2016-02-08 20:22 | one day i walk | Comments(0)  

再び、ヒックス氏に愛を込めて

「オッケー、ダン・ヒックスの音楽が親しげに語り掛けてくる
ね。ときにランバート・ヘンドリクス&ロスのように感じるか
もしれないけど、もっと独特なものでちょっとうまく言い表せ
ないよ」72年の名作『Stricking It Rich』に寄せられたベン・シ
ドランのライナーノーツはそんな風に始まっている。また彼は
文中でアメリカン・コミックのロバート・クラムとヒックスと
の関連に言及する鋭い洞察力を見せていた。あるいは英See F
or Milesで組まれたベスト盤はどうだろう。ジャック・モート
ンはこう言う「ジャズの陰があるよね。ランバート・ヘンドリ
クス&ロスのクロース・ハーモニーと戦前のパリ・ジャズ、つ
まりジャンゴ・ラインハルトとステファン・グラッぺリのホッ
ト・クラブ風スウィングが混ざり、そこにラヴィン・スプーン
フルのうぬぼれとヒルビリー・カントリーが加わったような」

今回様々な方がヒックスの追悼文を書かれていて、いかに彼が
愛されていたかを改めて思い知った。そのなかでも宮井章裕さ
んが、30歳になりこれまで聞いてきた音楽と違うものを求めよ
うとしていた時、ダン・ヒックスが音楽の幅を押し広げてくれ
たといった旨を書かれていたのが印象に残った。というのもそ
れこそヒックスの果たした役割だと思ったから。昨日筆者が触
れたように、ロックのサークルそれも60年代のカウンター・カ
ルチャーの震源地であるシスコ一帯から、ヒックスのようなオ
ールド・タイム指向の音楽家が現われたのは本当にユニークな
事件だったに違いない。私と同じ世代ではこのヒックスやライ
・クーダー、ロバート・クラムのチープスーツ・セレナーデズ
らをきっかけにオールド・ジャズやラグタイムにのめり込んで
いった人達が少なくない。そうした意味でもダン・ヒックスは
間違いなくぼくらの英雄であり、ユーモアと探究心に溢れたそ
の音楽はささやかな勝利を収めたと信じたい。

挙げた音源は第二期ホットリックスが解散後の78年に、ヒック
スが初めて作ったソロ・アルバムから。実際にはホットリック
スのメンバーも一部参加しているので、これまでの作品と地続
きですんなり入っていけた記憶がある。ニック・デカロが取り
上げたCanned Musicのように、こうしたロマンティックな曲
をものに出来るのもヒックスの懐の深さを物語っている。ひょ
うきんな振り付けで笑わせるかと思えば、こうした歌でしっと
りと涙を誘う。ダン・ヒックスはそんな人間味溢れる男だった。


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by obinborn | 2016-02-08 15:25 | one day i walk | Comments(0)