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チャーリー・ワッツがスウィングする

「チャーリー・ワッツが生まれた1941年の夏にはスウィンギン
・ジャズが鼓動し始めていた。彼が10代のときにはウェスト・
コーストのクール・ジャズが潮流にあった。まだロックンロー
ルという知性が伝播する以前の話で、ワン・ノートを奏でるピ
アニストが君臨していたんだよ」ステレオ・レビュー誌のクリ
ス・アルバートソンは、チャーリー86年のライブ・アルバムの
ライナーノーツにそう記している。

アルバートソンの記述にあるように、ロック音楽が勃発する以
前はジャズのビートが最もヒップで若者の心を捉えていたこと
は覚えておいていいだろう。以前からブギウギ・ピアノに特化
したロケット88をイアン”スチュ”スチュワートらと立ち上げる
など、ストーンズでの活動とは別にしっかりと自分のルーツを
温めてきたチャーリー。そんな彼がフル・オーケストラととも
に演奏したのは、ライオネル・ハンプトンの「フライング・ホ
ーム」レスター・ヤングの「レスター・リープス・イン」チャ
ーリー・パーカーの「スクラップル・フロム・ジ・アップル」
といったスウィング・ジャズの古典で、あの有名な「サヴォイ
でストンプ」まで取り上げている。いずれにしてもチャーリー
がしっかりと4ビートを叩き上げながら、バンドと協調してい
く様は感動的。セロを奏でるのはかのジャック・ブルースだ。

チャック・ベリーが「メイビリーン」で産声を上げたのは55年
8月のことだった。そこからストーンズの原型が生まれ、彼らは
ベリーの「カム・オン」をデビュー・シングルに選んだほどだ
った。しかしそれ以前に、チャーリーの心にはスウィング・ジ
ャズがしっかりと宿っていたのだった。

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by obinborn | 2016-03-31 00:53 | one day i walk | Comments(0)  

3月27日の佐野元春&コヨーテ・グランド・ロッケストラ

27日は佐野元春&コヨーテ・グランド・ロッケストラを有楽町
の国際フォーラムにて。昨年暮れから始まったデビュー35周年
のアニヴァーサリー・ツアーも本日でいよいよ千秋楽となった
が、御祝儀っぽさを排し、音楽そのものに多くを語らせながら
テンポ良く曲を連ねていく3時間半に圧倒された。近年はシン
プルなギター・アンサンブルに特化したコヨーテ・バンドで研
ぎ澄まされた歌と演奏を聞かせてきた彼らだが、Dr.kyOnと渡
辺シュンスケによるツイン・キーボードと、久し振りにホーン
ズを帯同した広がりのある今回のロッケストラ編成も味わい深
い。あの甘酸っぱい「Sugar Time」からスタートしつつも、け
っしてノスタルジックな罠に陥ることなく、最新作『Blood Mo
on』やひとつ前の『Zooey』といった傑作アルバムから幾つか
をど真ん中に束ねるなど、佐野のアーティスティックなこだわ
りがしっかりと伝わってきた。そんな彼の態度は警告に満ちた
あの不吉な「国のための準備」をあえて終盤に持ってきたほど
の念の入れようだ。

思えば佐野は誰も成し得ていない文脈で日本のロックを開拓し
てきた先駆者だった。彼が登場する80年の3月までには洋楽の
コピーに必死だったロックや、いささか自己憐憫が過ぎるシン
ガー・ソングライターの”私小説”はあったものの、佐野ほど「
彼」や「彼女」といった第三人称のペルソナを設定しながら詩
を温め、気品あるメロディへと昇華させていった人はいない。
しかもそんな初期の無邪気な群像は歳月を経て姿を変えながら、
一児の父親が墓参りをする「希望」や、失意に満ちた「紅い月」
といった21世紀になってからの楽曲に紛れ込んでいる。きっと
敏感な感性のリスナーほど、佐野のそんな作家性に敬意を払い
自身を投影させているのだろう。そう、「アンジェリーナ」の
成長した姿が「ジャスミン・ガール」であるように。マーヴィ
ン・ゲイの悲しげなソウルに耳を澄ませていたかつての青年が、
宛もなく冬の空を見上げながら「ポーラスタア」を歌っている
孤独なきみのように。

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by obinborn | 2016-03-27 23:20 | rock'n roll | Comments(2)  

墓参りと新しい季節

21日は墓参りに行ってきた。早いもので父親が亡くなってから
7年の月日が経った。行事が終わった後はいつも実家に戻り一
家団欒をするのだが、最も驚いたのは隣の家が立て壊され新た
な住宅となっていたことだ。私の家とほぼ同じく1970年頃建て
られたものだったが、そこのご両親が他界された後に息子たち
が売却したらしい。45年とはおよそそのような歳月であろう。
以前新聞が多摩ニュータウンの現在を報告する記事を組んでい
たように、それはかつて新しい住処を求めた人たちが次第に老
い朽ちていく光景であり、同時にまた若い世代へと移り変わっ
ていくという実感だった。ザ・バーズはかつてピート・シーガ
ーが万物流転を託した「ターン・ターン・ターン」を若葉のよ
うなビートで変革した。それに喝采を叫ぶ私がいた。きっと今
のヤンガー・ジェネレーションにはまた別のアンセムがあるこ
とだろう。そんなことを思いながら帰路に着いた。

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by obinborn | 2016-03-22 03:04 | one day i walk | Comments(0)  

テデースキ・トラックス・バンドの新作『LET ME GET BY』を聞いた

ここのところずっと聞きまくっているのがテデースキ・トラッ
クス・バンドの新作『Let Me Get By』だ。グループにとって
は3作めのスタジオ・アルバムで、ライブ盤を含めれば通算4
枚めとなる作品だが、ホーンズやツイン・ドラムスそしてコー
ラス隊を含めた10人編成という大所帯ならではのダイナミズム
溢れる演奏に聞き惚れてしまう。こうした大らかなグルーヴに
アメリカのロックが培ってきた様々なエレメントを発見するヴ
ェテラン・リスナーも少なくないだろう。夫婦をフロントに押
し出しているという点ではかつてのデラニー&ボニー&フレン
ズを、ソウル〜ファンクへと針が振れた時にはスライ&ザ・フ
ァミリー・ストーンの家族を思い起こさせるTTB。彼らこそは
現在最高のロック・バンドと言っても過言ではあるまい。昨年
はかつてのマッドドッグス&ザ・イングリッシュメンを再現す
るR&Bレヴューを行い、全米各地で話題を振り撒いたことが記
憶に新しい。

結成当時はデレク・トラックスのギターだけが注目されるキラ
イがあったとは思う。デュエイン・オールマンからスティーヴ
ィ・レイ・ヴォーンまで、ことさらギター英雄ばかりが持て囃
されるのはブルーズの世界でもロックのフィールドでも同じこ
とだ。ただTTBが奏でる音楽をトータルに見渡せば、むしろス
ーザン・テデースキの歌に寄り添いながら、ここぞという場面
でスライド・ギターを飛翔させていくデレクの慎ましい姿が見
えてくる。いわばソング・オリエンテッドな部分と、90年代以
降のアメリカで大きな潮流となったジャム・バンドならではの
自由闊達な世界が見事なまでの超克を示した。そんなところに
彼らの”古くて新しい”音楽の秘密があるのだろう。

先ほど大らかなノリを感じると筆者は記したけれど、その背後
にはむろんメンバー10人全員による精緻なスケッチがある。そ
れらの呼吸感、各自が自在に押し引きしつつそれぞれの役割を
果たしていることを感じ取りたい。フロリダはジャクソンヴィ
ルにあるTTBのスワンプ・ラガ・スタジオで行われたレコーデ
ィングはほぼ一発録音だったと伝えられている。それらを名手
ボブ・ラドウィグが克明にマスタリングした。そのことの価値
を思わずにいられない。ジャケットに描かれた飛翔する鳥の姿
が、まさにテデースキ・トラックス・バンドの現在を捉えてい
る。

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by obinborn | 2016-03-16 18:39 | rock'n roll | Comments(3)  

佐野元春『GRASS』

今夜の元春レディオショウで「君を失いそうさ」を聞けたので、
思わず引っ張り出してきたのが『GRASS』アルバムだった。
「君を失いそうさ」の新しいミックス・ヴァージョンを含む本
作は、2000年の11月にリリースされた佐野元春の”裏ベスト盤”
であり、ライブではめったに演奏されない曲を中心に彼自身が
選曲し新たなミックスを試みた。今晩の放送では「99年には
CDがかつてほど売れず、音楽業界が低迷し始めた。ぼくにとっ
ては”驚くに値しない”ことだったけど、レコード会社の仲間たち
が次第に元気を失くしていくのを見るのは辛かった」との旨に
留めていた佐野だが、彼とエピック・ソニーとの関係は悪化の
の一途を辿っていった。「レコーディングの最中に会社の重役
がやって来てこう言うんだ”もっとSomedayのようなヒット曲
を書いてよ”」エピックでの最終作となった『STONES AND E
GGS』の制作現場では、実際そんな険悪な空気が漂っていたら
しい。そんな混沌とした状況のなかでリリースされた『GRAS
S』はどうだろう。これほど佐野の輝かしいキャリアに背くよ
うなダウナーな作品集も珍しい。「欲望」「ジュジュ」といっ
た比較的ポピュラーな楽曲でさえ、オリジナル・ヴァージョン
にあった高揚する気持ちが、断末魔のように消されているくら
いだ。

それでもこの時期の佐野はあえて羽根を休め、来るべき時代へ
と備えていたのだろう。その様子は厳しい季節に冬眠する野性
の動物を思わせる。『GRASS』アルバムは「モリソンは朝、
空港で」をもって幕を閉じる。しかし、どうか最後まで聞いて
欲しい。そこには「サンチャイルドは僕の友達」が新しい産毛
のように待ち構えているから。その暖色のトーンが長い冬を経
て、再びザ・ホーボー・キング・バンドを携えた04年の傑作『
The Sun』へと結晶していく。メジャー会社のエピック・ソニ
ーから、佐野が自ら興した自主独立のインディ・レーベル、デ
イジー・ミュージックへ。その劇的な変革期を捉えた中間報告
として、ぼくはこの『GRASS』を秘めやかに愛さずにはいられ
ない。

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by obinborn | 2016-03-16 01:37 | rock'n roll | Comments(2)  

佐野元春『Back To The Street』

渋谷のブラックホークに関してはいつも愛憎半ばといった感情
を抱いてしまう。きっと深入りした訳でもまったく行かなかっ
たわけでもないという私の個人史故の気持だろう。70年代に
百軒店の一角にひっそりと佇んでいたこのロック喫茶のポリシ
ーは、ラジオでは流れないマイナーな音楽を静かに聞くという
ものであり、具体的には英米のSSW、スワンプ・ロック、そし
てブリテン諸島のトラッド音楽へと深く分け入っていった。店
主である松平維秋氏の嗜好をダイレクトに反映したその傾向は、
彼が店を辞した77年以降は徐々に変化していったが、今もホー
クと言って連想されるのは、そうしたメインストリームとはな
り得ない”もうひとつのロック”だった。

コーヒーが不味かったとか、店員の女の子が無愛想であったと
か、肝心の松平さんが頑固一徹だったとかを今ここで挙げつら
うことはしたくない。私もホークならではの審美眼に影響され
随分多くのレコードを買い求めたし、当時店内では話せなかっ
たものの、歳月を経た後、ホーク出身の人達たちと出会うこと
にもなった。ついでに言えば97年の拙書『Songs』にブラック
ホークの影を読み取った方もいらっしゃった。そういう意味で
は私もホーク・チルドレンの末席にいる一人なのかもしれない。
時代に流されないことの大切さ。それを教わった方々は何も私
だけではあるまい。

よく70年代は老成した時代だったと指摘される。自分のなかの
若さを恨めしく思い、達観や諦観を決め込む風潮があった。例
えばはっぴいえんどの「春よ来い」に濃厚に立ち込める屈折は
どうだろうか。あがた森魚の「大寒町」に聞き出せる覚めた感
覚はどうだろうか。ホークの固い椅子に座りながらそれらに安
堵を覚えるのに反して、店から出て帰りの坂道を下る頃にはも
う一人がこう囁いていた「このままでいいのかい?」と。恐ら
くどっぷりとブラックホークの渋い世界に浸るには若過ぎたの
だと思う。そんな煩悶がしばらく続いていたある日、私はまる
で啓示のように一人の音楽家と出会った。忘れもしない80年の
春。それが佐野元春だった。言葉は生き生きと背景から抜け出
し、歌の主人公たちは今にも通りへと駆け出して行きそうだっ
た。そんな動き出す言葉とビートとの超克を耳にしたのは、生
まれて初めての鮮烈な体験だった。

だから「ブラックホークの99枚」に続く一枚を選ぶとしたら、
私は何ら躊躇うことなく、彼のデビュー・アルバム『Back To
The Street』をそっと差し出すことだろう。

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by obinborn | 2016-03-15 17:27 | rock'n roll | Comments(0)  

ダグ・サームとボブ・ディランの出会い

ダグ・サームの伝記『TEXAS TORNADO』をほぼ読了。こち
らは英語なのであくまで流し読みでしたが(汗)、黒いスー
ツを着てブリティッシュ・インベンションに対抗したサー・
ダグラス・クィンテット65年のデビュー時の苦労話から、シ
スコのアヴァロン・ボールルーム(のちのフィルモア・ウェス
ト)でビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーや
クイックシルヴァー・メッセンジャーの連中と共演した様子、
西田さんご指摘のマネジャーを介したトレイシー・ネルソンと
SDQの絡みなどが語られていきます。なかでも多くのページを
73年の傑作『ダグ・サーム&バンド』に割いている部分はクラ
イマックスかもしれません。ちょうどドクター・ジョンの『ガ
ンボ』(72年)をプロデュースしたばかりのジェリー・ウェク
スラーがその経験を生かしながらダグに相応しい共演者たちを
吟味し集めていった様子がリアルであり、フラーコ・ヒメネス
のチカーノから、デヴィッド・ニューマンのようなアフリカン
=アメリカンまでが一堂に会したセッションは、クロス・カル
チャーの最高峰を伝えるものとなりました。ドクター・ジョン
が最も得意なピアノではなくオルガンを弾き、元々はオルガン
奏者のオーギー・マイヤーズが主にピアノを担当したという、
まるで変化球のような事実を私はここで初めて知りました(
私なりに邪推すればドクターのピアノだとシンコペ感覚があま
りに強烈なので、ダグのカントリー・ソウルには合わないとウ
ェクスラーが的確に判断したのだと思います)それはともかく、
このセッションに参加したボブ・ディランは亡きダグ・サーム
に対して次のような讃辞を贈っています「ダグのSHE'S ABOU
T A MOVERと私のLIKE A ROLLING STONEはちょうど同じ65
年にヒット・チャートを駆け巡った。ダグはとても大きなソウ
ルの持ち主で私たちはいつしか同じ土壌に生まれた音楽を共有
し、ともに演奏する仲間となった。私たちはハンク・ウィリア
ムズの歌に声を合わせた。それ以上の体験は未だかつてないよ。
私はダグの天衣無縫を愛し、ダグの壊れそうなまでの繊細さに
触れた。私はダグを永遠に失ってしまったが、彼は研ぎ澄まさ
たまま、今もここにいるんだ。私とダグは人生の幾つかの局面
で出会い、ともに幸運な時間を過ごしたんだよ」

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by obinborn | 2016-03-08 18:08 | blues with me | Comments(0)  

桐野夏生『バラカ』

桐野夏生『バラカ』読了。600頁以上の長編でしたが、
山あり谷ありの展開で、飽きずに最後まで読み進める
ことが出来ました。まず粗筋をごく大雑把に説明して
おくと、東日本大震災後に孤児として捨てられていた
バラカという少女がボランティアの老人に救出される
ことから物語が始まります。やがてその少女が日系ブ
ラジル人夫妻の娘であり、遥かドバイの地で人身売買
されているところを、キャリアウーマンの沙羅によっ
て引き取られていく過程が次第に明かされていきます。
過酷な労働故に子供を手放さざるを得なかった日系ブ
ラジル人と、競争社会を生き抜き”勝ち組”となった日
本人独身女性との対比も、格差が激しく進んでいる現
代の労働市場とグローバイズムの時代を象徴するかの
よう。また、そもそも赤ん坊を金銭で買うという沙羅
の倒錯した発想が論議を呼びそうです。いずれにして
もその”買われた子”であるバラカは、その神秘的な顔
立ちや震災時の原発事故によって甲状腺がんを患った
ことでシンボリックな存在になり、様々な思惑を持っ
た大人たちに利用される数奇な運命を辿っていきます。

桐野さん自身「震災後に人々の欲望が剥き出しになっ
たような気がする」とあるインタヴューで語っている
ように、本書では震災や原発事故をなかったことにし
たい勢力の巧妙な情報隠蔽や、東京オリンピック開催
への疑問(フィクションなので本書では大阪オリンピ
ックと設定)が描かれ、人々の記憶がどんどん風化し
ていく様に対抗するかのようです。しかしながらその
一方では、バラカが反原発派のヒロインとして崇拝さ
れる危うさに触れるなど、とくに反原発派に肩入れす
ることなく、文学としての止揚を保っています。また
怪しげな新興宗教家や葬儀屋の男が悪の化身となって
登場し、彼らの王国を夢見る様からも”欲望”に翻弄さ
れる現代人の危うさが伝わってきます。

「これからの日本を考えると絶望する」と桐野さんが
おっしゃる通り、本書にはひとかけらの希望もありま
せん。なにしろ「あらゆることを諦めて生きていく」
のがバラカのような被ばく者たちであり、東京五輪が
華やかに行われようが株価が上昇しようが、彼らはず
っと故郷に帰れないまま全国を放浪せざるを得ないの
ですから。文中の言葉を借りれば、被ばく遍歴を互い
に語り合うことで結び付く”棄民”。国民としてはけっ
して保障されない様子を端的に言い表したその単語が、
矢の如く鋭く迫ってきます。また人々が被ばく者に涙
を流すのはあくまでテレビの画面を通してのことで、
そんな連中ほど実際はいち早く逃げ出すことを言い当
てるなど、偽善的な態度に関しても容赦なく暴いてい
きます。

元々90年代序盤のデビュー以来、普通の人々がなかな
か目を向けようとしない人生の暗い側面に焦点を当て、
深く探っていくのが桐野夏生の特質です。非正規雇用
の青年の孤独を徹底的に描いた07年の『メタボラ』や、
東電OL殺人事件をテーマにした03年の『グロテスク』
はそんなダークな力作でしたが、今回の『バラカ』は
それらに続く一里塚だと思います。我々は今どういう
時代に生きているのか。どんな荒れ地を今日も彷徨っ
ているのか。その文学的な答えとしてこれ以上のもの
はないでしょう。なお本書のエピローグでは40歳にな
り、やっと初めて定住の喜びを得たバラカの暮らしが
開示されます。わずか4頁足らずに書き留められた彼
女の現在の姿のみに、僅かながら希望のようなものが
立ち上がってくるようです。

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by obinborn | 2016-03-08 12:08 | 文学 | Comments(0)  

3月3日の東京ローカル・ホンク

バンド・サウンドの贅を尽くしたような東京ローカル・ホン
クのライブを3日は高円寺のJIROKICHIにて。木下弦二のソ
ロ弾き語りによる「生きものについて」からまずは始まり、
2曲めの「引っ越し娘」でバンドが合流。さらに「お手手つ
ないで」「虫電車」「お手紙」へと連ねる序盤から、早くも
全開となったホンク・ワールドに酔った。弦二が今月初めて
のソロ・アルバム『natural fool』をリリースするとはいえ、
やはりみんながホンクの四人を待ち焦がれていたのだろう。
平日にもかかわらず満員となった会場の熱気がそれを雄弁に
物語っていた。肩肘張らない歌と演奏。ただそれだけの営為
が音楽としての豊かさをもたらし、歌われる言葉を彩りある
”生きもの”へとトランスフォームしていく。そんなエレメン
トの数々に満たされていた。弦二のソロに収録された「夏み
かん」「夜明けまえ」「遅刻します」といった楽曲も、カル
テット編成で再解釈すればこうなるよ、という驚きがあった。
とくにカットアップの手法で様々な俳句を無造作に並べてい
く「またあおう」が、ホンクならではの柔らかいサウンドス
ケープで描かれていったことに筆者は感じ入った。この曲に
入る時のMCで弦二が「意味が解らない歌詞っていいもので
す」といった旨を語っていたことも腑に落ちた。友部正人の
「解らない言葉で歌ってください」ではないけれども、そこ
からは安っぽい主張や直截的な政治性の数々から迂回してい
く彼らの心映えがはっきり伝わってくる。前身となる”うず
まき”時代を含めれば優に20年を超えるキャリアを誇るホンク。
遥か昔のある日、偶然にも四人の青年が集まり、それぞれの
楽器を奏でていった。いわばゼロの地点からのスタートだ。
その日から辛抱強く丁寧に積み上げられていった言葉と音。
それらの価値を思わずにはいられない。

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by obinborn | 2016-03-04 01:34 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)