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渋谷・ブラックホークを回想する

渋谷・ブラックホークについてはいつか総括しなくちゃなあ、
とはずっと思っていました。というのも私がいくらホークの
世界に反旗を翻したとしても、今も自分の栄養になっている
音楽の多くは、かつてそこで流れていたものだからです。

やはり大前提となるのはネットが到来する遥か以前という時
代状況でしょう。テレビでもラジオでも掛からないマニアッ
クなSSWやスワンプあるいはトラッドを聞きたい!となると
実際に百軒店の坂道を登り、その場に行くしかなかったとい
う条件は、個々それぞれの若い頃の体験としてしっかり刻ま
れたのでした。以降ホークを真似た店が幾つか出来ては消え
ていきましたが、一番の違いはネット環境の有無だったと思
っています。それ故にホークは今も語り継がれる伝説となっ
たのです。

ノスタルジックにホークを語る大人たちに共鳴しつつも、時
に疎ましさを感じてしまうのは私だけでしょうか?もう少し
具体的に言うとブラック・ミュージックへの視座をホークが
持ち得なかったこと、通常の優れたポップスを「上から目線」
で見下していたことは彼らの致命的な欠点でした。店員と私
との喧嘩を振り返ってみても、根本にあるのは閉じられた空
間への苛立ちでした。ホークの帰りにすぐ近所のB.Y.G(今
も健在)へ駆け込んだ時の安堵とともに、私の古い記憶が甦
ってきます。

いずれにせよ、多くの聞き手たちがホークに集い、会話が禁
止された空間で黙して音楽に聞き入り、やがて巣立っていっ
た。それは愛すべき(守られるべき)時間の経過でしょう。
それでもまるで古傷のように残る違和感は忘れないほうがい
い。私はホークではないし、ホークは私ではない。つまりそ
ういうことだと思っています。

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by obinborn | 2016-11-30 19:15 | one day i walk | Comments(0)  

ボブ・ディラン「まるで女のように」

あれは確か『新譜ジャーナル』もしくは『ヤング・ギター』に
掲載された記事だったと記憶する。シンガー・ソングライター
の西岡恭蔵さんが、ディランの「女の如く」について書かれて
いたことを思い起こす。この曲は平たく言えば女性にフラれた
男の追想歌なのだが、恭蔵さんが「もし今度きみに会ったなら、
ただの友だちなんだね」と訳されていたことに衝撃を覚えた。
さらに元の歌詞を辿っていけば、「きみはまるで大人のように
振る舞う。でもまるで小さな女の子のように崩れてしまうじゃ
ないか」とある。それも刺激的な一節だった。

いずれにしても筆者がまだ中学生だった71~73年の頃のことだ。
むろん恋愛など未体験で、たまに見るテレビ・ドラマや、その
頃から読み始めたヘルマン・ヘッセの小説で夢想する遠い世界
に過ぎなかったけれど、背伸びしたい気持と相俟ってぼくはボ
ブ・ディランの「女の如く~Just Like A Woman」を次第に好き
になった。教室の後方にある黒板に原歌詞を殴り書きするほどの
影響を受けた。今でもよく覚えている。それを見た英語教師の北
村先生はこう言った「誤字だらけ。文法も間違い。でも何となく
伝わるものはあるわ」

毎年冬になると無性に『ブロンド・オン・ブロンド』を聞きたく
なる。「女の如く」を奏でるウェイン・モスのナイロン弦や、ケ
ニー・バトレイーが叩く心臓のようなドラムスに耳を傾けたくな
る。まったく進歩していない自分を嗤いたくなることもしばしば
だ。それでもぼくは「きみのリボンはすっかりほどけてしまった」
と歌うディランに今も心奪われている。「ぼくは土砂降りの町に
いる。もうここには居られない。残酷なまでに」と声を詰まらせ
るジンジャーマンの背中を見つめている。

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by obinborn | 2016-11-28 18:08 | one day i walk | Comments(0)  

11月24日のサーディンヘッド

まさにエレクトリック・エクスペリエンス!音の粒が弾け、自在
に飛翔する。24日はそんなサーディンヘッドのライブを青山の月
見ルにて。romanchicaに始まりnew spiralへと間髪入れずに繋ぐ。
そんな序盤の展開から早くも胸が一杯になった。ロック・カルテ
ットという体裁を取りつつも、繰り出す音楽はどこまでもフリー
・フォーム。その自由闊達な丁々発止のなかに彼らの実力が伺える。         二本のギターが細かいリフを重ねながらシンクロしていくか
と思えば、そこから片方が抜け出してメロディアスなフレーズを
そっと挟み込む。まさに変幻自在な演奏スタイルだ。

グレイトフル・デッドの詩情やキング・クリムゾンの精緻。ある
いはフランク・ザッパ的な奇想天外やプリンスの濃密なファンク。
それら先人たちの遺産を継承し、組曲の如く2時間のステージへ
と束ねていく。90年代に活況を呈したジャム音楽のシーンは、そ
の後すっかり定着したけれど、海外からも絶賛されるサーディン
へッドが、今なお歩みを止めていないことを誇らしく思う。

今年で二度目となった今回の無料ライブfor Freeは、そんなサー
ディンたちの自信の現れだ。都内のクラブでも最も優れた音響と
称えられる月見ルとの連携。熱心なファンたちと交わした信頼の
感情。そして優れたインディのマインズ・レコードの存在。それ
らがこの夜を特別なものにした。会場には歓喜の声が鳴り響いて
いる。


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by obinborn | 2016-11-25 02:05 | one day i walk | Comments(0)  

ダグ・サームを追悼した三組のライブを聞いた

20日はダグ・サームのトリビュート・ライブを荻窪のBUNGA
にて。いやあ〜、楽しかったなあ!出演したサザンライツ、ガ
ルフコースト・バウンズ、ロス・パラダイス・グルーヴァーズ
の三組が、それぞれダグに因んだナンバーをしっかり掴み取り
ながら、力感漲る演奏へと訴えていく。そんな3時間に酔った。
彼らはギターやベースを弾けない、キーボードもドラムスも出
来ないぼくに代わって、亡きダグへの想いを無言のうちに語っ
てくれた。そのことに感謝せずにはいられない。ありがとう、
ありがとう!以下出演順のセットリストです。

◎サザンライツ

GROOVER'S PARADISE
I'M NOT THAT KAT ANYMORE
BEAUTIFUL TEXAS SUNRISE
DEALER'S BLUES
NUEVO LADELO
TEXAS ME
TEXAS TORNADO

◎ガルフコースト・バウンズ

SHE NEVER SPOKE SPANISH TO ME
懐かしきテキサン・ボーイズ
WASTED DAYS AND WASTED NIGHTS
POQUITA FE
SHE'S ABOUT A MOVER
LAREDO ROSES
FOUR ACES

◎LOS PARADISE GROOVERS

MENDOCINO
JUST A MOMENT
NEXT TIME YOU SEE ME
REAL ME
THE GYPSY
DYNAMITE WOMAN
(HEY BABY)QUE PASO
MICHOACAN
(IS ANYBODY GOING TO) SAN ANTONE

〜ONE MORE MILE TO GO〜

SHE'S ABOUT A MOVER (With Everyone!)

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by obinborn | 2016-11-21 10:44 | one day i walk | Comments(0)  

ブリンズリー・シュウォーツ『LIVE FAVOURITES』

ブリンズリー・シュウォーツの『LIVE FAVOURITES』がようや
く我が家に到着!昨年のレコードストア・デイに発売された限定
のLP盤を買い逃してしまっただけに、今回のCD化は本当に嬉し
い!何でも5人めのメンバー、イアン・ゴムが所有する秘蔵音源
が元になってるらしいが、この手で最も気になる音質は軽く標準
レベルをクリアしていて問題なし。彼らの場合公式なライヴ・ア
ルバムは一枚もなく、過去幾つかのブートレグやBBC音源がリリ
ースされてきただけだが、それらに続くものとして歓迎したい。

時は1974年の6月19日、ウェールズ州のカディーフにあるトップ
ランクで行われたコンサート。ちょうどブリンズリーズが最後(
6枚め)のアルバム『NEW FAVOURITES OF』を発売する一ヶ月
前のツアーであり、そこからオーティス・クレイの「TRYING TO
LIVE MY LIFE WITHOUT YOU」「SMALL TOWN,BIG CITY」
のちにニック・ロウの看板曲として人気を博す「PEACE,LOVE
AND UNDERSTANDING」の3曲を取り上げているが、全体的に
は初期の「COUNTRY GIRL」やジム・フォードの「JU JU MAN」
ソングライターとしてゴムの才気を印象付けた「HOOKED ON
LOVE」など、彼ら5年のキャリアから万遍なく選曲されている。

またライブならではのカバー・ソングとしては、ボビー・ブラン
ドがデュークに録音した「HONKY TONK」ウィリアム・ベル&ジュ
ディ・クレイのスタックス・ナンバー「PRIVATE NUMBER」
ジョニー・オーティスの「YOU'RE SO FINE」ジュニア・ウォー
カーのタムラ・モータウン「HIP CITY」が選ばれ、ブリンズリー
ズが何でも演奏する”トップ40・バンド”もとい真のパブ・ロッカ
ーだったことを裏付ける結果となった。ちなみに「PRIVATE NU
MBER」は、テストプレスのみで市場に出回ることがなかった
”本当のラスト・アルバム”『IT'S ALL OVER NOW』にスタジオ・
ヴァージョンが記録されている。

74年前後といえば、ブリンズリーズがデイヴ・エドモンズに接近
した時期であり、デイヴのセカンド・ソロ『一人ぽっちのスタジ
オ』に彼らが客演したり、逆にデイヴが『NEW FAVOURITES O
F』をプロデュースしたりと、交流は次第に本格化していく。つ
まりロックパイル結成への萌芽である。そんなことに想いを馳せ
ながらこのライブ盤を聞いていると、解散間際だったブリンズリ
ーズ、オイル・シティから台頭しやがて全英を席巻したドクター
・フィールグッド、ソロ活動に向かうニック・ロウなど、当時の
パブ・シーンのことが走馬灯のように甦ってくる。

ニックはこう回想している「74年が潮時だったんだ。メンバーの
なかには子供が生まれてツアーに出るのを嫌がる者が現れ始めた
し、ぼくたち長髪のピッピー・ロックは過去のものになりつつあ
った。『平和と愛と理解』にぼくはちょっとばかりの皮肉を込め
た。そう、ぼくは自分を老いぼれ老人に譬えて『平和と愛と理解
の気持はそんなに可笑しいことかい?』ってね。バンドが解散し
たら一体どうしよう?ぼくは世界の淵に一人立ち尽くしているよ
うな心境だったんだよ」

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by obinborn | 2016-11-20 14:57 | rock'n roll | Comments(0)  

11月19日の東京ローカル・ホンク

19日は東京ローカル・ホンクのワンマン・ライブを高円寺の
JIROKICHIにて。7月16日に彼らを同会場で観て以来四ヶ月ぶ
りの対面となったが、弾力ある演奏と歌心に今回もたっぷり3
時間酔った。ロック・カルテットとして各自が持てる限りの力
を出しながら、木下弦二のソングライティングを膨らませてい
く。まるで一番いい時のザ・バンドを体験しているみたい。

「ロンドンがスウィングしていたと言われてもぼくには解りま
せん。キース・リチャーズがダニエルズをラッパ呑みするよう
な世界がロックだとも思わなくなりました。それよりぼくはど
うして自分が生まれ育った戸越銀座から見える景色を歌に出来
ないんだろう?そんなことでずっと悩んでいました」以前弦二
はそんなことを私に語ってくれたのだが、その答えがまさに今
現在の彼らの逞しい姿に他ならない。

地に足を着けた日本語が綺麗に響き渡る。そこには昨今のJ・P
OPのようなヴォーカル・ピッチの不自然な補正や、ただせわし
ないだけのファストなBPMなど一切ない。自分たちの町(彼ら
の場合は品川や太田区)から歌を育み、膨らみのある演奏のた
めに修練を重ねる。思えば彼らのキャリア20数年はその一点の
ために注がれてきた。何とまっすぐで困難を伴う道のりだった
ことだろう。

まだスタジオ・レコーディングされていない「身も蓋もない」
や「ダーク・マター」といったシリアスな楽曲が、息苦しい今
という時代を映し出す。その一方で初期の「お手紙」や「遠い
願い」を演目に加えることで、ホンクメンは自分たちがかつて
青年だったことを確かめてゆく。そんな現在と過去とが互いに
交差する得難いライブだった。

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by obinborn | 2016-11-20 01:06 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

追悼:モーズ・アリソン〜TELL ME SOMETHING

今年も様々な音楽家が亡くなった。世紀の変わり目というのは
このように10数年経ってから初めて意識されるものなのかもし
れない。それは親しかった者の不在が、慌ただしく興奮状態の
葬儀前後ではなく、半年くらいしてからやっと突然実感される
のと似ている。20世紀を彩った多くの偶像たちの退場。何だか
寂しいね。

モーズ・アリソンは50~60年代にプレステッジ、コロンビア、
アトランティックなどに結構な量のレコードを残しているけれ
ど、本人も参加したトリビュートに近いアルバムとしては、96
年に発売された『TELL ME SOMETHING:THE SONGS OF MO
SE ALLISON』をお薦めしたい。ヴァン・モリソン、ジョージィ
・フェイム、ベン・シドランと”大人の粋”を知り尽くした三人
が、大先輩であるモーズの歌を歌い、敬意を込めたナイスな作
品だ。

むろんモーズがこだわったスモール・コンボによる無駄のない
シンプルな演奏が用意され、幾多のモーズ・ソングスが最高の
形で再提示されるといった塩梅。彼の歌(その多くはぼやき節
やほろ苦い人生訓話)がザ・フー、カクタス、ボニー・レイッ
ト、ザ・ルーモアなど数多くのロック音楽家によって広まった
ことも忘れられない。この『TELL ME SOMETHING』では、
ポール・バターフィールドもベターデイズ時代に取り上げたIF
YOU LIVEが最もお馴染みだろうか?軽妙洒脱で足回りのいい
シャッフル・ビートのなか、ベン・シドランが憂いのヴォーカ
ルを、ジョージィ・フェイムが腹八分目のハモンド・オルガン
を弾く会心の演奏だ。さぞかし作者モーズはご満悦だったろう。

青年時代にはよく解らなかったモーズ・アリソンの良さが、今
では五臓六腑に染み亘る。やっとのことだ。ぼくの経験も人生
もまだまだだね、ミスター・モーズ。享年89歳。いままであり
がとうございました。

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by obinborn | 2016-11-16 13:09 | blues with me | Comments(0)  

11月14日のヘロン

14日は英国フォークの伝説的カルテット、ヘロンの初来日公演
を高円寺HIGHにて。音域が微妙に違う鮮烈な三声ハーモニー、
秘めやかに小躍りするパーカッション、暖色のエレピなどに酔
った。遠い昔にぼくがレコードで慣れ親しんだヘロンよりも、
遥かに立体的で粒立ちが良く、ユーモアを交えたステージング
に祝杯を上げたい。ここら辺は互いに時間をやり過ごし、何人
かの死者たちを松明とともに見送り、少しだけ賢くなったこと
へのご褒美かもしれない。

新旧交えたオリジナル・ソングの数々に、ボブ・ディランの曲
を加え、アイリッシュ・トラッドを交える。穏やかな人々の慎
ましい暮らしぶりをそのまま映し出したような歌が、熟慮を重
ねた超満員のお客さんたちと笑みを交わし合う。チャス&デイ
ヴやゲラント・ワトキンスと共振するようなブギウギ・ナンバ
ーが奏でられ、ロンドンのパブへと思いを馳せる時間もあった。
9・11事件以降、あまりに残酷になってしまった世界に異議
を申し立てる人種ソングもしっかりと用意された。

明日からまた二カ所三公演が待っている。それらに行かれる方
々のためにも、本日のセットリストは公開しないでおきたい。
終演後のぼくは、温めた想いとともに友人たちと一緒に飲み、
終電に乗り込んだ。電車の窓にはかつて若者だったぼくと、今
現在の自分が写し出されていた。

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by obinborn | 2016-11-15 01:36 | one day i walk | Comments(0)  

追悼:レオン・ラッセル〜タルサに還る

レオン・ラッセルのエピソードにこういうものがある。まだ
18歳だったにもかかわらずバンドでピアノを弾いていた彼だ
が、大人向けのクラブに出演する許可はなかなか下りず、苦
肉の策としてバックステージ・パスを偽造していたという。
時は60年代半ばのハリウッド。すでにこの青年は故郷オクラ
ホマ州タルサを後にしていた。ジェリー・リー・ルイスから
直々にピアノの腕前を誉められていた。

そんなレオンの訃報が届いた。フィル・スペクターの門下生
となり、レッキング・クルーの一員として60'sポップス黄金
時代を陰から支えたこと、ダラス出身のマーク・ベノと出会
いアサイラム・クワイアというデュオを組み、サイケデリッ
クの時代に反応したこと、そしてジョー・コッカーらとマッ
ドドッグス&イングリシュ・メンを結成し、英米混成のメン
バーによる一大R&Bレビュー・ツアーに繰り出したこと…。
それらが走馬灯のように甦る。デラニー&ボニーを見出し、
彼らの音楽監督となったスワンプ・ロックの日々、ジョージ
・ハリソンやボブ・ディランとともにバングラ・デシュ難民
のベネフィット・コンサートに出演したことも今では懐かし
い。ハンク・ウィルソンという変名でカントリー・シンガー
に化けたり、『STOP ALL THAT JAZZ』というタイトルで
ジャズを仄めかしつつ一曲めがティム・ハーディンといった
茶目っ気も素敵だった。英国人のデニー・コーデルとともに
インディの先駆とも言えるシェルター・レーベルを興し、フ
ィービー・スノウやJ.J.ケイルといった新しい才能を世の中
に問い掛けたこともある。

豪放にうねる熱狂的な南部ロックが看板だったせいで、ソロ
・アクトの一部があまり顧みられていないのは残念だ。なか
でもレオンのソロ作としては3枚めに当たる72年の『CARN
EY』は、ソングライターとしての才能が全面開花した記念碑
だと思う。普段のワイルドなロックとは裏腹の、ひたひたと
降り注ぐ雨のように静謐なソングライティングが光る。「タ
イト・ロープ」では綱渡りのような人生の危うさを歌い、「
マスカレード」では華やかな社交パーティのなかにある空し
さや孤独を写し取った。仮面を剥いだピエロの独白のような
アルバム・ジャケットが、それらの歌とピタリ呼応しながら、
この男の実像を伝えていく。昨夜悲しい知らせを聞き、真っ
先にレコード棚から抜き出してきたのは、ぼくの場合この『
CARNEY』だった。カーニーを「人生の舞台」と意訳したい。

鮮やかに時代を彩り、シーンを牽引し、音楽ジャンルを軽々
と跨いだ人だった。銀色の長髪を振り乱し、ぎょろっとした
不敵な眼つきと生めかしくセクシーなヴォーカルで聴衆たち
を興奮の渦に巻き込んだ人だった。そんなレオン・ラッセル
が今、人生という舞台からそっと退場する。彼によって導か
れた土地のことを考えてみる。その土地はよく耕され、草花
を咲かせた。樹木を育てた。そしてレオンは故郷タルサの土
地へと還っていった。

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by obinborn | 2016-11-14 12:21 | one day i walk | Comments(0)  

服部高好氏の労作『アンシーン・アンド・アンノウン』に寄せて

名古屋在住の音楽研究家、服部高好氏が『アンシーン・アンド・
アンノウン〜アンサング・ヒーロー達から聴こえる米国ルーツ
音楽』を上梓された。A4サイズ・全400ページというヴォリュ
ームも凄いが、それ以上に氏が長年に亘って温めてきた構想、
及びその広範な音楽体験のうねりが伝わってくる点に圧倒され
る。

『アンシーン・アンド・アンノウン』(Unseen And Unknown)
という書籍タイトルを聞いて、アーカンソー出身のオルガン奏者
ベイビー・フェイス・ウィレットのアルバム『モー・ロック』
(64年)に収録された同名曲を思い起こす方は、どれくらいい
らっしゃるだろう? 実際に服部氏はウィレットに一章を割くほ
ど、この余り知られていないプレイヤーに熱量を込める。そんな
”知られていない、無名の音楽家”に温かい視点を注ぎ、ジャンル
や時代を軽く超えながら、アメリカ(とイギリス)の音楽を俯瞰
したのが本書である。

リトル・ジョニー・ジョーンズを切り口にしながらマディ・ウ
ォーターズやハウリン・ウルフとの接点を探る。一般的にはハ
ングリー・チャックのメンバーとしてのみ語られがちなジム・
コルグローヴのキャリアを丹念に調べ上げ、その”知られざる”
姿を現在の地点までリサーチする。あるいは英国のロックパイル
を俎板に乗せながら、ジョー・テックスやキップ・アンダーソン
のR&B/ソウルを語る。さながら音楽マニアの友だちとレコード
を聞きながら、ワイワイと楽しく会話しているような趣だ。

結局こうした良書が既存の音楽出版社から出ない(出にくい)
ところに現在の音楽業界が抱える不幸を感じてしまう。服部
氏のこの労作、残念なことに一般的な販売ルートには乗らない
「私家版」である。それでも彼の情熱に勇気付けられる音楽ファ
ンは少なくないはず。スター(大物)志向、リジェンド志向を
強めるばかりの書籍編集者たちに反省を促し、ルーツ音楽を
愛する者たちに歓迎される。そんな究極の一冊だと思う。

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by obinborn | 2016-11-13 09:13 | one day i walk | Comments(0)