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オールマンズ謎の『音カット事件』

さっき日戸さんとも話したんだけど、アナログ時代のIT'S NOT
MY CROSS TO BEARにはエンディング部にギターのフィード
バックのような残響音が入っていて、それが不思議なトリップ
感をもたらしていた。ところがCD時代になってからは何故か
この部分がカットされてしまったのが悲しい。これはファンに
は結構有名な話で、私はわざわざキャプリコーン・クラシック
スというCDを購入して確かめたら、やはり残酷なことに効果
音の部分が省略されていた(このYOU=TUBE音源もそう)カッ
トに至るまでどんな経緯があったのかね?例えば単純なミス
とか、メンバーの意向だとか、寡聞にも私は知らないのだが、
ご存知の方はぜひご一報ください。ちなみにLPでは短い溝まで
刻まれているので、そこには当初制作者エイドリアン・バーバ
ーなり、フィル・ウォルデンなりの意志が明確にあったと私は
思っている。

https://youtu.be/ZkBdtjq_26s



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by obinborn | 2017-05-29 18:51 | one day i walk | Comments(2)  

恩田陸『蜜蜂と遠雷』を読んで

今年前半で一番面白かった小説が恩田陸『蜜蜂と遠雷』
だ。クラシック・ピアノのコンクールをめぐる複数男女
の群像劇ゆえに、目線が局面局面で入れ替わり、まった
く飽きさせない。才能があっても幼少期にもて囃された
がために一度引退を決意した少女と、幼なじみの少年と
が時を経て邂逅し本選を競い合う場面が筋書きとしては
山場だろう。しかしむしろ主題は音楽という抽象画の捉
え方だ。例えば破綻なくまとまった端正な演奏が必ずし
も人々の心を打つとは限らないとか、技巧の習得に懸命
だった若い時よりも今は素直に音楽に向き合えるとか、
誰もが感じることを主人公たちに「語らせて」いる。と
りわけ今は他の職業を持つ中年ピアノマンが奮闘する姿
は、多くのアマチュア音楽家を励ますことだろう。

またピアニストの主人公たちだけでなく、審査員や調律
師といった脇役の人生にさり気なく目を向けたり、音楽
業界の魑魅魍魎に鋭く切り込んだりと、複数の丹念な取
材なしには書けなかった記述が多くあるのも特徴だ。そ
もそも英才教育が必要とされ、膨大な金銭と人脈が投資
されるクラシック音楽が、どれだけ市井の人たちに届く
のか?という矛盾も暗喩に込められた。それでも音楽の
彼方からは今日も蜜蜂が飛び交い、遠くの空では遠雷が
鳴っている。


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by obinborn | 2017-05-29 08:27 | Comments(0)  

架空連載小説『レコ屋太郎の物語』その4(最終回)


おはようございます。今朝も10時に出勤し店内の掃除をし、
昨日終わらなかった値付け作業を粛々と始めるぼく(太郎)
です。するとオビ店長が入っていました。「おはよう太郎。
昨日は16時戻りと言いながら結局帰れなく悪かった」「い
えいえオビさん、たぶんお忙しかったんでしょう」「ああ、
まあな。そのコレクターさんが全処分されるというのでな、
これはとても一日では終わらない作業だと判断し、その方
と飲み屋に行きいろいろ相談してな〜」「そうだったんで
すか〜。ところでその方のコレクションはどうでした?」
「おお太郎、よく訊いてくれたな。この一件で当分ウチの
商いはまかなえるぜ!」

するとオビ店長は一気に語り始めました。そのコレクター
さんが現在82歳の高齢であること。奥様に先立たれて以来
塞ぎ気味なこと。もう収集への意欲を失ってしまったこと。
そして膨大なレコードの数々...。何しろ所有枚数は25,000
前後であり『江古田レコード』の倉庫一つでは扱えないこと
が解ったのでした。「オビさん、どうしましょうか?」「
うむ、とりあえず彼の自宅に通わせて頂ける了解は得た。
ウチのバンで順次運び続けるしかないだろうな。何しろス
トーンズの英米日盤だけで相当あるで!ユニオンさんに持っ
ていかれない案件で心底ほっとしとるわ」

「ところで太郎、昨日変わったことはなかったか?」そう
訊かれたぼくは内心ドキドキしました。清美さんのことを
言うか言うまいか判断が付かなかったのです。でも別に隠
すことでもないと思ったので告白したのです。「おお清美
ちゃんか。元気でやっとるかいなあ〜。たぶん太郎と歳も
違わんと思うよ。オイラは業界が長いから彼女のことは良
く知っとる。最近の若い連中のなかでは群を抜いて研究熱
心なコでな。ちょっと耳に挟んだハナシやが、ビートルズ
しか集めないカレ氏にもういい加減愛想が尽き、先日別れ
たばかりみたいだよ〜」

「よし、これなら勝てる!」そう心に誓ったぼくは嬉しさ
のあまり、通常清掃に加えワックス掛けまでしたのでした。
午前11時『江古田レコード』開店の時間です。いらっしゃ
いませ!(了)


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by obinborn | 2017-05-28 05:44 | Comments(0)  

架空連載小説『レコ屋太郎の物語』その3


(これまでのあらすじ:28歳の独身太郎は『江古田レコード』
で働く日々であった。そんなある日、イカした女性が店に入っ
てきたのだった…)

「あのう、私ブリンズリー・シュウォーツ『銀の拳銃』のLP
盤を探しに来た清美と申します。太郎さん、どうかよろしく
ね!」瞬時にぼくの心臓は激しく鳴り出しました。こんな綺
麗なお嬢さんが来てくれるなんて。『ブリンズリーズですか!
お客さんもいい趣味されてますねえ〜。少々お待ちください。
ただいま弊社のパブロック・コーナーを探してきますね!」
極めて平静にそう答えたぼくですが、内心はもうドキドキで
した。というわけでコーナーを漁ってきたのですが...。「キ、
キヨミさん、いや失礼お客様、あいにく現在『銀の拳銃』の
在庫は切らしておりまして...」

「あら残念ね!オビさんの伝を頼ってせっかく隣町から来た
のに」「ほんますんません。英エドセルの再発盤をつい先日
まで800円で売っていたんですが…あの、もしよろしかった
ら明日ぼくの手持ち盤を店に持ってきます。一緒に聞きませ
んか?」「う〜ん、わからない。私明日はカルチャー教室に
行く予定ですし」「それは残念です。あ、あのお客さん、メ
アド教えて頂けますか?うちの店の新入荷情報をすぐお届け
出来ますし、ポイントカードも満額貯まればレコ半額でご奉
仕しているんです」

「えっ本当!じゃあ明日また来ようかしら!」ぼくはもう夢
心地でした。明日も清美さんに会えると思うと、倉庫からの
重い搬出作業にもワンパターンの値付け業務にもオビ店長の
罵詈雑言にも不思議と耐えられるような気がしてきました。
「清美さん、明日また!」そう心のなかで呟いたぼくは、再
び『江古田レコード』の作業に没頭していきました。いつの
間にか陽が落ち、東の空には月がうっすらと立ち昇ってきま
した(続く)


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by obinborn | 2017-05-27 18:35 | one day i walk | Comments(0)  

架空小説『レコ屋太郎の物語』その2

午前中の仕事はほぼ順調に終了しました。プライスカード
に店頭価格のスタンプを押しまくる流れ作業です。これで
まず150枚の値付けが出来ました!それらを新たに店頭出し
していくのがぼく(レコ太郎)の役割です。でも、その間
に来店されたお客さんはたった三人。近所のよく来てくれ
るおじさん、勘違いして入ってきたヒップホップ風ジャー
ジー姿の若者、そして東京ガスのメーター検針のおばさん
が「ねえ?聖子ちゃんの『風立ちぬ』ある〜?」と尋ねて
きたくらいです。ぼくの趣味とは違うけど、地元の商店街
とうまくやるのが本物のプロでっせ!というのがオビ店長
の持論なので、ちゃんと接客致しました。最初に来たおじ
さんはネッド・ドヒニーの名盤『ハード・キャンディ』を
嬉しそうに買っていかれました。ぼくもいつかあんな温厚
なおじさんになれたらなあ〜。

中古レコ店に昼休みなんかありません。たまに近所のラー
メン屋さんに出前を頼んだり、給料日には贅沢してピザの
大皿をオビさんと一緒に食べることもありますが、今日は
業務をしながらコンビニ弁当を胃に流し込んだだけ。ぼく
もいつかお金持ちのように低カロリーの健康食を食べてみ
たいなあ。とりあえず一服です。近くにあるスタバの従業
員に一番安いコーヒーのデリバリーを頼み、彼が配達をし
てくれたのです。そのコーヒーを飲みつつも、午後に向か
って値付けの作業は続きます。昨日オビ店長が買い取って
きたジョージ・ハリソン『ALL THINGS MUST PASS』の
オーストラリア盤を査定したかったのですが、オビさんに
「けっ!太郎には10年早いわ!」と一蹴されてしまいまし
た。

そんな午後がちょっと過ぎた頃、思いがけないお客さんが
『江古田レコード』の扉を開けて入ってきました。黒のノ
ースリーブに褐色の肌。その鮮やかなコントラストが衝撃
でした。結わいた髪にも思わずゾクゾクしてしまいました。
彼女は開口一番ぼくにこう語りかけたのです。「こんにち
は。太郎さんのことはオビ店長から伺い、隣町の東長崎か
ら来ました。ところで私はブリンズリー・シュウォーツ『
銀の拳銃』のLP盤を探しているんだけど...」その一言をぼ
くはもう無我夢中で伺っていました(続く)


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by obinborn | 2017-05-27 14:22 | one day i walk | Comments(2)  

◎架空小説『レコ屋太郎の物語』いよいよ連載開始です!


ぼくの名前はレコ屋太郎、現在28歳の独身です。そろそろ
結婚したいんだけど、彼女もいない毎日を過ごしています。
現在近所の『江古田レコード』に週6日勤務のバイトに明
け暮れています。仕事はやっと2ヶ月経って少しずつ中古
レコの世界に馴れてきたかな?でも店長のオビさんにはい
つも怒られっぱなしです。「おお太郎、おはよう!ちゃん
と朝の店内清掃は済ませたか?」「へい、店長!」「へい
じゃないだろ、馬鹿者!ちゃんとはいと返事しろ!」「す
みまへん!」ざっとこんな感じです。

店は午前11時開店ですが、10時に出勤してまず店とトイレ
を清掃することから一日が始まります。それが終わると、
昨日店長が出張買取してきたLP/CDの値付けです。といっ
てもぼくはただオビ店長の指示に従うだけです。「こっち
の段ボールが200円買取の100枚、あっちが300円の箱。そ
れに400円500円と順に書いたからな、くれぐれも間違えて
値付けするなよ!」「へい!解りました」「だからへいじゃ
ないだろアホ!そんなことだから彼女も出来ないんじゃ!
もう一度値付けのおさらいをしとかんとな。おい太郎、200
円買取の店頭出しはいくらや?」「はい、600円です」「そ
うそう、ごく単純な作業じゃ、頼むぜ!オイラは今日は引退
したコレクターさんの家に行ってまた買取じゃ。たぶん16時
ごろには戻るからな」「あの店長!宇宙戦艦ヤマトのLPと
榊原郁恵のシングルが未指定なんですが...」「じゃかしい!
そんなもんは100円コーナーにくれておけ!」

最初ぼくはレコ屋の仕事を舐めていたのかもしれません。何
か一日じゅう店番しながら好きな音楽聞いていられるのかな
〜なんてね。でも実際は大変です。カウンターに座りつつも
こうした値付け作業をはじめ、底割れを防ぐためにLPの下部
に厚紙を差し込んだり、お客さんが飽きないように店内在庫
と倉庫に眠っていたアイテムとを入れ替えたり...オビさんには
内緒だけど昨日は単純ミスをして、お客さんにお釣りを余計に
渡してしまいました。ああ、でも今日は土曜日、話しの合うお
客さんが来ないかな〜(続く)


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by obinborn | 2017-05-27 12:36 | Comments(0)  

中村とうよう氏の思い出

中村とうようさんとは神保町のカレー屋さんでばったり
遭遇したことがあります。むろんこっちは30歳の若造で
一方的にとうようさんを慕っていただけの関係でしたが、
原稿用紙の入った封筒を取り出す姿は、物書きを志して
いた私にとって「ああ、とうようさんがいる!」という
感激で一杯でした。また「とうようズトーク」では飲食
店で客が店にごちそうさまと言うのは良くないなんて書
いていたのに、その店では帰り際店員にしっかり挨拶さ
れていて、とうようさんも人の子だったと感慨を新たに
しました。ちょうど1990年前後だったと記憶します。ま
だワープロも浸透していなく、原稿用紙に手書きするの
がごく一般的な時代でした。

とうようさんから一番大きく影響されたのは、やはりリ
ズムの悦楽・豊かさのことだったと思います。ロックに
入る以前にジャズやラテンに精通されていた彼にとって、
ロックはあくまで客観的な素材のひとつだったのかもし
れません。そんな部分にまだ若かった私は反発した時期
もありました。きっとそこら辺は世代的に埋められない
溝なのかもしれませんね。それでもとうようさんのお陰
でライ・クーダーとタージ・マハールを俯瞰することが
出来たのは私にとって最大の収穫でした。またブラジル、
カリブ、アフリカ、アラブ、東欧州など、世界各地の音
楽を貪欲なまでに吸収していく姿勢にも学ぶものは少な
くありませんでした。

一番印象に残っているのはジャズの新伝承派をめぐって
とうようさんが『スウィング・ジャーナル』と激しく論
争した80年代後半の時期です。かつて隆盛を極めたハー
ドバップの時代をいたずらに懐古し、バップ・ジャズの
形だけを真似たブラフォード・マルサリスらの動きは氏
の感性に合わなかったようで「内実を伴わない上辺だけ
の音楽」「肉体というスポンティニアスな衝動に欠く」
「単に小器用なだけ。マルサリスには汗の匂いがしない」
などなど、もうボロクソに叩いていました。その一方で
あるべきジャズの未来としてジェイムズ・ブラッド・ウ
ルマーを早い時期から高く評価していたのも、またとう
ようさんその人でした。ここら辺はしっかり筋が通って
いました。

今は何でも”当たり障りなく”やり過ごすのが賢明な時代
です。そんな傷付けず傷付けられずの風潮が批評という
分野をも浸食しているとしたら深刻だと思います。遂に
最後までとうようさんとお話する機会は叶いませんでし
たが、彼の批評精神は事なかれ主義、政治への無関心、
都会的流行の上辺などが跋扈する現在こそ、必要とされ
るものではないかなと感じます。最後にとうようさんの
至言をご紹介しておきましょう。正確な引用ではありま
せんが、およそ次のような内容でした。「昔の人だって
現代人のようにテレビを観ながら衣を縫うことは出来た
だろう。でも昔の人がそれをしなかったのは、何の有益
にもならない二股作業は無駄だと熟知していたからだ」


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by obinborn | 2017-05-26 14:48 | one day i walk | Comments(0)  

音楽にとって幸せな文章って何だろう?

マディ・ウォーターズの11枚組LP『THE CHESS BOX』が
発売されたのは1985年のことだった。日ヴィクター社以来
久し振りにチェス・レーベルと契約したPヴァインは、当時
毎月チェスの作品を飛ぶ鳥を落とすかの如くリリースしまく
っていた。それは弱小インディ会社として75年に始まったP
社がちょうど10年後に成し得た快挙だった。個人的には学生
時代を終え社会人になった時期と重なったので、サラリーを
貰えることが嬉しく、給料日には最低でも5枚くらいは購入
していたっけ。それらの日々は今なお私の財産だ。

こうして久し振りにマディのボックスを聞いていると、様々
なことを思い起こす。音源もさることながら、添えられたブ
ックレットがものすごく丁寧だった。日暮泰文氏によるイマ
ジネィティブなマディ論に始まり、鈴木啓志氏の「ミシシッ
ピ・デルタの泥水がシカゴへ流れ込んだ」がそれに続いた。
さらにマディを巡るイラストも楽しい人脈図があり、吾妻光
良氏が愛情を込めた「あの大きな笑顔を忘れない」のエッセ
イが控えていた。それらの頁をめくっていくのが大好きだっ
た。

「音楽を聴くことと同じように、ぼくは音楽について書かれ
た文章を読むのが好きです」私が尊敬する同業の先輩は簡潔

にそう言い含める。そう、私たちは音楽それ自体を愛するの

と同じように、書かれた文章を読むのが大好きだった。


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by obinborn | 2017-05-24 17:24 | blues with me | Comments(0)  

Pヴァインのコンビニ出店に思ったこと

老舗インディ・レーベルのPヴァインが下北沢にコンビニを
出店したらしい。自社説明ではもっともなことを言っている
けど、要は音楽だけじゃ喰えなくなったってことだろう。時
の流れとはいえ、こういう本末転倒は悲しい。仮にリテイル
(小売り部門)を強化するなら、本来持っているノウハウを
生かしてレコード/CDのセレクトショップを展開することも
可能だったと思う。そのほうが新しい世代によるレコ・ブー
ムに応える意味でも歓迎されたろう。それに俺はPヴァイン
にコンビニ出店して欲しくてレコ買ってきたわけじゃないし
な。ここら辺はディスクユニオンがアーティスト・グッズの
売り場面積を増やす展開にも似て、ちょっと寂しくなった。



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by obinborn | 2017-05-24 13:51 | one day i walk | Comments(0)  

ローリング・ストーンズの75年作『ブラック&ブルー』に寄せて

オイラが『ブラック&ブルー』(76年)を最初に買ったのは
77年の3月。自分が地元の県立高校を卒業する間際のことだっ
た。何でそんなに正確に覚えているかと言えば、絶対合格す
ると確信していた明治学院大学の英文学科に落ちてしまった
ことを掲示板で知り、その帰り道に池袋の西武百貨店系列の
ディスクポート(WAVEの前身)で購入したからだ。そのワ
ーナー盤は無著名の短い、明らかに手抜きと解るライナーが
添えられており、音楽内容の素晴しさとは反比例して落胆さ
せられた。オイラは当時から音楽について書かれる文章を読
むのが大好きだったから余計にそれを感じたのかもしれない。

今から振り返ると過渡期のストーンズを象徴するアルバムだ
ったと思う。ブロンズ髪と長身の若きギタリストは「もうツ
アーは沢山だ。ぼくはやはりブルーズを追求したい」と言い
残してバンドを脱退。その代りの"ギタリスト探し"をしなが
ら西ドイツはミュンヘンにあるロッカダム・スタジオを拠点
としながらレコーディングは進められた。本作には重量級の
ファンクHOT STUFFとHEY NEGURITTAがそれぞれAB面の
冒頭曲となり、ニューソウルの時代に対応した。何でも当時
の彼らはニューオーリンズ公演時、オープニング・アクトに
ミーターズを起用するほど、ブラック・ミュージックの新し
い動きに極めて敏感だった。エリック・ドナルドソンのレゲ
エ曲CHERRY ON BABYをいち早くカバーしたのもその現れ
だろう。そしてストーンズならではの”横揺れ”ロックンロー
ルの醍醐味はHAND OF FATEとCRAZY MAMAでたっぷり味
わうことが出来る。

でもそれ以上にオイラの心を揺さぶったのはMEMORY MOT
ELにFOOL TO CRYという二つのバラードだった。前者は伝
説のグルーピー、ハンナ・ハニーの回想録だった。もうひと
つは妻子ある男が不倫に陥り、それを察した娘に「パパはお
馬鹿さんね、でももう泣かないで」と諭される物語歌だった。
不思議なことだが、オイラが自分なりの人生経験を増すたび
にこれらの曲が、より深い部分で突き刺さってくるのだった。

思えば75年当時のミックやキースはちょうど30歳を少し超え
たばかりだった。好きなだけ女たちと寝た。シャンペンに塗
れた風呂にも浸かった。俺たちを知らない者はいない。そん
な彼らではあったけれども、MEMORY MOTELとFOOL TO
CRYでの二人は、青年期を終えようとする自画像を正直に告
白する。その痛みはどれほどのものだったろう。『ブラック
&ブルー』がストーンズの最高傑作であるかどうかの論議は
ともかくとして、このアルバムは今もオイラの心を捉え、ま
るで静かな波が岸辺に押し寄せるように、自分を揺さぶり続
けている。


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by obinborn | 2017-05-22 19:08 | rock'n roll | Comments(0)