ローリング・ストーンズの75年作『ブラック&ブルー』に寄せて

オイラが『ブラック&ブルー』(76年)を最初に買ったのは
77年の3月。自分が地元の県立高校を卒業する間際のことだっ
た。何でそんなに正確に覚えているかと言えば、絶対合格す
ると確信していた明治学院大学の英文学科に落ちてしまった
ことを掲示板で知り、その帰り道に池袋の西武百貨店系列の
ディスクポート(WAVEの前身)で購入したからだ。そのワ
ーナー盤は無著名の短い、明らかに手抜きと解るライナーが
添えられており、音楽内容の素晴しさとは反比例して落胆さ
せられた。オイラは当時から音楽について書かれる文章を読
むのが大好きだったから余計にそれを感じたのかもしれない。

今から振り返ると過渡期のストーンズを象徴するアルバムだ
ったと思う。ブロンズ髪と長身の若きギタリストは「もうツ
アーは沢山だ。ぼくはやはりブルーズを追求したい」と言い
残してバンドを脱退。その代りの"ギタリスト探し"をしなが
ら西ドイツはミュンヘンにあるロッカダム・スタジオを拠点
としながらレコーディングは進められた。本作には重量級の
ファンクHOT STUFFとHEY NEGURITTAがそれぞれAB面の
冒頭曲となり、ニューソウルの時代に対応した。何でも当時
の彼らはニューオーリンズ公演時、オープニング・アクトに
ミーターズを起用するほど、ブラック・ミュージックの新し
い動きに極めて敏感だった。エリック・ドナルドソンのレゲ
エ曲CHERRY ON BABYをいち早くカバーしたのもその現れ
だろう。そしてストーンズならではの”横揺れ”ロックンロー
ルの醍醐味はHAND OF FATEとCRAZY MAMAでたっぷり味
わうことが出来る。

でもそれ以上にオイラの心を揺さぶったのはMEMORY MOT
ELにFOOL TO CRYという二つのバラードだった。前者は伝
説のグルーピー、ハンナ・ハニーの回想録だった。もうひと
つは妻子ある男が不倫に陥り、それを察した娘に「パパはお
馬鹿さんね、でももう泣かないで」と諭される物語歌だった。
不思議なことだが、オイラが自分なりの人生経験を増すたび
にこれらの曲が、より深い部分で突き刺さってくるのだった。

思えば75年当時のミックやキースはちょうど30歳を少し超え
たばかりだった。好きなだけ女たちと寝た。シャンペンに塗
れた風呂にも浸かった。俺たちを知らない者はいない。そん
な彼らではあったけれども、MEMORY MOTELとFOOL TO
CRYでの二人は、青年期を終えようとする自画像を正直に告
白する。その痛みはどれほどのものだったろう。『ブラック
&ブルー』がストーンズの最高傑作であるかどうかの論議は
ともかくとして、このアルバムは今もオイラの心を捉え、ま
るで静かな波が岸辺に押し寄せるように、自分を揺さぶり続
けている。


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# by obinborn | 2017-05-22 19:08 | rock'n roll | Comments(0)  

シーナ&コス唯一のアルバムのこと。渋谷ブラックホークについて

シーナ&コスはもともとデトロイトのロック・バンド、サヴェ
イジ・グレイスに在籍していたジョン・シーナーとロン・コス
が意気投合し再出発したデュオだ。二人はリプリーズ・レーベ
ルと契約し、唯一のアルバム『SEANOR &KOSS』を72年にリ
リースした。何と言っても話題になったのはジョン・セバスチ
ャン(exラヴィン・スプーンフル)がハーモニカで、ケニー・
アルトマン(exフィフス・アヴェニュー・バンド)がベースで
客演したことだろう。サヴェイジ・グレイス時代のハード・ロ
ックからは一転、アーシーなフォーク・ロック風味に様変わり
した点は当時どう受け止められたのだろうか。プロデュースが
キンクスやザ・フーを手掛けてきたシェル・タルミーであるこ
とも、そこら辺の混乱を映し出しているようだ。

それでもこの作品が密かに日本で愛されたのは、ひとえに渋谷
のロック喫茶ブラックホークが発行していたミニコミ誌『スモ
ール・タウン・トーク』が選ぶ99枚に登場した故だろう。つま
り、サヴェイジ・グレイスのガレージ・ロック信望者というよ
りは、むしろ南部指向のスワンプ・ファンに愛好されたのだっ
た。他ならぬ私自身が後者に属していたリスナーの一人であり、
ブラックホークからの坂道を、シーナ&コスのONE DAY LON
GERを反芻しながら駅へと向かったものだった。楽曲としては
そのONE DAY LONGERとMISTERY TRAIN(ジュニア・パーカ
ーのメンフィス・ブルースとは同名異曲)がとにかく傑出した
出来映えだった。それぞれがB面最後とAサイドの冒頭にうまく
配置されていた。シングル・カットはされたのだろうか?もし
私が制作A&Rだったとしたら、間違いなくこの二曲を候補にし
ただろう。それほど聴く者の心を捉え、さらに楔を打ち込むよ
うな音楽だった。

「俺はデトロイトの町に生まれた/何年も何年もその工場地帯
でくすぶっていた/この町を出ていく夢を見たよ/出て行ったら
最後/二度と戻ることはない/ミステリー・トレインよ/お前は
どこに行くのかい?/この俺も同じようなものさ」(MISTERY
TRAINより)ジョン・セバスチャンのハーモニカがまたいい。
それが汽笛の音となって、果てしない迷宮、終着駅が見えない旅、        朝靄の退屈、くたびれたベンチ、無法者の凱旋、気まぐれな態度         etc...を束ねていく。


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# by obinborn | 2017-05-21 17:41 | one day i walk | Comments(0)  

ポール・スタンレーと私

就職活動のためオイラが動き出したのは22歳の時だった。
不真面目な学生だったのでかなり苦労したと記憶する。
ある日オイラはそんな日々に疲れ、何故か上野動物園で
孔雀を観ていた。その時に流れ出したポール・スタンリ
ーのこの歌が忘れられない。「気にしないで。抱きしめ
て。きっとすべてがうまくいくから」

それから歳月が経ち、私はスタンリーがユダヤ人の末裔
としてニューヨークへと渡った家系だと知った。このあ
りふれた恋愛歌がもっと深い部分で聴こえてきた。


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# by obinborn | 2017-05-19 18:24 | one day i walk | Comments(0)  

ランディ・ニューマンのこと、羽田野さんのこと。

昨夜はみんなと中華料理を囲む手があったか!くっそ〜(笑)
でも渋谷の隠れ家「国境の南」で一人しっぽり飲むのが私ら
らしいといえば私らしかったね。店主の羽田野さんは私がリ
スペクトする大先輩で、ちょっとした雑文のなかにこっちが
ハッとするような鋭い記述がある。例えばランディ・ニュー
マンのようなソングライターに関して「どれだけ多くを語る
か」よりも「どれだけ聞き手に多くを想像させるか」なんて
さらっと書かれている。文体が必ずしも整然とされているわ
けではないし、すっきりリズムに乗っているわけでもないの
だが、その朴訥とした文章のなかに羽田野さんの人となりが
見える。私如きが真似したくともけっして真似出来ない世界
だ。

20才の時、私はランディ・ニューマンの『GOOD OLD BOY
S』を中古盤で買った。NHKーFMの『サウンド・ストリート』
で佐野元春さんがニューマンの「マリー」を掛けその歌詞を
紹介されたのが直接のきっかけだったと記憶する。くたびれ
た中年のカップルが場末の劇場で肩を抱き合って微笑み合っ
ている。男はこう囁く「マリー、最初にきみと会った時のよ
うに今も愛しているよ」と。語られる言葉そのものはニュー
マンの武骨な声と相俟って平坦かもしれない。でもその背中
の彼方に主人公が重ねてきた時間の流れがある。煩悶の日々
が見える。羽田野さんにとって、あるいは私にとって、歌と
はそういうものなのかもしれない。


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# by obinborn | 2017-05-19 17:38 | one day i walk | Comments(0)  

昨夜のヒダルゴ=リボウを反芻しつつ、ロス・ロボスを聴く

いやあ〜、ヒダルゴ&リボウは本当に素晴しかったなあ!
こりゃ今日は原稿仕事出来んわい(笑)というわけで早朝
バイトを終えたオイラは昨夜を反芻すべくロス・ロボスの
『THE NEIGHBORFOOD』(90年 Slash)を!昨日ヒダル
ゴがこのアルバムからジミー・マクラクリンのGEORGIA
SLOPを取り上げたのは嬉しい驚きだった。今現在の耳で
この『ネイヴァーフッド』を振り返るなら、初期の陽気な
テックス・メックスから脱して、より包括的にアメリカ(
とその周辺)の音楽に向かっていったロボスの分岐点とい
ったところだろうか。制作陣はラリー・ハーシュにミシェ
ル・フルームという気鋭たち。彼らはやがてチャド・ブレ
イクを加え、96年の傑作『コロサル・ヘッド』を生み出し
ていくのだった。

ヒダルゴとルイ・ペレスが主導するスルメ味のロックとR&
B、あるいは哀愁のケイジャン・チューンと重厚極まりない
ブルーズ・ロック。これらが混然一体となって壮大なサウン
ドスケープを描き出していく様は、ザ・バンドのそれを思い
起こさせる。あるいはフェアポート・コンベンションの勇気
ある越境とか、長く続かなかったブラスターズの頓挫を含め
て。そういえばブラスターズ出身のスティーヴ・バリン(sax、
kbd)が活躍し始めるのは本作の前後だった。ゲストとして
本作に参加したジョン・ハイアットとリヴォン・ヘルムも、
広範な”アメリカーナ”に貢献した。とくに読み書きが出来な
い少年たちに捧げられたヒダルゴ=ペレス作のLITTLE JOHN
OF GODは胸を打つ。ヒダルゴの歌を受けた後のワン・ヴァ
ースをリヴォン・ヘルムが引き継ぐ。その光景に筆者は最も
美しいアメリカン・ロックの姿を思わずにいられない。

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# by obinborn | 2017-05-19 12:30 | one day i walk | Comments(0)  

5月18日のデヴィッド・ヒダルゴとマイク・リボウ

18日は渋谷のクラブ・クアトロにてデヴィッド・ヒダルゴ
とマーク・リボウのライブを。ぴったり息の合った二人の
歌とギター、互いが繰り出すスリリングなソロ・パート、
もしくはルーツ音楽への敬愛。それらが何ひとつ気負いなく
滲み出すような一夜だった。ことリボウに関してはかつてラ
ウンジリザーズを牽引していた頃のフェイク・ジャズのイメ
ージは皆無であり、ヒダルゴの歌へと寄り添う姿が感動を呼
び起こしていく。演目に関してもマール・ハガードのベイカ
ーズフィールド・カントリーからジミー・マクラクリンの西
海岸ブルーズGEORGIA SLOP、メキシコのソン・ハローチョ
まで、ごく自然にジャンルを越境していく様が素晴しい。

だからと言って単に和気あいあいとしたコラボレイトという
わけではない。ステージが後半に進むにつれてヒダルゴとリ
ボウそれぞれのフレーズがどんどん鋭角的になり熱を帯びて
いく様は、かつて熱血的なギター少年だった二人を彷彿させ
る。恐らく互いの共通分母であるR&Bとロックンロールへの
想いがあり、それらはグレイトフル・デッドのBERTHA、マ
ーヴィン・ゲイのWHAT'S GOING ON、そしてトミー・ジェ
イムズ&ザ・シャンドルズのあの無邪気なトップ40曲Hanky
Pankyが立て続けに演奏された終盤で実証された。二度のア
ンコールに応えた最後の曲がウィルソン・ピケットの麗しき
メンフィス・ソウルIN THE MIDNIGHT HOURだったことに
は、とかく”新しさ”ばかりを求めがちな音楽ジャーナリズム
への警告が込められていたようにも思える。

どちらかと言えば筆者はロス・ロボスのデヴィッド・ヒダル
ゴを追いかけてきた聞き手だが、リボウを相方にしたヒダル
ゴの姿はとても詩的であり、ものすごく音楽的だった。それ
らのひとコマひとコマをずっと覚えていられたら、どんなに
素敵なことだろう!電車は終電近く。季節には仄かに夏の匂
いがした。

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# by obinborn | 2017-05-19 01:09 | Comments(0)  

5月18日のデヴィッド・ヒダルゴとマイク・リボウ

18日は渋谷のクラブ・クアトロにてデヴィッド・ヒダルゴ
とマーク・リボウのライブを。ぴったり息の合った二人の
歌とギター、互いがスリリングに繰り出すソロ・パート、
もしくはルーツ音楽への敬愛。それらが何ひとつ気負いなく
滲み出すような一夜だった。ことリボウに関してはかつてラ
ウンジリザーズを牽引していた頃のフェイク・ジャズのイメ
ージは皆無であり、ヒダルゴの歌へと寄り添う姿が感動を呼
び起こしていく。演目に関してもマール・ハガードのベイカ
ーズフィールド・カントリーからジミー・マクラクリンの西
海岸ブルーズGEORGIA SLOP、メキシコのソン・ハローチョ
まで、ごく自然にジャンルを越境していく様を素晴しいと思
った。

だからと言って単に和気あいあいとしたコラボレイトという
わけではない。ステージが後半に進むにつれてヒダルゴとリ
ボウそれぞれのフレーズがどんどん鋭角的になり熱を帯びて
いく様は、かつて熱血的なギター少年だった二人を彷彿させ
る。恐らく互いの共通分母であるR&Bとロックンロールへの
想いがあり、それらはグレイトフル・デッドのBERTHA、マ
ーヴィン・ゲイのWHAT'S GOING ON、そしてトミー・ジェ
イムズ&ザ・シャンドルズのあの無邪気なトップ40曲Hanky
Pankyが立て続けに演奏された終盤で実証された。二度のア
ンコールに応えた最後の曲がウィルソン・ピケットの麗しき
メンフィス・ソウル曲IN THE MIDNIGHT HOURだったこと
には、”新しさ”ばかりを求めがちな音楽ジャーナリズムへの
警告的な態度が込められていた。

どちらかと言えば筆者はロス・ロボスのデヴィッド・ヒダル
ゴを追いかけてきた聞き手だが、リボウを相方にしたヒダル
ゴの姿はとても詩的であり、ものすごく音楽的だった。それ
らのひとコマひとコマをずっと覚えていられたら、どんなに
素敵なことだろう!電車は終電近く。季節には仄かに夏の匂
いが漂っていた。

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# by obinborn | 2017-05-19 01:09 | Comments(0)  

東京砂漠〜ある家族の肖像

近所に金持ちの三世帯家族がいた。大きな邸宅に住み優雅な
暮らしぶりが伺えたのだが、先月のある日突如空き家になり、
今もまだ買い手が付いていない。会社が破綻して抵当に入れ
られたとか浪費が祟ったとか、周囲では様々な噂が流れたが、
本当のところはどうだったのだろう。企業と言えば以前私が
勤めていた会社も今年2月自己破産を東京地裁に申し立てて
おり、人生の明暗を考えされられた。90年代にインターネッ
トが普及してからはや30年近く。この間にいわゆる企業のビ
ジネス・モデルはすっかり様変わりした。老舗の商いが立ち
往かなくなり、IT産業が台頭し、町の商店街はすっかり朽ち
果てた。私の地元である江古田の町にもかつての面影はない。

しかし私のことを「辞めたら今の生活レベルは維持出来んぞ」
と、ちょうど10年まえに脅した人事担当者が恐らく現在右往
左往している様を想像するのはシュールだな。つい皮肉を言
ってみたくもなる。結局自分の人生をトータルに見渡すのは
大変だね、ということなのだろう。そういう意味では毎日毎
日が選択の連続だと思う。この道を左に曲がるか右に曲がる
かといった判断の難しさ。それは多くの経営者が日々抱える
悩みでもあろう。訓話もなければ教訓もない。未だに癒えな
い古傷だけが生々しく残った。


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# by obinborn | 2017-05-18 10:36 | one day i walk | Comments(0)  

池袋は日本のニュージャージーだった?

学生時代は所沢、社会人になってからはずっと江古田に住んで
いるので西武池袋線とはもう長い付き合いだ。人身事故以外は
開線以来一度も大きなトラブル(転落や衝突)を起こしていな
いのも強みだろう。そんな環境に育った私にとってはまず池袋
に出ることが都会への第一歩だった。ここら辺の感覚はたぶん
最初に出る山の手線圏内が渋谷や目黒や五反田である人たちと
は違うと思う。それはニューヨークに対するニュージャージー
位の違いであり、私はずっとコンプレックスを抱えてきたので
ある。なにせ池袋ですぜ。こう言ってはナンだがとても垢抜け
た都会とは言えまい。それでも腐れ縁とはよく言ったもので、
横浜や中央林間へと遠出した帰りに、池袋へ降り立つ時の安堵
する気持は、似た環境の方なら解って頂けるだろう。またかつ
て「渋谷系」ともて囃されたジャンルもお洒落なイメージ作り
のためのマーケッティングに過ぎなく、そう括られた音楽家の
本人達が一番迷惑していたという話はよく聞かされた。やはり
自分が暮らす町が一番なのであ〜る。というわけで無性にサウ
スサイド・ジョニーのローカルなR&Bが聞きたくなってきた。

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# by obinborn | 2017-05-18 07:14 | rock'n roll | Comments(2)  

激しい憎悪、友情の喪失、裏切りと変容〜今後4年の日本を憂う

ぼくが新宿フォーク・ゲリラのような集団活動に馴染めなか
ったのは、みんなでシング・アロングしながら絆を深めよう
というあり方に偽善を感じたからだった。いくら為政者に異
を唱えるという共通分母があったとしても、実際には各自そ
れぞれ考え方の違いや煩悶があったはずだ。そんな疑問を感
じ始めた頃、これまでプロテストソングの旗手として持て囃
されていたボブ・ディランは転向し、個人的な愛や悩みを歌
う先駆となった。こうした方向性は以降シンガー・ソングラ
イターと呼ばれ、70年代前半に大きな潮流を生み出した。同
じアクースティック・ギターの弾き語りといっても、フォー
クとSSWとでは目線の宿し方が違っていて、ぼくは後者の表
現に惹かれていった。

さて時代が変わり、今同じようなフォーク運動が起きている。
ぼくがこのまえ制服向上委員会の歌に疑問を呈したのも、お
よそ以上の理由があるからだ。彼女たちは「戦争と平和」と
いう歌で反戦と反原発を一緒くたにし、他の歌では自民党や
安倍首相を批判していた。そうした反骨精神自体は歓迎すべ
きものなのかもしれないが、安っぽい言葉と貧しい音楽性は
少なくともぼくが考えるアート・フォームとはほど遠い。そ
れに若い女の子であれば、もっと個人的な歌を歌っていいと
思う人もいるのでは?

いくら集会でシング・アロングして”共感”し合ったとしても、
実際にはいろいろな考え方の人がいる。なかには会社でリス
トラを行う管理職の人もいるだろうし、リストラされたほう
の職員やアルバイトがいるかもしれない。はっきりいってイ
ヤな奴もイイ奴もいるのである。そんな現実を見ようとせず
に、いくら大勢で「アイ・シャル・ビー・リリースト」をシ
ング・ア・ロングしてもぼくには届かないのだった。少し前
に書いたけど、これからの4年は憲法を巡って今以上に国民
が分断されていくことだろう。そこに生まれる激しい憎悪、
友情の喪失、裏切りと変容を想像すると、胸が潰れそうにな
る。

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# by obinborn | 2017-05-16 07:24 | Comments(0)  

ウォーレン・ジヴォン「軒下のならず者」

今日はあににくの雨だった。雨が降るから自分の行動範囲が
狭くなるということはないけど、こんな日はずっとウォーレ
ン・ジヴォンを聞いていたい。

*      *      *

北ハリウッドにあるハワイアン式のホテルに滞在して
今ぼくは空になったコーヒーカップを眺めている
この地にまだジプシーはいるんだろうか?なんて思いながら
ああ、L.Aじゅうのマルゲリータを飲みほしてしまいたい

もしカリフォルニア州が太平洋に吞み込まれたらどうしよう?
まるで神秘が告知したように 統計表が予見したように
たとえこのホテルが海に呑み込まれた時でも
支配人は宿泊代を取るのかね?

木々よ、朝陽を怒りとともに立ち昇らないで
木々よ、欲望とともにざわめかないで
ぼくを軒下のならず者のように扱わないで
天国って奴がそこを離れる者のためにあればいいのになあ

手をもがきつつ ぼくは朝目覚めた
どこかにぼくのことを理解してくれる女の子がいたらなあ
でも所詮 きみも夢のなかでしか自由になれないんだよ
ああ太陽よ ぼくを怒りとともに目覚めさせないで

ぼくは今 ハリウッドのハワイアン式のホテルに滞在し
空調が鳴る音を聞いている

(ウォーレン・ジヴォン/軒下のならず者)


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# by obinborn | 2017-05-13 19:36 | rock'n roll | Comments(0)  

他人の人格を否定し続ける左翼


しかし以前左翼のクソババアに絡まれた時はまいったな。
リオ五輪の閉会式をめぐってオイラが「安倍ちゃんの好
き嫌いはともかく、一国の首相が自国の選手をねぎらう
のは当然のこと」と書いたら、ヒステリーを起こしたみ
たいで「こいつ安倍が好きなんだな、音楽を語る資格な
し!」と怒濤の如く返してきた。またそれにいいね!す
る連中のなかには結構有名な音楽評論家や写真家もいて、
それまではとくに何の感情も抱いていなかった彼らに負
のバイアスがかかってしまった。実際に会ったことも話
したこともない相手を実名で晒して批判しないほうがい
いですよ。万が一それを苦にオイラが自殺したら、彼や
彼女らはオイラの家族や友人にどう謝罪するんだろう?

それを思うと昔はのんびりした時代だった。遠方の相手
と会話する手段は長距離電話や手紙だった。そういう一
定の時間があるからこそ熟考する視点が生まれ、互いを
配慮する気持が育まれた。ところが今は速効性に特化し
たSNSの時代だけに、そうした慎みが失われてしまった
ように思えてならない。まあ媒体の変化はともかく、普
通に賢い人たちはどんな時代であっても礼節を知ってる
ものだけどね。というわけでまたウダウダと書いてしま
いすみませんでした。はっきり言って左翼のクソババア
を相手にするよりおねえちゃんと話をしているほうがず
っと有益で人生の糧になります。


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# by obinborn | 2017-05-12 14:27 | rock'n roll | Comments(0)  

5月6日のザディコキックス

6日は吉祥寺のバオバブにてザディコキックスのライブを。
ゆったりとしたケイジャン・ナンバーを序盤に数曲連ねな
がら少しずつ音数を増し、彼らの本懐であるザディコのダ
ンス・ナンバーへと盛り上げていく。そんな構成も見事な
2時間を堪能した。培われた演奏力、お客さんとの当意即
妙な駆け引き、時にチャンプスの「テキーラ」やサム・ク
ックの「シェイク」そしてチャック・ベリーの「プロミス
ト・ランド」まで触手を伸ばす選曲と、文句の付けようが
ない濃密さ。ゲストで登場したロス・ロイヤル・フレイム
ズのCOUNT.Dも相当ノっていたようで、超満員の会場狭し
とフロアを練り歩く様は古き佳きR&Bスタイルを彷彿させ
る。

南ルイジアナ地方に今日も息付き、ラファイエット辺りに
点在するクラブの週末を彩るクレオールのカルチャー。そ
れはアフロ=アメリカンのR&Bとフレンチ・ケイジャンの
幸せな結婚だ。彼らザディコキックスはそうした混血文化
を十分に把握しながらダンサブルなステージへと特化する。
柔らかいラインを描くエレクトリック・ベースに絶え間な
くビートを供給し続けるドラムス。そんな竹内=諸星のリ
ズム・セクションを特筆しておきたい。けっして一夜浸け
で出来る連携ではない。このリズム隊の二人に限らず、彼
ら6人全員が10年以上に亘って辛抱強くそれを実践してき
た。そのことの価値をふと帰り道に考えてみた。

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# by obinborn | 2017-05-07 01:52 | one day i walk | Comments(0)  

オイラの音楽遍歴(簡略版)

オイラの音楽遍歴をごく簡単に振り返ってみると、最初は
小学生時代の森山加代子「コーヒー・ルンバ」や、江利チ
エミ「テネシー・ワルツ」だったと記憶する。弘田三枝子
のパンチのある歌唱が好きだったから、当時から無意識な
がらも洋楽志向があったのかもね。オイラの母親は戦時下
は満州に疎開し少女時代を過ごしたので、戦後日本に帰っ
てきてからはモダンなものに対する憧憬が人一倍強かった。
そんな母からの影響がオイラの遺伝子にあるのかもしれな
い。

中学に入ってもう少し自覚的に音楽を聴くようになってか
らは、南沙織「17才」やサイモン&ガーファンクル「アメ
リカ」のシングル盤を300〜400円で買った。ただし、岡林
信康の「チューリップのアップリケ」を聞いていた時だけ、
母に怒られた。当時は理不尽なものを感じたけれど、今や
っと「みんな貧乏が悪いんや〜」と歌う岡林に反発した母
親の気持に寄り添うことが出来る。それは親元で暮らす中
坊が安易に労働歌へと感情移入することへの戒めであり、
共産主義への警戒であり、歌は人に希望を与えなきゃ!と
いう彼女のごくまっとうな願いが込められていた。

オイラの洋楽かぶれは高校時代に加速した。時代的にはレ
ッド・ツェッペリンとCSN&Yをやや後追いながらも素晴し
いなと思った。もっとも同時にカーペンターズの綺麗なメ
ロディも大好きだった。そのカーペンターズが歌うA SON
G FOR YOUのソングライターが、オクラホマの怪人レオ
ン・ラッセルだったと知ったことは収穫で、以降のオイラ
はアメリカ南部のロックに目覚め、メロディの良さだけで
はなく、リズムのヴァリエーションやコクのあるビートを
知っていく。リトル・フィートの「ディキシー・チキン」
は、そんな音楽体験の頂点だったように思えてならない。

とまあ、思いつくままに音楽遍歴を語ってみました。父は
09年に肺腫瘍で死んだ。母は何度か入退院を繰り返しなが
ら今も元気だ。妹はきっと仕事を頑張っていることだろう。
果たしてオイラはどうなんだろう?

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# by obinborn | 2017-05-05 18:37 | Comments(0)  

復古主義への懸念と政治的リアリズムの狭間で

昨日の憲法記念日は左派・リベラルにとって衝撃的な一日
となりました。そう、ご存知のように安倍首相がビデオ・
メッセージで改憲への道筋を示したからです。ぼくが懸念
するのは現内閣の日本会議に連なる復古主義的な価値観(
個人より家族、自由より責任)であり、9条の改定自体に関
しては「まあ、こんなものかな」という感想を持ちました。
何故なら三浦瑠麗さんが指摘するように、憲法と自衛隊と
の関係は、本来中学生に質問されて答えに窮するものであ
ってはならないから。日本は70年もの間政界や学会で延々
と憲法を都合よく「解釈」し続けてきました。そうした曖
昧な態度ではシビリアン・コントロールに影響し、厳しさ
を増す国際情勢に対応が出来ない、というのが三浦さんの
見解です。

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# by obinborn | 2017-05-04 06:58 | one day i walk | Comments(0)  

70年めの憲法記念日に

そもそも自衛隊という軍備があるのに憲法9条との整合性
を未だ議論している日本って、諸外国からはかなり奇異に
映ると思います。最南端の与那国島の漁民は「普通の国は
軍隊が国境を守ってくれるじゃないですか。日本にはそれ
がない」と告白しています。その現実をもう少し考えてみ
ましょう、というのが私の立場です。自衛隊は認めるけれ
ど交戦してはいけない。いざ有事になったらアメリカ軍が
守ってくれる。自衛隊は災害救助隊でいいといった考えは
あまりに身勝手です。また9条を置いているから日本は攻
められまいという解釈もナイーブ過ぎるのでは? 70年め
の憲法記念日に私はそんなことを思っています。

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# by obinborn | 2017-05-03 07:31 | one day i walk | Comments(0)  

エルヴィス・コステロ&ジ・アトラクションズ『ALMOST BLUE』

「このアルバムはカントリー&ウェスタン・ミュージックが
含まれています。だから心の狭い人々は過剰な拒否反応をす
るかもしれません」エルヴィス・コステロ&ジ・アトラクショ
ンズが81年に発表したLPには、そうした警告文のステッカー
が貼られている。

無理からぬことかもしれない。何しろパンク/ニューウェイブ
のムーブメントとともに登場したコステロが、カントリー音
楽の本場ナッシュヴィルに赴いて作った”もろカン”の内容に
他ならなかったから。しかもプロデューサーには現地のビリ
ー・シェリルを据えるという徹底ぶりだった。選ばれた楽曲
もジョージ・ジョーンズのBROWN TO BLUE、マール・ハガ
ードのTONIGHT THE BOTTLE LET ME DOWN、ドン・ギブ
ソンのSWEET DREAMS...といった具合にカントリー・ミュ
ージックの古典で埋め尽くされていた。

あえてR&B〜ロックンロール色を探すとしたら、ジョー・タ
ーナーがヒットさせたHONEY HUSHくらい。余談だけど、
ぼくはこの曲を最初ブギ・ロックの素敵な四人組フォガット
のヴァージョンで知った。それはともかく、ここまでカント
リーに特化したアルバムを企画するなんて、コステロもなか
なかやるじゃん!と当時まだ学生だった筆者は密かに思った
ものだ。加えてゲストに参加していたのはジョン・マクフィ
ーだった。本作は彼のギターとペダル・スティール・ギター
が大活躍したアルバムとしても、長らく記憶されるだろう。

実はこの名作『ALMOST BLUE』に惹かれたことにはぼくな
りの理由がある。それはあまたのカントリー古典に混ざって
グラム・パーソンズの曲を2つも取り上げていたからだった。
グラムがフライング・ブリトー・ブラザーズ時代に発表した
I'M YOUR TOY(HOT BURRITO#1)がそのひとつ。グラムが
ソロ・アクトに踏み出した記念碑『G.P』からのHOW MUCH
I LIEDがもうひとつ。グラム・パーソンズといえばロック世代
にカントリー音楽の素晴らしさを問いかけ、実践していった
先駆者だ。コステロがグラムに刺激されながらカントリーに
目覚めていった様子は想像に難くない。この2曲をセレクト
したことで、ぼくはコステロにより親近感を覚えたものだっ
た。そう、ちょっとだけ年上の兄貴の音楽遍歴に触れたよう
な。

”心の狭い人々”とは何も他人にばかり向けられたものではな
いだろう。ぼく自身が音楽に限らず、人生の様々な局面で陥
りがちになる視野狭窄のことかもしれない。エルヴィス・コ
ステロ&ジ・アトラクションズは問い掛ける「本当にブルー
な気持じゃんかよ」と。とくにALMOST BLUEという曲が収
録されている訳ではない。だからこそアルバム表題にコステ
ロが込めた気持を汲み取りたい。このアルバムは81年の5月
18日から29日まで、比較的短期間でレコーディングが終了し
ている。あっぱれ!それはまさにロックンローラーがカント
リーと出会った濃密な時間だった。


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# by obinborn | 2017-05-01 12:55 | rock'n roll | Comments(0)  

パブリック・イメージと闘ってきた吉田拓郎

文芸誌『すばる』2010年3月号に掲載された吉田拓郎さ
んのインタビューを興味深く読みました。聞き手は作家
の重松清さんで、彼はずっと熱心な拓郎ファンだったと
か。そんなこともあってか、拓郎は珍しく打ち解けなが
ら本音を語っているのでした。古いファンはどうしても
中津川フォーク・ジャンボリーでアンプが故障し、突如
「人間なんて」をアンプラグドで歌い始める拓郎の姿を
いつまでも追い求めてしまう。あるいは「旅の宿」や「
落陽」のイメージかもしれません。そうした肖像に関し
て、煩悶し反発してきたのが他ならぬ拓郎だったことが
この取材ではかなり正直に明かされているのでした。

もともと拓郎さんはフォークを始める前にR&Bのバンド
を組まれていた方です。それがたまたま「イメージの詩」
や「人間なんて」が全共闘世代に支持され、同期されな
がら吉田拓郎というパブリック・イメージが次第に捏造
されていったのです。70年代に於いてはよく、こっち側
あっち側という分け方でフォークと歌謡曲の線引きがさ
れていましたよね。あたかもフォークは純粋な表現であ
り、歌謡曲は旧態依然とした商業主義の産物だと言わん
ばかりに。そうした時代のど真ん中で拓郎は「結婚しよ
うよ」をヒットさせ、南沙織のために「シンシア」を書
きました。それでも彼の葛藤はなかなか理解されず、フ
ァンはいつまでも中津川での吉田拓郎のイメージを追い
求めていったのです。

彼が背負わされた時代性・政治性とはおよそそのような
ものでした。そういえば以前『報道ステーション』に招
かれた時も拓郎さんは、歌謡フィールドにいた安井かず
みさん(故人)との親交を明かし、彼女から「汚らしい
ジーンズとTシャツのままでステージに出るフォーク・
シンガー」と揶揄されたことを告白していました。実は
ぼく(小尾)が敵対するフォーク集団は未だに「拓郎は
商業主義に魂を売った。フォーク・アーティストとして
は到底認められない」などと、団塊の世代ならではの我
が儘な主張を今日も繰り返しているのでした。

「きみの部屋のカーテンやカーペットは汚れていないか
い?」(「シンシア」)と歌う拓郎さんが好きです。そ
のたった一行から、彼のナイーブ過ぎる心情が伝わって
くるからです。


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# by obinborn | 2017-04-30 09:38 | Comments(0)  

トルーマン・カポーティは語る「たとえ人々がどう言おうが、それが本当の自分でない限りどうと言うことはない」

浩子さんの個展に関しては前述したけど、閉館後四人で飲み
に行った。ぼくがよく行く吉祥寺のMANDALA2の隣にある吞
み屋さんで、アテが美味く従業員の感じがとてもいいお店だ
った。こういう時どういう会話をするのかといえば、シリア
スな話からバカっ話まで。そんな風に飛躍するのが楽しいね。
例えば近年情報通は多くなったけれど、そのぶん心を揺さぶ
るような音楽の文章は少なくなってしまったね、とか渋谷の
パルコでロン・ウッドにばったり遭遇しました!もうオーラ
出まくりでした!とか、あるいはミュージシャンの地方公演
は大都市でのそれとはまた違う熱量があるんですよ!といっ
た見解まで、それこそまさに飛びまくり(笑)

SNSをやっていると、ときにイヤな奴が現われたり、自分が
予想出来る範囲外でトラブルとか、思わぬ誤解が生じること
がある。一応告白しておくと、ぼくは一時期かなり叩かれま
くられた。たぶん同業者のねたみ・そねみの変形ヴァージョ
ンかなと思ったけど、そうした疑心暗鬼に陥っていくのは自
分でもすごくイヤ〜な気持だった。本来自由であるはずの心
の領域が侵害されていく無駄な時間に過ぎなかった。

「たとえ人々がどう言おうが、それが本当の自分でない限り
どうということはない」アメリカ戦後文学の精神的な支柱だ
ったトルーマン・カポーティの言葉だ。それは削りに削ら
れた作家の本音であり、偽らざる実感だった。ぼくはこれか
らも愛すべき人々と歩んでいくことにしよう。そこには踏み
しめる大地があり、賑やかな町並みがあり、かけがえのない
暮らしがある。そのことを忘れずに。


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# by obinborn | 2017-04-29 06:25 | Comments(0)  

クロディーヌ・ロンジェの歌のこと、影絵のこと

昨日吉祥寺に行った際ユニオンに寄ってクロディーヌ・ロン
ジェのファースト・アルバム(A&M 67年)を購入した。フ
ランスに生まれたクロディーヌは少女時代にアメリカへ渡り、
女優として歩み始める。やがてアンディ・ウィリアムズと出
会いシンガーとしての活動を行い、ニューオーリンズのクラ
ブで歌っていた彼女にハーブ・アルバートが惚れ込み、晴れ
てA&Mと契約する。その記念すべきデビュー盤が本作だ。

クロディーヌはやがてアンディと結婚。しかし幸せな日々は
続かなかった。そして71年悲劇的な事件が起きる。コロラド
州アスペンで暮らしていた彼女は、当時の恋人を撃ち殺して
しまったのだ。彼女はあくまで銃の暴発による事故だったと
法廷で主張したのだが、殺人犯の判決が覆ることはなかった。
長い禁固生活が始まり、女優・歌手としての生命は実質的に
絶たれてしまった。のちにSUGAR MEでカムバックを果たし
たものの、この事件はファンの心を曇らせてしまった。何で
もクロディーヌは無罪の側に立った弁護士と秘めやかな結婚
をし、今もそっと隠遁生活をしているとか。

彼女の名誉のためにも音楽的なことを記しておこう。クロデ
ィーヌの甘く囁くような歌い方は、激しいシャウト唱法とは
また別にソフト・ロックやAORの潮流を生み出した。70年代
に登場したリンダ・ルイスやミニー・リパートン、あるいは
80年代に現われたトレイシー・ソーンやエディ・リーダーと
いった女性シンガーのなかに、クロディーヌが蒔いた種を感
じるのは自然なことだろう。そして90年代にはいわゆる渋谷
系の古典として再評価されたことが記憶に新しい。ごく最近
ではバート・バカラック集の新作をリリースしたばかりのル
ーマーにも、クロディーヌの遺伝子が受け継がれているよう
な気がしてならない。それは何かを声高に訴え糾弾するのと
はまた違う音楽のあり方だった。影絵のように伸びては消え
ていく毎日の自分を見つめ直す作業だった。

トミー・リピューマによる知的なプロダクション、弦と管の
超克が見事なニック・デカロのアレンジ、音の一粒一粒を丁
寧に拾っていくブルース・ボトニックのエンジニアリングと、
音響の名人たちがしっかりと脇を固める。クロディーヌはレ
ノン=マッカートニーのHERE, THERE AND EVERYWHERE
でこう歌っている「佳き日々を生きるため/分ち合える恋人が
欲しい/互いの瞳を見つめ信じ合うのよ/今ここで、違う土地
で、あらゆる場所で」


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# by obinborn | 2017-04-28 13:08 | one day i walk | Comments(0)  

27日は石塚浩子さんの個展を、吉祥寺にて

27日は石塚浩子さんの個展を観に吉祥寺へと。絵心がある方
とは、こんなにも自由で彩り豊かな世界に誘ってくれるのか
と思わず引き込まれた。お話を伺ってみると、会社に勤務さ
れていた頃から描き始め、インドへの旅を経て、今のスタイ
ルに辿り着いたとか。その心温まる暖色のスケッチのなかに
険しい葛藤を思った。彼女が歩んできた平坦ではない道のり
のことを考えてみた。

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# by obinborn | 2017-04-28 01:15 | one day i walk | Comments(0)  

アカデミズムの妖怪、労働の実感

以前奥田英朗さんの『最悪』を読んだ時、小さな町工場を
経営するオヤジさんの日常が描かれていてとても興味深か
ったです。得意先からの突き上げ、差し迫る納期、無断欠
勤する若い従業員、切実なコスト意識、融資を勧めたかと
と思えば一転して貸し渋る銀行員の豹変...などなど、バブ
ル崩壊以降の零細企業の経営者の生態とはこういうものか
な、と考えさせられました。今盛んに「アルバイトの最低
時給を1500円に!」なる運動が行われていますが、さしず
めこの工場主なら「ご冗談を!」と一笑に付すでしょう。

実体経済をまるで理解していないアカデミズムの論者たち
の昨今の発言が気になります。思い付くままに振り返って
みると内田樹が「これからの日本はもう低成長でいい」論
を唱え、小熊英二は「非正規雇用者の賃金を正社員の倍に
すれば日本の未来は開ける」説をぶち上げました。上野千
鶴子に至っては「ユニクロの服とツタヤのレンタルビデオ
でロウライフを送りなさい」と現在の若者たちを突き放し
ました。彼らは実社会での労働を体験せず、大学で教鞭を
執りながら論壇に登場するだけの狭〜い世界の住人なので、
このような妄想に陥ってしまうのでしょう。

様々な問題点を抱えながらも現内閣の支持率が高止まりな
理由は、恐らく彼らのような左派〜リベラルの識者が空虚
なロジックばかり並べ立てているからでは?と私は密かに
分析しています。入社式で「これから我が社は低成長で行
きます」と新入社員に訓示する社長がいますか?経営者の
全国会議で「非正規雇用者の賃金を正社員の倍にしよう」
と発議する管理職がどこにいますか?厳しい日本の経済を
知らない者たちの戯言に過ぎません。まして上野のロウラ
イフ提唱に至っては何を言わんや?と呆れるばかり。

ありていに言えば彼らは夢を語らない。自分たちはさんざ
ん高度成長〜バブルの恩恵を受けてきたくせに、引退間際
になってロウライフを唱える。もう成長しなくていいと説
教する。彼らのこうした論理を突き詰めると「みんな平等
に貧しく」的な社会主義の世界観と大差ないのでは?と疑
ってしまいます。資本主義であること、自由経済であるこ
との良さ、本来あるべき自由な競争原理を彼らは何故か語
らないのです。

ところで私が暮らしている江古田は、パン屋とラーメン屋
さんの町として近年活況を呈しています。老舗に胡座をか
いていた旧商店がどんどん廃業し、若くやる気のある人た
ちがそれに取って代わるという新陳代謝がうまく行ってい
るんですね。こういう光景は長く同じ町に暮らしている私
にも実に刺激的です。「低成長でいい」というアカデミズ
ムの妄言とは裏腹の現実への覚醒と労働の実感。そして何
よりも自主独立のスピリットがある。私が共感するのはこ
ういう人たちです。

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# by obinborn | 2017-04-23 06:33 | one day i walk | Comments(0)  

スーマー、ラルフ・モリーナ、そして『泥水は揺れる』

まあ、ポストモダンとかポストロックとか言われても、
自分に一番響くのはクレイジーホースのような質実剛健
な音楽なのです。以前優れたソングライターのスーマー
さんとラルフ・モリーナの”もたりまくる”ドラムは最高
だね!と彼のライブの終演後に語り合ったのですが、そ
の時、ああ、この人はロック音楽の本質をしっかり理解
されているんだなあ〜と、とても嬉しく思いました。

ぼくは音楽の新しさとか「いかに画期的か」というテー
マにあまり興味を持てません。いい時も悪い時も、良い
時代であっても、たとえ悪い時代(今かな?)であって
も、人々の暮らしは慎ましく続いていきます。そうした
日々のなかで「これは違うじゃん!」と思った時には、
その抗議を表明すればいい。もっともらしい標語に違和
を感じた時には、誰にも遠慮せずきちんと告白すればい
い。

スーマーさんの『泥水は揺れる』アルバムが染みます。
彼は「風のなかの女たち」や「もうない船」を何気に歌
っています。ぼくはそこに彼が歩んできた長い道のりを
感じました。まるで影絵のように伸びていく彼の背中を
想像してみました。

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# by obinborn | 2017-04-15 20:39 | one day i walk | Comments(0)  

思い出の場所はみんなコイン・パーキングになっていくね〜映画『転々』とムーンライダーズ

このまえ和田博己さんとお会いしたことは夢のような体験
でした。旧友のOさんが和田珈琲店時代からの付き合いで
「じゃあ、ぜひ!」ということでセッティングして頂きま
した。オイラにとってはちみつぱいはまさに品川〜京浜地
区の匂いが立ち込める音楽でした。一番有名な「塀の上」
にも羽田から飛び立つ飛行機を町から見上げる主人公の姿
が映し出されているし、続く「土手の向こうに」は大森の
それ(旧競馬場とは逆側)をイメージさせるのでした。

はちみつぱい解散後に鈴木慶一さんが「ソロ・アルバムの
つもりで」作った『火の玉ボーイ』(76年)が、実質的に
ムーンライダーズの誕生物語だったことは広く知られてい
ますが、オイラにとってははちみつぱい『センチメンタル
通り』と『火の玉ボーイ』は地続きのアルバムです。この
頃までの慶一さんはアメリカン・ロックへの愛情を、屈折
した日本語の歌詞とうまく重ね合わせていたと思う。リト
ル・フィート風にシンコペイトする「あの娘のラヴレター」
や、ザ・バンド的な「スカンピン」は、そんなナイーブな
青年の自己告白かもしれません。

「思い出の場所はみんなコイン・パーキングになっていく
ね」そんなセリフが呟かれる映画『転々』(2007年・三木
聡監督)には『火の玉ボーイ』から「スカンピン」と「髭
と口紅とバルコニー」が挿入されています。その映画をた
またま観た時、まるで不意打ちのようにそれらの曲が流れ
出しました。

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# by obinborn | 2017-04-15 18:16 | one day i walk | Comments(0)  

昨夜のDJ会bonavilleはお陰で大盛況でした!

14日は虎ノ門のthe 3rd cafeにてbonavilleのDJ会でした。
お陰様で100人超え!@-@来てくださった皆様、声を掛け
て頂いたスタッフの方々に感謝します!ありがとうござい
ました!以下私のプレイリストです。

part 1

THE BAND /LIFE IS A CARNIVAL
AMERICA/VENTURA HIGHWAY
MICHAEL MURPHY/COSMIC COWBOY(PART1)
JOHN FOGERTY/GARDEN PARTY
LAURA ALLAN/SLIP AND SLIDE
MICHAEL DINNER/JAMAICA
SAMMY WALKER/BROWN EYED GEORGIA DARLIN'
JESSE WINCHESTER/EVERY WORD YOU SAY
THE FLOATING HOUSE BAND/SONG FOR MARTHA LEE
ROB GALLBRATH/I REMEMBER ME

part 2

THE BYRDS/CHETNUT MARE
THE BYRDS/BUGLER
CSN&Y/CARRY ON
STILLS YOUNG BAND/LONG MAY YOU RUN
NEIL YOUNG/Mr.DISAPPOINTMENT
POCO/A GOOD FELLIN' TO KNOW
HOT TUNA/SEA CHILD
JONI MITCHELL/HELP ME
GUTHRIE THOMAS/ROLLIN' HOME
RAB NOAKES/CLEAR DAY

〜ONE MORE MILES TO GO 〜

BOB DYLAN/MISSISSIPPI


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# by obinborn | 2017-04-15 18:04 | one day i walk | Comments(0)  

昨夜のDJ会bonavilleはお陰で大盛況でした!

14日は虎ノ門のthe 3rd cafeにてbonavilleのDJ会でした。
お陰様で100人超え!@-@来てくださった皆様、声を掛け
て頂いたスタッフの方々に感謝します!ありがとうござい
ました!以下私のプレイリストです。

part 1

THE BAND /LIFE IS A CARNIVAL
AMERICA/VENTURA HIGHWAY
MICHAEL MURPHY/COSMIC COWBOY(PART1)
JOHN FOGERTY/GARDEN PARTY
LAURA ALLAN/SLIP AND SLIDE
MICHAEL DINNER/JAMAICA
SAMMY WALKER/BROWN EYED GEORGIA DARLIN'
JESSE WINCHESTER/EVERY WORD YOU SAY
THE FLOATING HOUSE BAND/SONG FOR MARTHA LEE
ROB GALLBRATH/I REMEMBER ME

part 2

THE BYRDS/CHETNUT MARE
THE BYRDS/BUGLER
CSN&Y/CARRY ON
STILLS YOUNG BAND/LONG MAY YOU RUN
NEIL YOUNG/Mr.DISAPPOINTMENT
POCO/A GOOD FELLIN' TO KNOW
HOT TUNA/SEA CHILD
JONI MITCHELL/HELP ME
GUTHRIE THOMAS/ROLLIN' HOME
RAB NOAKES/CLEAR DAY

〜ONE MORE MILES TO GO 〜

BOB DYLAN/MISSISSIPPI


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# by obinborn | 2017-04-15 18:04 | one day i walk | Comments(0)  

追悼:ジェローム・ガイルズ

J.ガイルズことジェローム・ガイルズが亡くなってしまった。
つい先日まで過去のアルバムを何枚も聞き直し、いいバンド
だったなあ〜と、改めて思い出していただけに驚いている。
元々ジェロームはニューヨークの出身で、ダニー・クレイン
とマジック・ディックの3人でアクースティック・ブルース
・バンドを67年頃から組んでいた。そこにボストン出身のピ
ーター・ウルフとステファン・ジョー・ブラッドが加わり、
J.ガイルズ・バンドの母体が出来上がった。さらにボストン
大学に通っていたセス・ジャストマンが加わり、6人編成の
エレクトリック・ブルーズ・バンドに生まれ変わった彼らは、
69年アトランティック・レコードからデビューする。

グループ名に冠されたくらいだから、やはり最初はジェロー
ムが結成したバンドだったと考えていいだろう。ソングライ
ティングが殆どウルフ=ジャストマンのコンビだったことや、
ピーター・ウルフがバンドの顔だったせいか、あまり目立た
ないジェロームだったが、切れ味鋭いカッティングが彼の持
ち味だ。例えば『モンキー・アイランド』の冒頭を飾った「
サレンダー」を聞くだけで、いかに彼が重要な存在かを即理
解出来るだろう。歴代のギター・ヒーローと違ってソロを弾
きまくるタイプではなかったので過小評価されているだけだ。

ぼくが彼らをめぐるエピソードで一番好きなのは、ジューク
・ジョイント・ジミーというペルソナを作り出したことだ。
J.ガイルズ・バンドの初期のアルバムを見て頂ければお解りの
ように、作詞作曲のクレジットやスペシャル・サンクスの欄
にジューク・ジョイント・ジミーの名前を容易に探すことが
出来る。よくファンの間では7人めのメンバーではないか?
とか、ボストン在住の老ブルースマンではないか?とか、あ
るいはストーンズに於けるナンカー=フェルジのような変名
ではないのか?と話題に昇った。そんなことを友だちと話し
合っていた頃が懐かしい。

ジューク・ジョイント・ジミーに関して、ジェローム・ガイ
ルズとマジック・ディックはこう種明かししている「俺たち
の架空のブルース・ヒーローだよ。いつも俺たちを見守って
くれているんだ」そんなロマンティックな神話を携えながら
彼らはキャリアを磨いていった。しかし古巣アトランティッ
クを離れ、78年にEMIアメリカと新たに契約してからはジュ
ーク・ジョイント・ジミーの名を見つけることは出来なくな
ってしまった。奇しくもそのことが彼らの音楽性の変化や青
年期の終焉を物語っているようで切ない。そして今日ジェロ
ーム・ガイルズは一番星になった。彼が天国でジューク・ジョ
イント・ジミーとともに心置きなくセッションすることを願っ
ている。

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# by obinborn | 2017-04-12 14:28 | rock'n roll | Comments(2)  

昨日は、はちみつぱいの和田博己さんを囲む会でした!

「『MUSIC FROM BIG PINK』はいきなり「怒りの涙〜TEARS
OF RAGE」から始まるよね。だから僕たち、はちみつぱいもあ
の暗い「弊の上で」をA面の一曲めに選んだんだ」「普通は誰も
がデビュー作の一曲めを快活なナンバーでスタートさせる。で
もぼくたちはそうしたルーティンを犯したくなかったんだよ」

そんなお話を惚れ惚れと、和田博己さんから聞かせて頂いた。
というわけで、10日は新宿のライオンビールにて和田さんを
囲む親睦会を。時の流れを感じさせない3時間近くがあっと
いう間に過ぎていった。


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# by obinborn | 2017-04-11 18:35 | rock'n roll | Comments(0)  

言葉狩りの現状、憂鬱な気分

しかしワンフレーズのみを鬼のクビを取ったように強調して血祭りに挙げる「炎上マーケット」は好きになれないですね。今回の筒井さんの発言にしたって言葉自体は醜いものだけれど、彼が本当は何を言いたかったのかを想像してみる以前に、単なるヒステリックな”言葉狩り”的な反応になってしまっています。ちょっと前を振り返ると、熊本震災の時にはある女優さんの呟いた「猫が可哀想」が曲解されて「そんな暇ならボランティアに行けよ!」と集中砲火を浴びせられたり...もう本当にメチャクチャです。これは単に有名人の代償では済ませられない、メディアという劇場をこちら側から見ているウチラ全員の品性が問われる問題ですよ。先日の今村大臣の件もそう。確かに彼の暴言は自主避難民を傷付けるものではあったけれど、記者との質疑応答の流れをトータルに追っていくと、もう少し違った印象と理解が得られるはずです。ところがテレビは大臣の「馬鹿野郎!出て行け!」というワンフレーズのみを取り上げ、繰り返し暴力的に放映するだけ。これでは単なる悪役作りに過ぎず、きっと永遠に真実は見えてこないと思います。こうした一連の事件の尻馬に乗って溜飲を下げるのも、有名人の発言を回文(リツイ)しまくって”我こそは正義”を気取るのも私は嫌だなあ〜。前に音楽家の近藤哲平さんが総選挙に関して「建設的な意見がない。人を侮辱するネガキャンばっか。皆さんのFBが汚い言葉で埋まるのをぼくは見たくないんです」との旨を書かれていました。近頃ではごく稀で誠実な意見だと思いました。
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# by obinborn | 2017-04-07 04:21 | one day i walk | Comments(2)  

佐野元春のスポークン・ワーズ〜「In Motion 2017〜変容」を聞いて

4日は佐野元春のスポークンワーズを渋谷の0-EASTにて。彼が
ポップ・フィールドと平行して詩の朗読を実践してきたことは
よく知られているが、この日も井上鑑率いるファウンデーショ
ンズのフリーフォームな演奏と合体しながら見事なリーディン
グを繰り広げた。とくに金子飛鳥のアグレッシヴなアンプリフ
ァイド・ヴァイオリンが圧巻で、地を這うようなドラム&ベー
スの強靭なビートとともに、陰影に富んだ世界を作り出してい
った。

散文詩のように溢れ出す佐野のワードの数々は難解かもしれな
い。しかし一字一句に意味を求めるのではなく、言葉が連なっ
ていくイメージを繰り出される音とともに自由に広げていけば
正解だと思う。宮台真司風に言えば「求めるな、感じろ!」だ
ろうか。またとかく通常のソングライティングと分けて語られ
がちな佐野の”話す言葉”だが、「ブルーの見解」や「ぼくに出
来ることは」あるいは「Shame〜君を汚したのは誰」など過去
のポップ文脈の再提示も少なくない。そんな佐野が掲げる一貫
したテーマは黄昏れていく文明であり、都市と個人との関わり
であり、消耗してしまいがちな魂のありかのことだ。

ビート文学の昔から脈々と培われてきた「動き出す言葉たち」
その伝統のなかに佐野元春がいる。そんなことを痛感せずには
いられない夜だった。


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# by obinborn | 2017-04-04 21:57 | one day i walk | Comments(0)