9月15日のサーディンヘッド

15日はサーディンヘッドのライブを下北沢のrpmにて。ワン
マンとしては5月26日以来だったが、たっぷり2時間彼らの
自由奔放な音世界を堪能した。とくにこの日はファンからあ
らかじめリクエストを募るというレアな趣向を凝らし、結成
してから16年めとなるサーディンの歩みを凝縮する内容にな
った。フロントの斎藤丈二も珍しくMCを多めに入れるなど、
オーディエンスへの感謝の気持が溢れ出す。

一言で長尺のジャム演奏といっても何も彼らはのんべんだら
りと時間を費やすのではなく、曲の骨格をがっつり束ねる部
分と、インプロヴィゼーションを広げていくパートとのメリ
ハリがとても鮮やか。キング・クリムゾンのような変拍子の
嵐で圧倒するかと思えば、ジェリー・ガルシアのように優し
くメロディックなラインを奏でていく展開もある。そんな緩
急自在に進んでいく時間に大いに酔った。メンバーたちの音
楽遍歴の一端なのだろう。第二部のFUSIONではラリー・カ
ールトンやジャコ・パストリアスのフレーズが飛び出すとい
う茶目っ気も。

言葉の不自由さに囚われることなく、オール・インストゥル
メンタルでサーディンはまるで抽象絵画のように世界を描い
ていく。そう、一人の青年が荒野に立ち尽くしながら、雨風
を凌ぎ、道の脇にある名もない花に心を寄せ、いつか来るだ
ろう暖かな季節を待ちわびているような。しかも彼らの演奏
は、聞き手それぞれが気楽に、自分だけの絵の具で白いキャ
ンバスを描いていけばいいんだよ、とでも言いたげな想像の
余地を残している。そうした自由に対して彼らは極めて寛大
だ。特定の誰かを英雄視したり、解りやすい敵を定めて糾弾
するようなことをサーディンの人達は一切しない。その尊さ
を思わずにいられない。終盤に演奏されたメロウなBLOW RI
PPLEの静謐さが心を捉えて離さなかった。

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# by obinborn | 2016-09-16 01:20 | one day i walk | Comments(0)  

誰もが満たされない心を持っている〜ブルース・スプリングスティーン

今日(12日)は7月以来久し振りに自由が丘のバードソング・
カフェに行きました。この店のオーナーは旧友の梅澤くん。
店を開ける前に、彼と近くの居酒屋で互いの近況報告やこの
夏の参議院〜都知事選、あるいは自分たちの政治的な態度(
距離感)を徹底的に話し合いました。むろん梅澤くんとぼく
とでは日米安保や自衛隊に関する見解は微妙に違うのですが、
それでも彼と本音で話せて良かった。以降は彼の店に行き、
たっぷり音楽三昧。プチDJもやらせて頂いて、感じのいいお
客さまたちとも打ち解けることが出来ました。こういう時間
〜人と人との直な関係を築けるから、ぼくは音楽バー通いを
止められないのかもしれません。音楽にデータや情報ばかり
を求める聞き手の「心の貧しさ」に関しても大いに語り合い
ました。そもそも何故ぼくたちはロック音楽を好きになった
のだろうか? その答えはまさに砂を噛むように切なかった
り、自分の手元から崩れ去ったりするものなのかも知れませ
ん。それでもブルース・スプリングスティーンの「ハングリ
ー・ハート」を聴く時、ぼくは自分でもいつの間にか忘れて
いたり、ないがしろにしたり、粗末なまでに部屋の片隅に追
いやってしまった感情のことを、すぐに思い起こします。


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# by obinborn | 2016-09-13 01:45 | rock'n roll | Comments(0)  

歩道の割れ目にも薔薇の花は咲く〜ジャクソン・ブラウンとの会話から

「スパニッシュ・ハーレム」という歌があるよね?”歩道の割れ
目にも薔薇は咲く”というリリックは、人生は常に生まれ変わっ
ているということだ。若者はいつも、自分たちは傷付けられな
い。防弾チョッキを着ていると思いがちだ。向かっていって、
自分が持てる限りのものを試す。何よりあるのは若さというエ
ネルギーと熱意だけで、お金はそれほどないし、当然権力もな
い。でもちょっと考えてみようよ。人間というのは、恐ろしく
金持ちじゃなければ金を持っていない、大勢の人々に影響を及
ぼす権力を持っていなければ、権力を持っていないと思う傾向
にある。そうだろ? でも実際にはいろいろな形の権力があり、
裕福さがあるんだ。本当の権力、真の豊かさを探すことが出来
たら、どんなに世界のためになることだろう。

(94年4月:ジャクソン・ブラウンと筆者のインタヴューから)

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# by obinborn | 2016-09-11 20:50 | one day i walk | Comments(0)  

南部ロケーションを好まなかったヴァン・モリソン

ヴァン・モリソンで寛ぐ日曜日の午後。彼のアルバムはすべて
持っているけれど、最も思い入れがある一枚といえば、ぼくの
場合71年の『ストリート・クワイア』だ。前作『ムーンダンス』
の評価が高かったせいか、陰に隠れがちで損をしている作品だ
が、土臭くダウンホームな魅力に溢れているといった意味では
屈指の出来映えではないだろうか?当時のヴァンはニューヨーク
郊外のウッドストックに暮らしていて、ザ・バンドの『カフー
ツ』に参加するなど彼らとの交流も見逃せない。本作ではジョ
ン・プラタニア(g)を始めとするバック・バンドとの関係が、
理想的なまでに示された。

ところで、ふと思ったのだが、ヴァン・モリソンにいわゆる南部
録音のアルバムがないのは、実に不思議な気がする。英国圏に限
っても、ルルやダスティ・スプリングフィールド、さらにはフラ
ンキー・ミラーやロッド・スチュワートらが南部に向かうのは当
時一大トレンドだったけれど、ことヴァンに限っては、そうした
サザン・コネクションを築いたアルバムはない。そう、見事なく
らい一枚として。彼のキャリアのなか最も泥臭い77年の『安息
への旅路』でさえ、ドクター・ジョンやオリー・E・ブラウンと
いったアクの強い演奏者を迎えつつも、レコーディング自体は
西海岸(ロス)で行われている。

ヴァン自身がそうした”南部録音”のブームをどう思っていたかは
知る術もないが、ソウルフルな歌唱を誇りながらも、そうしたロ
ケーションを好まなかった(もしくは無頓着だった?)点に、
ぼくはヴァンならではの生き方と哲学を感じる。つまり形から入
るブルーアイド・ソウル歌手はごまんといたが、彼はそれを善し
としなかったのだ。たとえ無意識であったとしても。

そうした意味でも北アイルランドに生まれたこの”ベルファスト・
カウボーイ”の道のりは特殊だったのだろう。気難しさやエゴと
も大いに関係する。それでも今こうして振り返ってみると、安易
な南部ロケーションに頼らず、己の音楽を見つめ続けたヴァンの
鼓動が伝わってくる。多くの”ブルーアイド・ソウル”歌手たちは
やがて失速していった。かつての輝きを取り戻した人は殆どいな
い。そうした事実を振り返ればなお一層、ヴァン・モリソンの心
の強さを思わずにはいられない。

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# by obinborn | 2016-09-11 13:32 | one day i walk | Comments(0)  

パブロック・ナイト、大盛況のうち終了しました! 

10日は渋谷のTANGLEにてパブロック・ナイトが開催されま
した。何と40名越えの大盛況!いや〜楽しかったです!コー
ディネイトしてくださったHさん、DJ諸氏、TANGLEのマイ
ケルさんとみおさん、そして何よりも来て頂いたお客さま、
本当にありがとうございました!お陰様で私は◎歳最後の夏
をしっかり締めくくることが出来ました。またお会いしましょ
う!以下私のプレイリストです。

*    *    *

SKEETER DAVIS&NRBQ/いつか王子様が
NRBQ/RIDIN' IN MY CAR
ELVIS COSTELLO/THE OTHER SIDE OF SUMMER
NRBQ/IF I DON'T HAVE YOU
JOE TEX/IF SUGAR WAS AS SWEET AS YOU
FABULOUS THUNDERBIRDS/(YOU AIN'T NOTHIN' BUT) FINE
FLAMIN' GROOVIES/MISERY
ELVIS COSTELLO/GETTING MIGHTY CROWDED
KOKOMO/FOREVER
ROCKPILE/NOW AND ALWAYS
NICK LOWE/I LOVE THE SOUND OF BREAKING GLASS
NICK LOWE/I KNEW THE BRIDE(WHEN SHE USED TO R&R)
NICK LOWE/CRUEL TO BE KIND

〜ONE MORE MILE TO GO〜

GRAHAM PARKER& THE RUMOUR/KANSAS CITY
EDDIE& THE HOT RODS/GLORIA〜SATISFACTION

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# by obinborn | 2016-09-11 01:39 | rock'n roll | Comments(0)  

クレイグ・ナッティカム、78年

イーグルスとケンカ別れした後のグリン・ジョンズの動きを
見ていくと、フェアポート『ライジング・フォー・ザ・ムー
ン』フールズ・ゴールドのデビュー作、ロン・ウッド&ロニ
ー・レインのサウンドトラック『モハニー最後の戦い』など、
グリンらしい仕事を取り戻したことに気が付く。クラプトン
のキャリアに沿って言うならば『スロウ・ハンド』と、それ
に続く『バックレス』といった、世間ではあまり評価されて
いないアルバムに尽力したのが、グリンその人であった。
グリンはイーグルスを脱退したバーニー・レイドン絡みでは、
バーニーがジョニー・リヴァース・バンド出身のマイケル・
ジョージデアスとのデュオ作『ナチュラル・プログレッショ
ンズ』(77年)へと全面的に協力している。やや時代は後に
なるものの、ジョン・ハイアットの『スロー・ターニング』
で、バーニーのバンジョーやリゾネイターやマンドセロを登
用したのも、まさにグリンの力量に他ならなかった。

そうした一連の動きを俯瞰していくと、クレイグ・ナッティ
カムのソロ第一作『イッツ・ジャスト・ア・ライフタイム』
(78年 A&M)でのグリンの采配が、すごく愛おしくなって
くる。ランバート&ナッティカムのデビュー作『アット・
ホーム』を録音するために、サンフランシスコのソウサリー
トにあった彼らの自宅でテープを回していたエンジニアが、
この『ライフタイム』アルバムでは、もう少しリズムのヴァ
リエーションを取り込みながら、クレイグの陽だまりのよう
なソングライティングへと寄り添っている。その演奏には
フェアポートのデイヴ・ペグがいた。エイメン・コーナー〜
フェアウェザー出身のアンディ・フェアウェザー・ロウがい
た。そしてあのジョージィ・フェイムが秘めやかに、さり気
なく木漏れ陽のようなエレクトリック・ピアノを弾いた。

何しろ自作の「サンシャイン」にまで、クレイグ・ナッティ
カムはスティーヴィー・ワンダーの「ユーアー・ザ・サンシ
ャイン・オブ・マイ・ライフ」の一節を引用するほど。その
心映えのようなものが、人々を捉え、歌を明日へと携えてい
ったのだろう。クレイグが歌う「サンシャイン」を聞く度に、
ぼくは雨に打たれる旅人たちのことを思わずにはいられない。

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# by obinborn | 2016-09-09 07:06 | one day i walk | Comments(0)  

グリン・ジョンズとイーグルスの関係を考えてみた


グリン・ジョンズの自伝『サウンド・マン』はもうお読みに
なられただろうか?最初期のキャリアがジョージィ・フェイ
ム『フラミンゴ』やストーンズ『デッセンバー』の録音技師
だったというこの超ベテランのプロデューサー&エンジニア
の最高傑作はザ・フーの『ネクスト』だとぼくは思っている
が、本国イギリス以外にもスティーヴ・ミラー・バンド、同
バンド出身のボズ・スキャッグス、ちょっと渋いところでは
フォーク・デュオのランバート&ナッティカムなど、アメリ
カ西海岸の才能にも目を向けている。そして何と言ってもイ
ーグルスとの出会いがグリンの名声を高めた。かつてビート
ルズ『レット・イット・ビー』を制作担当するという名誉に
恵まれながらも、フィル・スペクター版のそれに差し替えら
れる屈辱を味わったグリンにとって、それはまさに名誉挽回
の機会だったはず。

『ファースト』『ならず者』とイーグルスと協調関係にあっ
たグリンだが、彼らのサード・アルバム『オン・ザ・ボーダ
ー』(74年)では、突如メンバーたちから降板を告げられる
という悲劇にまたしても見舞われてしまった。新たにリード
・ギタリストとしてフロウ出身のドン・フェルダーを迎え、
ロック・バンドとしてのグルーヴ強化を図ろうとしたイーグ
ルスの思惑と、彼らからどこまでもアクースティックな良さ
を引き出そうとしたグリンの感情の行き違いが、アルバム制
作中の途中降板に繫がったと、一般的には伝えられている。
ご存知のように以降イーグルスはジェイムズ・ギャングなど
を手掛けていたビル・シムジクをプロデュースに迎えながら、
黄金時代を築いていく。 元々はジェイムズ・ギャングのメン
バーだったジョー・ウォルシュまで加えつつ、エレクトリッ
ク・パートを強化していったのだから、まさに陰にシムジク
ありきだったのかもしれない。この『オン・ザ・ボーダー』
(考えてみれば意味深なアルバム・タイトル!)では、全10
曲のうち、シムジクの制作担当は8つ、グリンの関与は「恋
人みたいに泣かないで」と「ベスト・オブ・マイ・ラヴ」の
2曲に留まってしまった。

思えばぼくがリアルタイムで接したロック・アルバムに於い
て、「プロデューサーによってこんなに音が違うんだ!」と
実感したのは、この『ボーダー』が初めてだったかもしれな
い。筆者はフェルダーもウォルシュも大好きだった。それで
も、やがてバンドからレードンが去り、マイズナーが77年の
ツアーの途中で離脱するといった光景をやがて目撃していく。
バンドは成長する。音楽性が変化する。ときにメンバー交代
も残酷なまでに辞さない。そんな事情に一定の理解を示しな
がらも、わだかまりは残ってしまう。

ちなみにグリン・ジョンズは『サウンド・マン』のなかでこ
う回想している「私はイーグルスの『悲しみの我ら』〜Most
Of Us Are Sadが好きだった。彼らの良さはまさに四人のハ
イ・ハーモニーにあったと思っているよ」正直な人だな、と
思う。グリンならではの音楽観がきちんと伝わってくる。い
ずれにしても、74〜75年辺りはアメリカン・ロックに於ける
変革の季節だった。『オン・ザ・ボーダー』を夏の終わりの
夕暮れ時に聞いていると、まるで古傷のような痛みを覚えず
にはいられない。

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# by obinborn | 2016-09-08 19:15 | one day i walk | Comments(0)  

また一緒にダンスしようぜ、ジョージィ・フェイム!


ジョージィ・フェイムに取材で会ったのは92年と07年の2回。
60年代前半のソーホーの様子や好きなR&B/ジャズ、ヴァン・
モリソンのことなどを話してくれた。わけても「ブッカー・T
のGreen Onionを聞いてぼくはハモンド・オルガンを始めた
んだよ」という回想にはジ〜ンと来た。サインを貰ったのは
『Fame At Last!』選曲はレイ・チャールズ、フィフス・ディ
メンション、メジャー・ランス、ジミー・マグリフ、ゴフィ
ン=キング、ジョー・ヘンドリクス、ジョー・リギンス、マ
ーヴィン・ゲイ、MG's、マディ・ウォーターズ、キング・
プレジャーと、センスの良さがすべて出ている。また彼の場
合ヴォーカルが弱いという意見もあるが、逆に言えばヴァン
やバードンのようなシャウター・タイプではなかったからこ
そ、クラブ・サイズならではの趣味の良さを出せたのだと思
う。フェイムが再ブームになったのは90年代のモッズ・リヴ
ィヴァル以降だと思う。ぼくはモッズという風俗・ファッショ
ンよりも、彼らの聞いていた音楽のほうに興味があったので、
フェイムやスモール・フェイシズを通して、R&Bやスカやジャ
ズを掘っていくのが楽しくてしょうがなかった。

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# by obinborn | 2016-09-08 19:10 | one day i walk | Comments(0)  

グラム・パーソンズと私

朝方雨が降ったこともあって過ごし易い一日でした。今日の一枚
はグラム・パーソンズの『Grievous Angel』(Reprise 74年)で
す。ザ・バーズ〜フライング・ブリトー・ブラザーズを経た彼が
ようやく個人活動へと踏み込み、本格的なホンキー・トンク・カ
ントリーに取り組んだソロ2枚めでしたが、残念なことに本作が
オリジナル・アルバムとしては遺作になってしまいました。そう、
このレコーディングが終了した後、グラムはドラッグ過剰摂取に
よって、若くしてこの世から去ってしまったのです。

グラムに関しては今までそれなりの分量の原稿を書いてきました
のでここでは彼のキャリアを繰り返しません。その代りにグラム
に関する個人的な思い出を少々。確か78年前後のことだったと思
います。ニューミュージック・マガジンの別冊に当時『死者のカ
タログ』があり、そこでは今は亡き音楽家の業績を特集していま
した。その本のなかで(ぼくの記憶が正しければ)北中正和さん
が書かれていたグラムの記事が妙に心に引っ掛かり、以降彼の音
楽に夢中になったのでした。ブリトーズで苦楽を共にしていたバ
ーニー・レイドンが、イーグルスの『On The Border』(Asylum
74年)収録の「マイ・マン」をグラムに捧げたこと、ザ・バーズ
在籍時にツアーで渡英したグラムが、キース・リチャードと親交
を重ねていたことも大きな要因でした。

ぼくが中古盤という存在を知り、生まれて初めてグラムのLPを江
古田のおと虫で購入したのもその頃のことでした。今でもよく覚
えています。お店の兄ちゃんに「新品もあるけど、どっちにする
?」と尋ねられたことを。その頃から長い歳月を経た今なお、ぼ
くはそのLPを大事にしています。たとえCD化されても、更にリ
マスターCDが発売されても、US.Originalの骨太い音の前ではす
べてが霞んでしまうのでした。

そんな音質面のことはともかく、ぼくはグラムが遺した言葉にも
影響を受けました。そう、彼は生前こんなことを語っていました
「カントリーを知らないロック・ファンにカントリー音楽の良さ
を知って欲しい。ロックを知らないカントリーのファンにロック
の楽しさを伝えたい。それはきっと学生とトラック・ドライバー
を同じ会場に集め、互いを対話させることのように大変なことか
もしれないけれど」

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# by obinborn | 2016-09-07 18:24 | one day i walk | Comments(0)  

夕暮れとマディ


猛暑の戻りのせいか、今日は一瞬立ちくらみになり頭が真っ白
になってしまいました。そんな疲れをマディで癒す夕暮れは最
高に幸せ。とくにこの『SINGLES 1955〜1959』はヒット曲ば
かりを集めているので、当時のサウスサイドのジュークジョイ
ントでマディの曲に合わせてダンスしていた人々のことを容易
に想像出来ます。やれ音楽に於ける構造主義からの脱却とか、
やれポスト・モダン以降のオーネット・コールマンとかいった
屁理屈を言う前に、「あんたマディをゲップ出るまで聞いたこ
とあんの?」と問い質したいようなクソ同業者は多いです(笑)
さあ、マディのSUGAR SWEETとともに私の夕暮れが始まりま
す。

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# by obinborn | 2016-09-06 17:52 | blues with me | Comments(0)  

『シンゴジラ』に関するメモなど

遅ればせながら本日『シンゴジラ』をユナイテッド豊島園で
鑑賞しました。見終わった後まず思ったのは「うわあ〜、こ
りゃ左も右もまたそれぞれ勝手なこと言い出すぞ!」という
ことでした。左派はフクイチはこんなもんじゃないとか自衛
隊をアピールし過ぎとか解釈するだろうし、右派はゴジラの
存在に中国という大国の脅威を重ね合わせるかもしれません。
そうした想像は個人の自由の領域です。私が普段から言って
いるように音楽や映画といったアートは本来中立的な性格で
あり、政治を止揚(アウフヘーベン)するものですから。

非常時に於ける人々の戸惑いや政府の命令系統の混乱は確か
に東日本大震災を容易に思い起こさせます。また主人公が中
盤に呟くように、対米追随的な日本という国家のあり方も考
えさせられます。個人的には日米安保が戦後の日本の平和を
均衡的に保ってきたと考えてますが、勿論「いや違う。オビ
など人間のクズだ!お前など死んでしまえ!憲法9条こそが
平和の象徴なのだ」と主張される方々もいらっしゃるでしょう。

話が難しくなってしまいました(笑)『シンゴジラ』はまず
一大スペクタル巨編として楽しむのが先決だと思います。た
だ初代ゴジラが当時の水爆実験をメタファーにしていたのと
同じく、シンゴジラもまたこの時代(新安保法制の可決や自
衛隊の戦闘地域の容認)に、生まれるべく生まれました。

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# by obinborn | 2016-09-01 16:52 | one day i walk | Comments(0)  

自宅DJを〜60分7'sのみで20曲!

今日の夕方は60分一本勝負で、7'sのみ20曲回してみました!
究極の自宅DJを爆音で(笑)以下プレイリストです。

Young Rascals/Good Lovin'
The Band/Up on the Cripple Creek
Beatles/I Saw Her Standing Their
Lonnie Mack/Memphis
Sam Cooke/Shake
Dr.John/Such a Night
Coasters/I'm a Hog For You
Coasters/Yakety Yak
Tony Joe White/Polk Salad Annie
Marvin' Gaye/I'll Be Doggone
Miracles/Going To a Go-Go
Jackie Moore/Precious,Precious
Jimmy Hughes/Steal Away
Chuck Willis/(Don't Hang Up)My Rock'n Roll Shoes
Clarence Carter/Snatching It Back
William Bell/Everyday Will Be Like a Holiday
Don Covay/ See Saw
Don Covay/Take This Hurt off Me
Al Green/Sha La la (Makes Me Happy)
Patti Drew/Workin' on a Groovy Thing


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# by obinborn | 2016-08-30 19:16 | one day i walk | Comments(2)  

ジョン・フォガティ、大地の匂い。

ジョン・フォガティを近作アルバムまで、すべて追いかけている
人ってどのくらいいるんでしょうか?ぼくは実は脱落組で、少し
前にリリースされたセルフ・カバー集もまだ聞いていないという
体たらく。それでも09年の『ライズ・アゲイン』はたまにクリー
デンスのレコード棚から取り出したりしています。彼にとっては
73年の『ブルーリッジ・レインジャーズ』以来、およそ36年ぶり
のカントリー・アルバムであり、自作曲にこだわらず、バック・
オウエンズやウェブ・ピアスといった大御所から、ジョン・デン
バーのBack Home Again、ジョン・プラインのParadiseといった
カントリーと隣近所のシンガー・ソングライターまで幅広く取り
上げています。こりゃ、アメリカの片田舎にあるジューク・ジョ
イントにぴったりの選曲だなあ〜。

とくに嬉しかったのはリッキー・ネルソンのGarden Partyかな。
72年の9月に全米ポップ・チャートの6位へ登り詰めたこの曲に、
フォガティはドン・ヘンリーとティモシー・B・シュミットのコ
ーラスを付けます。さらにデラニー&ボニー作のNever Ending
Song Of Loveや、エヴァリー・ブラザーズのWhen Will I Be Lov
edへと連なっていくからもうたまらんです。また演奏陣では今
をときめくバディ・ミラーgやグレッグ・リーズsteel.gといった
アメリカーナの新世代が、まったく違和感なく溶け込んでいると
ころに、つい感じ入ってしまったり。

思えばカントリー音楽特有のバタ臭さが苦手だったぼくを、い
つの間にかカントリーの世界に誘ってくれたのがクリーデンス
でした。思いっきりブルージーなスクリーミン・ジェイ・ホウ
キンスのI Put A Spell On Youや、デイル・ホウキンスのSuzie
Qの悪魔的ギター・ソロの一方、彼らはフォガティの自作Lodi
でワンナイト巡業を繰り返す音楽家の悲哀をカントリーのメロ
ディに託しました。先のリッキー・ネルソンに従えば、彼の61
年曲Hello Mary Louを選曲し、ケレン味ないアレンジで堂々と
演奏しました。

ブルーズとカントリーというアメリカ音楽の水脈を見渡す。そ
のことに少しも躊躇しない。何故ならそれはジョン・フォガテ
ィという男の生命線だから。時流におもねることがないという
意味では、レヴォン・ヘルムがそうだったように、今日もフォ
ガティはアメリカーナのまま、大地に立ち、夕暮れを見つめ、
今夜もまたステージに立ち、人々の阿鼻叫喚をそのまま受け止
めていきます。

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# by obinborn | 2016-08-25 17:31 | one day i walk | Comments(0)  

不幸な国に断層ばかりが積み上げられていく

日刊ゲンダイとかリテラといったメディアは基本「反権力」の
為ならあることないこと何でも書きまくるというスタンスなの
で、ぼくは全く信用していません。ゲンダイなどは民主党に政
権交代した時も鳩山や管や野田をボロクソ叩いていたから、け
っして自民〜アベ憎しに限らないんですよ(笑)昔からゲンダ
イに一貫しているのは「社会の木鐸たる大新聞・マスコミは何
をやっているのか!」というスタンスを、せいぜい二流の学者
と大学教授のコメントで補完する誌面作りで、綿密に取材する
チームなど持ってないから、せいぜいサラリーマンの鬱憤払し
〜ガス抜き程度に終始してしまっています。

後進のリテラもまったく同じ。五輪閉会に関する記事も醜かった
なあ〜。とにかく彼らには「アベ叩き」しか念頭にないから、
始めから結論ありきの恣意的な文意にならざるを得ないんです。
確かにアベちゃんのマリオ化〜土管を潜っての華々しい登場は
極めて悪趣味でやり過ぎとぼくも思いました。しかし、オリン
ピックの次期開催国として日本の首相が、アスリートたちから
バトンを繋ぐというのはフラットに見ればごく自然なセレモニ
ー。そこに過剰な政治色を読み取るリテラの”妄想”こそ、メディ
アとしての客観性に欠けるのでは?

そりゃ”アンダーコントロール”されているらしい原発事故の処
理もままならない我が国の状況でネガティブな感情に駆られる
気持は解ります。五輪に膨大な費用を掛ける金があるなら被災
地へというメンタリティもごく一般的なものでしょう。しかし
ながら、決定した東京五輪にことさら否定的な言葉ばかりを連
ねるのが何かの解決になるとは、ぼくにはとても思えない。一
国の首相が自国のアスリートたちをねぎらうのは、血の通った
人間通しの当然の感情です。それはアベを好きか嫌いかという
以前の問題なんだよね。今日もまた世間がリベラルと保守との
間で分裂している。互いを罵る言葉は際限なく続き、けっして
歩み寄ることはありません。

ぼくたちはこんな不幸な国で互いの断層ばかりを築き上げてい
る。

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# by obinborn | 2016-08-23 17:47 | one day i walk | Comments(0)  

ロジャー・ティリソンとフォー・トップスの不思議な関係

フォートップスのモータウン・ナンバー(作曲はスティーヴィ・
ワンダー)を何故スワンパーのロジャー・ティリソンがカバーし
たのかは長年の謎だった。それでもロジャーと親交があったザ・
バンドのリック・ダンコが憧れたベーシストはモータウンのジェ
イムズ・ジェマーソンであり、ザ・バンドはマーヴィン・ゲイの
「ドント・ドゥ・イット」を好んで演奏してた。また『ロック・
オブ・エイジズ』の拡大版では、遂にフォートップスのこの曲を
演奏する彼らの姿を確認することが出来た。となると、ジミー・
マーカム・タルサ・レビューが解散してからのロジャーが、同バ
ンドにいたリヴォン・ヘルムの誘いでウッドストックに移り住ん
だ頃、ザ・バンドの連中とフォートップスやマーヴィン・ゲイの
曲を練習していた微笑ましい姿が見えてくる。

ザ・バンドの名曲「ザ・ウェイト」について作者のロビー・ロバ
ートソンはこう述懐している「ぼくはあの曲でカーティス・メイ
フィールド(当時インプレッションズ)のギター・リックを真似
した。それをステイプル・シンガーズ風のゴスペル・ソングと結
び付けてみたのさ」このような優れた折衷感覚が、ロックという
雑食音楽の胆だと思う。ともすれば泥臭いと語られがちなザ・バ
ンドの音楽だが、インプレッションズやフォートップスのノーザ
ン・ソウルの隠し味を忘れてはなるまい。そもそもリック・ダン
コのよく弾むベースは、ダック・ダンの寡黙なそれとは対照的に
メロディックな輪郭を描くものだったから。

当初はロビー・ロバートソンがプロデュースする予定だった『
ロジャー・ティリソン・アルバム』(70年)に収録されたフォ
ートップスのLOVING YOU IS SWEETER THAN EVERは、ボビ
ー・ブルースのフィドルとジェシ・エド・ディヴィスのバンジョ
ーによって半ばブルーグラス化されている。それでも豊かなリズ
ムの彩りに心を奪われる。自分のなかで勝手に線引きしていた南
部と北部の地図が、一瞬にして塗り替えられる。それは筆者にと
ってあまりに鮮烈な体験だった。

メイコン一帯で鳴らしていたグレッグ・オールマンが、ファース
ト・ソロ『レイドバック』で、東海岸で注目され始めたバジー・
フェイトンをギターに起用したこと。ヤング・ラスカルズを範に
したと思しきイングイ兄弟のソウル・サヴァイヴァーズが、マス
ル・ショールズ詣をしつつも、新たにフィラデルフィアのシグマ
・スタジオへと活路を見出していったこと。ロジャー・ティリソ
ンとザ・バンド周辺には限らない。ウィルソン・ピケットがそう
だった。アーチ・ベル&ザ・ドレルズがそうだった。多くの南部
人がノーザン・ソウルにも心開いていった。その化学反応(ケメ
ストリー)こそは、従来の音楽地図をどんどん書き換えていった。


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# by obinborn | 2016-08-21 18:55 | one day i walk | Comments(2)  

ロジャー・ティリソンwithラリーパパのライブ盤に寄せて

ラリーパパのマネジャーをなさっている柳本さんが『ロジャー
・ティリソンwithラリーパパ』のサンプルCDを送ってくださっ
た。そう、ロジャーが03年の6月に来日公演を行った際のライ
ブが時を経て遂に音源化されることになったのだ。今こうして
聞いていると、当時自分が会場に行かなかった(行けなかった)
ことが悔やまれる。オクラホマの砂埃に吹かれたようなロジャ
ーの塩辛くザクザクしたギターの弾き語りは、彼が地元で普段
行ってた素の演奏を想像させるほど。「こんばんは。私はジョ
ニー・キャッシュです」とジョークのMCで始まり、オリジナル
に交えてエルヴィス・プレスリーの「ミステリー・トレイン」
やリトル・ウィリー・ジョンの「オール・アラウンド・ザ・ワ
ールド」を歌っていく姿が、40年代生まれの南部人そのままを
気取りなく伝えている。

もうひとつの大きな価値は、セカンド・ステージで日本が誇る
ラリーパパ&カーネギーママが、ロジャーのバックを務めたこ
とだろう。彼らの実力は狭山のハイドパーク・フェスやマーク
・ベノの来日公演時にぼくも感銘を受けたが、ここでのロジャ
ーのサポートも心が籠った清々しいものであり、いかに彼らが
ロジャーやスワンプ・ミュージックを愛しているかを感じるこ
とが出来る。とくにザ・バンドでお馴染みの「ゲット・アップ
・ジェイク」やジェシ・エド・ディヴィスのヴァージョンが細
胞のように染み込んでいる「ロックンロール・ジプシーズ」が
奏でられる頃には涙腺がウルウルしてしまった。当時会場にい
らっしゃった方々なら、なおさらに違いない。ちなみにラリー
パパの演奏を気に入ったロジャーは、こんなエピソードを語っ
ている「彼らはまるで私の息子たちのようだ。ラリーパパを連
れてアメリカに帰りたい」

悲しくもロジャーの死去によって、その夢は永遠に果たされな
い約束、傷だらけの片道切符、架けられることのない橋になっ
てしまった。しかし、それでもこの『ロジャー・ティリソンwi
thラリーパパ』が今秋(9/25)リリースされる運びになったこと
を喜びたい。ぼくたちは大きな存在を失ってしまった。それで
もロジャーの音楽は、暮らす土地や人種の違いを軽く飛び越え
ながら今日も胸を焦がしていく。それがタルサのジューク・ジ
ョイントであれ、梅田の呑み屋であれ。そしてラリーパパたち
は、今日も夢の跡地を追いかけてゆく。それが証拠に彼らの全
国ツアーはこの10月から始まる。

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# by obinborn | 2016-08-19 17:48 | one day i walk | Comments(0)  

AORと私の交差点

『レココレ』最新号のAOR特集を興味深く読んだ。スワンプが
看板?のぼくとAORとでは相性が悪いと思われている方がいら
っしゃるかもしれないが、名盤ガイドのなかには自分の愛聴盤
もある程度の枚数があり、AORというジャンルが元々はシンガ
ー・ソングライターのアップデイト版だったと思い至った次第。
以前もここで金澤氏と話したように、ジェイムズ・テイラーや
ネッド・ドヒニーといった黒人音楽の素養があるSSWの場合は、
ブルーアイド・ソウルの発展形として楽しむことも出来よう。
彼らに特有のハネ〜シンコペーションの感覚こそ、優れたAOR
の証。そういう意味ではR&Bを根っ子に持つボズ・スキャッグ
スが時代とともに洗練されていった歴史にAORが凝縮されてい
る。リズムに対して自覚的だったという意味では、フィービー・
スノウやポール・サイモンも先駆的な存在だっただろう。

これまでヘッド・アレンジでのんびりとやっていた人たちが、
70年代の中盤を過ぎた辺りから、音楽産業のスピード化によっ
て効率が求められていく。そういう意味では譜面が読めないタ
イプは次第に淘汰され、スコアに対応出来るスタジオ・ミュー
ジシャンたちへと徐々に世代交代していったのかもしれない。
だからAORを深く愛する人でも、AORを基本的にはスタジオ・
ミュージックと認識されていることが腑に落ちるのだった。そ
れはグレイトフル・デッドがジャム演奏に価値を求めていった
姿とはどこまでも対称を描く光景に違いない。

個人的にはロビー・デュプリーやマイケル・マクドナルドのリ
フが広く流布され、使い回されるようになった頃からAORがつ
まらなくなったと感じている。これは何もAORに限った現象で
はなく、多くのポップ音楽が二匹めのドジョウを狙うという悪
癖から逃れられないわけだけど…それはともかく、ぼくが最良
のAORとして思い浮かべるのは、マーク・ジョーダンの『マネ
キン』(78年)だ。スティーリー・ダンを育てたゲイリー・カ
ッツのプロデュースなれど、スティーリー色は巧妙に避けられ、
あくまでジョーダンのソングライティングを活かすべく、TOT
O周辺のプレイヤーが控えめで含蓄ある演奏に終始する。そん
な知的なエレメントが好きだった。どこかの誰かを糾弾するの
ではなく、ただ虚ろに漂うジョーダンの歌に心を寄せることが
出来た。そんな風に感じた日々がまるで昨日のようだ。

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# by obinborn | 2016-08-17 17:27 | one day i walk | Comments(1)  

一拍のニュアンス

オンとオフしか選択ぜず中間は排除。このように行間が読めなく
なった背景には、即時性が強く、しかも匿名で物を言えるネット
の影響があるのだろう。まともな人間であれば、その人が総意と
してどういうことを言いたかったのかを汲むものだが、文脈を無
視してワンフレーズのみに反応しジャッジし、果ては炎上へと持
ち込む風潮が当たり前になってしまった。そういう意味では昨日
挙げたミスチルの桜井さんがおっしゃるように「人々は解り易い
ドラマを求め過ぎている」のかもしれない。そこから零れ落ちて
しまう逡巡のほうが遥かに大事なのにもかかわらず。

行間を音楽に置き換えてみよう。私達は通常意識せずとも裏拍と
いうものを感じている。フリーの「オールライト・ナウ」のドラ
ムスが好例だと思うが、頭一拍を抜かすサイモン・カークに譜面
では表現出来ないタメを発見し、それがいわゆるグルーヴの根源
となるのだ。ビートルズの「抱きしめたい」やストーンズの「ブ
ラウン・シュガー」のイントロを聞いてみよう。ジョンにせよ、
キースにせよ、頭の一拍を深呼吸するように念頭に置きながらも、
実際のギター・カッティングは裏拍から入っている。それを感じ
るか感じないかで、それぞれの曲に関する理解はまるで違ってく
るはず。行間を読めない人は、きっと裏拍のニュアンスや醍醐味
は解らないのだろう。まして旋律というAA'BA形式でなく、モー
ド(旋回)のなかで音楽を捉えたマイルズ・ディヴィスやスティ
ーヴ・ウィンウッドの”圧倒的な自由”など、耐性がないだけに「
難しい〜」の一言で済ませてしまう恐れがある。

インスタントな会話から濃密な関係が生まれないように、譜面ば
かりを追いかけていても、けっしてグルーヴは生まれまい。その
ことを胆に命じておきたい。

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# by obinborn | 2016-08-17 13:14 | one day i walk | Comments(2)  

ウィルコ・ジョンソンは帰っていく故郷のことを考えさせる

ウィルコとロジャーの『GOING BACK HOME』(2014年)を
LP盤で入手!リー・ブリローと喧嘩別れした後はずっと自ら歌
ってきたウィルコが、やっと本格的なヴォーカリストと出会え
たという意味で、本作はエポックだった。まるで溶接工のよう
にタフなロジャーの歌を得て、ウィルコのマシンガン・ギター
も水を得た魚のよう。二人の出会いは英MOJO誌の授賞式での
こと。むろんそれまでも互いを認識していただろうが、二人は
「お前もR&Bが好きなだけやん!」とすぐさま意気投合したら
しい。アルバムの主旨はウィルコのこれまでのキャリアを振り
返るもので、フィールグッド時代からソロまでの代表曲がリメ
イクされ、そこにウィルコ永遠のアイドルであるボブ・ディラ
ンの「窓から這い出せ」が加わる。また本作での演奏は盟友ノ
ーマン・ワット・ロイbにディラン・ハウdsと、あくまでウィ
ルコ・ジョンソン・バンド主導で録音されている。当時末期の
癌と宣告された(のちに誤診と判明)ウィルコの気持を汲めば、
まるで自分の家族のように、長年苦楽を共にした仲間と最後に
なるかもしれないレコーディングに臨んだのは当然の選択だっ
たろう。わずか2年前のこととはいえ、そんなことひとつひと
つを思い出しているうちに胸が一杯になってくる。アルバムが
Going Back Homeに始まり、All Through The Cityで終わると
いう構成が実に泣かせる。つまりドクター・フィールグッド最
初期のナンバー2曲を最初と最後に据えることで、ウィルコが
青年期を駆け抜けたフィールグッズへのオマージュになってい
るのだ。その想いが聴こえる人にはちゃんと届くことだろう。
付属されたブックレットにはウィルコとロジャーそれぞれの若
き時代の写真が添えられている。私がザ・フーの『ライヴ・ア
ット・リーズ』に夢中だった頃、あるいはフィールグッズの登
場に衝撃を受けた頃、まさか二人が21世紀になってから心を通
わせ、新たな名盤を産み落とすとは想像も出来なかった(長生
きはするものだ)片やスタジアム・ロッカー片やパブ・エリア
と、ロジャーとウィルコでは置かれた環境こそ異なるものの、
費やされた長い歳月の間にもたらされた寛容な心が、この二人
をしっかり結び付けた。まるでブリティッシュ・ロック50年の
歩みを凝縮するかような『GOING BACK HOME』は、私に帰っ
ていく場所や故郷のことを思い起こさせる。

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# by obinborn | 2016-08-12 17:55 | rock'n roll | Comments(0)  

言葉は言霊(ことだま)です

今年前半の報告:77枚の音源(LP/7's/CD)を買い、18回のライブ
に行き、31冊の本を読みました。お誘い頂いたDJは7回でこれも
嬉しかったです。あと大阪に二度ほど出張して自分がけっして嫌
われていないのを確認出来たことは大きかったですねw 逆に反省
しなきゃいけないのは、愚痴が多くなってしまったこと。夜9時
を過ぎるとすぐ眠くなってしまうこと(笑)

言葉は言霊(ことだま)です。ネガティブな見解を言い連ねてい
くと人は去っていきます。でも何か少しでも自分の心を震わせる
ものに気持を寄せた時、人々が笑みとともに集まってきます。ぼ
くはSNSから、少なくともそのことを学びました。こんな不完全
な私ですが、今後ともよろしくね!

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# by obinborn | 2016-08-09 17:21 | one day i walk | Comments(2)  

8月7日はパブロック・ナイトのリハでした!

7日は渋谷のバーTANGLEにてパブロック・ナイトの公開リハー
サルでした! TANGLEさんは今日初めてお伺いしたのですが、気
さくなみおさんとマイケルさんのお陰ですっかり打ち解け、ぼく
はビールを6杯も飲むほどでした。リハとは言えDJ諸氏は皆気合
い入りまくり!負けていられないなあ〜(笑)以下ぼくのプレイ
リストです。写真はみおさんと。

DAVE EDMUNDS/CRAWRING FROM THE WRECKAGE
DUCKS DELUXE/LOVE'S MELODY
FLAMIN' GROOVIES/BLUE TURNS TO GREY
EDDIE& THE HOTRODS/THE KIDS ARE ALRIGHT
DR.FEELGOOD/WATCH YOUR STEP
NICK LOWE&LOS STRAIGHTJACKETS/HALF A BOY& ...
GERAINT WATKINS/MOUSTIQUE
(B TO B)
DAVE EDMUNDS/SHOT OF R&B
NICK LOWE&LOS STRAIGHT JACKETS/RAGING EYES

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# by obinborn | 2016-08-08 01:11 | rock'n roll | Comments(0)  

8月6日のザディコキックス

昨年11月のSQUEEZEBOX NIGHT以来、久し振りにザディコキッ
クスのライブを6日は東長崎の納涼大会にて。やはりステージ慣れ
しているのだろう。リハとサウンド・チェックの時間もないとい
う制約された条件にもかかわらず、キックスはこの夜もクレオー
ル・ダンス・ミュージックの数々で会場を湧かせた。バンド・リ
ーダーであるアコーディオン奏者の中林由武にとっては、まさに
地元に錦を飾る貴重なパフォーマンスだったに違いない。わずか
20分という持ち時間にもかかわらず、手を抜くことなくバンド全
員が駆け抜けたことを嬉しく思う。わけても最近の中林がよく使
用するサスティーン・サウンドは、かのスティーヴ・ジョーダン
を彷彿させるほど。彼らがいつも行っているラブボード(洗濯板)
でお客さんに参加を呼びかける場面も、ごくごく自然に商店街の
空気を温めていった。
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# by obinborn | 2016-08-06 23:24 | one day i walk | Comments(0)  

カープの世界

広島カープ快進撃記念!というわけで、米カープ唯一のアルバム
(Epic 70年)を3枚揃えてみました。オクラホマ州立大学に通う
学生たちによって66年に結成された旨が裏ジャケットに書かれて
いますので、巷で言われるところのザ・バンドのフォロワーとい
うよりも、ルーラルなロックを演奏してたら、たまたまザ・バン
ドに似てしまったというのが本当のところかもしれません。そう
した意味では西海岸のクローヴァーやエッグス・オーヴァー・イ
ージーと同じ匂いがプンプンします。あるいはもっと後進のブル
ー・ジャグとか。

70年当時日本盤としてリリースされたかどうかは寡聞にして知り
ません。そんなマイナーなバンドが今もこうして語り継がれてい
るのは、渋谷のロック喫茶ブラックホークが選ぶ99選というミニ
コミに紹介されたことが大きいでしょう。その誌面で今は亡き同
店のオーナー松平維秋さんは「埃っぽく、ハーモニーは汚れ、サ
ウンドは土臭く、洒落たところの一片もない粗野な演奏で、彼ら
の育ったテキサスの大地の歌を聞かせてくれます。ザ・バンドの
やんちゃな弟で、現在彼らがどうしているか知るよしもありませ
んが、この7年間ブラックホークでコンスタントに支持されてき
ました」と書かれています。実際21世紀になってからもスワンプ
好きから愛されているのは、ひとえにこの冊子の影響力ゆえでし
ょう。

筆者は当時から必ずしもブラックホーク的な物差しに同意してい
た訳ではありませんが、やはり無形有形に同店から影響されてき
たのでしょう(若者は仮想敵を作りがちだ)それを一言で言えば
「世間の流行がどうであれ、自分は自分の好きな音楽を聞くのだ」
という一点だったと思います。今と違って情報が少なかった70年
代に書かれた松平さんの評文を腐すことはしたくありません(カ
ープはテキサス出身ではないにしても、です)松平さんや、中村
とうようさんのような頑固オヤジが亡くなってしまって寂しい。
そんなことを思いながら、夏の夕暮れ時に一杯引っ掛けながら、
ぼくはカープの土の匂いのするアルバムを聞いています。

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# by obinborn | 2016-08-03 17:18 | one day i walk | Comments(0)  

都知事選を振り返って

都知事戦終盤での野党共闘の綻びは醜いものだった。宇都宮
と鳥越との内紛はもとより、民進の岡田が次回の党代表には
候補しないと投票日前日になって表明するなど、首を傾げざ
るを得ない事態が続いた。これでは敵前逃亡と罵られても仕
方あるまい。肝心の鳥越にしてもアンチ安倍政権を掲げるだ
けで、とても真剣に都の政策を考えているとは思えなかった。
しまいには大島など離島に限っては消費税を半額にするなん
ていう荒唐無稽を言い出す始末だ(苦笑)

結局そうした事態を有権者の多くはしっかりと冷静に見定め
ていたのだろう。鳥越が集めた票の倍以上で小池が圧勝した
事実は重い。アンチ鳥越の無党派層の何割かが批判票として
小池に投じた事実が、今回の都議選の屈折した様相を端的に
物語っている。筆者は一年前からこのFBで「民共合作」を批
判してきたが、とくに口に出さずとも同じような思いで野党
共闘のインチキ臭さを感じていた方々は多かったのだ。そも
そも自衛隊を認めないと党要綱にある共産と、改憲派が多い
民進が手を結ぶというのがいかにも打算的ではあるまいか。
それとも現在のリベラルは、そんな偽善から目を逸らすほど
衰えてしまったのだろうか。

真のリベラルとは、ただ闇雲に9条を守れと叫んだり、沖縄
の声を聞けと正義を振りかざす勢力ではない。そうした問題
意識を共有する一方で、日米安保条約の価値や南シナ海で脅
威となっている中国の危険な動きを察知する能力が求められ
ている。横須賀に米の大型空母が入港していることが、アジ
アの抑止力になっている現実を見つめよう。中国がチベット
の人民を迫害した事実を、自分たちの国の問題としてイマジ
ンしてみよう。

個人的な告白になってしまい恐縮だが、私の父は丸山眞男と
親交のある言論人だった。その一方で祖父はかなり初代の自
衛官だった。そんな左と右とが入り混ざった環境に育った私
は、いつしか複眼的な思考を身に付けていったのだと思う。
今回の知事選で都民は、思い入れの激しいジャーナリストよ
りも現実的に物事を考えられるリアリストを選択した。むろ
ん小池には日本会議との深い繋がりがあり、その右翼思想が
いつ剥き出しになるか解らない危険を孕んでいる。それでも
都民が彼女を選んだのは、自称リベラルたちへの深い失望が
あったからだ。そのことを受け止めたい。

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# by obinborn | 2016-08-01 08:28 | one day i walk | Comments(0)  

7月30日のアレックス・チルトン〜パワーポップ・ナイト


今日(30日)は渋谷の喫茶スマイルにてアレックス・チルトン
〜パワーポップのDJナイトでした。会場は立ち見でぎゅうぎゅ
うなほどの大入り!今は亡きアレックスの音楽を愛する人々が
こんなにもいることに筆者は思わず胸が一杯になってしまった。
それもこれも若い世代の人たちが流行に左右されず、REM以降
のカレッジ〜オルタナ・シーンにしっかり耳を澄ませながら、
ビッグ・スターやアレックスを辿っていった証左であろう。時
代の脚光を浴びなかった故に、アレックスはいつしかメンフィ
スのアンサング・ヒーローとなり、その音楽は若い連中へと確
実に受け継がれていったのだ。気取らない態度といい、どこか
ぶっきらぼうな佇まいといい、アレックスの音楽に常に流れて
いたのは、ごくナチュラルに自分と向き合い、他人の曲も自分
の歌と変わらずに愛でる心だったと思う。DJの皆さん、アレッ
クス愛に貫かれた素晴しいライブを繰り広げたビート・キャラ
ヴァンの四人、わざわざ集まってくださったお客様、スマイル
店主の北山さんetc…ほんま楽しかったです!帰りの電車のなか
筆者は思わず感動の涙がこぼれてきてしまいました。皆また会
おうぜ!That's Nice ! 以下私のプレイリストです。
*   *   *
ALEX CHILTON/THE OOGUM BOOGM SONG
ALEX CHILTON/LITTLE GTO
ALEX CHILTON/GUANTANAMERICA
BOXTOPS/SOUL DEEP
ALEX CHILTON/PARADISE
ALEX CHILTON/SUMMERTIME BLUES
ALEX CHILTON/LET ME GET CLOSE TO YOU
ALEX CHILTON/HOOK ME UP
ALEX CHILTON/TRAMP
ALEX CHILTON/COME BY HERE
(one more mile to go)
ALEX CHILTON/SEPTEMBER GURLS

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# by obinborn | 2016-07-31 01:44 | rock'n roll | Comments(0)  

7月19日の木下弦二

梅雨の終わりを告げるかのように、この日夕方の東京には豪雨
が降り注いだ。そんな悪天候の只中、道に迷っていた筆者を迎
えにわざわざ駆け足でやって来て、道案内するのが木下弦二ら
しい。東京ローカル・ホンクでのスリーデイズを無事終えた彼
は、19日神田小川町のショーンという小さなバーで弾き語りの
ソロを行った。しかも普段の木下が看板とするセミアコではな
く、プラグド・インのアクースティック・ギターを使用すると
いう、極めてレアな驚きとともに。

雨の火曜にもかかわらず会場は満員だ。きっとホンクでの彼と
はまたニュアンスが異なる弦二の姿を確かめようとした方々が
集まったのだろう。実際彼は普段のソロがそうであるように、
仲井戸麗市の「スケッチ'89.夏」をはじめ、松任谷由実の「9月
には帰らない」細野晴臣の「住所不定無職」などカバー曲を交
えながら、澄み切った歌声を響かせていった。以前からたまに
取り上げてきた「上を向いて歩こう」にしても、単に永六輔の
死去という直近の話題としてではなく、混乱した今現在の日本
の写し絵となって、こちらの五臓六腑へと確実に染み亘ってく
る。弦二が直截的なプロテストソングを歌い、この世界のあり
方に異議を申し立てることは一切ない。それでも彼の優れたオ
リジナル曲は、「身も蓋もない」であれ「いつも一緒」であれ、
何かを聞き手の心に宿していく。言葉が平易であればあるほど、
弦二がギリギリまで削ぎ落したソングライティングを心掛け、
実践していることがよく解る。

アンコールの声に応えて彼が用意したのは、スティーヴィ・ワ
ンダーのYou're the Sunshine of My Life。そう、ワンダーが73
年の3月に全米ポップ・チャートの一位へ押し上げた名曲であ
る。このハッピーソングでは、明るく無邪気な戯れが深い喪失
と隣り合わせになっている。そんな複雑で傷だらけの様相を、
木下弦二は笑顔のなかに、暖かい太陽のなかにそっと包んで
いく。

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# by obinborn | 2016-07-20 02:06 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

中井大介の新作『SOMEWHERE』に寄せて

中井大介さんが、彼の新しいアルバムを送ってくださった。
紹介記事を書くために以前からMP3音源で接していたとは
いえ、最終ミックスを経た音像で聞く『SOMEWHERE』は
やはり格別だ。ぼくのリコメンドは以下の通りです。

丁寧に織り込まれた音たち。
光の束となってきらめいていく言葉たち。
何が正しくて、何が間違っているのかは誰にも解らない。
昨日よりも今日のほうが確かだとも言いきれない。
中井大介はそんな毎日のなかから歌を拾い上げ、
物言わぬ貨物船や愛おしい人々に眼差しを注いでいる。
(小尾隆・音楽著述業)

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# by obinborn | 2016-07-17 17:17 | one day i walk | Comments(0)  

7月16日の東京ローカル・ホンク

16日は東京ローカル・ホンクのワンマン・ライブを高円寺の
JIROKICHIにて、たっぷり3時間堪能した。先月のツアー最
終日には気の毒なほど声帯を痛めていた木下弦二だが、この
日は彼本来のイノセント・ヴォイスが復活。四人の演奏もビ
シっと引き締まり、最近では躊躇なくベストと呼べる内容に
なった。楽曲もうずまき〜ホンクの20年以上を凝縮するかの
ように、うずまき時代の「おいのりのうた」から弦二の最新
ソロ・アルバムに収録された「また会おう」までが、しっか
りと組曲のように束ねられていった。

初期の無邪気な「海辺の家の一週間」もあれば、苦みに満ち
た最新曲の「身も蓋もない」や「ダーク・マター」での哲学
的な洞察もある。そうしたソングライティングの変化や、渋
味を増したこの夜の演奏が、見事なまでに彼らの成長過程を
捉えていた。彼らの世代には珍しく、人力による生きた演奏
に持てるすべての力を注ぎ込んだ情熱がたっぷり。やや大袈
裟に言えば、かつてザ・バンドも成し得なかった領域にまで、
今現在のホンクはしっかりと足を踏み込みつつある。

自分の窓から見える光景をしっかり歌詞に書き留め、それら
を柔らかな旋律とグルーヴのある演奏で飛躍させていく。言
葉で言えば簡単かもしれないが、実はあまりに困難な課題へ
とホンクは立ち向かい修練を重ねてきた。しかも最初に楽器
を手にした時の初々しさを彼らが見失うことはない。それは
きっと、メジャーになるかインディのシーンに留まるかとい
った大雑把な二元論ではあるまい。自分たちの好きなことや
愛する光景を彼らは守る。それはすなわち、自分がどうして
も好きになれないことや、暗い情感には囚われまいとする心
映えだ。東京ローカル・ホンクは多くを語らずとも、名もな
い花に水を差すように、枯れた土地に雨を降らせるように、
長い歳月に亘って演奏してきた。その価値を思わずにはいら
れない。今頃楽器の搬出はもう終わっただろうか。夜が明け
れば彼らのバンは明日の公演地である水戸へ向かう。一期一
会に笑みを交わしながら。「ハイウェイソング」を口ずさみ
ながら。

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# by obinborn | 2016-07-17 01:49 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

髭スワンプのボビー・ランスさん

ボビー・ランスは71年の『ファースト・ピース』は持っていま
したが、72年のセカンド『ローリン・マン』は先日大阪出張の
際やっと入手することが出来ました。前作はマスル・ショール
ズでの録音で、バリー・バケットやフッド=ホウキンズなどい
わゆるスワンパーズと合流して作られたもの(デュエイン・オ
ールマン参加説あり)でしたが、『ローリン・マン』では一転
してニューヨークのアトランティック・スタジオでのロケーシ
ョンが組まれました。前作のようにスタジオメンの力を借りる
のではなく、無名ながらも自分の仲間たちとともに録音した点
に好感が持てます。ヴァン・モリソンでいえば、彼が自分のバ
ンドで臨んだ『ヒズ・ストリート・クワイア』にも通じる”親和
力”がポイントですね。

所属レーベルもコテリオンから親会社のアトランティックへと
移籍(昇格?)し、レコード会社から期待を寄せられていた当
時の様子が伺えます。自らギターやピアノを弾くランスですが、
やはりその強烈に泥臭いヴォーカルが最大の魅力でしょう。70
年代前半は彼のようなダミ声の持ち主が、ロック・シーン全体
のダウン・トゥ・アース志向と相俟って脚光を浴びましたが、
ランスもまたそんな一人でした。前作でのこなれた名人芸と違
い、より求心力を増した歌が全編にビシバシと漲っています。
ちょっとメロウなコード感のあるLAST STOP CHANGE HAND
Sではイントロのギター・ハーモニクスから思い切り気持を持っ
ていかれますし、ゴスペル・ライクなHE PLAYED THE REALS
での希求するかのような感情表現も見事。そしてスライド・ギ
ターが炸裂するブギウギ・ロックンロールのYOU GOT TO RO
CK YOUR OWNの骨太な味わいはまさにランスの真骨頂であり、
レコーディング・スタジオの熱気が伝わってくるようです。

残念ながらランス本人の詳しい経歴は不明ですが、契約レーベ
ルから想像するに、かのジェリー・ウェクスラーに見出された
たのかもしれませんし、彼の出資協力を得てキャプリコーン・
レーベルを設立したばかりのフィル・ウォルデンの審美眼に
叶ったという可能性もあります。いずれにしても、今ではもう
滅多に出てこない”真性スワンプ”の記録がここにはあります。
マスル録音の『ファースト・ピース』のほうが人気は高いよう
ですが、そうした話題抜きに自分のバンドで勝負に出たこの
『ローリン・マン』に、ランスの男気を感じずにはいられませ
ん。個人的にはボビー・ウィットロックの『ロウ・ヴェルヴェ
ット』(これも自分のバンドでの録音)と並ぶ愛聴盤になりそ
うです。ローウェル・ジョージを彷彿させるランスの髭面も最
高!きっとこれからも髭スワンプの知られざる名盤として語り
継がれていくことでしょう。

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# by obinborn | 2016-07-16 16:11 | rock'n roll | Comments(0)  

7月14日のツル&ザ・シスター・レイ/サーディン・ヘッド

14日は元住吉のPOWERS2にてツル&ザ・シスター・レイと
サーディン・ヘッドのツーマン・ライブを。まずはシスター
・レイのノイジーでパンキッシュな演奏にヤラれた!バンド
名から容易に想像出来るように、彼らはヴェルベッツやルー
・リードに倣った大音量ロックを炸裂させた!しかし単なる
轟音には終わらず、ツルのギター・パートひとつ取っても考
え抜かれた経験値を感じさせる。とくにヴェルベッツWhat's
Goes Onの痙攣するようなビートは、60年代のN.Yファクト
リーにあった鋭さを運んでくるかのようだった。

対するサーディン・ヘッドは、筆者が現在最も注目している
ジャム・バンドだ。二本のギターの駆け引きと多彩なビート
を繰り出していくリズム・セクションは、ときに激しくぶつ
かり合いながら、ときに息を呑むようなメロディックな輪郭
を共有しながら、スリリングな音模様をどこまでも自由に描
き出す。最も叙情的な曲Blow Rippleでコーラスが加わる以外
はすべてインストゥルメンタルなのだが、デッドのDARK S
TARやクリムゾンの『太陽と戦慄』に幻惑されたかつての音
楽少年は、サーディンが放出し続ける雄大かつ繊細な音の塊
に今日も心震わせたのだった。彼らは一体どんな音楽を聞い
て育ち、どんな演奏にインスパイアされてきたのだろう? 
いつかそんなことを四人と語り合ってみたい。

アンコールでは先に演奏したシスター・レイのツルをステー
ジへと呼び戻したサーディンが、ツルとともにデヴィッド・
ボウイのHang on YourselfとHeroesの2曲を演奏。とくに
テンポを落としながら迫る後者では、三人のギター奏者が
ソロ・パートを分け合うなど、この夜ならではの感動的な
場面が繰り広げられていった。

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# by obinborn | 2016-07-15 06:12 | rock'n roll | Comments(0)