カシムラくんを追悼する:その2

カシピーの姿を最初に見たのは確か2008年頃だったと思う。
カウボーイズが沼袋の美容院!でライブをやった時にハーモ
ニカで客演したのがカシピーだった。通常のハコではなかっ
たことがかえって印象を深めたのかもしれない。彼は本番中
からビールをがんがん飲み、赤ら顔になって機嫌良く吹いて
いた。ドラムも現在の植村さんに変わる以前で、東野りえち
ゃんが叩いていた時代のことだ。もう10年前の話なので当日
のことはよく思い出せないけれど、ステージ終盤にクリーデ
ンスの名曲LODIを演奏したことは今でも鮮やかに覚えている。
僕の記憶が正しければこの夜にハルさんがカシピーを紹介して
くれたんじゃないかな。

そんなことを反芻しながらクリーデンスの『GREEN RIVER』
をレコード棚から引っ張り出してきた。BORN ON THE BA
YOUの焼き直しとも言えるGREEN RIVERに始まり、レイ・
チャールズのTHE NIGHT TIME IS THE RIGHT TIMEに終わ
る69年のアルバムで、LODIはB面の2曲めに収録されていた。
これは各地を往来する旅人のロード・ソングであり、「おお、
LODI、また道の真ん中で故障しちまったぜ」というフレーズ
が図らずもアメリカ各地をツアーするジョン・キャメロン・
フォガティの心情を捉えていた。この曲がダン・ペン、ブル
ージャグ、エミルー・ハリスらによって広くカバーされてき
た理由も、きっとそんな孤独感ゆえに違いない。そしてカウボ
ーイズのヴァージョンが加わった。これほど勇気付けられる
ことはない。顔を真っ赤にしながらカシピーはハーモニカを
吹いていた。

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# by obinborn | 2018-05-06 11:26 | Comments(0)  

さようなら、カシピー

カシピーという愛称で親しまれたハーモニカ奏者、カシムラ氏
が亡くなってしまった。近年はずっと闘病生活をしていた彼だ
が、遂に力尽きた。オイラがカシピーを知ったのは、東京アン
ダーグラウンド永遠の風雲児であるハル宮沢さんに紹介しても
らったからだ。ハルさん率いるコスモポリタン・カウボーイズ
のライブに客演し、楽しそうに吹いていたカシピーの姿が忘れ
られない。その後もオイラが出したパブロックの本を褒めてく
れ、去年行われたバブロック・ナイトに行きたいという旨を書
いてくれたのだが、結果それが最後の”会話”になってしまった。
けっして濃密な付き合いとは言えなかったが、こんなオイラを
気に留めてくれたことがすごく嬉しかった。オイラもいつの日
か、君のいる天国に行くようになるだろう。それが10年後にな
るのか、あるいは半年後なのかは誰にも解らないけれど、その
時はいっしょに音楽を語り合おうぜ、カシピー。幾つかの心温
まる日々とともに、いま君のことを思っている。合掌。

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# by obinborn | 2018-05-06 09:54 | rock'n roll | Comments(0)  

映画『さすらいのレコード・コレクター』を観て

2日は新宿のK'sシネマで『さすらいのレコード・コレクター』
を観てきた。主人公のジョー・バザードはメリーランド州に
暮らす初老の男で、ブルース、ブルーグラス、ヒルビリーとい
った戦前の音楽にしか興味がない。何しろロバート・ジョンソ
ンが最後にいいと思えたブルースであり、娘が買ってきたジョ
ン・レノンのレコードをフリスビーにして飛ばしてしまったと
いう偏屈な男である。その代わりにジョーが10代の頃からアメ
リカ各地を回って集めてきたSPレコードのコレクションは2万
を超える膨大な量で、幾つかの再発レーベルに音源を提供して
きた功績も計り知れない。

そんな男の独白が『さすらいのレコード・コレクター』だ。原
題であるDESPERATE MAN BLUES(極端な男のブルース)が
示すように、その収集癖やレンジが決して広いとは言えない音楽
観には賛否両論あるだろう。少なくとも70'sロックを研究してい
る僕とは全く相容れない世界のありようだ。それでもこの映画
が共感を呼ぶのは、たとえ世間の流行がどうであれ、己の道を信
じて歩む男の姿が克明に描かれているからだろう。本職は決して
明かされないものの、同じコレクター仲間だった妻に先立たれた
ことを終盤で告白し、食事を作る手間を省くために町の簡素な
レストランで日々の空腹を満たすジョー・バザードの姿が明かさ
る。SPのお宝があると情報を聞きつけたわりには、さほどの成果
が上がらなかった黒人の家庭にも感謝の言葉を忘れない。まさに
レコード・コレクターの鑑のような人だ。一番好きなカントリー
・マンはジミー・ロジャーズとか。そしてロニー・ジョンソンに
サンハウス、あるいはチャーリー・パットンが生きた日々へと、
ジョーは今日も思いを馳せる。

白眉はポール・ジェレミアがハザードの自宅を訪れる場面だろう
か。僕がデイヴ・ヴァン・ロンク以上に敬愛する白人のブルース
・リヴァイヴァリストがジェレミアなのだが、彼ら二人が演奏家
と収集家という立場を超えて、愛するブラインド・ブレイクを語
り、歌い、微笑みを交わしていく様が脳裏から離れない。


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# by obinborn | 2018-05-02 17:09 | blues with me | Comments(0)  

4月27日のサーディンヘッド

音の粒子が降り注ぐ夜だった。そのひとつひとつが繊細であり、
骨太であり、山あり谷ありの楽曲のなかで一枚の大きな絵を描
き出す。そんなサーディンヘッドのライブを27日は下北沢のrp
mにて。複雑な構成を伴った変拍子の嵐もあれば、綺麗なメロ
ディが浮かび上がってくる場面もある。そんな変幻自在のサウ
ンドスケープに時の経つのを忘れた。

誰もいない放課後の教室で、一人ギターを抱えた青年がいる。
無口な彼は思うように言葉を発することが出来ない。そう、例
えば自分のこれまでのことや、これからのことに関して。それ
でも彼はギターを弾き出す。幾多のジーニアスたちの演奏に慄
きつつも、いつしか自分の語法を身に付けて。


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# by obinborn | 2018-04-28 06:57 | one day i walk | Comments(0)  

リヴォン・ヘルム「もし自由を感じられたらどんなにいいことだろう」

6年前の今頃、再来日したデヴィッド・ブロムバーグはステージ
からこう呼び掛けた「リヴォンが亡くなったらしい...」と。そん
な断片をまるで昨日のことのように思い出している。そう、今日
はリヴォン・ヘルムの命日だった。彼にとって最後のスタジオ・
アルバムとなってしまった『ELECTRIC DIRT』(Vanguard 09
年)を聞いている。一曲めがガルシア=ハンター作のTennessee
Jedだったことが面白い。というのもリヴォンは最初デッドのよう
なヒッピー・ロックを毛嫌いしていたから。そんな彼はこう打ち
明けている「何だ、音楽の根っ子は俺らザ・バンドと一緒だったん
だね」と。そんなエピソードを反芻しながら、Tennessee Jed
が鳴り出し、以下ステイプル・シンガーズ、ハッピー&アーティ・
トラウム、マディ・ウォーターズ、カーター・ファミリー、ランデ
ィ・ニューマンと連なっていくカバー曲が、計らずともリヴォンの
広範な音楽地図を物語っていく。アルバムの最後に置かれたのは、
ニーナ・シモンの名唱で知られるI Wish I Knew How It Would
Feel To Be Freeだ。かつては公民権運動を背景にして歌われた
「もし私が自由を感じることが出来たらどんなに素敵かしら」と
いう歌詞が、時と場所を変えて、リヴォンの白鳥の歌になった。

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# by obinborn | 2018-04-19 17:09 | one day i walk | Comments(0)  

4月8日の東京ローカル・ホンク

どんなに勇ましい言葉よりも、遥かに染み渡る音がある。それら
がまるで木霊のように広がっていきました。ホンク、いつもあり
がとう!


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# by obinborn | 2018-04-09 01:05 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

サーディンヘッドの鰯釣りに行ってきました!

大きく真っ白なキャンバスがあって、そこに自由な絵を描いて
いく。一筆書きのような大胆な線があるかと思えば、水彩画の
ような繊細さに満ちたラインもある。そんなロック・カルテッ
ト、サーディンヘッドのライブを6日は下北沢のラウンにて。
そこにはブルーズの解体があり、ファンクの応用があり、とき
にジャズ・イディオムに向き合うフリーなインプロヴィゼーシ
ョンの応酬がある。緻密であると同時に自由奔放なサーディン
の”鰯釣り”はこの夜も実にフレッシュだった。

「鍵盤奏者がいない分、僕たちは和声に関して自由になれるの
かもしれません」一部と二部との間の休憩時間にベース奏者の
湯浅さんはそんなことを語ってくださった。僕は楽器を弾けな
いので音楽理論に関することはよく解らないけれども、彼が言
わんとすることが、壮大でイマジネイティブな音の束となって
降り注ぐ得難い夜になった。サーディン!君たちは何てイカし
ているのだろう!

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# by obinborn | 2018-04-07 06:06 | one day i walk | Comments(0)  

佐野元春&ザ・コヨーテ・バンド、『Maniju』ツアー最終日に寄せて

瑞々しい情感に満ちた新作『Maniju』を携えた佐野元春&ザ
・コヨーテ・バンドのツアー最終日を1日は東京ドーム・シテ
ィ・ホールにて。コヨーテ・バンドの剥き出しのギター・ロ
ックは若々しく、佐野が過去率いてきたザ・ハートランドや
ホーボー・キング・バンドに比べると荒削りであり、ときに
アメリカのオルタナティヴ・ロックを彷彿させるほどだが、
そのザラついたサウンドスケープのなか、メロディの輪郭が
しっかり浮かび上がり次第に高揚していく様が、もう圧倒的
に彼らしい。

歌詞カードを読む限りでは一見ありきたりな言葉たち。それ
が確かなバンド・サウンドを伴いながら立体的になっていく。
もしロック音楽に最大の武器があるとすれば、まさに佐野元
春は37年間に亘ってそれを実践してきた。しかも彼の場合は
とかく内輪向きになりがちな趣味の世界を善とせず、私たち
が普段見ている街の景色や人々の群像を鮮やかな絵の具で塗
り換えてみせた。たとえ困難な時代であっても、標語やプラ
カードを掲げるのではなく、もっと幾多にも広がっていく想
いを大事にしてきた。

幾多の気持ちが渦巻く春の帰り道、私は道端の名もない若葉
にふと足を止めてみた。


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# by obinborn | 2018-04-01 23:30 | rock'n roll | Comments(0)  

キース・リチャーズの背骨

キースのTALK IS CHEAPがリリースされたのは88年の10月だか
ら、恐ろしいことにもう30年近くが経とうとしている。池袋のオ
ンステージ・ヤマノに輸入盤が入荷したその日に購入し、何故か
すぐ家に帰らず、誰かと飲んで終電を逃した私はトボトボと線路
をひたすら歩き江古田まで帰ったっけ。途中で深夜の路線工事をし
ている作業員たちにからかわれたことまでよく覚えている。私は
まだ30歳になったばかり。結婚して二年目か、いやあ〜、若かっ
たですね。当時のストーンズはミックとキースの不仲がもはや修
復不可能とまで伝えられ、ファンは随分と心を痛めていた時期だ。
当時の新作『DIRTY WORK』にしてもあまり覇気が感じられない
アルバムで、ボブ&アールのカバー「ハーレム・シャッフル」は
イカした出来だったが、他の曲で印象に残っているものは少ない。
ミックとキースの喧嘩の原因は、ストーンズでの活動をないがしろ
にしていち早くソロ活動に乗り出したミックに対し、キースが怒り
心頭だったこと。またミックのソロ作がナイル・ロジャーズ制作の
ダンス・ポップ音楽だったことが、どこまでもルーツ音楽を愛でて
きたキースの逆鱗に触れたに違いない。このTALK IS CHEAP(語
るに落ちる)は、そんなミックへの返答と受け止められた。本作に
ある剥き出しの粗野なロックンロール、バニー・ウォーレルを迎え
たPファンク、あるいはアル・グリーンを彷彿させるメンフィス・
ソウルなどを聞いていると、キース・リチャーズという人の背骨が
しっかりと見えてくる。時代の流行に左右されないことがいかに大
事かを、他ならない音それ自体として実感させられる。加えてあの
全米屈指のバー・バンド、NRBQのジョーイ・スパンピナートのア
ップライト・ベースを起用して、ロックンロール初期の4ビートの
ニュアンスを実践したりと、今なお聞きどころは多い。長年連れ沿
った夫婦にすれ違いが起きるように、88年のミックとキースはそん
な時期だったのかもしれない。二人の修復に向けてキースはこんな
言葉を口にしている「いいかいミック、よく聞けよ。俺たちはマド
ンナでもマイケル・ジャクソンでもない。俺たちはローリング・ス
トーンズなんだぜ!」

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# by obinborn | 2018-03-29 18:00 | rock'n roll | Comments(1)  

そして中村まりは今日も歌う

私は例に漏れず二十歳前後の頃、最初ジョン・メイオールとエ
リック・クラプトンの”ビーノ”アルバムでブルーズ音楽に目覚め
たクチでして、多くの方々がおっしゃるようにブルーズ=ギター
という捉え方をしていました。マイク・ブルームフィールドの『
フィルモアの奇蹟』やクリームの『ライブ・クリームvol.2』を狂
ったように聞きながら、次第に本物である黒人アーティストたち
を追いかけていきましたが、それでも最初はバディ・ガイやオー
ティス・ラッシュのスクイーズ・ギターばかりに耳が奪われたり
...といった日々がしばらく続きました。

ところが、やがていつの日か疲れてしまったんですね。自分の耳
がそれなりに成長してきたこと、あるいは私が楽器を弾かない人
だったこともきっと関係するのでしょう(笑)それからは次第に
歌とギター(もしくはその他の楽器)とが連携し、互いに補完し
合うようなバンド・アンサンブルに心奪われていったのです。他
ならぬクラプトンやブルームフィールドが時を経るにつれて、そ
れぞれのソロ・アルバムで歌を重視していったことにも随分と刺
激を受けました。例えば私が一番好きなブルーズマンのリトル・
ミルトンに関して言うならば、まずはヴォーカルありきですね。
そこに絡んでくる彼の”寸止め”のギター・リック(コードワーク
であれシングルトーンであれ)がたまらなく味わい深いのです。

振り返ってみれば、ジャガー=リチャードにしても、ウルフ=ガ
イルズにしても、あるいはロニー・ジョンソンにしても、歌とギ
ターとが、ぴったり寄り添いながら夫婦のように呼吸し合って成
り立っている世界です。またその境地に至るまでどれだけの歳月
を要したのかと想像すると、ちょっと目眩がしてくるほど。

ちなみに私が尊敬して止まない中村まりさんは、以前取材時にこ
う語っていました。「ミシシッピー・ジョンハートを聞いている
と、歌とギターとで一つの世界になっていることに気が付かされ
ます。私はどうやらそんな”二つで一つ”のようなアートに惹かれ
ているのかもしれません」


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# by obinborn | 2018-03-28 18:17 | blues with me | Comments(0)  

借り物の思想、生煮えのロジック

自分がうまく立ちゆかないことを世の中のせいにする人たちがいる。
例えば私がもし生活費もままならない事態に陥りそうになったら、          それを防ぐべく、転職や資産の見直しなど最大限の努力をするだろ         う。ところがこの世には自分の困窮をすべて時の政権のせいにする
人たちがいるのだ。無論税制や交付金の削減など直接政府が関わる
政策はあるだろう。それらは一つ一つのテーマに沿って論議を重ね
て行けばいい。しかし、昨今の反安倍デモの写真や動画を見ている
と、反原連から(旧国鉄の)千葉動労までのノボリも目立ち、まる
で全ての悪が安倍首相にあるかのような粗雑さが目立つ。私は皮肉
を込めて言うのだが、何でもアンチを掲げるだけの彼らの素朴さが
ある意味羨ましい。私とて安倍政権など信用していない。そのこと
は以前から何度もここで申し上げてきたけれども、これらのデモの
隊列に自分が加わりたくないのは、何らかの党派性に組み込まれた
くないという思いからだ。その強度が自分を支えていると言っても
いいし、人によってはそこに個人主義を読み取る方もおられよう。
いずれにしても、私は何か借り物のムーブメントに乗じて誰かを安
っぽく糾弾することが嫌なのだ。借り物の思想、生煮えのロジック。
それらが過去一体何度過ちを犯してきただろうか?個人主義である
ことはデモやムーブメントといった”勢い”から距離を置き、一人で
考え抜く力だ。たとえ仲間外れにされても孤独になっても構わない。

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# by obinborn | 2018-03-28 06:39 | rock'n roll | Comments(0)  

ラルフ・モリーナへ

以前スーマーさんのライブ終了後にニール・ヤング&クレイジー
ホースの『ZUMA』を聴きながら、彼が「ラルフ・モリーナの遅
れるドラムってすごくいいですね」と語ってきて、ぼくはああ、
スーマーさんは本当にロック音楽の核心を理解されているんだな
あ〜と感動した。彼自身が意外にも?以前はドラムス奏者だった
だったから、感じ入る部分が余計にあったのかもしれない。10代
の頃からずっと音楽を聴いてきたけれど、ラルフ・モリーナのド
ラムはいつもぼくを捉え続けてきた。彼はいわば”下手ウマ”の筆頭
格であり、何度テイクを重ねても半拍くらいは遅れる。これはもう
ラルフの手癖であり、大げさに言うならば存在証明のようなもの
だろう。クレイジーホースのバンド・サウンドも文字通り”暴れ馬”
だ。やはり音楽にはテクニックだけでは推し量れない何かがある。
嘘だと思ったら、彼らのセカンド・アルバム『Loose』(72年)を
聴いてみて欲しい。「クリックに合わせるなんて冗談だろ?」そん
なラルフ・モリーナの声が今にも聞こえてきそうだ。


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# by obinborn | 2018-03-10 02:04 | rock'n roll | Comments(0)  

『シンガー・ソングライター名盤700枚』を振り返って学んだ教訓について

先日Tさんとお会いした時に差し出されたのが『シンガー・
ソングライター名盤700』だった。何でもこのムックでぼ
くの名前を覚えてくださったそうで、本当に人によって自
分との接点は様々なことを改めて実感させられた。音楽之
友社からこの書籍が出たのは確か2000年の夏だったと記憶
している。あれからもう18年近くの歳月が経ってしまった
が、懐かしくいろいろなことが思い出される。編集を担当
されたのは当時まだ音友に在籍されていたUさんで、彼とは
企画段階からアイディアを交換し合った。とにかくぼくたち
が目標にしたのは何らかの基準と成り得る最高のディスク・
ガイドを作ろう、それもいわゆるロックの名盤選ではなく、
SSWにテーマを限定して行うというハードルの高さがあっ
た。しかし得意な分野だけに選盤や執筆の作業はことの他
楽しかった。とくに自負したいのは同じSSWといっても、
英米あるいはカナダやアイルランドといった国によってテ
イストは異なるので、それぞれのチャプターを設けて意図
を明確にしたことだろう。またアメリカという広いネイショ
ンに関しては西海岸と東海岸と南部とでは微妙に肌合いや
持ち味が違うため個々に章立てした。さらに50年代から活躍
してきたニューヨークのティン・パン・アレイ系を別枠にし
たり、新しい時代を担う新進のSSWたちのコーナーも用意し、
それらは概ね好評をもって迎えられた。

ところがある雑誌に載ったこのムックへの書評は醜かった。
細かい部分はもう忘れてしまったが、デヴィッド・ボウイも
自作自演の歌手なのにそれすら載っていない、そんな趣旨だ
った。そりゃそうでしょう。ボウイだって立派なソングライ
ターであり、個人的には敬意も払っている。でもぼくたちが
目指したのはある種のルーツ志向を匂わせるフォーキーであ
り、そんな地味な分野の人たちをまとめて紹介したいという
気持ちだったから、両者が噛み合うはずはないですよね(笑)
そのレビューの筆者がライターだったことがまた事態を悪化
させた。Uさんとはお酒の席で「同じような音楽が好きなの
に、たまたま執筆者に選ばれなかっただけでこんな言い掛か
りをしたのだろうか?」などと疑念について語り合った。

そのことからぼくは私怨をレビューに持ち込んではいけない
という教訓を学んだ。ぼくを含めて、人々は時に賢くあるけ
れど、多くの場合は流されやすい。ぼくらが日頃から慣れ親
しんでいるSNSの世界でさえ、多くの人は自分の詳しい分野
に関してはとかく知識を披瀝したがるけれど、疎い部分につ
いては黙ったきりだもん。ぼくが音楽業界から意識的に距離
を置こうと真剣に考え始めたのは、思えばこの頃からだった。


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# by obinborn | 2018-03-07 13:08 | blues with me | Comments(0)  

長門芳郎氏の著作『パイドパイパー・デイズ〜私的音楽回想 1972-1989』を読んで

読んでいて妙に切なくなった。シュガー・ベイブのマネジャー
から輸入レコードショップの店主、あるいは海外アーティスト
の招聘まで活躍されてきた長門芳郎氏の回想録が『パイドパイ
パー・デイズ』(リットーミュージック 2016年)である。音
楽好きの青年が故郷を離れ上京し、やがてある種の洋楽の指南
役となっていく。そんな過程がご本人の飾らない文体で書き留
められている。サブ・タイトルに「私的音楽回想 1972-198
9」とあるように、長門氏と同時代を生きた人々が思いを重ね
ることは多々あるだろう。

ラヴィン・スプーンフルやローラ・ニーロに夢中になり、それ
をきっかけに業界に入った青年が、いつしか80年代に起こった
バブルの影響で地上げの問題に遭遇し、「パイド」があった南
青山の地から立ち退きを余儀なくされる。そんな過程のひとつ
ひとつを激動の昭和史と重ねても問題はあるまい。amazonに
代表されるネット販売に慣れている今時の若い方々には、かつ
てパイドやその他多数の輸入レコード店で交わされていた生き
生きとした情報交換や気取らないお茶話が新鮮に映るのかもし
れない。個人的にもパイドにはよく通った。午後の講義が終わ
ればパイドに行き、ドクター・ジョンの『ガンボ』やアラン・
トゥーサンの『サザン・ナイツ』を買った。吉祥寺の中道商店
街にあった芽瑠璃堂とともに、この2店はぼくにとってまさに
”スクール”に他ならなかった。閉店直前の89年にパイドで買っ
た最後のレコードは、ブライアン・ウィルソンの12インチ・
シングルLove and Mercyだったかな。

今や伝説的なショップとして語り継がれているパイド。初代の
経営者である岩永さんがかつて晶文社から出された書籍と本書
を併読していけば、70〜80年代の東京をより俯瞰出来るかもし
れない。


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# by obinborn | 2018-02-11 19:20 | one day i walk | Comments(0)  

開封されなかったメール

以前僕が派遣切りに遭った時、殆ど唯一同情してくれたのがTさん
だった。他の多くの職員が「当たらず触らず」だったのに対して、
Tさんだけが直属の上司に理不尽さを訴えてくれたことが嬉しかっ
た。芯が強く正義感があり、見た目は少しパティ・スミスにも似
た女性で、彼女とだけは職場で不思議と気持ちが通じ合ったものだ
った。そんなTさんからのショートメイルを僕は何と二ヶ月半も気
が付かずに放ったらかしにしたままだった。もともとスマホの機能
に弱い自分をまさかこういう形で知るとは思わなかった。たまたま
妹からのメールがあり、それを遡ったことでTさんから連絡を頂い
た旨を今日やっと知るところとなった。

「お役に立てなくてごめんなさい。小尾さんのロッカーにビールを
入れておきました。少しですが飲んでください。私オビさんの分も
頑張りますから」それがTさんから届いたメールのおよその文面だった。        何と彼女は職場が思うように改善されなかったことを詫び、別れの
挨拶として置き土産までそっと忍ばせてくれていたのだった。その
職場に戻ることも、そこにあった自分のロッカーを開ける機会も、          もう永遠にやってこないだろう。それでもTさんの優しい心遣いに

思わず胸が熱くなった。

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# by obinborn | 2018-02-05 13:32 | one day i walk | Comments(2)  

遥かに、トム・ペティへ

昨年の10月にトム・ペティが急逝した時は気が重かった。              というのも最初の4枚のアルバムしかしっかりと聞いたこ
とがない自分はとても熱心なファンとは言えず、皆んなの
流れに乗って追悼するのはいかにも傲慢だと考えたからだ。
きっとあまり縁がなかったのだろう。今ぼくの手元にある
のは81年のシングル「ザ・ウェイティング」のみ。よって
以下はそんな男の雑文として読んでいただければと思う。

トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの最初のシングル
「アメリカン・ガール」を最初ラジオで聞いた時の衝撃は
今も忘れられない。それはザ・バーズを彷彿させるフォー
ク・ロックで、ぼくはてっきりロジャー・マッギンの新曲
かと錯覚したほどだった。甘く鼻に詰まったような歌い方
もマッギンに似ていた。またのちにパブ・ロッカーのルー
・ルイスが取り上げた「ホームタウン・ブルース」の泥臭
い響きも好きだった。ペティの最初の2枚がシェルター・
レーベル発だったことに大いに納得したものだった。そし
て「ルイジアナ・レイン」に映し出されるアメリカの風景
には不思議なデジャヴ感を覚えた。

奇抜さや最新モードが重宝されがちなニューウェイブ以降
のシーンの中で、彼らの音楽はいわばロックの本家本流に
位置し、最初からずっとバンド・サウンドを鳴らし続け
た姿勢にも好感を持った。ソロモン・バークの「クライ・
トゥ・ミー」は恐らくストーンズを経由したものだろうが、
そんな部分にトム・ペティの率直な性格が滲み出ていた。
60年代に築かれた良き時代のロックやR&Bを継承しなが
ら今に蘇らせる。それがまさに彼らの基本的な姿勢であり、
自分たちの目を通して見える世界のありようだった。

冒頭に挙げた「ザ・ウェイティング」でペティはこんなこと
を歌っている「辛い時代じゃないか。約束を守ることもまま
ならないじゃないか」彼がどういう文脈でこの歌を作ったの
かは定かではない。ただ81年当時まだ20代の序盤だったぼく
の心を捉えるばかりか、多くの人々の共感を集めた。その曲
を最後にトム・ペティのレコードを買わなくなってしまった
理由は今もよく解らない。彼は彼の道を歩み続け、多くの作
品を作り続けた。たまに耳にする彼の新作は変わらないこと
でかえって聞き手の信頼を得るものだったと記憶する。

最後に個人的な話で恐縮だが、昨年末に行ったDJでエヴァ
リー・ブラザーズ版の「ストーリーズ・ウィ・クッド・テ
ル」を流した。ジョン・セバスチャンが書いたこの歌を、
トム・ペティのヴァージョンで知った方も少なくないだろ
う。こうした温故知新のスピリットが最後までペティの音
楽を支えていたのだ。その日の帰り道、夜間バスに揺られ
ながらStories We Could Tellのリフレインを口ずさんで
みた。その時初めて失われたものの大きさに気が付き、少
し泣いた。

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# by obinborn | 2018-01-17 11:00 | rock'n roll | Comments(0)  

佐野元春のウッドストック・アルバム『THE BARN』の上映会に寄せて

「日本で音楽をやっていると時々寂しくなります。でも
ウッドストックに行ってジョン・サイモンやガース・ハ
ドソンと一緒に演奏した時、大先輩である彼らとぼくた
ちはしっかり繋がっているんだなと初めて実感出来まし
た。それが渡米して作った『THE BARN』アルバムで最
も嬉しかったことです」

かつて佐野元春はラジオ番組の収録時、私にそう語り掛
けてくれたことがあるのだが、今日(16日)に行われた
『THE BARN』の上映会を観終わって、ふと彼のそんな
言葉を思い起こした。「ザ・ハートランドの時代はぼく
がアレンジの方向性やフレーズの指示まですることが多
かった。ところが新たにザ・ホーボー・キング・バンド
を結成してからは変わりました。ぼくは曲の骨格だけを
メンバーに伝えます。HKBはみんな卓越したプレイヤー
ばかりでしたから、あとは彼らが変幻自在に曲を解釈し、
自由に引き伸ばせていけるんです。そういう意味ではま
さにHKBはジャム・バンドだったと思っています」今日
の上映会に登壇した佐野は、およそそんなことを言って
いた。

自然でオーガニックなバンド・サウンドに満ちた『THE
BARN』録音時のドキュメント・フィルムと、アルバム
発表に伴う98年当時のライブ・ツアーの映像から構成さ
れた”爆音”上映会で、改めてぼくはザ・ホーボー・キング
・バンドの実力とルーツ・ミュージックへの確かな眼差
しを感じた。佐野元春をよく知らない方だと、彼が輝か
しくデビューを飾った80年代前半のイメージしか持って
いないのかもしれない。まして初期の彼は都会の情景を
映し取るタイプのソングライターだった。そんな佐野も
実は70年代のカントリー・ロックやスワンプ・サウンド
に夢中だった青年時代を過ごしていた。その点を確かめ
られただけも収穫の上映会だった。上映が終わってから
訪ねた楽屋でオレンジ・カウンティ・ブラザーズの谷口
邦夫さんをご紹介した時の、佐野さんのチャーミングな
笑顔が忘れられない。

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# by obinborn | 2018-01-17 01:24 | Comments(0)  

鷹の台のレコード店「ビュグラー」に行ってきました

今日は仕事が終わった後、鷹の台のレコード店「ビュグラー」
に行ってきました。昨年6月に開店したこのお店、以前から噂
だけはよく耳にしていたのですが、今回ようやく伺うことが
出来ました。武蔵野の面影が残り、近くに玉川上水がある小平
市は私の実家がある所沢にも隣接しているため、思わず親しみ
が湧いてきますが、そんなローカルな町に中古レコ・CD屋が
出来たなんて素晴らしいことです。しかも特に70年代のSSW
/スワンプ/トラッドの品揃えには力を入れているとのこと。こ
りゃ行かなきゃ罰が当たりますよね。

明るく広々とした店内にはよく整理されたLPやCDが並んでい
ますが、一枚一枚のプライスカードに的を得たコメントや盤質
が細かく記され、店主の愛情が滲み出ていました。少しだけお
話させて頂いたのですが、若い時分は何でも渋谷のブラックホ
ークに通われていたらしく、相当な音楽通だとお見受けしまし
た。ちなみに店名はラリー・マレイが書き、ザ・バーズ在籍時
のクラレンス・ホワイトが歌ったヴァージョンで一躍有名にな
ったBUGLER(アルバム『FARTHER ALONG』所収)から命
名されたとか。ぼくが真っ先にそのことを切り出すと、店主は
穏やかそうに笑ってくださいました。

あまりに安価だったので重複を知りつつジョン・ヘラルド、バ
リーマン、グリース・バンドを思わず購入したほか、収穫だっ
たのは今日生まれてから初めて現物を見たカナダのSSW、ウィ
リー・P・ベネットのセカンド・アルバムでした。以上4枚で
〆て6,600円!このリーズナブルなお値段もビュグラーの魅力
の一つでしょう。最後に「また来ます!」とご挨拶して、冬の
武蔵野を後にしました


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# by obinborn | 2018-01-15 16:50 | one day i walk | Comments(0)  

日高屋のラーメンにはもう飽きた

さすがに日高屋のラーメンには飽きてきた。あんなケミカルな
もん毎日食べていたら明らかに早死しますぜ。私は少々味覚オ
ンチで、親父が死ぬ前に家族で記念で入った鮨屋が外れだった
時も結構美味そうに食べていて、妹に思いっきり馬鹿にされた
ことがあるのだが、そんな私でも日高屋の麺が不味いことくら
い解る。かといっていわゆる美食家(グルメ)と呼ばれる連中
はもう生理的に鼻持ちならなく感じてしまうのだけれど。

ファッションと食べ物にうるさい男は大成できないとよく言わ
れる。ジェリー・ガルシアはあんな美しいギターを奏でながら
普段食べるものはジャンクフードばかりで、それが死期を早め
と言われる。ヴェートーベンもチャック・ベリーも私生活では
相当苦労し、試練の日々を過ごしたと言われる。そんな彼らか
ら素晴らしい、歴史に残る音楽が生まれた。その価値を考えて
みたい。


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# by obinborn | 2018-01-09 17:30 | one day i walk | Comments(0)  

シェール69年の名盤『3614 JACKSON HIGHWAY』に映る面々を紐解きたいです!

リック・ホールの死去に絡んで、先日テキストにてご紹介した
シェールの『3614 Jackson Highway』( ATCO 69年)です
が、アトランティック・レコーズの首領ジェリー・ウェクスラ
ー制作のもとに作られたこのアルバムを今聴いています。主役
であるシェール(フォーク・ロックのデュオ、ソニー&シェー
ルの片割れ)だけでなく、マスル・ショールズ・サウンド・ス
タジオ(MSS)の通称スワンパーズまで登場させたところに、
バックを担うプレイヤーたちにも光を当てようとする、アトラ
ンティック/アトコ・グループの志が伺えますね。

ところでこのジャケットに映る12人の名前を正確に言い当てら
れる方って、どのくらいいらっしゃるのでしょうか?実はぼく
はパーフェクトには言えないのです(すみません)が、自分が
解っている範囲で、表記してみたいと思います。

最前列中央→シェール。二列目左からエディ・ヒントンg、デ
ヴィッド・フッドb、不明、ジェリー・ウェクスラーprod、
ジニー・グリーンback vo、不明、トム・ダウドengineer、
三列目左からジミー・ジョンソンg、アリフ・マーディンprod、
ロジャー・ホーキンスds、バリー・バケットkbd、以上です。

どなたか、ぼくが謎解き出来ない弱冠2名について、ご教授して
頂けないでしょうか? 情けない限りではありますが、どうか
よろしくお願い致します@-@


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# by obinborn | 2018-01-08 17:47 | Comments(1)  

グレアム・ナッシュの歌が今も聞こえてくる

今日仕事帰りに振り袖姿のお嬢さんたちに出くわしました。
ああ、そっか〜本日は成人式だったんですね。今から40年
ほど前、ぼくの時は15日だったけれど。生意気だった盛り
なので自分は所沢市から届いた成人式の案内状を破り捨て、
絶対出席なんかするものかと心に誓ったのです。両親は嘆
き、一体この子は将来どんな大人になってしまうんだろう
と心配したそうです。

年寄りの戯言として笑われて一向に構わないのですが、昔
と比べても最近は体制というか現状の社会に従順な若者が
増えているような気がします。県なり市なりが主催する式
に出席しながら、酒の勢いで暴れる若者の気持ちが、オジ
サンは正直理解出来ません。それだったら一人家に篭って
小説を読んだり、音楽を聴いたりすることを選んできまし
たからね。自分はとにかく誰かとつるんでしか何かを出来
ない連中にはなりたくなかったのです。

そんなオジサンが当時夢中になって聴いていたのがグレア
ム・ナッシュのファースト・アルバム『Songs For Begin
ners』(71年:初心者のための歌たち)です。その中には
BE YOURSELFというとても印象的な曲があります。あえ
て歌詞を語ることはしませんが、この歌はまるで「孤独で
も一人ぽっちでもいいじゃないか、自分らしくあれば」と
語りかけてきたような記憶が今も残っています。


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# by obinborn | 2018-01-08 16:24 | rock'n roll | Comments(0)  

追悼:リック・ホール、第二回〜ひとつの時代しか生き抜けなかった男

リック・ホールの訃報を受けて、アラバマ・サウンドが今再び
話題になっていますが、追悼記事の一部にやや誤認が散見され
ますので、ごく大雑把に整理しておきますね。フェイム・スタ
ジオをフローレンスに設立したホールが、プロデューサーとし
てR&Bやソウル音楽に関わったのはおよそ61年くらいからで、
彼はここでアーサー・アレキサンダーやジミー・ビューズとい
ったシンガーを育てます。そんなフェイムに注目したのがアト
ランティック・レコーズのジェリー・ウェクスラーです。それ
まで自社のあるニューヨークのスタジオでのセッションに甘ん
じていたアリーサ・フランクリンやウィルソン・ピケットにア
ラバマ録音を提案し実行したのはジェリーの功績で、アラバマ
・サウンドが全国区へと羽ばたいていく契機となりました。ち
なみにこの頃のフェイムに集まっていたスタジオ・メンはジョ
シ・ボイスb、フリーマン・ブラウンds、ジュニア・ロウg、
クィントン・アイヴィkbdらで、彼らはフェイム・ギャングと
いう愛称で親しまれました。またオールマン・ブラザーズを結
成する以前のデュエイン・オールマンが腕を買われ、フェイム
のスタジオ・ミュージシャンとして頭角を現していくのは68〜
69年頃のことでした。

ところが69年前後からフェイムに枝分かれが起きました。デヴ
ィッド・ フッドb、ロジャー・ホーキンスds、バリー・バケッ
トkbd、ジミー・ジョンソンgといった同地の白人チームが独立
し、新たにマスル・ショールズ・サウンド・スタジオ(MSS)
を拠点に独自の活動を始めたのです。これにはリック・ホール
のワンマンぶりに嫌気が差したとか、ギャランティに不満があ
ったとか諸説語られていますが、マーティン・ルーサー・キ
ング牧師の暗殺やオーティス・レディングの事故死などを経て
サザン・ソウルが一つの節目を迎えていた背景を考えてみたい
ですね。そう、ぶっちゃけもう黒人音楽だけでは喰っていけな
くなった事情もありましたが、いよいよ本格的にロック音楽の
ルーツ探しという気運が高まったのがまさにこの時期だったの
です。

その動向に目を向けたのが、またもやジェリー・ウェクスラー
でした。フッド、ホウキンス、バケット、ジョンソンは通称ス
ワンパーズと呼ばれていますが、彼らを気に入ったジェリーは
トロイ・シールズ、バリー・ゴールドバーグ、マイク・フィニ
ガン、ドニー・フリッツといった音楽家を積極的にスワンパー
ズと組ませ、MSSでのレコーディングを精力的にこなしました。
またアメリカだけでなく、ローリング・ストーンズ、トラフィッ
ク、ルル、ロッド・スチュワート、マイク・ハリソンといった
英国のミュージシャンも同地を訪れるようになり、ロック音楽
とマスル・ショールズとの蜜月時代が始まりました。MSSのス
タジオはその住所から俗に『3614ジャクソン・ハイウェイ』と
も呼ばれますが、そのタイトルを冠したシェール69年のアルバ
ムは、ジャケットに主役のシェールだけでなく、スワンパーズ

の面々を登場させるなど、かなり意識的にMSSをアピールした

ものでした。そうしてジェリーはアトランティック傘下の姉妹レ

ーベル、アトコに関してもロック部門のカタログを強化しながら

スワンプ・ロックの時代を牽引していったのです。

さらなる枝分かれも時代の変化とともに訪れました。70年代も
後半になると、同じアラバマのマスル・ショールズ地区ながら、
新しくブロードウェイやウィッシュボーンといったスタジオが
開設され、より洗練されたAOR路線の音楽を作り上げました。
レニー・ルブランの76年盤とルブラン&カーの77年盤はそれぞ
れがブロードウェイ録音とウィッシュボーン・レコーディング
になります。この2枚をプロデュースしたピート・カーもマス
ルに新しい息吹きを持ち込んだ優れたギタリストでした。そし
てビッグ・トゥリー・レーベルから発売されたこれらのアルバ
ムの配給網もまたアトランティックだったところに、マスルと
の深い因縁を感じずにはいられません。

こうして改めて時代を俯瞰していくと、リック・ホールが充実
したプロデュース業に打ち込んでいたのは主に60年代であり、
以降はアトランティックやジェリー・ウェクスラーの思惑に
翻弄されていった様子が伺えます。個人的にはフェイム・ギャ
ングが活躍したソウルの時代も、スワンパーズによるロック・
・サークルとの実りある出会いの季節も、AORの時代に備えた
ブロードウェイ/ウィッシュボーン・サウンドも好きですが、
リックの輝かしい業績が凝縮された60年代のフェイム・サウン
ドがあったからこそ、アメリカ深南部のアラバマ音楽がこれだ
け注目され広く深く愛されたのだと思います。なお最後に参考
文献としてピーター・ギュラニックの名著『スウィート・ソウ
ル・ミュージック』(シンコーミュージック)を挙げておきま
しょう。サザン・ソウルの隆盛、リック・ホールの野心と失意、
白人と黒人との葛藤、その書物にはそれらすべてが書き留めら
れています。

(写真はデュエイン・オールマンと打ち合わせするリック・ホ
ール)


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# by obinborn | 2018-01-04 17:27 | one day i walk | Comments(0)  

追悼:リック・ホール〜フェイム・サウンドの創始者に捧ぐ

新年早々にリック・ホールの訃報が飛び込んできた。85歳という
から大立者とまでは行かなくとも、十分な生涯を過ごしたことだ
ろう。彼がアラバマ州の小さな町にフェイム・スタジオを作らな
ければサザン・ソウルの隆盛や、ロック音楽家のマスル・ショー
ルズ詣もなかったはず。それを思うとあまりの偉大さに溜息しか
出てこない。近年では映画『黄金のメロディ〜マスル・ショール
ズ物語』が公開されたり、英ACEによる丁寧な音源発掘作業が進
むなど、再びアラバマ・サウンドが見直されたことはホールにと
って幸せな晩年だったろう。ちなみにFAMEスタジオの語源だが、
これは「名声」の意味ではなく、フローレンス・アラバマ・ミュ
ージック・エンタープライズを略した愛称だ。アメリカの深南部
にメンフィス・サウンド(スタックス、アメリカン、ハイ)があ
り、もう一方にアラバマのフェイムがあった。それらを体験出来
たことを誇りに思う。リック・ホールが制作した膨大なレコーデ
ィング記録のなかから一曲選ぶなんて至難の技だが、今夜はクラ
レンス・カーターの代表的な名唱SLIP AWAYに浸っていたい。
鍵盤奏者ドニー・フリッツはこう回想している「町のドラッグ・
ストアの二階を改造してFAMEスタジオが生まれたんだよ。最初
はオンボロだったけど、そこから誰もがリスペクトする音楽が生
まれたのさ」ミスター・リック・ホール。あなたのすべての業績
に感謝しています。

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# by obinborn | 2018-01-03 17:37 | one day i walk | Comments(0)  

たかがアナログ盤、されど愛しい

まあ、ブームとしてのアナログ盤の流行を危惧する意見は
解るような気がします。同じマスターテープ起こしであれ
ばCDとLPで音質がそう変わるわけがないという理屈もご
もっともでしょう。それは100歩譲ったとしても、まだア
ナログしかなかった時代に作られた盤の音の良さ、膨らみ、
ダイナミズムには抗し難い魅力を感じています。いわゆる
オーディオ的なハイファイ感とは異なりますよ。でもクリ
ア過ぎる音質に疲れてしまう自分には、ファジーな部分を
残したアナログの音がちょうどいいんです。個人的にはと
くに近年外盤シングルの迫力にハマってしまい、今や7's
が集める中心になっているほどです。僕はこの10年でスト
ーンズの英米(時にカナダの)シングルをかなり収集して
きましたが、やはりその音圧は太くシビれています(笑)

こんなこと書いたのも、さる同業者?がアナログ盤のブー
ムを危惧するようなテキストを書いていたからで、まあ彼
の言わんとすることは理解出来るのですが、昔も今もアナ
ログを中心にリスニング・ライフを送ってきた者の実感と
しては譲れない部分を感じました。確かに安易なアナログ
復刻(それも高価!)には「何だかなあ〜」と感じますし、
それをメディアが表面的に持ち上げる姿勢にも納得しては
いません。ただそうした上っ面とは別のところで、うちら
アナログ・ファンというのはしっかり根付いているんです
よ。もっと平たく言えば中古盤探しは日々欠かせない楽し
みであるし、ひとつひとつ演奏家のパーソネルを確認する
ことで自然と得られた知識も結構あるのです。あたかも
現代のスピードに合わせるように音楽が”使い捨て"される
ダウンローディングの時代だからこそ、自分はジャケット
を眺め、「ギターは誰々、ドラムは彼だった!」と確認し
ながら、アナログ盤というフィジカル(肉感的な)体験を
これからも大事にしていきたい。僕はそんな風に思ってい
ます。


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# by obinborn | 2018-01-02 23:37 | one day i walk | Comments(0)  

2017年の良かったアルバム、ライブ、本など

◎2017年印象に残ったアルバム

1VAN MORRISON/VERSATILE(exile)
2 VAN MORRISON/ROLL WITH THE PUNCHES(exile)
3 NEIL YOUNG/HITCHHIKER(reprise)
4 BRINSLEY SCHWARZ/IT'S ALL OVER NOW(megadodo)
5SUNNY&THE SUNLINERS/Mr.BROWN EYED SOUL(barrio)
6GARLAND JEFFREYS/14 STEPS TO HARLEM(luna park)
7 JAMES HUNTER SIX/ HOLD ON ! (daptone)

◎2017年心に残ったライブ

1ラリー・パパ&カーネギー・ママ(2/11青山月見ル)
2 佐野元春〜In Motion:スポークンワーズ(4/4渋谷0-East)
3 東京ローカル・ホンク(4/12高円寺JIROKICHI)
4 木下弦二(6/25 高円寺ペリカン時代)
5 サーディンヘッド(7/6 国立地球屋)
6 サザンライツ(9/30 池袋フリーフロウ・ランチ)
7ザディコキックスVSロイヤル・フレイムズ(11/4 江古田倶楽部)
8 東京ローカル・ホンクVS双六亭(11/21 池袋 鈴ん小屋)
9イトウサチ&ブンケンバレエ団(12/6 高円寺JIROKICHI)
10サーディンヘッド(12/30渋谷 クロコダイル)

◎良かった本

1恩田陸『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎)
2 大鹿靖明『東芝の悲劇』(幻冬舎)
3三浦しをん『光』(集英社文庫)
4服部高好『アンシーン&アンノウン〜アンサング・ヒーロー
達から聴こえる米国ルーツ音楽』(私家版)
5デヴィッド・クレイトン&トッド・スミス『フリー・ザ・コ
ンプリート〜伝説のブリティッシュ・ブルース・バンド、栄光
と苦悩』(DU Books)

◎良かった映画

1 『約束の地〜メンフィス』

*     *     *

チャック・ベリーとJ.ガイルズが亡くなってしまった寂しさを
267枚買った中古盤LPと7'sで埋め合わせたような2017年でし
たが、長年探していたボビー・ハットフィールド『Messin' In
Muscle Shoals』(MGM)を偶然にもゲット出来たのはこの
うえない喜びでした。今年も「すみませんね、私アホですから」
を合言葉に楽しみたいと思いマス!😃

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# by obinborn | 2018-01-02 17:48 | one day i walk | Comments(0)  

素晴らしかった12月30日のサーディンヘッド

「鰯釣りに行く」サーディンヘッドのライブに出掛けることは
よくそんな風に喩えられる。うまい表現だと思う。音楽を聞く
という体験をその日のトータルな記憶とするならば、まさに今
日は大収穫の一日として長らく思い起こされることだろう。目
覚めた朝に鰯を思い仕事を済ませ、待ち遠しい気持ちで会場に
向かう。実際に演奏を聞く以前から音楽は始まっている。グレ
イトフル・デッドを観に行く時、あなたの旅は家を出ることか
らスタートする。そんな風に喩えた人は誰だっただろうか。

リフで固め打ちする部分と、少しずつフリーフォームなジャム
演奏へと逸脱していくパートとの連携が見事としか言いようが
ない。30日は渋谷のクロコダイルでそんな「鰯釣り」を大い
に楽しんだ。90年代の"フィッシュ現象”以来、数多くのジャム
・バンドが現れ消えていったが、サーディンヘッドはしっかり
と生き残った。それもメンバー四人が常に腕を磨き、切磋琢磨
していった故だろう。全員が卓越した技量の持ち主だが、テク
ニックに溺れることなく、音楽そのものを動かしていく推進力
が素晴らしい。

この日は普段のオリジナル曲に加え、グレッグ・オールマンと
ウォルター・ベッカーを追悼し、オールマンズのJESSICAに
WHIPPING POST、そしてスティーリー・ダンのあの懐かし
いシャッフル曲REELIN' IN THE YEARSまでが飛び出すなど、
サーヴィスもたっぷりの濃密な2時間半だった。

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# by obinborn | 2018-01-01 15:09 | one day i walk | Comments(0)  

ローリング・ストーンズ「Moonlight Mile」

私が所沢のホース工場でアルバイトをしていたのは確か20才の
夏だったと思う。朝9時前に出勤し午後5時のチャイムが鳴る
まで、ただひたすらホースの部品をマニュアルに従いながら組
み立てていった。細かい溶接作業に関してはしっかりした職人
のおやじさんがいて、まるで若造なぞ寄せ付けない威厳を漂わ
せていたのだが、その年輩の彼が100円の缶コーヒーを奢って
くれたのは予期せぬ驚きだった。どうやら不思議とこういう体
験は末長く記憶に残るらしい。

その当時自宅に帰ると欠かさず聞いていたのが『スティッキー・
フィンガーズ』と『ワーキングマンズ・デッド』の2枚だった。
他に聞けるものがなかったわけではないが、恐らく当時新しく
購入した”新譜”だったのだろう。とにかくこの2枚を交互に針
を落としたお陰で?私は今も『スティッキー』や『ワーキング』
のシークエンスを頭から最後まで暗記しているくらいだ。そう、
Brown SugarからMoonlight Mileまで。Uncle Johns Bandか
らCasey Jonesまで。

それらの日々と現在のどちらが幸せだったのだろうか?無知で
あるが故に守られたことはあっただろう。逆に経験を積み重ね
たがために失ったものもきっとあるだろう。そんな気持ちにな
った時、私は無性にMoonlight Mileを聴きたくなる。忘れもし
ないBサイド5曲め、アルバム最後のトラックだ。先日亡くなっ
たばかりのポール・バックマスターの弦アレンジが、そっと頬
を撫でてくる。


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# by obinborn | 2017-12-21 19:15 | one day i walk | Comments(0)  

さらば、音楽業界

僕はわりと日本のインディー系のバンド/アーティストを
観ているほうだが、僕よりずっと著名な音楽評論家の皆
さんをそれらのライブ会場で見かけたことは殆どない。
無論僕にも嗜好があるから、僕が知らない他のライブに
行っているのかもしれないけれど、大抵の場合彼らはビ
ートルズ、ボブ・ディラン、ストーンズ他...といったビッ
グネイムの評価を上塗りする仕事ばかりしている。いつも
言っていることだが、既に各方面からの評価が定まった
ものに追随するより、原石のダイヤモンドとも言うべき無
名の音楽家を発掘し、広く紹介するのが音楽メディアや
ジャーナリスト本来の役割ではないだろうか? およそ30
年間音楽業界を眺めてきて一番痛感するのが彼らの鈍さだ
った。だから僕は彼らとは殆ど付き合わない。その代りに
知り合いのミュージシャンは結構いるしレコード屋の方々
とは仲がいい。以前にも書いたようにもう業界の悪弊には
うんざりしているので、いずれこの世界から足を洗って、
一介の音楽ファンに戻りたいと考えている。


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# by obinborn | 2017-12-15 14:20 | one day i walk | Comments(0)  

ニール・ヤング『 HITCHHICKER』に寄せて

やっとニール・ヤングの『HITCHHICKER』がアメリカから到着!これを待っていました!76年にレコーディングされながらも、長いことお蔵入りしてきた未発表音源集だ。なかには『RUST NEVER SLEEPS』(79年)に収録されたpocahontasとpowderfingerとride my llamaや、『COMES A TIME』(78年)でバンド・ヴァージョンが聞けるhuman highway、あるいは『AMERICAN STARS'N BARS』(77年)で親しまれたthe old country waltzといった楽曲もあるのだが、いずれも初期テイクであることを伺わせる弾き語りが圧倒的に生々しい。the old country waltzのみピアノを前にしたものだが、他はすべてギター一本(ときにハーモニカも)によるゴツゴツとした響きがたまらない。クレイジー・ホースの荒れ狂うバンド・サウンドは無論大好きだけれど、その原点ともいえる剥き出しの歌とアクースティック・ギターに鳥肌が立つ。
  
ちなみに76年前後のニールを振り返ってみると、『ON THE BEACH』(74年)『TONIGHT THE NIGHT』(75年)といったダークな名作が並ぶ一方で、クレイジー・ホースとの再出発を誓った『ZUMA』(75年)あるいは旧友スティーヴン・スティルスとの共演盤『LONG MAY YOU RUN』(76年)や、カントリー・サウンドに大きく針が振れた『COMES A TIME』(78年)といった作品を残している。それらのオフィシャル・アルバムを聴きまくった者であれば、『HITCHHIKER』ほど嬉しいクリスマス・プレゼントはあるまい。
                                        本作『HITCHHICKER』のジャケットに映っているのは恐らくマリブのズマ・ビーチであろう。シャングリラ・スタジオの近くのズマで夜空を見上げながら「アケイディアの流れ木」を書いたロビー・ロバートソンは最後の達成を感じ、ザ・バンドの解散を決意したという。そしてニールはリック・ダンコとリヴォン・ヘルムを演奏に従えながら、あの暗喩に満ちたsee the sky about to rain(今にも雨が降ってきそうさ)を書き上げたのだった。それらひとつひとつのエピソードを反芻しながらこの未発表音源集を聞いていると、本当に胸が潰れそうになってしまう。

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# by obinborn | 2017-12-12 18:29 | Comments(0)  

12月6日のイトウサチ&ブンケンバレエ団

清々しい夜だった。6日はイトウサチ&ブンケンバレエ団の
ワンマン・ライブを高円寺のJIROKICHIにて。ウッド・ベー
スとギターそして時折パーカッションを加えるだけの簡素な
バックが、かえってイトウの歌を際立たせる。一番いい時期
のリンダ・ルイスのような自由奔放な歌とフォーキーな演奏
には聞き手が自由に想像出来る余白の部分がたっぷり。音を
塗り込め過ぎない抑制感がハマりにハマった。歌われる言葉
にしても日々の暮らしを淡い色彩でスケッチしながら、自然
と風景が浮かび上がってくる。いずれもイトウが暖かい日も
寒い日も、いい時でも悪い時でも温めてきただろう歌の数々
だ。「CDを出すのは17年ぶりになります」そんな彼女のM
Cの彼方に長い歳月が横たわっていた。来年1月にはいよいよ
イトウサチの新作『きぼうのうた』が発売される。人の心を
動かすのは一体どんな歌なのだろう?そんなことを考えなが
ら帰り道の自転車を漕いだ。空には満月が昇っていた。


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# by obinborn | 2017-12-06 23:44 | one day i walk | Comments(0)