12月10日

中島京子『小さいおうち』(文藝春秋 2010年)を読了
今年の47冊め

女中タキの目線から昭和初期の東京郊外つまり開戦前夜から
終戦までの光景を浮かび上がらせる手法を取っていて
彼女の見てきたものが生き生きと書き留められている

世界の不穏な空気はそこはかとなく彼女が勤める家の回りにも
忍び込んでくるのだが むしろ平井家の人々と過ごした中流階級の楽しい
日々がタキの記憶の多くを占める いくら昭和初期の時代とはいえ それは
何ら現在と変わらない 日々の暮らしとはそういうものだから

一人の女性による回想録だが 主人公タキがやがて一家の秘密を
知ってしまう それを受け止めることが出来ないことからタキの苦悩が始まり
それは終戦後も彼女の心にずっと錨を降ろす
そのことのあまりの残酷さが恐らくこの作品の主題なのだろう

タキの回想はある日途絶えてしまう
彼女が死んでしまったからだ そしてその物語の続きを探し求めるのは
甥の息子、健史である

過去の集積が現在であり 現在を知るためには過去を丹念に拾い上げて
いかなければならない そうした忘れられがちな視点に作者は光を投げ
掛けていく そこから本書のダイナミズムがうねりのように押し寄せてくる

女優の小泉今日子さんが読売新聞の書評で「私は少し途方に暮れた」
「結末を受け止められず混乱している」と書き留められていたが そうした
感想が最も素直で好ましいものだろう

体制翼賛的な趨勢や解りやすいお題目 あるいは勇ましい言説
それらのまえで柔らかい人格のようなものが崩壊していく樣もつぶさに
描かれ 正直心が重い
これは何も開戦前夜だけではなく 二者択一や成果主義を唱える今とい
う時代の空気にも似てはいないだろうか

そんなことを思いながら ぼくはタキが書いた未完の年代記を追いかけた

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by obinborn | 2010-12-11 02:02 | 文学 | Comments(0)  

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