ロング・インタヴュー、山本智志(その4)

ーーこのザ・サークル・ツアーからもう17年もの歳月が経ちました。
 佐野さんのキャリアに関して大きく分ければ、ザ・ハートランド
 が初期の日々であり、のちに組むザ・ホーボー・キング・バンド
 がそれ以降の歩みになると思います。この二つのバンドの違いは
 どういうものだと把握されていますか。

 その質問を聞いてぼくが思い出すのは、かつて佐野元春が「初期のザ・ハートランドは“がんばれ!ベアーズ”(テイタム・オニール、ウォルター・マッソー主演の1976年の映画“The Bad News Bears”) のようなバンドだった」と回想していたことです。彼のその発言を読んで、ぼくは佐野とザ・ハートランドというバンドのことがとてもよくわかったような気がしたものです。彼が言うとおり、初期の彼らは「試合をやれば負けといった具合で、エラーはするわ、打てないわ、投げられないわ、そのあげくに試合そっちのけでケンカを始める」といった“ベアーズ状態”でした。でも、そんなザ・ハートランドにはたしかな友情があり、不屈さと向上心があった。佐野を含めて、彼らは少しずつ成長を続けていったんです。
 デビュー当初から佐野に才能があったことはたしかですが、初期の彼の、とくにライヴは、傍で観ているこっちが気を揉んでしまうほど危なっかしいものでした。ザ・ハートランドも、そんな佐野をバックアップするというよりは、自分たちもどこへ向かっているのかわからないまま突っ走っているという感じで、まるでパンク・バンドのようでした。そんなバンドが結成から十数年を経て、彼らは“ザ・サークル・ツアー”のファイナル・コンサートである横浜スタジアムにたどり着いた。これも佐野自身が語っていることですが、「1980年に横浜で活動を開始したザ・ハートランドは、15年の長い航海を終えて、横浜に戻ってきた」んです。佐野にとってザ・ハートランドは、単なるツアー・バンドでもレコーディング・メンバーの寄せ集めでもなく、仲間だったのだと思います。
 それにくらべてザ・ホーボー・キング・バンドは、というと、まず言えるのは、彼らはプロフェッショナルの集まりだということです。それも、ただ演奏が職人的にうまいだけでなく、彼ら全員が佐野元春の楽曲を批評的に解釈できるミュージシャンたちだということ。kyOn のキーボードも、佐橋佳幸のギターも、聴いていると、彼らが佐野の曲をどう捉えているかがわかるような気がしてくる。もちろん、おおもとのアレンジは佐野自身が示しているのかもしれませんが、演奏の細部にはバンドのメンバーのひらめきや卓越したロック感覚が詰まっている。しかも、彼らの力量はスタジオだけでなく、ライヴにおいても遺憾なく発揮される。決してスタジオの中だけのミュージシャンたちではないんです。彼らは佐野を「棟梁」と呼んでいたことがありますが、家を建てるときの棟梁と大工の関係は、音楽を作り上げていくときの佐野とザ・ホーボー・キング・バンドの関係をうまく言い表しているのかもしれません。

ーー21世紀になってからの2枚の優れたアルバム『The Sun』
 と『Coyote』で佐野元春というアーティストは新たな扉を開
 けたとぼくは認識しているのですが、山本さんはこれらの2枚
 をどう評価されていますか。

 『THE SUN』は佐野元春の頂点のひとつだと思います。ザ・ホーボー・キング・バンドの力を示したという点でも『The Barn』以上の出来でしょう。欠点がまったくと言っていいほど見当たらない。充実したバンド・サウンドの中に佐野元春というソングライターの姿が浮かび上がるような曲もある。当初「セイル・オン」と呼ばれていたロッカ・バラード「君の魂 大事な魂」は大好きな曲です。ほかにも「太陽」「希望」「レイナ」「月夜を往け」など、すぐれた曲が並んでいる。すばらしいアルバムだと思います。
 『Coyote』はちょっとした驚きでした。でも、落ち着いて考えてみれば、傑作『THE SUN』の次の作品なのですから、同じ路線のはずがない。佐野よりも年の若い3人のミュージシャンを軸とした、シンプルなビート・サウンドでアルバムは貫かれていますが、佐野がこうした方向に向かうと、だいたいブリティッシュ・ロック/ソウル風になる。「コヨーテ、海へ」「黄金色の天使」「君が気高い孤独なら」、そして「荒地の何処かで」。佐野の考えるロックが、ビートが、詩が、詰め込まれている。演奏にもう少し膨らみがほしい気もしますが、「折れた翼」など、つい聴き入ってしまう曲も多い。好きなアルバムです。
 この2作を聴くと、佐野元春は30年のキャリアを持ちながら、この先、さらに最高傑作を作るかもしれないと思わせますよね。多くのロック・アーティストが往年の傑作アルバムを超える作品を作れないでいることを考えれば、彼の創造力はすごいと思います。

ーーちょっとくだけた質問になりますが、お仕事で佐野さんと接
 して来られてきて面白かったエピソードはどんなものでしょう。
 また彼の人物像についても印象をお聞きしたいです。

 佐野元春がどういう人間なのか、ぼくはよくわからないんです。彼のプライベートな生活も知りませんし。ただ、言えるのは、ロックのソングライター/パフォーマーとして彼は常に自分の公的な立場を自覚しているということ。特大のアーティスト・エゴの持ち主である割には好人物で、通俗的なロック・スターにありがちな成り上がり志向はない。いつも堂々と自信にあふれていて、何事にも冷静に対処できる一方、ときおり無垢でやんちゃな、駄々っ子のような振る舞いも見せる。彼の書く楽曲にも、世俗を離れた哲学者のように思索的な男と、女性に強くアピールする1行をひねり出そうとする詩人が同居している。不思議な人です。
 ずいぶん昔のことですが、何人かの同業者と佐野のオフィスでミーティングをしたときのことです。「長い会議になってしまったので、みんなに晩飯を奢りたい」と、彼が行きつけのレストランに連れていってくれた。食事が終わって「ごちそうさまー」と席を立ちかけたら、彼が「財布を忘れた」とあわてた。けっこう高級なレストランだったので、みんなで有り金を出し合ってなんとか店を出たという記憶があります。佐野元春のあわてる姿を見たのは、そのときだけです。
 こんなこともありました。1995年の8月の暑い夜、遅くに電話が鳴り、こんな時間にだれだろうと出たら佐野元春でした。彼が電話をしてくるなんてことはほとんどなかったので、いったいどうしたんだろう、と驚きました。「ジェリー・ガルシアが亡くなったことを知っていますか」。いつもの礼儀正しい口調で、彼はそう言った。その日の昼にレコード会社の友人が電話で知らせてくれたので、「昼間、聞いたばかり」と答えた。佐野はとても残念そうに、ガルシアがいかにすばらしいミュージシャンだったか、彼を失うことがロック界にとってどれほど大きな損失か、しゃべりつづけた。ぼくはほとんどなにも言えず、彼の話を聞くだけだった。電話を切ったあと、もっとなにか話すべきだったと後悔しました。あとで聞いたら、周りの人間にガルシアが死んだと言っても手応えがなく、それがどうにも我慢できなくなってぼくに電話したのだということでした。それを聞いてあらためて、もっとぼくも話せばよかったと思いました。あのころ小尾さんが佐野と交流があったら、話し相手は小尾さんがふさわしかったのに、ね。

ーーグレイトフル・デッドでぼくがイメージするのは、いつも長距離の夜行列車
なんです。その列車はポートランドにも行くし、ダラスにもテュペロにも行く。
寒いケベックへと向かうかもしれないし、温かいニューオーリンズまで南下するか
もしれない。ある駅で新しい乗客(ファン)が汽車に乗り込むのも自由で、次の駅
でひとまず降りるのもむろん構わない。列車というのは具体的なツアーとともに、
音楽や世代そして歴史の継承といった比喩として用いているのですが、デッドという
名の列車が走る長い線路ごしにはずっと汽笛が鳴り響いていて、ぼくはそれをいつも
聞いている。そんな広くて大きなイメージをぼくは持っています。


☆☆☆☆☆新しいメディアの登場や普及は、便利さと不便さがいつもセットになっている

ーーところで、音楽ジャーナリズムの形態も初期の素朴なものか
 ら次第に成長し、あるいは変質していったと感じる今日この頃です。
 またよく指摘されるように、インターネットの普及が劇的に活
 字メディアの役割を変えてしまった部分もあると思うのですが、
 こうした点で痛感されるようなことはありますか。

 インターネットに限らず、新しいメディアの登場や普及は、便利さと不便さがいつもセットになっている。それまでのメディアが消えてなくなれば、人は否応なく新しいメディアしか使えなくなるわけで、はじめはそのことにブツブツ文句を言っているんですが、みんなやがて慣れてしまうんです。まあ、現実を受け入れるしかないということもありますが。
 音楽評論であれ小説であれ、ぼくは「画面」ではなく「紙」で読みたいと思っていますが、それがむずかしいとなればしかたがありません。読めなくなるよりはいい。活字メディアの役割といっても、メディアは媒介なのだから、音楽ジャーナリズムがこの先どうなるかは、結局は音楽ジャーナリズム次第なんじゃないかなあ。見方を変えれば、音楽ジャーナリズムの低迷はインターネットのせいではなく、景気が悪くて出版社がきれいごとを言っていられらくなったということなのだろうと思います。いまは出版界に元気がないので、当面はおもしろい雑誌や本は期待できないでしょうが、それでも平凡社が隔月で出している『こころ』という文芸総合誌を読むと、まだ活字メディアも捨てたものじゃないなとも思います。こんなときに果敢に、よくこんな雑誌を出したものだと敬服します。がんばって出し続けてほしいです。
 インターネットの情報はゴミの山だから、そこから価値のあるものを探し出すのも容易ではないし、すぐれた論評がゴミに埋もれてしまう危険もある。新聞の電子版や小説のダウンロード購入のように、音楽雑誌も有料でネット配信されるようになるだろうか。そうなったとき、はたして契約者はどれくらいいるだろうね。紙に印刷されたものよりも安価で読めるのならそのほうがいいという人もいるだろうけれど、どうかなあ、音楽雑誌の電子版は成り立つかなあ。『こころ』のように編集された音楽誌が電子版のみで出たら、ぼくは購読を申し込むと思います。メディアが変化しても、音楽ジャーナリズムの役割まで変わってしまうことはないというか、ぼくが音楽ジャーナリズムに期待するものに変化はないということです。
(続く)

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オレンジ・カウンティ・ブラザーズのペダル・スティール奏者、谷口邦夫さん(左)と
谷口さん自身、佐野元春の熱心な聞き手でもあり、近年もコンサート会場に足を運び続
けている。
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by obinborn | 2012-01-21 06:48 | インタヴュー取材 | Comments(0)  

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