ロング・インタヴュー、新井健太(上巻)
るかが次第に解ってくる。やがて彼のプレイの虜になる。
今回の取材記事を読んで頂ければお解りのようにアラケン
はどこまでも控えめで、かつ思慮深い。そんな彼に震災後
の心境やツアー・ファイナルのこと、そして音楽遍歴やベ
ースという楽器に対する考え方などを伺った。なおバンド
の未来図に関しては、「まだまだやりたいことはいっぱい
あります」と力強い言葉が返ってきた。
* * *

☆東北地方を回って思ったこと
ーーまずは新作アルバム『さよならカーゴカルト』のツアー終了、
お疲れ様でした。今回のレコ発全国ツアーは昨年の秋に始まり、
新年を挟んで先日(3月23日)ファイナルを迎えたわけですが、
今回のツアーで印象に残ったのはどんなことですか。
ホンクとして初めて、しかも震災後の東北地方を友部正人さん
に機会を頂いて回ったことは大きかったです。もっと早く行きた
かったし、行かなければいけなかったのかもしれません。震災や
原発事故は一大事ですし、自分で見てみなければこれからの自分
がやりたいことも解らなくなると思っていました。まさに明日は
我が身ですからね。でも、単なる野次馬根性で行くわけにはいか
ないですし、そこら辺は難しいのですが、とにかく仙台や福島の
人たちと話をしてみたかった、町の様子を見てみたかったという
気持ちがありました。
町の様子は、といってもオレたちが行ったのは仙台や郡山など
の内陸部になるわけですが、人は一見普通に歩いていたり、子供
たちも普通に外で遊んでいたり、オレはなんとなく当たり前のよ
うにマスクをしていたのに対し、現地の人達はけっこうマスクを
していなかったりしたのも少し意外でした。
しかし本当は町を離れたくてもいろいろな事情でそう簡単には
動けないだろうし、自分たちの生まれ育った町を捨てることなど
なかなか出来ないのだと思います。実際オレの友だちに、生まれ
たばかりの子供がいるけれど福島から動けないという人がいて、
逆に彼は東京に住んでいて沖縄に逃げるような人たちをちょっと
腹立たしく思っていたりもすると言うんです。ちょっと怒りの矛
先が違うような気もしますが、彼の言わんとすることも理解出来
る。また人によっては放射能なんて全然大丈夫だよ、と言ったり
しますよね。本当に人間はいろいろな考え方をするもんだな、と
今回改めて強く思っています。オレはそのうちの誰かの意見を否
定することは出来ないし、すべてが同じでなければいけないとも
思っていません。お互いを尊重しつつ排除もせず、それぞれが生
きていくのって本当に難しいなあと、今更ですけど思っています。
福島のことは何とも言えず悲しいですね。自分たちが何をどう
出来るのかは解らないし、間違って変なことをしてしまうかもし
れない。放射能のことだって、いろいろな人が出てきていろいろ
な事を言うから、どれが本当の事なのかバカなオレとしては全然
解らないですからね。
そこで自分たちホンクの事に立ち戻るわけですが、(木下)弦
二くんをはじめホンクのメンバーでよく話すのは、『さよならカ
ーゴカルト』は震災以前から録音していたけれども、震災後も違
和感がないというか、嘘ではなかった、自分たちがやってきたこ
とは間違いじゃなかったという気持ちです。震災後にラジオで流
れた曲などは、個人的には「ちょっとなあ〜」という気持ちがあ
り、音楽をやっている人間としては無力さを感じることもありま
した。

01. 泥男 07. 目と手
02. 拡声器 08. 昼休み
03. 自然ソング 09. おいでおいで
04. 鏡の中 10. お散歩人生
05. 冬眠 11. はじまりのうた
06. お休みの日
ーー今回は仙台の”おとのわ”のチャリティ・イベントにも参加
されたり、ホンクは毎月のバンドの売上げから震災の寄付金を
ソウル・フラワー・ユニオンを通して送っていますね。素晴ら
しいことだと思います。しかし、音楽家が社会的なものや政治
的なことに関わっていくのにはいろいろな方法があると思うん
ですね。それこそソウル・フラワーの人たちのようにがっつり
と現地に入っていってタグを組むようなやり方もあれば、もう
少し間接的な形でコミットしていく方法もある。これからはバ
ンドとしてどういう方向性を考えていらっしゃいますか。
バンドの四人のなかで少しずつ考え方が違うのかもしれませ
んが、確かに東京ローカル・ホンクというバンドが一定のイメ
ージで捉えられてしまうのは嫌ですね。オレは最初はやはり音
楽から入っているし、音の美しさや音の響きとして音楽を愛し
てきたわけですから。思想的なものを伝える手段として音楽を
使うのは、きっと何かを排除してしまうことになってしまうと
思う。オレはそれが嫌なんです。メンバーが最終的にどういう
手段を選ぶかは解らない部分がありますが、何もオレたちは反
体制とか反原発という動機で音楽を始めたわけではなく、町に
いる普通の人たちの様々な物語を歌ってきたわけですからね。
オレは曲も歌詞も書けないけれど、たぶん弦二くんも同じよう
に思っているんじゃないかな。ホンクの世界は間口が広く、聞
く人によって、またその人の経験によって様々な解釈が出来る
と思うんです。だからやはり一つの色に染まったり、ホンク=
反原発といった特定のイメージで語られるようになったら嫌だ
なあ。
それでもこういう事故が起こると、やはり考えることは多い
です。震災基金にソウル・フラワーを選んだ理由は、マネージ
ャーの常木さんが周りとの繋がりや外のことをよく見渡せる人
で、彼からの提案もありました。オレにしてもソウル・フラワ
ーは同じミュージシャン同士だし、ソウル・フラワー基金に賛
同している人たちもそう遠くないと感じました。
ーー今日たまたま自分のブログに書いたのですが、音楽家が本
気で社会と関わっていくとすると、なかには国会議員や地方議
員になっていく人もいますよね。ぼく個人の意見としては、そ
ういうのは少しどうかなあ~という気持ちがあるんです。聞き
手の一人としては、ミュージシャンにはやはりずっと音楽をや
り続けていて欲しいと思いますし。
うん、そういう人たちもいますね。オレも社会的な問題意識
を持つことは必要だけど、そのぶん音楽が窮屈になってしまう
のはちょっとね。それはある意味ホンクが今までやってきたこ
とを裏切ってしまうことにもなりかねませんから。
ーーアルバム『さよならカーゴカルト』の発売に先駆けて、シ
ングルを3曲(「はじまりのうた」「目と手」「昼休み」)を
ダウンロード配信するという新しい試みをされました。スタッ
フともいろいろな議論をされた結果だと思いますが、アラケン
さんのお気持ちはどういうものでしょうか。
オレは10代の頃から友だちと遊ぶような感覚で音楽をやっ
てきました。そのぶんどういう段取りで音楽を人に伝えるか?
というか、どうやって売り込むか? 的なことは殆ど考えて
こなかったんですね。同じ頃に弦二くんやクニくん(田中邦雄)
がやってたことに至っては、ある意味もっとかなり閉鎖的に見
えたかもしれない。だけどとにかく一日じゅうずっとスタジオ
にこもって練習をしていた彼らの姿をオレは美しいと思った。
その後オレは他の音楽の仕事をしていたり、ベースを人に教え
ていたりもしたんだけれど、そういうの全部が嫌になってしま
う位彼らは魅力的だったんです。
でも、ホンクもこうしてそれなりに歴史を重ねていくと、実
生活を取り巻く状況もいろいろ変わってくるわけで、次第に、
このバンドを続けていくためには、より多くの人にホンクの音
楽を聞いて頂いて、より多くの賛同を頂いて、経済的な援助を
頂くようなカンジがあってもいいのではないかという考えも出
てきたわけで、、、。ホンクがやっていることをお金に換える、
という言い方が適切かどうかは解りませんが、そのなかの一つ
の手段としてマインズ・レコードの石塚くんの意見もあって、
今回はダウンロード配信をしてみよう!と決めました。彼以外
にも、きっといろいろな人たちがホンクのことを考えてくれた
んだと思っています。まあ、ダウンロードといってもオレには
未だによく解らないし(笑)、自分を振り返ってみても、好き
な音楽はレコードやCDを買ってきたわけですから、確かにあり
がたみがあまりないカンジですよね。でも、今の若い人たちが
ダウンロードで音楽を買うのであれば、「ああ、そうなんだあ
〜」と思うしかありませんし、それならばそういう新しい環境
でやってみようじゃないかと思いました。実際やってみなけれ
ばどういう反響があるかも解らないわけですからね。そういう
意味でも今回のこの試みはやってよかったと思っています。
☆☆ツアー・ファイナルではホンクの土台を見せたかった
ーーツアー・ファイナルとなった吉祥寺のスター・パインズ公
演についてお伺いします。この公演では外部ミュージシャンを
5人招いた”ホンク9”が実現しました。とてもスリリングで
大胆な試みだったと思いますが、そもそもこのアイディアはど
ういう風に生まれたのでしょうか。
やはりツアーの最終日ですからいろいろな人に見に来てもら
いたいし、興行としても成功させなければいけないとレーベル
側からも言われました。そうするためにはどうしたらいいのか
を考えてみると、今までお世話になってきた人たちを呼んでみ
ようとか、ビッグ・ネイムを招いてみようとか、いろいろな意
見が出てきました。ホンクだけで『さよならカーゴカルト』の
アルバムをあの曲順通りにライヴで再現してみるのはどうだろ
うかという方向も考えましたが、結局はオレたちホンクに縁の
あるミュージシャンを集めながら、せっかくだから面白いこと
をしてみようよ、という話になったんです。ミュージシャンの
具体的な選択は弦二くんを中心に行っていきました。
ーー9人が集まったリハーサルは”ホンク体操”から始まったそ
うですね。
ホンク体操と言っていますけど(笑)、あれに関してはそれ
こそオレがホンクの前身である“うずまき”に入った頃は勿論、
他のメンバーはそれ以前からやってたことなんですね。彼らは
普段から音楽だけでなく、政治や宗教や文化のことなどを話し
合っていたし、ホンクっていうのはそうした社会性や精神的な
もの全部をひっくるめて自分たちの音楽にしたいと思っていま
す。やはり体も音楽と密接に結び付いてくるものですから、体
操をすることで肩の力を抜くっていうのは重要だということで
しょうか。
そういえば、昔はオレなんかベースを弾くときは力一杯ピッ
キングしてやるっていう気持ちになりがちで、またそれがカッ
コイイことだと思ってて、今でもそういう気持ちが無くはない
けど、最近はそれと同時に力を抜いて弾くことの美しさも解る
ようになってきたし、出来るようになったなあ。
ーードラムスが4台でベースが2本というダイナミックな編成
でした。ドラムスが4人という意図はポリリズム的な広がりや
ユニゾン的な効果という意味で自分なりに理解出来たのですが、
ベースを2本にしたのはどういう意図があったのでしょうか。
何の考えも無くベース2本を同時に弾いたら、音域の問題で
せっかくのアンサンブルが簡単に崩壊するでしょうね。今回は
ただのセッションではなく、そういうのもすべてちゃんと計算
してアンサンブルを作りたかった。例えばオレがエレベではな
くコントラバスを弓で弾く時、オレの演奏がどの程度実現出来
ているかどうかは置いといて、弓で弾くことでチェロみたいな
色合いが出せたらいいなと思ったんです。そういう高い音域を
オレが弾いている時、ヤセイ・コレクティヴのミッチくん(中
西道彦)にはエレベで低いパートを補って欲しかったというの
もあるし、『さよならカーゴカルト』では曲によってオレがエ
レベとコントラバスの両方を弾いているから、それを再現した
かったというのもあります。あとミッチくんは鍵盤楽器も出来
るから、一部でキーボードも弾いてもらったりも出来たし。
彼はご両親が音楽をなさっていたり、クラシック・ピアノを
習っていたり、ちょっと羨ましいくらいの音楽的素養があるん
です。そして何よりヤセイ・コレクティヴのリズム隊として、
ドラマーの(松下)マサナオくんとのコンビに魅力を感じてい
たというのも大きいと思います。彼らはまだ若いんだけれども、
アメリカでともに音楽修行をしてきて一緒に修羅場をくぐって
きたということで、すごく二人の関係性というか、結びつきの
カンジというか佇まいが微笑ましいんです。
今回のホンク9はそのヤセイの二人に、ラップ・スティール
の克ちゃん(佐藤克彦)、前から友だちだったタマコウォルズ
の中原由貴さん、そしてサーディンヘッドの小林武文くんにお
願いして実現しました。彼らなら解ってくれるという気持ちと
同時に、逆に彼らにホンクの音がどういう風に成り立っている
のかをぜひ見て欲しかった。勿論、お客さんにもホンクの音の
土台というものをこの機会に感じて欲しかったんです。

ーー9人が一本のマイクを囲んでアカペラ・コーラスをする導
入部には驚きました。しかも、よくあるファルセットで軽く合
わせるものではなく、ブルガリアン・ヴォイスのような腹の底
から出す低音による分厚いコーラスが圧巻でした。
声を回していくアレですが、べつに今回が初めての試みだっ
たわけではなく、これもホンクが昔からずっとやってきたこと
で、アレはもっといろいろなヴァリエーションがある中の一つ
です。弦二くんはある高校のサークルでギターや歌の指導をし
ていたこともあって、大人数で声を出す楽しさを知っていたこ
ともあったし、彼には世界の音楽について何でも知りたい、そ
の音楽の成り立ちを研究したいって思っていた時期があったん
ですよね。まあ、それは音楽をやっていればみんな大なり小な
り興味を持つことなのかもしれないけど、今回のはそれらのい
ろいろなものが核になってるんだと思います。そういえばブル
ガリアン・ヴォイスに関しては、オレも以前サントリー・ホー
ルに観に行ったけど素晴らしかったなあ。
またあのコーラスのエコーやディレイなどオペレイトに関し
ては、バンド側からとくに注文を出すことはせず、エンジニア
のハルクさんにお任せしました。こういう音響面ではやはりエ
ンジニアやPA担当者との信頼関係が大切でしょうね。そういう
部分で彼らもまた同じ表現者なのかもしれません。確かにあま
り馴染みがない小屋では音響面で「ちょっと違うんだよなあ」
と感じることもある。でも、その人はその人でその小屋のこと
を一番熟知してやってくれているわけですからね。お客さんが
増えてくればくるほど、そうしたトータルで考えていかなけれ
ばいけないことは増えてきますね。

ーー「泥男」の途中にはスタジオ版にはない”ケチャ、ケチャ”
というコーラスが入っていましたね。ぼくにはアフロ・ビート
とラップの合体のように聞こえました。
先ほど世界中の音楽を知りたかったというお話をしましたが、
バリ島のケチャを一時期よく聞いていたことが何となく反映さ
れているのかもしれません。だから今回の「泥男」はアフリカ
音楽とケチャが同時に混ざっているのかも。日本の民謡なんか
を聞いていても面白いグルーヴを感じるときがあります。オレ
たちがそうやって様々な音楽要素を吸収しながら、結果として
アウトプットしたものは、全部ホンク・サウンドになっている
と思う。だから音楽の知識なんかなくっても、そのグルーヴを
感じ取って貰えればそれが一番楽しいですよね。
(下巻に続く)
by obinborn | 2012-04-14 15:15 | インタヴュー取材 | Comments(0)