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風とピンボールと羊

別にノーベル賞の話題を意識した訳ではないが、久し振りに
村上春樹の初期三部作を読み返してみた。最終章の『羊』が
単行本として世に発表されたのは82年の10月のことだった。
当時は文壇にダブル村上が出て来たと話題になったり『風』
が群像新人賞を穫ったりと、一般的にもそれなりの評判を巻
き起こしたと記憶しているが、まだ確固たるステイタスを築
くまでには至っていなかったという印象のほうが強い。読み
返してまず思ったのは、とてもまっすぐな青春小説であった
こと。むろん村上らしい諦観や気取った修辞がいささか鼻に
付く部分はあるものの、テーマとしては変わっていく季節や
死が語られ、結果として青年期(20代)の終わりが「僕」と
かつて友人だった「鼠」とのすれ違いを通しながら、最後の
最後には二人の関係の崩壊が残酷なまでに提示されている。

一人称で進められていく物語とは良いものだ。それはとりも
なおさず「僕」が少しずつ自分以外の世界を知っていくこと
でもあろう。誰もがやっかいな自意識から逃れられないので
あれば、一人称を真ん中に据えながら語り始めてみるのも悪
くない。そんな「僕」が古い形のピンボールを愛でる。「鼠」
を探しに北の寒い土地へと出向いていく。ニール・ヤングや
ジェイムズ・テイラーの最初の3枚を忘れられないように、
村上春樹の初期三部作を読み直す。それは自分という一人称
を取り戻そうとする営為なのかもしれない。

風とピンボールと羊_e0199046_17595966.jpg

by obinborn | 2015-10-10 18:00 | 文学 | Comments(0)  

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