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ギブ・ギルボーとナッシュヴィル・ウェスト

スワンプウォーターを旗揚げする以前のギブ・ギルボーの動向
としては、クラレンス・ホワイトを擁したナッシュヴィル・ウ
ェストに参加しているのが興味深い。他のメンバーはジーン・
パーソンズ(D)とウェイン・ムーア(B)二人はギブと同じく
キャスタウェイズの同僚であり、彼らがロスアンジェルズで売
れない日々を過ごしている時、ケンタッキー・カーネルズ出身
のクラレンスと意気投合したらしい。彼ら唯一のアルバムとな
った『NASHVILLE WEST』(写真)は、67年のある日エル・
モンテのクラブ、ナッシュヴィル・ウェストで行っていた彼ら
のギグをレコーディングしたもので、ほぼ10年後の78年にシエ
ラ・レコードからリリースされた。

このナッシュヴィル・ウェストの素晴しさは、フォーピースと
いう通常のロック・カルテット編成でカントリー・フィールを
実践したことだろう。ケンタッキー・カーネルズではアクース
ティック・ギターを弾いていたクラレンスだが、ここでは早く
も彼のシグネチャーとなるストリング・ベンダーをエレクトリ
ック・ギターに取り込み、ペダル・スティール的なエレメント
を発揮するほか、カーネルズ時代から顕著だったシンコペイト
感覚に磨きを掛けた。ギブ・ギルボーに話を戻せば、彼が得意
とするケイジャン・フィドルをここでは一切弾かず、サイド・
ギターに徹し、クラレンスを盛り立てている姿が印象的だ。そ
れでもギブがフランス語で歌うSWEET SUZANNAには、のち
のスワンプウォーターで全開となるルイジアナ風味が感じられ、
ギブのファンはこういう部分にこそ感じ入ってしまうのだった。

この4人組の活動はわずか一年ほどで終わってしまったが、そ
の後クラレンスとジーンはザ・バーズへと合流し、このフォー
ク・ロック・グループの音楽地図を大きく塗り替えていく。何
しろザ・バーズにはその名もNASHVILLE WESTというインスト
曲が残されているくらいだ。そんな意味でもこの短命に終わっ
た四人組が残したものは少なくないだろう。先日惜しくも亡く
なってしまったマール・ハガードのSING ME BACK HOMEを
取り上げ、ベイカーズフィールド・カントリーに敬意を表する
ばかりか、ジミー・ウェブのBY THE TIME I GET TO THE P
HOENIXやチャック・ベリーのMEMPHISをカバーする柔軟さ
を彼らは携えていた。弾き過ぎないクラレンスのプレイとし
ても、このナッシュヴィル・ウェスト時代がベストだと思う。

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by obinborn | 2016-04-22 18:25 | one day i walk | Comments(0)  

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