遥かに、トム・ペティへ

昨年の10月にトム・ペティが急逝した時は気が重かった。              というのも最初の4枚のアルバムしかしっかりと聞いたこ
とがない自分はとても熱心なファンとは言えず、皆んなの
流れに乗って追悼するのはいかにも傲慢だと考えたからだ。
きっとあまり縁がなかったのだろう。今ぼくの手元にある
のは81年のシングル「ザ・ウェイティング」のみ。よって
以下はそんな男の雑文として読んでいただければと思う。

トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの最初のシングル
「アメリカン・ガール」を最初ラジオで聞いた時の衝撃は
今も忘れられない。それはザ・バーズを彷彿させるフォー
ク・ロックで、ぼくはてっきりロジャー・マッギンの新曲
かと錯覚したほどだった。甘く鼻に詰まったような歌い方
もマッギンに似ていた。またのちにパブ・ロッカーのルー
・ルイスが取り上げた「ホームタウン・ブルース」の泥臭
い響きも好きだった。ペティの最初の2枚がシェルター・
レーベル発だったことに大いに納得したものだった。そし
て「ルイジアナ・レイン」に映し出されるアメリカの風景
には不思議なデジャヴ感を覚えた。

奇抜さや最新モードが重宝されがちなニューウェイブ以降
のシーンの中で、彼らの音楽はいわばロックの本家本流に
位置し、最初からずっとバンド・サウンドを鳴らし続け
た姿勢にも好感を持った。ソロモン・バークの「クライ・
トゥ・ミー」は恐らくストーンズを経由したものだろうが、
そんな部分にトム・ペティの率直な性格が滲み出ていた。
60年代に築かれた良き時代のロックやR&Bを継承しなが
ら今に蘇らせる。それがまさに彼らの基本的な姿勢であり、
自分たちの目を通して見える世界のありようだった。

冒頭に挙げた「ザ・ウェイティング」でペティはこんなこと
を歌っている「辛い時代じゃないか。約束を守ることもまま
ならないじゃないか」彼がどういう文脈でこの歌を作ったの
かは定かではない。ただ81年当時まだ20代の序盤だったぼく
の心を捉えるばかりか、多くの人々の共感を集めた。その曲
を最後にトム・ペティのレコードを買わなくなってしまった
理由は今もよく解らない。彼は彼の道を歩み続け、多くの作
品を作り続けた。たまに耳にする彼の新作は変わらないこと
でかえって聞き手の信頼を得るものだったと記憶する。

最後に個人的な話で恐縮だが、昨年末に行ったDJでエヴァ
リー・ブラザーズ版の「ストーリーズ・ウィ・クッド・テ
ル」を流した。ジョン・セバスチャンが書いたこの歌を、
トム・ペティのヴァージョンで知った方も少なくないだろ
う。こうした温故知新のスピリットが最後までペティの音
楽を支えていたのだ。その日の帰り道、夜間バスに揺られ
ながらStories We Could Tellのリフレインを口ずさんで
みた。その時初めて失われたものの大きさに気が付き、少
し泣いた。

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by obinborn | 2018-01-17 11:00 | rock'n roll | Comments(0)  

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