キース・リチャーズの背骨

キースのTALK IS CHEAPがリリースされたのは88年の10月だか
ら、恐ろしいことにもう30年近くが経とうとしている。池袋のオ
ンステージ・ヤマノに輸入盤が入荷したその日に購入し、何故か
すぐ家に帰らず、誰かと飲んで終電を逃した私はトボトボと線路
をひたすら歩き江古田まで帰ったっけ。途中で深夜の路線工事をし
ている作業員たちにからかわれたことまでよく覚えている。私は
まだ30歳になったばかり。結婚して二年目か、いやあ〜、若かっ
たですね。当時のストーンズはミックとキースの不仲がもはや修
復不可能とまで伝えられ、ファンは随分と心を痛めていた時期だ。
当時の新作『DIRTY WORK』にしてもあまり覇気が感じられない
アルバムで、ボブ&アールのカバー「ハーレム・シャッフル」は
イカした出来だったが、他の曲で印象に残っているものは少ない。
ミックとキースの喧嘩の原因は、ストーンズでの活動をないがしろ
にしていち早くソロ活動に乗り出したミックに対し、キースが怒り
心頭だったこと。またミックのソロ作がナイル・ロジャーズ制作の
ダンス・ポップ音楽だったことが、どこまでもルーツ音楽を愛でて
きたキースの逆鱗に触れたに違いない。このTALK IS CHEAP(語
るに落ちる)は、そんなミックへの返答と受け止められた。本作に
ある剥き出しの粗野なロックンロール、バニー・ウォーレルを迎え
たPファンク、あるいはアル・グリーンを彷彿させるメンフィス・
ソウルなどを聞いていると、キース・リチャーズという人の背骨が
しっかりと見えてくる。時代の流行に左右されないことがいかに大
事かを、他ならない音それ自体として実感させられる。加えてあの
全米屈指のバー・バンド、NRBQのジョーイ・スパンピナートのア
ップライト・ベースを起用して、ロックンロール初期の4ビートの
ニュアンスを実践したりと、今なお聞きどころは多い。長年連れ沿
った夫婦にすれ違いが起きるように、88年のミックとキースはそん
な時期だったのかもしれない。二人の修復に向けてキースはこんな
言葉を口にしている「いいかいミック、よく聞けよ。俺たちはマド
ンナでもマイケル・ジャクソンでもない。俺たちはローリング・ス
トーンズなんだぜ!」

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by obinborn | 2018-03-29 18:00 | rock'n roll | Comments(1)  

Commented by nofunaloud at 2018-03-30 21:06
オビンさんこんばんは!キースのこのソロアルバムは、母が発売当初カセットテープで買ってきて
休みの日に一緒に聴いていましたね^^
アルバム「ダーティーワーク」に収録されている(!?)"Undercover (Of The Night)"という曲の
MVを見て、ハラハラしてましたが、当時ミックの「俺とバンド」という考え方からキースとミックの間に
軋轢が生まれたという話を聞いてから、なるほどな!と納得しました。(アルバム違いでしたらすいません)


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