More Blood、More Tracks所感

『More Blood,More Tracks』を聞いてまず思ったのは
最初は随分シンプルな演奏だったんだなということだっ
た。ディランの生ギターとハーモニカによる弾き語りを
中心にベースが加わる程度で、ゆったりとしたテンポで
奏でられるせいかとてもしんみりした印象を受ける。ぼ
くが長年親しんだ『血の轍』の多くのナンバーはバンド
を率いていただけに動きがあり、起伏があり、それ故に
鳥肌が立つような興奮を味わったものだ。弾き語り集に
なることに異を唱えたディランが、アルバム発売日の直
前にミネアポリス在住の無名の演奏家たちを率いて多く
の曲が演奏され直し、結果それが正規の『血の轍』とな
り、全米チャートを駆け昇っていったのだ。時は75年。
まだ新年が明けたばかりの頃だった。

個人的には初めてリアルタイムの”新譜”として買ったデ
ィランの作品集だっただけに繰り返し聞いた日々を懐か
しく思い出す。自分の過去の原稿を読み直しても、ぼく
がミネアポリスの無名の演奏家たちと急遽セッションす
るに至ったディランの”パンキッシュな衝動”に感銘を受
けていたことが確認出来る。だからオリジナル版の発売
から48年経った今になってから「最初はこんな演奏だっ
たんですよ」と公開されても、ただひたすら困惑してし
まう。こういう舞台裏を見れることに関してディラノジ
ストは歓喜するのだろうが、それ以上のものではない。
それでもどうしても知りたいという方にはスタンダード
・エディションの一枚だけで事足りる。「俺は寂しくな
るよ」をテイク1から8まで聞くのはディレクターやプロ
デューサーの仕事であり、音楽ファンの役割ではない。
そんなことを信じていたい。明日からはまた”本物の”
『血の轍』を聞こう。アルバムのA面最初からB面最後ま
での曲タイトルを覚え、その殆どすべてが身体に染み込ん
でいるから。


e0199046_17291871.jpeg



[PR]

by obinborn | 2018-11-06 17:33 | rock'n roll | Comments(0)  

<< 30年近くなった音楽ライター人... 記憶という支柱 >>