エディ・ヒントンのソングブック『Cover Me』に寄せて

エディ・ヒントンを知る前に彼の書き下ろした曲を初めて
聞いたのはニッティ・グリッティ・ダート・バンドのDown
In Texasだった。ソウル・ファンにはオスカー・トニー・Jr
の持ち歌としてお馴染みだろう。そんなことを懐かしく思い
出しながらエディのソングブック『Cover Me』を聞いてい
る。共作者のドニー・フリッツが自ら「私とエディの記念碑
だよ」と語るダスティ・スプリングフィールドの「ベッドで
朝食を」に始まり、夜明けにエディがふざけて木によじ登っ
た体験を元にしたルルの「エディはどこに?」で終わるこの
コンピレーションは、95年に他界してしまった エディのソ
ングライターとしての側面に光を当てていて、私が知ってい
る曲と知らない曲が半々くらいずつといったところだが、ペ
ン=オールダムやジョー・サウスあるいはダン・グレアらと
ともにアメリカ深南部のR&Bシーンを支えたエディの裏面史
として、本当に申し分ないものとなっている。レフトバンク
「愛しのルネ」に似た作風のボックストップスIf I Had Let
You Inや、シェールのSave The Children、トニー・ジョー
ホワイト自身は意外にも「俺はエディに会ったことがない」
と語るフリッツ/ヒントン作をトニー・ジョーが歌った300
Pounds of Hongry、ボビー・ウーマック自らイントロで
「スタジオ・セッションが終わる間際にエディがこの曲を
持ってきたんだよ”これをやらないかい?”って」と語るA
Little Bit Salty辺りがクライマックスだろうか。またエディ
が最初のソロ・アルバムに収録したヒントン=ペン作I Got
The Feelingのアメイジング・リズム・エイシズ版は恥ずか
しいことに筆者は今回初めて知った。エディ・ヒントンの作
風として一貫しているのは、やはりブルーズとゴスペルとソ
ウルの感覚に違いない。ニューヨークのティン・パン・アレ
イ系コンポーザー(ゴフィン=キングであれリーバー=スト
ラーであれポーマス=シューマンであれ)とは明らかに様相
が異なる実直な心情吐露に、エディ・ヒントンが身をもって
歩んできた南部の音楽風土を思わずにはいられなかった。


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by obinborn | 2018-11-20 14:42 | blues with me | Comments(0)  

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