マーク・ベノの憂鬱
マーク・ベノの『ロスト・イン・オースティン』は79年に
発売された。前作『アンブッシュ』から実に7年ぶりのリ
リースだったから、カムバックアルバムと呼んでも差し支
えないだろう。彼が長く沈黙している間に音楽シーンはす
っかり様変わりし、かつて隆盛を誇ったSSW〜スワンプは
退潮し、AORやディスコあるいはスタジアム・ロックがそ
れに代わったのだが、それらの流行に馴染めなかった自分
にとってベノの復活は心強かった。すっかり読むところが
なくなった当時の『ニューミュージック・マガジン』で、
矢吹申彦氏が『ロスト・イン・オースティン』を79年のベ
ストに挙げておられたことを今もよく覚えている。私はま
だ就職を控えていた学生だったが、本作とアルバート・リー
の『ハイディング』ばかりを聞いていた。
ベノ本人にとっては初めて英国人プロデューサーのグリン・
ジョンズと組み、ジョンズが根城としていたロンドンのオ
リンピック・スタジオでレコーディングされた作品である。
バックは当時ジョンズの製作下で『スローハンド』と『バッ
クレス』を発表したエリック・クラプトン・バンドだが、
ジェイミー・オルテガーの代わりにジム・ケルトナーがド
ラムスに加わり、やがてE.Cバンドに参加するアルバート・
リー(ヘッズ・ハンズ&フィート〜チャス&デイヴ〜エミ
ルー・ハリスのホット・バンド)のギターも随所に聞き取れ
る。それらすべての要素が私を満足させるものだった。また
表題曲を始め、New RomanceやChasin' Rainbowsなどの
楽曲も粒揃いだったし、何よりベノ本人のダウンホームで
泥臭いサザン・フィールが以前のままだったことが、この人
の融通のなさと信頼に値する何か(something to believe
in )を物語っていた。
「エリックの巨大なマーケットに比べたら、僕の市場なんて
微々たるものだよ。でも思うに僕が書いたChasin' Rainbow
はエリックのTears In Heavenに影響を与えたんじゃないか
な?」インタビューの席でベノは神妙にそう告白した。ちな
みにchasin' rainbowsではE.C.が震えるようなスライド・ギ
ターを弾いている。
by obinborn | 2019-02-27 17:48 | one day i walk | Comments(0)