「拝啓、その後お元気でしょうか?きみが切り出した別れの仕打ちはあまりに突然で、理不尽で、最後までぼくを苦しめた。もっともきみにしてみれば、過剰過ぎるぼくの想いを恐れたが故の判断だったんだね。今はそのことを甘んじて受け止めようと思っている。
不思議なものだね。別れてからもうだいぶ時間が経つのに、かつて二人で過ごした日々はどんな過去よりも鮮やかに今蘇ってくるような気がする。それは爽やかに風が吹き抜ける初夏の日であったり、何マイルも雪に閉じ込められてしまう真冬の一日であったりするけれど、きみと交わした会話の断片や、些細な日常の一コマ一コマがふいに訪れてきて、毎日毎晩ぼくの心を刺すんだよ。これから先もずっときみの面影に襲われるとしたら、自分はさながら一生囚われの身かもしれないね。
さて、ぼくの身体のことを少しだけ言わせてもらえば、これから先もうあまり長い時間は残されていないみたいなんだ。厳しく事実を告げる医師とは対照的に、看護師や精神科の臨床士の皆さんはいつも明るく励ましてくれるけれど、抗がん剤の蓄積によって、手足の痺れが次第に大きくなってきたのが自分でもよく解る。そのうち洋服のボタンを留められなくなったり、ペットボトルの栓を外せなくなったり、レコード盤を持つのが覚束なくなるのか...などと考えると恐怖で夜も眠れなくなってしまうのさ。もしその時が来たら今まで試みてきた治療を諦め、緩和ケアという最終ステージへと入っていくことになるだろう。
長くなってしまってゴメン。こうやっていざ手紙を書くとなると、なかなか上手く行かないものだね。肝心なことはいつだって投函してから思い出すのさ。知らない土地で暮らすきみがこれを読むのは一体いつのことになるのだろう? その時ぼくは何処の町で何をしているのかな? 最後になってしまったけれど、きみのこれからの人生に幸多かれと願っています。