緩和ケアチームの患者リストのなかに僕の希望欄があり、そこには「家で音楽(レコード)を楽しみたい」と書かれている。間違いなく僕が今望んでいること以外の何ものでもない。実際癌が見つかって以来この4年半、僕は基本的にそのように毎日を過ごしてきたし、これからの願いもそれくらいしかない。
昔はそれでもサブテキストを読みながら知識を蓄えたものだが、近年はもっとシンプルに音そのものと向き合う形だ。きっと病を経て何かを悟ったのだろう。10代20代の理屈は色褪せ、大袈裟なロジックは破綻し、最後に歌だけが残った。まるでそんな結論に導かれるように僕は楽な気持ちになった。マメにレコード盤を拭き、針を交換し、一枚一枚のアルバムを愛でた。
果たして一体「最後の日」はいつ訪れるのだろう。「小尾さん、明日がいよいよアウト・オブ・タイムですよ」とでも告げられるのだろうか。緊張する。これじゃまるで死刑執行を待つ囚人じゃないか。
幸いにも救いはある。僕が書いてきたものは後世に残る。あなたが示してくれた友情は、たとえ僕がいなくなっても消え去らない。温かい記憶だけがまるで5月の水面のようにキラキラと反射している。