2012年 10月 13日 ( 3 )

 

Talk To Me,Talk To Me

みなさんこんばんは。土曜の夕べ、いかがお過ごしでしょうか。
実はさっきまで、このfacebookのためにダグ・サームに関する
長いテキストを書いていたのですが、悲しいかな、何故か一瞬
のうちに消え去ってしまいました。

あまりのショックに再び同じ気持ちにはなれないのですが、ダ
グは勿論大好きな音楽家です。彼やサー・ダグラス・クィンテ
ットの音楽自体が素晴らしいということに加え、彼の血となり
肉となったカントリー、ブルーズ、R&B、あるいはテックス・
メックスや南ルイジアナの音楽を知る機会も与えてくれました。

思えばぼくがダグを知ったのは、久保田麻琴と夕焼け楽団やオ
レンジ・カウンティ・ブラザーズを通してのこと。初めて買っ
たアルバムはあの有名な『Doug Sahm&Band』(73年)でし
た。

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(90年の5月には待望のジャパン・ツアーが実現!写真は青山
CAYで貰ったサイン。時計回りにジョージ・レインズ、ジャック・
バーバーそしてダグ。彼はテレキャスターをレンタルで済ませる
代わりにバットとグローヴを持って来日したのだった)

そんな彼が89年にリリースした『Juke Box Music』は、いわ
ば彼の温故知新アルバムだと思います。ジョニー・アダムズ
からサニー&ザ・サンライナーズに至るガルフ・コースト・
ミュージックへの想い、あるいは彼の英雄だったギター・ス
リムやボビー”ブルー”ブランドへの愛情。そうした気持ちが
たっぷりと詰め込まれた素晴らしいカヴァー・アルバムです。

そうそう、ダグ・サーム及び周辺の音楽を特集するDJを来月
にします。11月17日(土)18時半から@狭山のfellow'sに
て。狭山は遠いなあ〜と思っている方もいらっしゃるでしょ
うが、西武新宿から急行に乗ればわずか50分足らずで着いて
しまいます(笑)。

ダグの13回忌を楽しく、ときにしみじみと過ごす夕べです。
ぜひぜひ!^0^

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(原盤は米antone's それを英aceがライセンス契約したのが
違うジャケットのこのLP。こちらの構図も味わい深い)
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by obinborn | 2012-10-13 20:56 | rock'n roll | Comments(0)  

Hit,Grit and Gift!

中原由貴さんもまたぼくがリスペクトするミュージシャンの
一人。最高のグルーヴを生み出すドラマーであり、人間的に
もすごく敬愛と親しみを抱かせる人なのだ。ぼくがもっと若
く独身であったなら、間違いなく交際を申し込んで(即刻フ
ラれて)いたことでしょう(笑)。

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ご存知ない方に彼女の経歴を説明しておくと、大学を卒業し
てまもなくサイクルズの一員としてキューン・ソニーと契約。
2枚の優れたアルバムを残し、惜しまれつつ解散した。その
後は一時故郷である九州に帰ることも考えたというが、仲間
たちの励ましもあって修練を重ね、現在はタマコウォルズ、
双六亭、青山陽一the BM'sのドラマー&ヴォーカリストとし
て活躍中だ。またカーネーションのファンであれば、彼らの
2011年夏のツアーにサポート・ドラマーとして帯同した彼女
の姿が焼き付いているかもしれない。

クライド・スタブルフィールドやバーナード・バーディを必
死に聞き取ったというだけに、中原さんのドラム・スタイル
にはファンク〜16ビートの力強さがいっぱい。なおかつ8ビ
ートにも繊細に対応出来るという何とも歌心のあるプレイヤ
ーなのだ。ちなみに彼女の好きなアルバムはスライ『フレッ
シュ』、ワンダー『キー・オブ・ライフ』、ハサウェイ『ラ
イヴ!』、ブルーズ・ブラザーズ『ファースト』などなど。

「私個人がインタビューされるなんて初めてのことですよ!」
そんな風に屈託なく微笑む中原さんは、すごく素直だ。一度
メジャー・シーンに躍り出ただけに、現場との軋轢やイヤな
思いもきっと経験しただろうに、そんなことはおくびにも出
さず、今の自分、現在の演奏に集中している。その姿がかけ
がえのないもののようにぼくには思える。

個人的なことになって申し訳ないのだが、中原さんがぼくを
誉めてくれたことがある。彼女曰く「オビさんのブログには
音楽を聞いて、オビさんがどういうことに自分が感動したの
かがきちんと書かれています」。単純なぼくはもうそれだけ
で舞い上がってしまうのだった(笑)。

サイクルズ時代の中原さんのことは、正直よく知らない。
でも、ぼくは今の中原由貴さんのほうが俄然素敵だと思う。
取材時間に遅れたわけでもないのに、西荻窪駅の改札を抜
けるとぼくの名前を呼びながら駈けてきた彼女。その姿は
ぼくに清々しい思いを届けてくれた。

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*中原さんのお写真以外は、facebookに書いたテキストと同じ
内容です。ご了承ください。
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by obinborn | 2012-10-13 12:43 | one day i walk | Comments(0)  

記憶の守り手たちへ。

好きな作家を探し出すというのは読書の大きな楽しみのひとつだと思う。だから小川洋子という小説家を知ることは、読み手によっては無形の財産と呼ぶべきものなのかもしれない。そこには放たれた言葉と同じくらいの沈黙があり、それらが静かに共鳴し合っていく様を、まるで小石が投げられた水面を息を潜めて眺めるような、言葉と沈黙との幸福な関係を感ぜずにはいられない。饒舌な文体や大胆なプロットでめくるめくような別世界へと引き込んでいくようなタイプとは異なる。むしろ一点の染みが少しずつ広がり、やがてひたひたと内側を満たし、深い井戸に木霊していくかのような静謐さが、心を捉えて離さない。

そんな小川作品の場合、登場する人物にしても大向こうを張るような英雄的な人物は注意深く避けられ、一見何の変哲もない、しかし内面に奇妙な位相を抱えた人物が様々に立ち現れることは、ファンであれば先刻ご存じのことだろう。例えば『揚羽蝶が壊れる時』(89年)での痴呆症の祖母と精神を患ってしまった母や、『シュガータイム』(91年)に登場する過食症の姉と背が伸びない弟など、健常ではないもの、歪んだものにこそ目を向け、そっと照らし出すことは、ごく初期の作品からの特徴となっていた。そうした彼女の手法は、身体や記憶を次第に失っていく人々を、(ホロコーストを想起させる)記憶狩りの秘密警察と対比させながら描いた94年の優れた『秘めやかな結晶』によって壮大な世界へと羽ばたいていったし、何といっても03年に発表された普遍的な名作『博士が愛した数式』のことを語らずにはいられない。わずか80分の記憶しか続かないという障害のある老博士が、ふと出会った平凡な家政婦と、さらに彼女の息子と心を通わせていくこの邂逅の物語は、記憶するという営為にことさら心血を注いできた彼女ならではの一里塚だった。

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けっして忘れないと誓った約束もいつかは時の流れのなかで忘れ去られていく。今この瞬間に焼き付けた鮮やかな風景もやがて色褪せていく。あらゆることは通り過ぎていく。そうした虚しさや残酷さを知れば知るほど、そして大人になればなるほど、小川洋子という書き手は記憶という回路を丁寧に紐解き、手の平に乗せるように慈しんでゆく。05年に新聞小説という形で読売の土曜版に連載され、06年に単行本となったこの長編『ミーナの行進』にも、そんな彼女の思いが溢れ出ている。

時は1972年春の芦屋。その町にある伯父の家へと、主人公の朋子という12歳の女の子が引き取られてくるところから舞台は始まる。朋子のもっぱらの友達は一学年下のミーナであり、この女子二人の交遊を軸に話は進められていくが、小川がいつも考慮する人物造型に関しては、このミーナにドイツ人の血が流れているということや、彼女が重い喘息を患っている“弱き者”であること、あるいはミーナの飼っている動物が犬でも猫でもなく、カバであることなどに見て取れるだろう。

さて、そんな病気もちで内気なミーナの密かな楽しみは物語を紡ぐこと。蒐集するマッチのラベルに描かれた絵ごとにイメージを飛躍させる文章を書き、それぞれのマッチ箱に保存していくミーナだが、その壊れそうな物語を劇中劇のように読んでいく展開がまた素晴らしい。

伯父の家に暮らす人々(と動物一匹)の表情も多彩でユーモラスだ。清涼飲料水会社の三代目社長となる伯父、叔母、ローザおばあさん、家事を仕切る快活な米田さんが、あるいはポチ子という名のカバが、ときに光となりときに陰となって、朋子とミーナの視界に出入りする。その家族構成の賑わいは、まだ日本にかろうじて大家族の名残りがあった時代の活気を伝えると同時に、家を留守にしがちな伯父の事情も仄めかされ、またテレビに映し出される映像は、あの忌まわしいミュンヘン・オリンピック事件をも言い含めている。

思えば朋子とミーナが心を通わせたのは、わずか一年間のことだった。だからこの本はきっと誰もが経験し、心の奥底に眠らせている幼少期を描いた“小さな物語”のひとつに過ぎないのだろう。しかし読み終えてからの余韻はむしろ大きく広がっていく。それはこの書が、三十年後の朋子による一人称によって進められるといったこと以上に、小川が秘めた記憶への意志のようなものが読み手を揺さぶるからではないだろうか。

文中で作者は「私の記憶の支柱と呼んでもいい」「過去の時間によって守られていると、感じることがある」と朋子に回想させている。そんな意味でもこの『ミーナの行進』は、小川洋子の自伝的な要素さえ感じられるとても素直な作品だ。一人の記憶の守り手が、この爽やかな郷愁に満ちた物語をそっと引き寄せ、沈黙する水面に小石を投げたのである。

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*本文は書評サイトBook Japanに寄稿したテキストの再録です。
あしからずご了承ください。
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by obinborn | 2012-10-13 03:33 | 文学 | Comments(0)