2012年 10月 24日 ( 3 )

 

2012年10月24日

今日は秋晴れ。とくにどうってことがない一日
だったけれど、こうして平穏な日々を過ごせる
こと自体が、近頃は以前にも増して愛おしく思
えてきた。

大きな津波があった。巨大な地震を体験した。
多くの人々の心に何らかの軋みが生じた。そん
な震災と無理矢理関連付けるわけではないけれ
ど、昨日まで過ごした家が波に呑み込まれてい
くのはどんな気がするのだろう。つい昨日まで
家族と囲っていた食卓にもう二度と戻れないこ
とは一体どんな気持ちなのだろう。

きっと他ならないぼく自身が、一生の折り返し
地点をとっくに過ぎていることとも繋がってい
る思いに違いない。当たり前のことかもしれな
いが、今日つまり2012年の10月24日という一
日はもう二度と訪れたりはしない。そんなこと
を思えば思うほど、一枚のレコードやCDをより
丁寧に聞かなければな、と感じる。

サルトルのあまりに有名なテーゼに「飢えた子
供たちのまえで文学は有効だろうか」というも
のがある。そんな意味で言えば音楽もまた弱い
ものに過ぎない。米やパンのようにお腹を満た
すことは出来ないし、波にさらわれた家々を連
れ戻してくれるわけでもないから。

とある知り合いのミュージシャンが震災後にこ
んなことを呟いていたのが忘れられない。その
人はこう言ったのだ。「それでも演奏をしてい
ると気持ちが次第にほぐれてきます」

もっともらしいステイトメントでもなく、空疎
な主張でもなく、ぼくはそれを音楽家らしい素
直な感想として受け止めることが出来た。少な
くともそこには作為とか大言壮語とかは一切な
かった。そのことがぼくを温かい気持ちにさせ
てくれた。

長くなった。さっきまでほのかに茜色に染まっ
ていた秋の空は、もうすぐ暮れようとしている。

e0199046_13174194.jpg

[PR]

by obinborn | 2012-10-24 18:34 | one day i walk | Comments(0)  

Ooh La La

 世界一陽気なロックンロール・バ
ンドを演じ続けたのがフェイシズだっ
た。毎晩のように繰り返される酔っぱ
らいの馬鹿騒ぎ。そんなパーティの主
役を、あるいは大根役者を、ロッド・
スチュワートは自ら好んで演じた。酒
と薔薇の日々。そんな時間はずっと長
く続くはずだったが、バンドを創設し
たロニー・レインは、73年の『ウー・
ラ・ラ』を最後に脱退してしまう。

 フェイシズ最後のアルバムとなった
『ウー・ラ・ラ』には悲しみだけが張
り付いている。パーティが終われば一
人ぽっちの朝がまたやって来る。そん
な寂しさにB面の「ぼくが遅れたら If
I'm On The Late Side」や「喜びと悲し
み Glad and Sorry」そして「もう一つ
の酒場で Just Another Honky」がひっ
そりと寄り添っている。

 朝日がパブの窓を照らし出す。その
眩しさのなか、空っぽの心を抱えなが
ら青年は家へと帰っていく。アルバム
の最後には「ウー・ラ・ラ」がそっと
置かれた。”ぼくがずっと若い時、も
っと自分を知っていればなあ”といっ
た独白のような歌だ。そんな歌を口ず
さみながら、青年はひとり喧噪の残骸
のようなパーティの会場を後にする。


e0199046_13265433.jpg

 
[PR]

by obinborn | 2012-10-24 13:49 | rock'n roll | Comments(0)  

転がる石のように

「金持ちの女が落ちぶれていく物語。
たったそれだけの歌がどうしてこんな
にも人々の関心を引き付けるのだろう」
ボブ・ディランの「ライク・ア・ロー
リング・ストーン」に関して、佐野元
春はこう言及している。

 本当に不思議な歌だ。ミス・ロンリ
ーという傲慢な女性に対する歌い手の
態度はどこまでも容赦なく辛辣であり、
”どんな気がするんだい?”(How Doe
s It Feel?)という問いが、激しいロッ
ク・サウンドのなかで何度も何度も繰
り返されている。

 巨大なものや権力に対する反抗の歌
と解釈することも出来るだろう。しか
し、それだけには終わらない栄枯盛衰
や諸行無常まで忍ばせているのがこの
曲の広さや大きさだと思う。

 もし音楽が自分を映し出す鏡のよう
なものだとしたら、この曲で歌われる
”まるで石ころのように一人ぽっちで
いることはどんな気がする?”という
リフレインを、他ならぬ自分自身に置
き換えてみる想像力が必要かもしれな
い。そこら辺に転がっている石ころ。
それは乾き切ったオフィス街で他人に
話を合わせているだけのぼくの姿だ。
それは喧噪を逃れてやって来たはずの
田舎で孤独に苛まれるあなたの姿だ。
この自分もそんなものではないだろう
か? と気付いた時、旅はきっと始ま
るのだろう。

 そして旅に出たぼくたちは今日もハ
イウェイ61を南下し、廃墟の町を彷徨
いながら、痩せっぽちの男のことを考
えながら、辿り着くべき黄金の心を探
し続けている。

e0199046_122966.jpg

[PR]

by obinborn | 2012-10-24 01:30 | rock'n roll | Comments(0)