2018年 01月 17日 ( 2 )

 

遥かに、トム・ペティへ

昨年の10月にトム・ペティが急逝した時は気が重かった。              というのも最初の4枚のアルバムしかしっかりと聞いたこ
とがない自分はとても熱心なファンとは言えず、皆んなの
流れに乗って追悼するのはいかにも傲慢だと考えたからだ。
きっとあまり縁がなかったのだろう。今ぼくの手元にある
のは81年のシングル「ザ・ウェイティング」のみ。よって
以下はそんな男の雑文として読んでいただければと思う。

トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの最初のシングル
「アメリカン・ガール」を最初ラジオで聞いた時の衝撃は
今も忘れられない。それはザ・バーズを彷彿させるフォー
ク・ロックで、ぼくはてっきりロジャー・マッギンの新曲
かと錯覚したほどだった。甘く鼻に詰まったような歌い方
もマッギンに似ていた。またのちにパブ・ロッカーのルー
・ルイスが取り上げた「ホームタウン・ブルース」の泥臭
い響きも好きだった。ペティの最初の2枚がシェルター・
レーベル発だったことに大いに納得したものだった。そし
て「ルイジアナ・レイン」に映し出されるアメリカの風景
には不思議なデジャヴ感を覚えた。

奇抜さや最新モードが重宝されがちなニューウェイブ以降
のシーンの中で、彼らの音楽はいわばロックの本家本流に
位置し、最初からずっとバンド・サウンドを鳴らし続け
た姿勢にも好感を持った。ソロモン・バークの「クライ・
トゥ・ミー」は恐らくストーンズを経由したものだろうが、
そんな部分にトム・ペティの率直な性格が滲み出ていた。
60年代に築かれた良き時代のロックやR&Bを継承しなが
ら今に蘇らせる。それがまさに彼らの基本的な姿勢であり、
自分たちの目を通して見える世界のありようだった。

冒頭に挙げた「ザ・ウェイティング」でペティはこんなこと
を歌っている「辛い時代じゃないか。約束を守ることもまま
ならないじゃないか」彼がどういう文脈でこの歌を作ったの
かは定かではない。ただ81年当時まだ20代の序盤だったぼく
の心を捉えるばかりか、多くの人々の共感を集めた。その曲
を最後にトム・ペティのレコードを買わなくなってしまった
理由は今もよく解らない。彼は彼の道を歩み続け、多くの作
品を作り続けた。たまに耳にする彼の新作は変わらないこと
でかえって聞き手の信頼を得るものだったと記憶する。

最後に個人的な話で恐縮だが、昨年末に行ったDJでエヴァ
リー・ブラザーズ版の「ストーリーズ・ウィ・クッド・テ
ル」を流した。ジョン・セバスチャンが書いたこの歌を、
トム・ペティのヴァージョンで知った方も少なくないだろ
う。こうした温故知新のスピリットが最後までペティの音
楽を支えていたのだ。その日の帰り道、夜間バスに揺られ
ながらStories We Could Tellのリフレインを口ずさんで
みた。その時初めて失われたものの大きさに気が付き、少
し泣いた。

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by obinborn | 2018-01-17 11:00 | rock'n roll | Comments(0)  

佐野元春のウッドストック・アルバム『THE BARN』の上映会に寄せて

「日本で音楽をやっていると時々寂しくなります。でも
ウッドストックに行ってジョン・サイモンやガース・ハ
ドソンと一緒に演奏した時、大先輩である彼らとぼくた
ちはしっかり繋がっているんだなと初めて実感出来まし
た。それが渡米して作った『THE BARN』アルバムで最
も嬉しかったことです」

かつて佐野元春はラジオ番組の収録時、私にそう語り掛
けてくれたことがあるのだが、今日(16日)に行われた
『THE BARN』の上映会を観終わって、ふと彼のそんな
言葉を思い起こした。「ザ・ハートランドの時代はぼく
がアレンジの方向性やフレーズの指示まですることが多
かった。ところが新たにザ・ホーボー・キング・バンド
を結成してからは変わりました。ぼくは曲の骨格だけを
メンバーに伝えます。HKBはみんな卓越したプレイヤー
ばかりでしたから、あとは彼らが変幻自在に曲を解釈し、
自由に引き伸ばせていけるんです。そういう意味ではま
さにHKBはジャム・バンドだったと思っています」今日
の上映会に登壇した佐野は、およそそんなことを言って
いた。

自然でオーガニックなバンド・サウンドに満ちた『THE
BARN』録音時のドキュメント・フィルムと、アルバム
発表に伴う98年当時のライブ・ツアーの映像から構成さ
れた”爆音”上映会で、改めてぼくはザ・ホーボー・キング
・バンドの実力とルーツ・ミュージックへの確かな眼差
しを感じた。佐野元春をよく知らない方だと、彼が輝か
しくデビューを飾った80年代前半のイメージしか持って
いないのかもしれない。まして初期の彼は都会の情景を
映し取るタイプのソングライターだった。そんな佐野も
実は70年代のカントリー・ロックやスワンプ・サウンド
に夢中だった青年時代を過ごしていた。その点を確かめ
られただけも収穫の上映会だった。上映が終わってから
訪ねた楽屋でオレンジ・カウンティ・ブラザーズの谷口
邦夫さんをご紹介した時の、佐野さんのチャーミングな
笑顔が忘れられない。

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by obinborn | 2018-01-17 01:24 | Comments(0)