2018年 08月 02日 ( 1 )

 

この荒れ地を想う〜ソーシャル・ネットワークの現状

電車に乗ると横一列で殆ど全員がスマホをしている。向こう
から見れば私もそういう感想を持たれているのだろう。これ
は少なくとも1997年前後には考えられなかった光景である。

ある者は友人とのラインに興じ、また別の者は天気予報やニュ
ースをチェックし、また違う者は自分が投稿したTWの反応に
一喜一憂するのだろう。それ自体は罪ではない。私だって同じ
ような輩の一人である。ただSNSを通した未成年どおしのイジ
メには心が塞がってしまう。大人になってからネットを知った
私のような人間であれば、SNSに疲弊した時は数日間スイッチ
を切るなどして距離感を掴めるのだが、生まれた時からネット
環境があった世代の場合、恐らく様相が異なるのではないだろ
うか。私自身体験があるが、画面を通して為される言葉の中傷、
罵倒、屈辱などはちょっと信じられないほど衝撃を受けるもの
だ。それがまだ心に余裕がない小学生や中学生に適応された時
のことを思うと身が竦む。

今やTWは左翼と右翼とがウンコを投げ合う言葉の荒地と成り
果て、FBはリア充の承認欲求に塗れた大人の報告ごっこと化
してしまった。多少なりとも知性のある者、抑制を知る者、ゲ
ームに参加しないと誓った強靭な者であればやり過ごすことが
出来る。笑い飛ばすことが出来る。音楽や読書や運動そのもの
に全身で没頭出来る。しかし未成年がSNSに関わる場合、画面
に現れた言葉や絵文字はときに凶器へと化けてしまう。こうい
う未来図を20年前に想定出来た者はごくわずかであろう。今や
現実がサイエンス・フィクションを超えてしまった。

しかし何も落胆することはない。逆説的ではあるが、SNSを通
して良きこと、信じるに値する何か、美しいものに出会って心
が溶け出していく自己放棄の感覚(あの夏の感じ)を表現するこ
とは出来るだろう。荒れ地に投げられ傷ついた無数の魂を思うと、
それが私たちの世代の責務のように思えてならない。


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by obinborn | 2018-08-02 17:36 | blues with me | Comments(0)