2018年 08月 15日 ( 1 )

 

73回めの終戦記念日に

昭和33年生まれの私は考えてみれば戦後13年めに誕生した
典型的な「戦争を知らない子供たち」の一人だった。その
代わり両親や親戚から戦争の悲惨さを直に何度も聞かされ
た。今亡き父は気象庁に勤めていたのでかろうじて兵役は
免れていた。母親は少女時代旧満州に疎開する体験をして
いた。また町のお祭りに行けば普通に傷痍軍人が頭を垂れ
ながら募金を募っていた。片手や片足がない彼らの姿は子
供心に衝撃的であった。私のような戦後第一世代がもはや
60歳近くとなり社会の第一線から退きつつある今、私たち
の親世代に至ってはもはや他界する一方である。こうして
戦争の語り部が少なくなってしまったことを残念に思う。
そのせいか平成生まれの若者たちに戦争のリアリズムが伝
わらないのは仕方ないのかもしれない。

社会が何らかの閉塞感に覆われた時、孤立的愛国主義者が
台頭し人々に連帯を煽る。「美しきニッポン」なる安易な
キャッチコピーが躍り、マイノリティをバッシングする。
学校の教科書から真実が削除され、官僚や政治家から批評
能力が消えてしまう。恐ろしいことにそれが今の日本の現
実なのだ。私個人の力など微々たるものだが、それでも何
らかの牽制役となり、この世界を変えていくことは不可能
ではあるまい。それが私たち戦後第一世代の責務ではない
だろうか。今私はそんなことを考えている。


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by obinborn | 2018-08-15 19:07 | one day i walk | Comments(0)