2018年 09月 14日 ( 1 )

 

ザ・バンドの匿名性〜next of kinについて

next of kin(親族の、同種の)という言葉は、リック・ダンコ
が歌う「火の車」に出てくるのだが、ジョージ・ハリソンが嘆
いた英国盤の『ビッグ・ピンク』で省略されてしまったのが、
下記の写真next of kinである。ジョージが気に入ってアップル
にアセテート盤まで作らせたデラニー&ボニーも、スタックス
からのデビュー・アルバム『ホーム』では祖父と一緒のデラボ
ニ夫妻が写っていたから、こうした家族的な雰囲気にジョージ
が何らかの気持ちを動かせていたことは想像に難くない。

今改めてこの写真を見直してみると、中央に立っているリチャ
ード・マニュエルの若さと端正な顔立ちに驚かされる。リヴォ
ン・ヘルムはかつて「リチャードこそがザ・バンドのリード・
ヴォーカルだと思っていたよ」と述懐していたが、68年のデビ
ュー・アルバムの時点では、リチャードがグループの一番星だ
ったのかもしれない。

そんなリチャードも、リヴォンもリックも”親族たち”のなかに
紛れ込んでいる。最初は誰がザ・バンドのメンバーかが判然と
しなかった経験をされた方はどのくらいだろうか。実際に聞こ
えてくる音楽も、手巻きオルガンのような悲しい調べと老人の
嘆きが混ざり合う「怒りの涙」から始まっていた。”俺の叫び
を聞け!”というのが60年代後半のユース・カルチャーの生命
線であるならば、ザ・バンドはそこから遥か遠くに離れていた。

そっと老婆に寄り添うような「淋しきスージー」が、デイル・
ホウキンス(奇しくもザ・バンドを育てたロニー・ホウキンス
の従兄弟)のガール礼賛「スージーQ」への反語にも聞こえて
くる。カーレン・ダルトンのカバー・ヴァージョンでも知られ
る「イン・ア・ステーション」が、時代という迷宮を彷徨うエ
レジーのように響く。アルバムの最後に置かれた「アイ・シャ
ル・ビー・リリースド」でやっと立ち昇る希望も、無名の囚人
たちが塀越しに眺める朝靄のようだった。

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by obinborn | 2018-09-14 18:27 | one day i walk | Comments(0)