今年も様々な書物を読んだけれど、最も心に残ったのが佐々涼子さ
のノンフィクション『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている』だっ
た。大震災で大きな打撃を受けた石巻市の日本製紙だが、逆境にめ
げず工場の復興に取り組む人々の思いに気持ちが高ぶった。日本中
の人に”なかったことにしたい日”を問い掛けるならば、多くの方が
真っ先に3月11日と答えるだろう。あの悪夢のような日からスター
トしたドキュメントである。むろん綺麗ごとばかりではない。例え
ば瓦礫を取り除く作業時にあえて笑顔で作業員たちを束ねようとし
た現場リーダーの思いに反して、目撃した近所の住人が「なんで笑
っているの?」と問い返す場面など人の気持ちはそれぞれ違うとい
う現実を突きつけられる。また野球部の存続を巡っての部員の葛藤
にしても「こんな大変な時期に野球をしていいのだろうか?」とい
う根源的な問いが発せられてもいる。
それでも驚かされるのは経営者たちの前向きさだ。普通これだけの
壊滅的な悲劇を目の当りにすれば工場の閉鎖を検討したり人員整理
を進めるのでは?とついこちらが陥ってしまいがちな思考とは別に
日本製紙のリーダーたちは早々と復興までの目標を具体的に掲げ、
期日から逆算しながら工場の立て直し計画へと邁進していく。その
スピードある対応を読んでいくと、経営者の判断なり人間性なりが
いかに企業の生命線であるかが解る。愚痴を言う中間管理職に対し
ても、リーダーたちは「出来ません無理です、の報告は欲しくない
」と手厳しいのだが、根底には人との信頼が企業を良くするという
揺るぎない倫理観があるようだ。
人を使い捨てにするブラック企業の台頭や非正規雇用の増大など、
昨今の働き方をめぐる問題はあまりにシビアな現実だが、その一方
でこんな会社があり、地元である石巻としっかりと結び付いている
ことを知る価値はあるだろう。佐々さんの徹底した取材力や抑えた
筆致も良質なノンフィクションかくあるべし!と思わせる。明日が
まったく見えないような過酷な現実を前に悲観論を語るのは簡単だ
が、実際にこうした人々がいて、心を束ねながらアクションを起こ
していった。そのことほど尊いものはないだろう。無数の死者を前
にしての絶望も、企業人としての葛藤も、そして前向きに進む理由
も、そのすべてが『紙つなげ!』には書き留められている。
ちなみに作者は文中で「ノンフィクションを書いていると、私が能
動的に書いているというよりは、物語という目に見えない大きな力
に捕らえられて、書かされているのだと感じることがある」と記し
ている。そのような謙虚な態度が闇の彼方へと消えていった死者た
ちの木霊を聞き取り、生き残った者たちの言葉に向かい合いながら、
たすきがけのように読者のもとまで届いたのだと思う。