人気ブログランキング |

カテゴリ:one day i walk( 932 )

 

5月11日のDJ

11日は自由ヶ丘のバードソング・カフェで久しぶりのDJ
でした。今までそれなりの場数を踏んできましたが、今回
は原点に戻って「自分が20〜30代の時に親しんだ曲」に
テーマを絞ってみました。関係者の方々お疲れ様でした!
来てくださった方々(お陰様で立ち見が出る大盛況!)あ
りがとうございました!😊✌️以下私のプレイリストです。

1 Swamp Water/ Big Bayou
2 Ron Davis/Long Hard Climb
3 Carp/The Great Kansas Hymn
4 Rob Galbrath/We've Come A Long Way
5 Jackie De Shannon/The Weight
6 Ken Lauber/Children Of Morning
7 Bonnie Raitt/You Told Me Baby
8Dan Hicks & His Hot Licks/Sweetheart
9Geoff Muldaur/Higher & Higher
10 Chris Ducey/ A Duce Of Hearts
11 Van Morrison/Caravan
12 Crazy Horse/Going Home


e0199046_01370830.jpg


by obinborn | 2019-05-12 01:38 | one day i walk | Comments(0)  

★不定期連載:USロック名盤その1『American Beauty』★


★不定期連載U.Sロック名盤その1『American Beauty』★

最初にジェリー・ガルシアを知ったのはCSN&YがTeach Your
Childrenで彼の弾くペダルスティールをフィーチャーしていた
からでした。長髪に丸メガネといったガルシアの風貌は田舎の
中学生を畏怖させるに十分でしたが、実際にグレイトフル・デ
ッドのLPを手にしたのは大学に入ってからで、ワーナーの廉価
盤1500円シリーズ(今でいう名盤探検隊の走り)で『ワーキン
グマンズ・デッド』が始まりでした。それ以来紆余曲折を経て
彼らにハマり、一時はDick's Picksのライブ音源なども聞きま
くり、長尺ジャムに真価を発揮するデッドにぶっ飛んだ(ドラッ
グにあらず)のですが、いざ楽曲単位で「いい歌」を探すとな
るとやはり70年の『アメリカン・ビューティ』に辿り着きます。
殆ど対の関係と言ってもいい『ワーキングズ〜』や内省的な『
Wake Of The Flood』も大好きなのですが、ガルシア=ハンタ
ーのソングライター・コンビによる繊細さが際立っているとい
う点では『アメリカン・ビューティ』が最高傑作ではないでし
ょうか。アルバム冒頭曲Box Of Rainの雨が窓辺を叩く詩情から
B面最後のロード・ソングTruckin'まで、今も飽きずに約40分
があっという間に過ぎていきます。その旅のなかにはクリス・
スミザーがカバーしたFriend of the Devilもあれば、まだ存命
だったピッグペンがリード・ボーカルを取る朴訥としたOpera
torもあり、さらには4声のコーラスが鮮烈なAttics of My Life
が深く心に刻まれるといった具合で、さながら彼らと一緒にト
ラックに乗り、アメリカ各地を旅しているような気持ちになれ
るのです。実際Truckin'にはヒューストン、ニューオーリンズ、
シカゴ、ニューヨーク、ダラス、アリゾナ...といった地名が出て
きますからね。約四半世紀に及んだデッドの歴史を振り返ると、
自由を掲げてきた彼らも、70年代後半は自主レーベルが挫折し、
新興のメジャー会社アリスタに身売りし商業主義と妥協するなど、          苦々しい局面を示し始め、時代に翻弄されていきます。そうやっ
て困難を抱えていく姿は何もデッドだけの問題ではなく、他なら
ぬ私たち自身が直面したイシューでした。そんな大人の痛みを知
った今だからこそ、この『American Beauty』が描きだす気ま
まな肖像、若き日の友情、車のエンジンの匂い...などが一層胸に
迫ります。Candy Manでジェリー・ガルシアが沈痛な歌を聴か
せれるかと思えば、ボブ・ウェアはSugar Magnoliaでガルシア
を励ますように陽気な歌を歌う。そんな静と動の一つ一つが、
同じバンドのなかで共存していた。フロントのヴォーカルを分か
ち合っていた。その価値を知ることはちょっと言葉にならないほ
どの体験でした。

e0199046_18015432.jpg

by obinborn | 2019-05-08 18:07 | one day i walk | Comments(0)  

4月12日のサーディンヘッド

12日は青山の月見ルにてサーディンヘッドのワンマンを。
for Freeと題された入場無料ライブも今年で3回めになる
が、この会場ならではの抜けの良い音響やライティングの
効果もあって、まさに特別な夜となった。地響きのように
這い上がってくる低音と澄んだ中高音のバランスは完璧で、
スタッフやDJを含めてトータルに”鰯釣り”を盛り上げよう
とする意思が伝わってくる。本体サーディンのプレイヤー
ビリティの高さは改めて繰り返すまでもないだろう。以前
読んだインタビューの中で彼らが「構成された部分とイン
プロヴィゼーションとが半分ずつくらいなんです」と語っ
ていた通り、テーマのリフから即興に橋渡しをし、再びま
たテーマへと戻っていく変幻自在なジャム演奏にこの日も
酔いしれた。romanchicaで始まり、rainmanにmonkey
and the sunという2つの新曲を挟みながら、loopやcol
orが奏でられる終盤に収束していく構成も実に心憎いもの
で、静と動のコントラストを見事に描き切っていた。

e0199046_06534315.jpg

by obinborn | 2019-04-13 06:54 | one day i walk | Comments(0)  

我が家のLPコレクションを振り返る

ここ数年アナログ盤を処分してきたお陰でやっと床部分が
見えてきました。以前は七段ある棚のうち一番下がほとん
ど死んでいるような状態だったので、これは嬉しかったで
すね。やはりコレクションが10.000枚を超えると話の自慢
にはなるものの、実際には聞けないものを多量に抱え込む
現実に直面するのです。また個人差はあると思いますが、
ある程度の年齢になると所有欲が薄らぎ「継承」のことを
考えるようになるんですよ。ところで私がLPのコレクショ
ンを意識し始めたのは大学時代(78〜81年)だったと思い
ます。学校の近くにおと虫という良心的な中古盤店があり、
500〜1000円平均で今までカセットでエアチェック(死語)
してきたアルバムを買いまくった体験が恐らく原点だと思い
ます。その頃から吉祥寺の芽瑠璃堂やDisk Inn、青山のパイ
ドパイパーハウスといった新譜店にも積極的に通い出しまし
た。どうしても手に入らなかったエリオット・マーフィーの
ファースト『アクアショウ』を堺のSAM'sの通販でやっと手
にしたのも懐かしい思い出です。ちなみにあの頃の中古盤市
場は極めて健全で、今現在のように異常な高値を付けたりす
るのは稀でした。またマトリクス番号にまでこだわるような
原盤主義者もいなく、のどかな時代でしたね。そんな日々に
買ったサミー・ウォーカー76年のワーナー盤を聞き初心に帰
っています。実は昨年やっとサミーのファーストとなる75年
のフォークウェイズ盤『Song For Patty』を入手し、その
シンプルな弾き語りの価値を私は認めるにやぶさかではない
のですが、同じLittle New Jersey TownやCatcher In The
Ryeといった楽曲でも、リズム隊が入ったワーナー盤のほう
がずっと逞しく響きます。ここら辺の聞こえ方の違いは、き
っと20代に出会ったアルバムかそうではないかという事実に
左右されるのでは?と思っています。

e0199046_17094030.jpg

by obinborn | 2019-04-10 17:11 | one day i walk | Comments(0)  

「何でも屋だけにはなるなよ」

イチローの現役生活はおよそ28年間という驚異的な長さだった。
偉大過ぎる彼と比べるのはおこがましい限りだが、僕も文筆業を
ちょうど28年続けてきたので、いつ引退してもおかしくないと
思っている。実際この世界はプロ野球同様にとても厳しく、最初
は頑張っていろいろな媒体に書いていた人が、いつの間にか忘れ
去られてしまうなんてことはザラ。売れっ子と呼ばれるライター
はほんの僅かで、残り大半はどんぐりの背比べといったところだ
ろう。まして現在は音楽雑誌が殆ど淘汰され、誰も活字を読まな
くなったインターネットの時代である。そんな波をモロに被りな
がら、最初の10年は雑誌とムックに寄稿し、次の10年は単行本5
冊に集中出来たのだから自分の場合それなりに幸せだったのかも
しれない。その間に指摘された多くは「お前は欲がないからダメ
なんだよ」ということだったが、僕個人としては好きでもないバ
ンドのことを褒めまくり後から後悔するよりは、自分の好きなテ
リトリーを守るほうが遥かに大事だった。よく飲み屋が傾くと客
に対してのおもてなしよりも、今晩は何枚落としてくれるのかし
か浮かばなくなると言われる。それと同じ愚は犯したくなかった
んですね。あ〜今夜はブリンズリー・シュウォーツを聞こうかな。
今から4年前、56歳になってやっとパブ・ロックの書籍を出せて
良かった。これは「何でも屋だけにはなるなよ」とアドバイスし
てくれた友人たちのお陰だと思っています。


e0199046_17275137.jpg



by obinborn | 2019-03-22 17:30 | one day i walk | Comments(0)  

四半世紀以上ユニホームを着続けたイチロー


外野深くから鋭く返球され本盗を阻止するプレイに誰もが
息を呑んだ。通称レザービームと呼ばれる送球であり、大
リーグの中でも「最も肩が強い外野手」と讃えられた。実
際ヒッティングバッターという看板だけでなく、走塁や守
備でも私たちを釘付けにする、文字通り打走守の三本柱が
揃った選手だった。とかくホームランが重宝される米国の
大味なベースボールに、”ファスト"な魅力を加味したのが
イチローその人だった。感情を表に出さない態度から「チ
ームの勝利よりも個人の記録を優先している」と揶揄され
たこともあったが、意に介さなかった。多くの人々はきっ
と忘れているだろうが、かつて国民名誉賞を「まだ道半ば
ですから」と辞退したのも、イチローらしいストイックさ
の表れだったと思う。近年は以前の冴えがなく、出場する
試合も少なくなっていたが、最後まで現役というか、より
正確にはマリナーズの一員であることにこだわり、今年の
キャンプにも合流した。そのキャンプの終盤に自分の限界
を悟ったことが21日の引退会見に繋がった。日本で9年ア
メリカで19年めと四半世紀以上もユニホームを着続けた45
歳の別れの挨拶は、爽やかで晴れ晴れしかった。


e0199046_10140198.jpg



by obinborn | 2019-03-22 10:16 | one day i walk | Comments(0)  

3月14日の吉村瞳

14日は新橋のアラテツで吉村瞳のワンマン・ライブを。マディ
・ウォーターズの「ローリン&タンブリン」から自作の「ブル
ーバード」まで、淀みなく流れる起承転結が素晴らしかった。
ワイゼンボーンは控え目にし、通常のアクースティック・ギタ
ーを中心にグイグイと押していく、そんな力感がこの日は際立
つ。吉村はカバー曲の審美眼も見事だが、フィンガーピッキッ
ングで奏でられる「カラー・オブ・マザー」や、7thコードで
組み立てていく新曲「ヴァレーシア」といったオリジナルは息
を呑むほど鮮烈で、ちょっと言葉では言い表せない体験となっ
た。ある日突然天災はやってくる。海は荒れ、山は崩れる。そ
れらを前に私たちは為すすべもなく、呆然と立ち尽くすだけだ。
それでも吉村瞳はきっと歌を携え、澄んだ目でこの世界を見渡
していくことだろう。


e0199046_12330339.jpg



by obinborn | 2019-03-15 12:33 | one day i walk | Comments(0)  

追悼:ハル・ブレイン

それにしてもハル・ブレインの訃報にはひとつの時代の
終わりを感じずにはいられません。彼の場合はセッショ
ン・ドラマーだっただけに表舞台に立つことはありませ
んでしたが、その分熱心な音楽ファンによって注目され
てきたと言えるでしょう。そんなブレインが影武者とし
て活躍した60年代に於いては、バック演奏が誰それであ
るという興味は殆ど共有される環境にありませんでした。
無論器楽演奏をメインとするジャズの場合は例外でした
が、多くのポビュラー音楽の現場でスポットライトが当た
るのはあくまで主役の歌手/グループであり、ヒット曲
のソングライターやプレイヤーといった裏方に関する情報
は余りに乏しかったのです。ここら辺は日本の歌謡曲や
演歌も同じようなものでしたよね。そんな時代状況のな
か、ハル・ブレインは徹底して”匿名の人”でありました。

ザ・ロネッツ「ビー・マイ・ベイビー」やママス&パパス          「夢のカリフォルニア」と「マンデー・マンデー」のド
ラマーが誰か? なんていう関心は当時全く相手にされま

せんでした。あるいはザ・バーズのドラムス奏者がマイケ
ル・クラークであれば、「ミスター・タンブリンマン」を
叩いているのが彼であり、カレン・カーペンターが歌いな
がらドラムをプレイする人であれば、「雨の日と月曜日は」
のフィルインが彼女だと想像するのは、音楽ファンのごく
自然な姿だったのです。フィル・スペクターのレッキング
・クルーの一員としてキャリアをスタートさせたハル・ブ
レインは、やがてブライアン・ウィルソンやヴァン・ダイ
ク・パークスと接点を持ち、『ペット・サウンズ』や『
ソング・サイクル』といった西海岸ロックの傑作アルバム
に寄与していきます。ここで特徴的なのはいわゆるスモ
ール・コンボでの自己主張という意識ではなく、どちら
かというとオーケストレーションの一環として、歌のスト
ーリーを補完するような役割を果たしているということで
す。そんなブレインの特徴が最もよく現れた演奏がサイモ
ン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」と「ボクサー」
(いずれも69年)だと筆者は感じるのですが、いかがで
しょうか?

今こうして書いている間にも、ハミルトン・ジョー・フラ
ンク&レイノルズの「恋の駆け引き」やアルバート・ハモ
ンドの「カリフォルニアの青い空」でのブレインのドラム
スを思い出し、涙が止まりません。ジョージ・マーティン
がアメリカ(バーネル、ベックレイ、ピーク)を通して、
起用したのもハル・ブレインその人でした。そういう意味
ではポップ音楽の骨格にまだ良きメロディがあった時代に
寄与したのがブレインだったのかもしれません。

e0199046_17331867.jpeg

by obinborn | 2019-03-12 17:33 | one day i walk | Comments(0)  

中村とうよう氏の『地球のでこぼこ』を読み返す

今日は中村とうようの『地球のでこぼこ〜とうようズ・
バラード』(話の特集/78年)を読み返してみました。
彼が編集長だった『ニューミュージック・マガジン』の
名物コラム「とうようズ・トーク」を8年ぶん纏めたも
ので、年代ごとに回想録が付けられています。音楽に対
する真摯な姿勢だけでなく、社会問題にも鋭く切り込ん
だ氏ならではの辛口の批評は、今思えば社会主義に憧れ、
キューバにまでサトウキビ畑刈りの労働に出向いた青年
の闘争日記のようでもあり、いささか古色蒼然とした印
象は否めません。しかしながら、70年代になるにつれて
ロックが商業主義に取り込まれていった様を誰よりも早
く見抜き告発したのはようようさんに他なりませんでし
たし、本書でもそんなロックに代わって第三世界のサン
バやサルサ音楽に活力を見出していった氏の足跡が感じ
られます。時代の背景としてはナイジェリアの惨状から
ウォーターゲイト事件によるニクソン政権の失脚、オイ
ルショック、成田闘争までといったところでしょうか。
レーニンの独裁に失望したとうようさんが毛沢東の文化
大革命にはまだ希望を抱いていたことも明かされていま
す。恐らく今の若い世代には「何言っているんだ、この
オッサン!」としか受け止められないと思いますが、彼
のそうした姿というのは当時の進歩的文化人の標準だっ
たことは覚えておきたいですね。自分の場合は最も多感
だった高校生の時に『マガジン』を読み始めたので、と
うようさんの左翼的なメンタリティに影響を受け、また
そこから抜け出すまでには膨大な時間を要しましたが、
政治や社会に対して「これはおかしい!」と感じたら
率直に意見する態度だけは今も失いたくないです。


e0199046_17391759.jpg



by obinborn | 2019-03-09 17:41 | one day i walk | Comments(0)  

映画『半世界』を観て

今日は池袋のシネマロサにて阪本順治監督の『半世界』
を観てきた。かつて同級生だった三人がアラフォーにな
り微妙にすれ違っていく様を描いている。とくに自衛隊
の海外派遣から帰り精神を病んだ瑛介(長谷川博己)が
加わっているところがポイントで、地方の町の退屈な暮
らしの中にも現代的なテーマが押し寄せていることを考
えさせられた。決して戦場は登場せず、舞台となる伊勢
志摩の美しい風景とくたびれた生活とが入れ替わり立ち
代わるだけだが、それ故に響いてきてしょうがなかった。
「お前が知っているのは世間だろう。俺は世界に行って
きた」「難しいことを言わないでくれ。こっち(伊勢)
だって世界なんだ」というやりとりが刺さる。

e0199046_17470771.jpg

by obinborn | 2019-03-04 17:47 | one day i walk | Comments(0)