カテゴリ:blues with me( 50 )

 

映画『I AM THE BLUES』を観て

28日は新宿のK'sシネマにて、ダニエル・クロス監督のドキュ
メンタリー映画『I AM THE BLUES』を鑑賞した。昨年公開
された『約束の地〜TAKE ME TO THE RIVER』がソウル音楽
の伝承をテーマとしていたのに対し、今回はブルースそれもル
イジアナ・バイユー一帯に生息するかなりマイナーな音楽家た
ちに焦点を絞るという超マニアックぶりだ。また『約束の地』
が辛うじて未来への架け橋を物語っていたのに対し、本作はど
こまでもダークな死生観を描いているのが対照的。アフリカン
=アメリカンの終着駅としてブルーズを着地させるというイン
テリ的な視点ではなく、アメリカ深南部の日常、つまりクロウ
フィッシュ釣りや、どこまでも続く綿畑、あるいは各地に点在
するジューク・ジョイントやチトリン・サーキットを生活の糧
とするワンナイト・スタンドのブルースマン達を、クロス監督
は生々しく、しかし抑制されたタッチで鮮やかに描き出す。

基本的には今も現役で活躍するボビー・ラッシュを語り部に据
えながらおよそ120分が進行してゆく。今宵のショウのギャラ
ンティに納得しないラッシュを見兼ねたエージェンシーが「今
からATMで全部下ろしてくるよ」と渋々了解するひとコマから、
レイジー・レスターのハーモニカの息遣い、バーバラ・リンが
奏でる左利きギターの高揚(SO GOODに、YOU'LL LOSE A
GOODTHING)まで臨場感がたっぷり。小ネタでいえばエク
セロ・レーベルの知られざるシングル盤が男女の邂逅の伏線と
なっていたり、サニー・ボーイの”乞食ジャケット”が写し出され
たり、ロバート・ウィルキンスの「放蕩息子〜Prodical Son」
が、毎日の生活のなかごく自然にセッションされていたりと、
見所は多数あり。

どうしても私たち日本人はブルーズに対して音楽のスタイルと
して入門してしまう。しかし、それらとは全く異なる暮らしが

ブルーズの生命線だ。思えばラッシュにせよ、レスターにせよ、
リンにせよ、21世紀まで生き残ったブルーズ音楽の生き証人だ。
また、映画が撮影されている間に亡くなってしまったバド・ス
パイアーズもいる。いわばこの映画『I AM THE BLUES』は、
滅びゆくブルーズ音楽に思いを込めた置き手紙なのだと思った。

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by obinborn | 2018-05-28 18:12 | blues with me | Comments(0)  

映画『さすらいのレコード・コレクター』を観て

2日は新宿のK'sシネマで『さすらいのレコード・コレクター』
を観てきた。主人公のジョー・バザードはメリーランド州に
暮らす初老の男で、ブルース、ブルーグラス、ヒルビリーとい
った戦前の音楽にしか興味がない。何しろロバート・ジョンソ
ンが最後にいいと思えたブルースであり、娘が買ってきたジョ
ン・レノンのレコードをフリスビーにして飛ばしてしまったと
いう偏屈な男である。その代わりにジョーが10代の頃からアメ
リカ各地を回って集めてきたSPレコードのコレクションは2万
を超える膨大な量で、幾つかの再発レーベルに音源を提供して
きた功績も計り知れない。

そんな男の独白が『さすらいのレコード・コレクター』だ。原
題であるDESPERATE MAN BLUES(極端な男のブルース)が
示すように、その収集癖やレンジが決して広いとは言えない音楽
観には賛否両論あるだろう。少なくとも70'sロックを研究してい
る僕とは全く相容れない世界のありようだ。それでもこの映画
が共感を呼ぶのは、たとえ世間の流行がどうであれ、己の道を信
じて歩む男の姿が克明に描かれているからだろう。本職は決して
明かされないものの、同じコレクター仲間だった妻に先立たれた
ことを終盤で告白し、食事を作る手間を省くために町の簡素な
レストランで日々の空腹を満たすジョー・バザードの姿が明かさ
る。SPのお宝があると情報を聞きつけたわりには、さほどの成果
が上がらなかった黒人の家庭にも感謝の言葉を忘れない。まさに
レコード・コレクターの鑑のような人だ。一番好きなカントリー
・マンはジミー・ロジャーズとか。そしてロニー・ジョンソンに
サンハウス、あるいはチャーリー・パットンが生きた日々へと、
ジョーは今日も思いを馳せる。

白眉はポール・ジェレミアがハザードの自宅を訪れる場面だろう
か。僕がデイヴ・ヴァン・ロンク以上に敬愛する白人のブルース
・リヴァイヴァリストがジェレミアなのだが、彼ら二人が演奏家
と収集家という立場を超えて、愛するブラインド・ブレイクを語
り、歌い、微笑みを交わしていく様が脳裏から離れない。


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by obinborn | 2018-05-02 17:09 | blues with me | Comments(0)  

そして中村まりは今日も歌う

私は例に漏れず二十歳前後の頃、最初ジョン・メイオールとエ
リック・クラプトンの”ビーノ”アルバムでブルーズ音楽に目覚め
たクチでして、多くの方々がおっしゃるようにブルーズ=ギター
という捉え方をしていました。マイク・ブルームフィールドの『
フィルモアの奇蹟』やクリームの『ライブ・クリームvol.2』を狂
ったように聞きながら、次第に本物である黒人アーティストたち
を追いかけていきましたが、それでも最初はバディ・ガイやオー
ティス・ラッシュのスクイーズ・ギターばかりに耳が奪われたり
...といった日々がしばらく続きました。

ところが、やがていつの日か疲れてしまったんですね。自分の耳
がそれなりに成長してきたこと、あるいは私が楽器を弾かない人
だったこともきっと関係するのでしょう(笑)それからは次第に
歌とギター(もしくはその他の楽器)とが連携し、互いに補完し
合うようなバンド・アンサンブルに心奪われていったのです。他
ならぬクラプトンやブルームフィールドが時を経るにつれて、そ
れぞれのソロ・アルバムで歌を重視していったことにも随分と刺
激を受けました。例えば私が一番好きなブルーズマンのリトル・
ミルトンに関して言うならば、まずはヴォーカルありきですね。
そこに絡んでくる彼の”寸止め”のギター・リック(コードワーク
であれシングルトーンであれ)がたまらなく味わい深いのです。

振り返ってみれば、ジャガー=リチャードにしても、ウルフ=ガ
イルズにしても、あるいはロニー・ジョンソンにしても、歌とギ
ターとが、ぴったり寄り添いながら夫婦のように呼吸し合って成
り立っている世界です。またその境地に至るまでどれだけの歳月
を要したのかと想像すると、ちょっと目眩がしてくるほど。

ちなみに私が尊敬して止まない中村まりさんは、以前取材時にこ
う語っていました。「ミシシッピー・ジョンハートを聞いている
と、歌とギターとで一つの世界になっていることに気が付かされ
ます。私はどうやらそんな”二つで一つ”のようなアートに惹かれ
ているのかもしれません」


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by obinborn | 2018-03-28 18:17 | blues with me | Comments(0)  

『シンガー・ソングライター名盤700枚』を振り返って学んだ教訓について

先日Tさんとお会いした時に差し出されたのが『シンガー・
ソングライター名盤700』だった。何でもこのムックでぼ
くの名前を覚えてくださったそうで、本当に人によって自
分との接点は様々なことを改めて実感させられた。音楽之
友社からこの書籍が出たのは確か2000年の夏だったと記憶
している。あれからもう18年近くの歳月が経ってしまった
が、懐かしくいろいろなことが思い出される。編集を担当
されたのは当時まだ音友に在籍されていたUさんで、彼とは
企画段階からアイディアを交換し合った。とにかくぼくたち
が目標にしたのは何らかの基準と成り得る最高のディスク・
ガイドを作ろう、それもいわゆるロックの名盤選ではなく、
SSWにテーマを限定して行うというハードルの高さがあっ
た。しかし得意な分野だけに選盤や執筆の作業はことの他
楽しかった。とくに自負したいのは同じSSWといっても、
英米あるいはカナダやアイルランドといった国によってテ
イストは異なるので、それぞれのチャプターを設けて意図
を明確にしたことだろう。またアメリカという広いネイショ
ンに関しては西海岸と東海岸と南部とでは微妙に肌合いや
持ち味が違うため個々に章立てした。さらに50年代から活躍
してきたニューヨークのティン・パン・アレイ系を別枠にし
たり、新しい時代を担う新進のSSWたちのコーナーも用意し、
それらは概ね好評をもって迎えられた。

ところがある雑誌に載ったこのムックへの書評は醜かった。
細かい部分はもう忘れてしまったが、デヴィッド・ボウイも
自作自演の歌手なのにそれすら載っていない、そんな趣旨だ
った。そりゃそうでしょう。ボウイだって立派なソングライ
ターであり、個人的には敬意も払っている。でもぼくたちが
目指したのはある種のルーツ志向を匂わせるフォーキーであ
り、そんな地味な分野の人たちをまとめて紹介したいという
気持ちだったから、両者が噛み合うはずはないですよね(笑)
そのレビューの筆者がライターだったことがまた事態を悪化
させた。Uさんとはお酒の席で「同じような音楽が好きなの
に、たまたま執筆者に選ばれなかっただけでこんな言い掛か
りをしたのだろうか?」などと疑念について語り合った。

そのことからぼくは私怨をレビューに持ち込んではいけない
という教訓を学んだ。ぼくを含めて、人々は時に賢くあるけ
れど、多くの場合は流されやすい。ぼくらが日頃から慣れ親
しんでいるSNSの世界でさえ、多くの人は自分の詳しい分野
に関してはとかく知識を披瀝したがるけれど、疎い部分につ
いては黙ったきりだもん。ぼくが音楽業界から意識的に距離
を置こうと真剣に考え始めたのは、思えばこの頃からだった。


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by obinborn | 2018-03-07 13:08 | blues with me | Comments(0)  

映画『約束の地、メンフィス〜Take Me To The River』を観て

「初めてヒップホップ以外の音楽に触れたよ。ブルーズやソ
ウル...つまり僕の両親がよく聞いてきたサウンドだね。ヒッ
プホップの先祖となる文化的遺産だ」71年生まれのスヌープ
・ドッグがそう語るように、映画『約束の地、メンフィス〜
Take Me To The River』は古き佳き時代のメンフィス・ソウ
ルを振り返ると同時に、ヒップホップ世代への継承物語にな
っている。大きな軸となっているのはオールド・スクールと
ラッパーたちとの一期一会のスタジオ・セッションであり、
両者の親和性を理屈抜きに証明してみせる。オーティス・ク
レイとリル・ピーナッツ、ボビー・ブランドとヨー・ガッテ
ィ、あるいはウィリアム・ベルとスヌープ・ドッグ。そうし
た新旧のコラボレイトによって、単なる懐古趣味に終わらな
いサムシングを生み出している点が何よりも素晴しいと感じ
た。

メンフィスのロイヤル・スタジオで行われたセッションには
スタックスの裏方的ギタリスト、スキップ・ピッツも登場。
その場面で彼のワウワウに満たされたアイザック・ヘイズの
名曲「黒いジャガーのテーマ」が流れ出し、あの伝説的なワ
ックスタックス・コンサートの模様が挿入されるなど全体の
構成も考え抜かれている。またロイヤル・スタジオの壁にジ
ム・ディキンソンの『Dixie Fried』やロッド・スチュワート
の記念碑『Atlantic Crossing』が何気に飾られているなど、
マニアックな裏技もたっぷり。とくにディキンソンの息子た
ちによるノース・ミシシッピ・オールスターズはいわば本作
のセッションの核となる人達であり、ルーサー・ディキンソ
ンとメイヴィス・ステイプルズが会話を交わしつつ、手探り
でステイプル・シンガーズのWish I Had Answerdを練習して
いく様には思わず胸が熱くなった。

根が深い人種差別の問題に関してはウィリアム・ベルがこ
う述懐している「スタックスのスタジオのなかでは皆仲が
良かった。たとえ白人であろうが黒人だろうが関係ない。
天国だったよ。ところが一歩外に出るとオレら黒人は強盗
扱いされた。忘れられない体験があるよ。黒人お断りのレ
ストランがあったんだ。オレはちょっと気を効かせて"ハ
ンバーガーのテイクアウトは出来るかい?”って尋ねた。相
手はオッケーだと抜かしやがった。だからオレは多量のバ
ーガーをオーダーした。”全部にちゃんと具を入れろよ!”
と念を押しながらね。そうして奴らが調理している間にオ
レらは車で即トンズラしたよ。ワッハッハ!!」

マーティン・ルーサー・キング牧師の暗殺とスタックス・
レコードの光芒に関しては喰い足りない部分もあったが、
よくぞ90分の映画に解り易く纏めてくれたという感謝の念
がそれを上回る。『約束の地、メンフィス〜Take Me To T
he River』は、果たされた思いと苦い記憶と世代交代の生
々しい証言集であり、冒頭に映し出される広大なミシッシ
ッピ河が優れたメタファーとなって、観る者の心に何かを
深く深く投影させていく。


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by obinborn | 2017-07-31 16:30 | blues with me | Comments(0)  

スマイリー・ルイスの影が伸びてゆく

それでもニューオーリンズで一番好きなシンガーと言えば、
私の場合スマイリー・ルイスにとどめを刺すだろう。ダウ
ンホーム・ブルーズの匂いを撒き散らす哀愁、発声を伸ば
すことで生まれる彼方の風景、デイヴ・バーソロミュー楽
団による濃密なジャンプ・サウンド...どれもが完璧に50年
代の彼の地の賑わいとロウダウンな気分の両方を期せずし
て表現しているのではないだろうか。

例えばエルヴィス・プレスリーのヴァージョンで有名なOne          Nightはどうだろう。スマイリーは「今宵はきみと一緒だよ」          という出だしから、You〜というフレーズの語尾を引っ張る。
それはまるで恋人に対する願いのように映る。またはダグ・
サームが演目に加えたSomedayにしても、スマイリーは歌
い飛ばしたりはせず、「いつかの日にか/きみは気が付くだ
ろう/そう、ぼくを失ってしまったことを」のラインに万感
の思いを込める。スローダウンされたテンポのなかで彼女に
懇願する。まるで別れのシーンを映写機で巻き戻す気分だ。

このようなブルーズ表現は、ときに説明的な歌詞や教訓的な
メッセージ・ソングよりも遥かに多くのことを語り掛けてく
る。スマイリーがOne NightやSomedayで言っていることを、
ノートに書かれる訳詞に表してもまるで面白くない。言葉は
発声や音楽を伴いながらもっと生き生きと伝わってゆく。そ
れはたとえ私たちが同じ母国語を共有しなくとも。夏の夕暮
れ時には、スマイリー・ルイスの自己告白のようなブルーズ
がよく似合う。伸びた陽射しのぶんだけ、影はより長くなり、
私たちにブルーズを今日も問い掛けていく。


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by obinborn | 2017-07-13 17:30 | blues with me | Comments(0)  

スマイリー・ルイスの影が伸びてゆく

それでもニューオーリンズで一番好きなシンガーと言えば、
私の場合スマイリー・ルイスにとどめを刺すだろう。ダウ
ンホーム・ブルーズの匂いを撒き散らす哀愁、発声を伸ば
すことで生まれる彼方の風景、デイヴ・バーソロミュー楽
団による濃密なジャンプ・サウンド...どれもが完璧に50年
代の彼の地の賑わいとロウダウンな気分の両方を期せずし
て表現しているのではないだろうか。

例えばエルヴィス・プレスリーのヴァージョンで有名なOne       Nightはどうだろう。スマイリーは「今宵はきみと一緒だよ」       という出だしから、You〜というフレーズの語尾を引っ張る。
それはまるで恋人に対する願いのように映る。またはダグ・
サームが演目に加えたSomedayにしても、スマイリーは歌
い飛ばしたりはせず、「いつかの日にか/きみは気が付くだ
ろう/そう、ぼくを失ってしまったことを」のラインに万感
の思いを込める。スローダウンされたテンポのなかで彼女に
懇願する。まるで別れのシーンを映写機で巻き戻す気分だ。

このようなブルーズ表現は、ときに説明的な歌詞や教訓的な
メッセージ・ソングよりも遥かに多くのことを語り掛けてく
る。スマイリーがOne NightやSomedayで言っていることを、
ノートに書かれる訳詞に表してもまるで面白くない。言葉は
発声や音楽を伴いながらもっと生き生きと伝わってゆく。そ
れはたとえ私たちが同じ母国語を共有しなくとも。夏の夕暮
れ時には、スマイリー・ルイスの自己告白のようなブルーズ
がよく似合う。伸びた陽射しのぶんだけ、影はより長くなり、
私たちにブルーズを今日も問い掛けていく。


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by obinborn | 2017-07-13 17:29 | blues with me | Comments(0)  

フレッド・ニールのブルーズが風を切る

60年代前半のグリニッチ・ヴィレッジ。その活況はどれだけ
のものだっただろうか。以前デヴィッド・ブロムバーグが再
来日した際インタビューする機会があったのだけど、「ぼく
は大学を辞めてヴィレッジのフォーク・シーンにどっぷり浸
った」「ジェリー・ジェフ・ウォーカーと一緒にコーヒー・
ハウスで歌っていると、客席にはボブ・ディランがいたのさ。
彼が声を掛けてきたんだよ!」と懐かしそうに話してくれた。

フレッド・ニールの『ブリーカー&マクダガル』は、そんな
ヴィレッジの息吹を伝えるアルバムだろう。ジャケットには
寒さに負けずにブリーカー・ストリートとマクダガル通りの
交差点に立つフレッドの姿が映し出されている。片手に握っ
たギターケースだけは離すまいといった決然とした表情もい
い。フレッドの奏でる音楽はフォーク・シーンのなかで常に
異質であり尖っていたことだろう。12弦ギターの変則チュー
ニングによるモーダルな奏法はブルージーかつサイケデリッ
クな革新的なものだった。そんな彼に影響されて、ティム・
ハーディンやティム・バックレー、デヴィッド・クロスビー、
ジョニ・ミッチェルらがその才能を開花させていった。とく
にカーレン・ダルトンはフレッドと親しく、彼の代表曲Blues
On The Ceilingをデビュー・アルバムに吹き込むばかりか、
逆にフレッドが直々にライナーノーツを寄せるほど彼女に期
待を込めた。また震えるようなギターの響きはラヴィン・ス
プーンフルのザル・ヤノフスキーの奏法にも受け継がれてい
った。

今日こうして久し振りに『ブリーカー&マクダガル』を聞き
直すと、何だかたまらない気持になってくる。そういえば先
日惜しくも亡くなられた鈴木カツさんは事あるごとにフレッ

ドの素晴しさを語っていたっけ。ちょっと余談になってしま
うけれど、カツさんも妙な取り巻き連中に囲い込まれなけれ
ば、ぼくとの友好関係はもっと続いていただろう。そんなほ
ろ苦さを含めながら、今日もフレッドの風を切るようなブル
ースが聴こえてくる。街角に立つ青年は群れていない。たっ
た一人でこちらを向いている。


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by obinborn | 2017-06-18 06:21 | blues with me | Comments(0)  

6月に聞くエリック・クラプトン

昨夜のロス・ロイヤルズ・フレイムズとロス・ペリキートズ
のライブは最高!でした。方やスワンプ・ポップに、もう片
方はテックス・メックスに特化したバンドで、フレイムズの
田中のん氏のリバーヴ掛けまくりギター(一部アーミング)
やペリキートズの橋本さんのバホ・セストの響きがとくに心
に残りました。むろん他バンド・メンバーの皆さんもですよ。
終演後近所の友だちのSくんと会話出来たことも嬉しかった
です「俺らはあそこまで陽気になれない。ジメジメしている
よね〜」と互いの古傷を舐め合うのでした。

ぼくに関してはスワンプ・ポップにせよテハーノ音楽にせよ、
通り一遍の知識があるだけで、とても彼らのような情熱と実
践には敵いません。敵うわけがないのです。そういう意味で
Sくんが「オビさんはやっぱロックですよね」と言ってくださ
ったのが嬉しく、また少しの恥ずかしさを伴うものでした。
ぼくは今でも『ライブ・クリームvol.2』や『461』アルバムが
好きですし。

自分のなかの”ジメジメ"としたものを見つめるのは大事なこと
かなと思ってます。エリック・クラプトンもまたそんな一人で          すよね。彼は黒人音楽の聞き手から揶揄され、80年代にはコ
マーシャリズムに走ったことを批判されたりしました。それで
もエリックは少しずつ自分の音楽を温め、鍛えていったのです。
自分のコンプレックスや”ジメジメ”を把握しながら、です。ぼ
くがE.Cに関して共感するのは、きっとそんな部分かもしれませ
ん。自分のブルースって、そういうことだと思っています。

というわけで、E.Cの『安息の地を求めて〜There's One In Ev           ery Crowd』を今日もまた取り出すオビンでしたとさ。


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by obinborn | 2017-06-08 12:07 | blues with me | Comments(0)  

音楽にとって幸せな文章って何だろう?

マディ・ウォーターズの11枚組LP『THE CHESS BOX』が
発売されたのは1985年のことだった。日ヴィクター社以来
久し振りにチェス・レーベルと契約したPヴァインは、当時
毎月チェスの作品を飛ぶ鳥を落とすかの如くリリースしまく
っていた。それは弱小インディ会社として75年に始まったP
社がちょうど10年後に成し得た快挙だった。個人的には学生
時代を終え社会人になった時期と重なったので、サラリーを
貰えることが嬉しく、給料日には最低でも5枚くらいは購入
していたっけ。それらの日々は今なお私の財産だ。

こうして久し振りにマディのボックスを聞いていると、様々
なことを思い起こす。音源もさることながら、添えられたブ
ックレットがものすごく丁寧だった。日暮泰文氏によるイマ
ジネィティブなマディ論に始まり、鈴木啓志氏の「ミシシッ
ピ・デルタの泥水がシカゴへ流れ込んだ」がそれに続いた。
さらにマディを巡るイラストも楽しい人脈図があり、吾妻光
良氏が愛情を込めた「あの大きな笑顔を忘れない」のエッセ
イが控えていた。それらの頁をめくっていくのが大好きだっ
た。

「音楽を聴くことと同じように、ぼくは音楽について書かれ
た文章を読むのが好きです」私が尊敬する同業の先輩は簡潔

にそう言い含める。そう、私たちは音楽それ自体を愛するの

と同じように、書かれた文章を読むのが大好きだった。


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by obinborn | 2017-05-24 17:24 | blues with me | Comments(0)