カテゴリ:blues with me( 60 )

 

エディ・ヒントンのソングブック『Cover Me』に寄せて

エディ・ヒントンを知る前に彼の書き下ろした曲を初めて
聞いたのはニッティ・グリッティ・ダート・バンドのDown
In Texasだった。ソウル・ファンにはオスカー・トニー・Jr
の持ち歌としてお馴染みだろう。そんなことを懐かしく思い
出しながらエディのソングブック『Cover Me』を聞いてい
る。共作者のドニー・フリッツが自ら「私とエディの記念碑
だよ」と語るダスティ・スプリングフィールドの「ベッドで
朝食を」に始まり、夜明けにエディがふざけて木によじ登っ
た体験を元にしたルルの「エディはどこに?」で終わるこの
コンピレーションは、95年に他界してしまった エディのソ
ングライターとしての側面に光を当てていて、私が知ってい
る曲と知らない曲が半々くらいずつといったところだが、ペ
ン=オールダムやジョー・サウスあるいはダン・グレアらと
ともにアメリカ深南部のR&Bシーンを支えたエディの裏面史
として、本当に申し分ないものとなっている。レフトバンク
「愛しのルネ」に似た作風のボックストップスIf I Had Let
You Inや、シェールのSave The Children、トニー・ジョー
ホワイト自身は意外にも「俺はエディに会ったことがない」
と語るフリッツ/ヒントン作をトニー・ジョーが歌った300
Pounds of Hongry、ボビー・ウーマック自らイントロで
「スタジオ・セッションが終わる間際にエディがこの曲を
持ってきたんだよ”これをやらないかい?”って」と語るA
Little Bit Salty辺りがクライマックスだろうか。またエディ
が最初のソロ・アルバムに収録したヒントン=ペン作I Got
The Feelingのアメイジング・リズム・エイシズ版は恥ずか
しいことに筆者は今回初めて知った。エディ・ヒントンの作
風として一貫しているのは、やはりブルーズとゴスペルとソ
ウルの感覚に違いない。ニューヨークのティン・パン・アレ
イ系コンポーザー(ゴフィン=キングであれリーバー=スト
ラーであれポーマス=シューマンであれ)とは明らかに様相
が異なる実直な心情吐露に、エディ・ヒントンが身をもって
歩んできた南部の音楽風土を思わずにはいられなかった。


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by obinborn | 2018-11-20 14:42 | blues with me | Comments(0)  

追悼:トニー・ジョー・ホワイト

トニー・ジョーが亡くなってしまった。私が彼のアルバムを
集め始めたのは78年頃に日ワーナーが始めた名盤復活シリー
ズで『ホームメイド・アイスクリーム』が発売されたのがき
っかけだった。まだ個人的には20代になったばかりだったが、
アメリカ南部の最も深いエリアのスワンプ・サウンドを追い求
め、友人たちと競うように音楽地図を広げていった日々を懐
かしく思い出す。あの頃の自分が一番良く聞いていたのはロ
リー・ギャラガーの2枚組ライブ『アイリッシュ・ツアー』
で、そのなかにロリーが生ギターを掻きむしりながら歌う
「カラスが飛ぶように」は収録されていた。その作者がトニ
ー・ジョーその人であり、興味を繋いでくれた。

そんなトニー・ジョーにインタビューしたのは07年の4月だ
った。78年5月の初来日以来およそ29年ぶりに実現した日本
公演は各地で大好評を博した。「生まれたのはルイジアナの
グットウィルというところだよ。河の近くで、一番近くの町
まで50キロくらい離れていた。父親は農夫で、家族は母と姉
が五人、兄貴が一人いる。俺は末っ子だよ。みんなギターや
ピアノが弾けて、夜になるといつも一緒に演奏していたんだ。
そして俺は15歳の時に兄貴が買ってきたライトニン・ホプキ
ンスのレコードを聞いて”コレだ!”と思ったんだ」と彼は物
静かに語ってくれた。ソングライティングに関する質問には
「現実だよ。真実を書くのさ。ウィリーもローラ・メイ・ジョ
ーンズも実在の人物だ。我々は実際に日曜の午後にはベース
ボールをし、夜になればポーチに座ってギターを弾いた。ル
ーズヴェルト、アイラ・リー、ポーク・サラダ・アニー...す
べて実在の人物だよ」と。

取材が興に乗ってくると、トニー・ジョーはいつの間にか
饒舌になっていった。私がロリー・ギャラガーに関する質問
をすると、こんな答えが返ってきた。「俺のショウを見に来
てくれたし、バーで一緒にビールを飲んだこともある。彼に
は浮ついたところがなく、南部気質のようなものを持ってい
て本物だと思った。昨年俺がアイルランドでコンサートをや
った時には、彼の弟のドネル・ギャラガーが楽屋を訪ねてく
れた。とても嬉しかった」

「日本公演が終わったらルイジアナに帰って兄貴と釣りに行
くんだ。ワニが釣れるかもしれないしね(笑)」そんなトニ
ー・ジョーはもういない。


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by obinborn | 2018-10-26 17:26 | blues with me | Comments(0)  

昨夜見た夢

音信不通になっていた夫婦から声が掛かり、久しぶりに
彼らの家に遊びに行った。豪華な食事でもてなしてくれ
たが、どうにも話が弾まない。それを察したのか夫婦は
そろそろバンドを呼びましょうと言って、地下室に私を
誘った。何と彼らは家にバンドをレンタルしたらしい。
しかしそのバンドがまた最悪で、こんなものを観るくら
いなら死んだ方がマシだと思い、私は地下室からの逃げ
道を探り、四苦八苦しながら非常階段を登りやっと地上
に辿り着いた。そこは恐らく家の庭園なのだった。私は
軽く安堵したのだが、それも束の間だった。例の夫婦が
ヘラヘラ笑いを浮かべながら手錠で私をロックしてしま
った「オビよ、お前は詰めが甘いんだ。こうなる事態を
予測出来なかったとはな!」と彼らは言い放った。私は
歯軋りしながらこう言い返した「来てみればこのザマだ。
お前らもすっかり落ちぶれたな」と感嘆してみせ、涙を
浮かべて同情を買おうとした。その一瞬のスキを狙った
私は彼らを足蹴りにし、手錠を嵌められたまま逃走した。
とにかく全速力で逃げた。しかしまた彼らが私を待ち構
えていた。どうやらバンドの連中も彼らに加担し、さな
がら愚連隊の様相を呈してきた。私は舌打ちをしながら
また逃げた。左の道を行き右の道を探り、地下に再度潜
ったり四苦八苦して最後には自分が何処にいるのか解ら
なくなった。草と土の匂いがした。また庭に戻ってきた
らしい。夜はまだ明けず、私は漆黒の闇の中で途方に暮
れ、やがて睡魔に襲われてこのまま死んでいく自分を感
じた。何処か遠くでコオロギの鳴き声がした。それは甘
美な旋律のように響いた「還暦前に死ぬとは予想不可能
だったな」と私は呟き、もう一方の頭では自分の家の照
明をLEDに変えて電気代が安くなったことをぼんやりと
思った。最期に考えるのはこんなくだらないことなんだ
なと苦笑した。どうやら天使は現れないらしい。毒ワイ
ンが身体中に回り、私は遂に意識を失った。


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by obinborn | 2018-09-20 04:34 | blues with me | Comments(0)  

9月6日の吉村瞳

6日は新橋のアラテツにて吉村瞳のワンマン・ライブを。
ダニー・オキーフのGood Time Charie’s Got The Blu
esに始まり、マディ・ウォーターズのRollin' and Tumb
lin'で最後を締めるまでの約90分、吉村は今回も圧倒的
なステージを見せた。骨っぽいヴォーカル、技量あるギ
ター、ルーツ色全開の選曲と、どれも文句の付けようが
ない。この夜も前半をラップ・スティールで統一し、後
半を通常のアクースティック・ギターに切り替える場面
転換が鮮やかで、時間が経つのをしばし忘れた。スティ
ーブ・ヤングのSeven Bridges Roadやヴァン・モリソ
ンのCrazy Loveといった古典を取り上げる姿は、フォー
ク・ミュージック本来の”語り部”としての意義を感じさ
せる。昨今は雰囲気勝負の女性SSWも少なくないが、
筆者の知る限り、中村まりと吉村瞳は格が違うなと思っ
た。たとえ大地が裂け山が崩れても、彼女たちは歌って
いくことだろう。

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by obinborn | 2018-09-07 06:21 | blues with me | Comments(0)  

ボズの新作『OUT OF THE BLUES』をジョー・スコットを通して理解を深める

ボズの新作で驚かされたのはジョー・スコットの名前が記されて
いたことだ。正確には「このホーン・アレンジはジョーのオリジ
ナル編曲を元にしています」とクレジットされており、筆者はも
うそれだけで胸に熱いものが込み上げてきてしまった。ジョー・
スコットといえばデューク/ピーコック・サウンドに欠かせない
トランペッター&バンド・リーダーであり、ボビー・ブランドや
ジョニー・エイスやジュニア・パーカーの作品で馴染んだブルー
ズ/R&Bファンは少なくないだろう。

そんなジョーの名前をわざわざ楽曲のパーソネルに書き、アレン
ジ自体も60年代初頭のデューク/ピーコック録音に倣った部分に
ボズのブルーズ音楽に対する深い愛情を感じずにはいられない。
しかもボビーをカバーした2曲に限って、その旨がさり気なく書
かれている。それを知った時、私は思わず震えてしまった。

ダウンローディング世代にはアルバムのパーソネルを丹念に追い
かける人はきっと少ないはず。しかしながら、それを丁寧に読み
込んでいけばミュージシャンの音楽的な背景を理解する一端とな
ると思いたい。そんなこともあって、本作『OUT OF THE BLU
ES 』はより親しい存在になった。挙げた音源はボビー・ブラン
ドが61年にリリースした『TWO STEPS OF THE BLUES』に
オリジナル・ヴァージョンが収録されている。この曲が58年以上
経った今蘇る。その温故知新を噛み締めたい。テキサスで少年期
を過ごしたボズにとって、ヒューストンを根城にしたデューク・
ピーコック・サウンドはきっと子守唄のようなものだったろう。


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by obinborn | 2018-08-26 18:53 | blues with me | Comments(0)  

孤独な男の自画像〜ボズ・スキャッグスの新作『OUT OF THE BLUES 』を聞いて

ボズ・スキャッグスの新作『OUT OF THE BLUES』、
めちゃくちゃゴキゲンなアルバムですね!97年の『
COME ON HOME』辺りから兆しがあったバック・ト
ゥ・ルーツな姿勢を一段と強化したブルーズ/R&Bアル
バムで、彼が育ったテキサスの風土はボビー・ブラン
ドが歌ったI've Just Got To Forgetのカバーにしっか
り聞き取れる。この意気込みがとにかく嬉しい。他に
も西海岸ブルーズの粋を伝えるジミー・マクラクリン
のI've Just Got To Know、シカゴ・ブルースの巨人
でありながらルイジアナ辺りのレイジーな空気を醸し
出すジミー・リードのDown To Verginiaなど、一筋
縄ではいかないチョイスにボズの矜持を感じずにはい
られない。ロック方面ではニール・ヤングが混迷期に
残したOn The Beachに光を当てている。

演奏陣はウィリー・ウィークスb、ジム・ケルトナー
ds、今やボブ・ディランの片腕として絶大な信頼を得
ているチャーリー・セクストンg、あるいはエリック・
クラプトンやデレク・トラックス周辺のキーパーソン
であるドイル・ブラムホール2世らが、すべてを削ぎ
落とした(それ故に芳醇な)演奏をじっくり聞かせる。
逆に心配してしまうのはボズの主な購買層となるAOR
ファンが本作の世界に付いてこられるかどうかで、こ
こまで徹底したダウン・トゥ・アースな路線に、一切
口を挟まなかったコンコード・レコーズにも敬意を表
したい。プロデュースは勿論ボズその人であり、多く
のヴェテラン・アーティストがそうであるように、残
された時間を使って自分を育ててくれた音楽に恩返し
したいという思いが直に伝わってくる。

あらゆる土地を旅してきた。各地で絶賛されるトップ
・アーティストになった。それでもビジネスと自分の
本当にやりたい音楽との齟齬は隠せない。一人滞在先
のホテルに帰り、テレビを眺める時の空虚な気持ちか
らは逃れようもない。そんなボズ・スキャッグスの姿
を想像してみると、本作に掲げられたOUT OF THE
BLUESという言葉が、彼の自画像のように思えてきた。


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by obinborn | 2018-08-24 18:35 | blues with me | Comments(2)  

8月23日の吉村瞳

平成のデルタ・レディこと吉村瞳は23日も堂々たるステージ
を繰り広げた。ボニー・レイットを規範としたどこまでもダ
ウン・トゥ・アースな音楽志向と瑞々しい歌心が、自由が丘
のバードソング・カフェを満たした。とくに今回は一時封印
していたワイゼンボーンが復活し、通常のアクースティック
・ギターと振り分けるコントラストがあまりに鮮烈だった。
彼女の看板となるスライド・プレイを押し出しながらも、技
に溺れず、あくまで楽曲を際立たせるための影絵とする。時
に自らのリズム・ギターをループ使用しつつ、ボトルネック
のソロを取る姿に、新しさを感じられる方もいるだろう。

第二部で歌われたゴフィン=キングの「ナチュラル・ウーマ
ン」とビル・ウィザーズの「リーン・オン・ミー」に筆者は
心が溶けそうになった。R&B・ソウル畑で有名になったこの
2曲が、飾らないソングライター・ヴォイスで歌われる。そ
の価値は一体どれほどのものだろう。「終戦記念日にこの曲
を選びました」というMCに続いて歌われたエリック・カズ
の「クルエル・ウィンド」にしても、原詞をしっかり理解し
たシンガーならではの思いが存分に伝わってきた。

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by obinborn | 2018-08-24 06:24 | blues with me | Comments(0)  

この荒れ地を想う〜ソーシャル・ネットワークの現状

電車に乗ると横一列で殆ど全員がスマホをしている。向こう
から見れば私もそういう感想を持たれているのだろう。これ
は少なくとも1997年前後には考えられなかった光景である。

ある者は友人とのラインに興じ、また別の者は天気予報やニュ
ースをチェックし、また違う者は自分が投稿したTWの反応に
一喜一憂するのだろう。それ自体は罪ではない。私だって同じ
ような輩の一人である。ただSNSを通した未成年どおしのイジ
メには心が塞がってしまう。大人になってからネットを知った
私のような人間であれば、SNSに疲弊した時は数日間スイッチ
を切るなどして距離感を掴めるのだが、生まれた時からネット
環境があった世代の場合、恐らく様相が異なるのではないだろ
うか。私自身体験があるが、画面を通して為される言葉の中傷、
罵倒、屈辱などはちょっと信じられないほど衝撃を受けるもの
だ。それがまだ心に余裕がない小学生や中学生に適応された時
のことを思うと身が竦む。

今やTWは左翼と右翼とがウンコを投げ合う言葉の荒地と成り
果て、FBはリア充の承認欲求に塗れた大人の報告ごっこと化
してしまった。多少なりとも知性のある者、抑制を知る者、ゲ
ームに参加しないと誓った強靭な者であればやり過ごすことが
出来る。笑い飛ばすことが出来る。音楽や読書や運動そのもの
に全身で没頭出来る。しかし未成年がSNSに関わる場合、画面
に現れた言葉や絵文字はときに凶器へと化けてしまう。こうい
う未来図を20年前に想定出来た者はごくわずかであろう。今や
現実がサイエンス・フィクションを超えてしまった。

しかし何も落胆することはない。逆説的ではあるが、SNSを通
して良きこと、信じるに値する何か、美しいものに出会って心
が溶け出していく自己放棄の感覚(あの夏の感じ)を表現するこ
とは出来るだろう。荒れ地に投げられ傷ついた無数の魂を思うと、
それが私たちの世代の責務のように思えてならない。


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by obinborn | 2018-08-02 17:36 | blues with me | Comments(0)  

再訪:ボニー・レイット『ファースト』

吉村瞳ちゃんを構成する10枚なんていうのを勝手に妄想して
いるのだが、間違いなくボニー・レイットはエントリーされ
ることだろう。骨太なヴォーカルとスライド奏法そしてルー
ツ音楽への確かな眼差しという点で共通する。レイットは自
ら書いたライナーノーツにこう記している「ミネトンカ湖近
くの西ミネアポリスからおよそ30マイルほどのエンチャント
島で私たちは虚しいサマーキャンプを過ごしました。そこで
出来た音楽がここに収録されています。私たちはベーシック
な4トラックでのレコーディングを心がけました。そう、音
楽が持つ自発性とナチュラルな感情を失わないためにね。ミ
ュージシャンが個々の仕切り板に入り、彼らそれぞれのパー
トを完璧にオーバーダビングすることも出来たことでしょう。
でも私たちはその完璧という誘惑に音楽を生け贄として差し
出したくなかったのです」

今これを読み返せば、まだ20代前半だった小娘の背伸びした
感情や鼻っぱしの強さも感じる。しかし、一見青臭いこうし
た想いが、以降どれだけレイットの音楽を豊かに育んでいっ
たを思うと、彼女の審美眼の確かさに心打たれる。敬愛する
シッピー・ウォーレスの2曲、『RCAブルースの古典』で私
が知るところとなるトミー・ジョンソンの曲の生き生きとし
た解釈、ジャズ・スタンダードとなるバド・ジョンソン作の
Since I Fell For Youの瑞々しさ、あまり自作しないレイット
が珍しくソングライティングに取り組んだThank Youでの実
感など、21世紀から18年経った今なお、聞かれるべき71年の
記念碑がここに。ロバート・ジョンソンのデルタ古典Walking
Bluesのレイット版はどうだろう。そこに私は人々が泣き笑う
光景を受け止め、驚愕する。

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by obinborn | 2018-07-28 18:26 | blues with me | Comments(0)  

7月26日の吉村瞳

26日は吉村瞳のソロ・ライブを下北沢のラウンにて。
僕にとっては2回目の体験だったが、少しずつ彼女の
輪郭が見えてきたような気がする。繊細なフィンガー
・ピッキングからドローン効果を上げていく力強いコー
ド・ストロークそして息を飲まずにはいられないスラ
イド奏法まで、吉村は変幻自在にアクースティック・
ギターを繰り出す。抑揚の効いたヴォーカルもまた見
事なもので、オリジナルの楽曲に交えたザ・バンド、
ボビー・チャールズ、エリック・カズ、ロス・ロボス、
ジョージ・ハリソンらのナンバーが鮮烈に響き渡って
いく。アンコールではフレッド・マクダウェルのKok
omo Bluesまで飛び出すほどで、若い娘が切り取るア
メリカン・ルーツ音楽の数々に喝采を叫ばずにはいら
れなかった。あるお祭りの夜にふと耳にしたオールマ
ンズのRamblin'ManとJessicaがきっかけとなり、吉
村はギターを習い始めたという。その偶然に感謝せず
にはいられない。土曜には熱海でのギグが控えている。
台風を心配する彼女だったが、新しい土地と場所でき
っと吉村はまた歌を育んでいくことだろう。


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by obinborn | 2018-07-27 00:20 | blues with me | Comments(0)